四話 空賊
口悪い系の女の子好き!!!
静かだった船上は打って変わって激戦区と化し、上空や周囲からは、ギャアギャアとけたたましく鳴く騎竜の鳴き声が鼓膜を刺す。その背には鞍が付けられ、人が跨っている。
「……空賊ってやつか」
大方、運悪く船の航路と奴らの無軌道な狩りがかち合ってしまったのだろう。
黙って金品をくれてやる気もないし、仮に渡したとして黙って下がる様な連中とは思えない。戦闘は避けられないらしい。
「そこの人! すみませんが、そこでぼけっとしてる金髪の子を避難させて下さい!」
「はっ……わ、分かりました!」
私の声に応じて、シャリテを避難させていく乗組員。ちらりと横目で見ると、心配そうな瞳と目が合った。これでこの船が墜落でもしない限り大丈夫だろう。
普段ならチンピラ連中くらいなんてことは無いけれど、竜に乗っているとなると話は別だ。鋭い爪に、吐き出す火球。そして高い飛行能力……。
飛竜よりかは劣るけど、それでも生身の人間からしたら脅威だ。
ぐるりと周りを見回す。私達の他には、乗組員と商人だけ。イズモちゃんは戦える者を集めろなんて言ってたけど、見た限りでは戦闘能力があるのは私達だけの様だ。しかも——
ちらりと船の行く先を見やった。ロゼの象徴、桃色の瘴気がさっき見た時よりも大きく見えている。
このまま行けば、そう遠からず船は瘴気に飲み込まれる。奴らがそれに対する備えをしていないのなら幸運だけど、そうじゃなかったら……。
「ねえ、イズモちゃん」
私と背中合わせに周囲を警戒するイズモちゃんに声をかける。剣の柄に手をかけ、いつでも戦える準備はできている様だ。
「張り切ってるとこ悪いけど、シャリテと一緒に船の中に戻ってさっきの人から薬貰って来なよ。それまでは一人でどうにかするからさ」
「それなんだが、ソワレ殿。一つ聞きたいことがあるんだが」
こんな非常時にもかかわらず、その声はいつもの様に穏やかだ。
「何? こんな時に」
「ロゼで流行っている病というのは、死ぬ程のものか?」
その一言で、言わんとしている事を全て察した。
「……いや、死にはしないけど、相当めんどくさい事になるよ。いいの?」
「当然だ。この船には我々騎士が守るべき民が乗っている。一刻も早く、奴らを片付けねばならない。それに……」
「さっさと片付ければいい話だろう?」
「ぱぱっと蹴散らせば良いだけの話か」
お互いの言葉が異口同音に重なり合う。もはや話すことは何もない。ただこのハエ達を叩き落とすだけ——!
直後、背後から鋭い息が聞こえ、激しく床を叩きつける踏み込みの音が足裏を揺るがす。
それに合わせて、左手の糸から騎士を放ち、盾を頭上に構えさせて上空に配置する。
上の様子を伺うと、まるで川の飛び石を飛んで渡る様に、騎士の盾から盾へと飛び移って空賊へと距離を詰めるイズモちゃんの姿があった。
「うひゃあ……何食べたらああなるんだろ」
まさかとは思ったけど、本当にやるとは。感心している間にも上空では白銀の刃が閃き、甲板を血の雨が染め上げていく。
見れば見るほど人間離れした、怪物とか魔物とかと呼んで差し支えない様な常軌を逸した運動神経だ。人間などよりよほど鋭敏な感覚を持つ騎竜を、完全に翻弄している。
「さって、私も……!」
右手の糸から魔術師を呼び出し、周囲に展開して杖先を上空へと向ける。バンバン撃ちまくるけど、イズモちゃんなら避けてくれるでしょ。
「さあ、撃ちまくれッ! 熱線ッ!」
私の号令と同時に、空を染める銀と赤の色彩に青が加わった。
空賊達はさぞや驚いていることだろう。獲物だと思っていた連中が生身で空を飛び回り、瞬時に喉笛を切り裂いていく。そして下からの火力支援。
「どわっ!」
「ぎゃああ……」
上空からは、賊達の悲鳴と何やら叫ぶ声が聞こえてくる。予想外の事態に混乱しているのだろう。
ついさっきまでは勢い付いていた奴らの動きが、あからさまに乱れてきている。動きに迷いを見せた端から熱線に翼を撃ち抜かれ、辛うじて避けた所に一閃が待ち受ける。
うん。この分なら、瘴気に突っ込むまでにカタがつきそうかな?
瞬間、背後の空気を羽ばたきが震わせた。咄嗟に振り向くと、巨大なナイフの様な鉤爪が肉薄していた。
「やば——!」
死の危機を目前に感じた、その刹那。
しゃりん。
聞き慣れた独特な抜剣の音が響き、それと同時に襲いくる竜の前脚をイズモちゃんが両断していた。
「よそ見は感心しないぞ、ソワレ殿!」
剣を翻して、竜の背から転げ落ちる男にとどめを刺しながら私に微笑みかける。
「いやあ、イズモちゃんの援護が忙しくてつい、ね」
「ふふ、本当か? それは失礼した。以後気を付けよう」
短く言葉を交わし、二人同時に空を見上げる。あたりを黒く埋め尽くしていた空賊達は、今や半分以下程にまで数を減らしていた。
「ふう。この分なら病気にならずに済みそうだ」
「ちょっと、私に注意しといて自分で油断してんの?」
「ははっ。一人ならこうも行かないだろうけど、今はソワレ殿が一緒だからな。私が危なくなったら、その時は頼んだぞ!」
「ふふっ。頼まれた」
お互いの士気を確かめ合い、再び意気揚々と迎撃を始めようと空を睨みつけた、その時。
上空から、一つの閃光が唸りを上げて迫ってきた。空気を切り裂いて音を立てるそれは、まるで落雷。
「これは……! ソワレ殿!」
「分かってるって!」
空に展開していた騎士達を集め、防御の態勢を整える。
閃光と護りがぶち当たると、眼前を眩い光が埋め尽くし、壮絶な爆発音が頭蓋を揺らした。
「くう……!」
耳をつんざく異音と同時に、からからと足元に何かが転がってくる。よく見れば、それは騎士達のかけらだった。
五体揃った騎士達の護りの上から、ここまでの損傷を与える威力……! 直撃すれば、私達どころかこの船が沈みかねない。
やがて凌ぎ切ったのか、一際大きな光が弾ける。その直後、船の甲板に何かが降り立った振動を感じた。
「ちょろい仕事だと思ってたら、飛んだ客が乗ってるじゃないか。ええ?」
目の前に現れたのは、一人の女だった。燃え上がる様な赤い髪をたなびかせ、歯をむき出しにして好戦的な笑みを浮かべている。
「よお。あンたら、雑魚どもの相手は飽きたろ? 私が相手してやるよ」
「……奴らの頭領か?」
イズモちゃんがそう尋ねると、大袈裟に肩を竦めつつ、ひらひらと手を振る。その度に、彼女の指先からパチパチと小さな稲妻が走る。
「あいつらの? まさか。私は金で雇われてやっただけさ。宿の家賃が滞っちまってさ。ッて訳で、あンたら——」
両手の拳を打ち合わせ、一際大きな閃光を発しながら凶悪な笑みを浮かべる。
「——金だけ残して、消し炭ンなっちまいな!」
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
これからも色んな私の『好き』を詰め込んだ物を書いていきますので、宜しければお付き合い下さい。




