一話 魔女の契り
三章突入。章分け自体は雰囲気でやってるので、深く考えないでください。
「むむむ……!」
「ほら! 頑張れ頑張れ!」
お姉ちゃんの声が響く船の一室の中、何もない所を指差して睨みつける私。一体なぜこんな事になっているのかというと、発端はもう少し前に遡る——
「さって、人形術の練習でもしよっか」
船室に戻って、どかっとベッドに腰を落としたお姉ちゃんが私にそう告げる。
「わぁ……! はい! お願いします!」
正直出来るかどうかは不安だけれど、そんな事よりも部屋で二人っきりでお姉ちゃんと何かをする事自体がたまらなく嬉しい。
「ん、いい返事。じゃあまず、可愛い弟子ちゃんにこれをあげよう」
そういうと、ベッド脇に雑に放られたカバンを開き、腕を突っ込んでごそごそと中をあさり始める。
「ううんと、確かこの辺に……お、あったあった」
目当ての物を見つけたのか、腕を引っこ抜いた。その手には、キラキラと銀色に光る何かが掴み取られている。ふうっ、と息を吹き付けられると、もふもふと埃が舞い散った。かなりの時間あそこの中に埋まっていたみたい。
はい、と私に手渡されたそれは、指輪だった。とても素朴な、石もはめられていない単純な作りの物。
「こ、これは……?」
「人形術師の新米が使う補助具だよ。ほら、私いつも糸出してたでしょ?」
思い返してみると、たしかにお姉ちゃんは人形を使う時、常に指から糸を出していた。
「あれがまず結構難しいんだよね。私のお下がりで悪いけど、慣れるまではこれを使うと良いよ。どこでも好きな指にはめて」
「わあ……ありがとうございます!」
お姉ちゃんが私に指輪をくれた。きっと何でもないような事だと思っているんだろうけれど、私からしたら一大事だ。大切に毎日身に付けて、毎日お手入れしなきゃ。
「そしてもう一つ……」
右の人差し指に指輪を通した所で、声色を変えて真剣な声で私に更に告げる。
「これから私とアンタで、『魔女の契り』っていうのを交わすからね」
「魔女の契り……?」
「うん。私も詳しい原理は知らないんだけどさ、簡単に言うと師匠と弟子の魔力を同調させて、魔術の伝授を補助するんだよ」
「へぇ……それでこれから何をするんですか?」
「これには色々段階があって……最初の段階は、互いの体液の接触だね」
「!!」
た、体液の接触……! 一番簡単に出せる体液って、よ、よだれだよね。そして、それを接触って事は……! はわあ……!
「え、ええと、お部屋の鍵閉めました?」
興奮のあまり、訳のわからないことを口走ってしまった。これじゃあ、私が一方的に変な子みたいだ。
「あん? そりゃ閉めるよ。女の二人部屋だからね。隣の部屋にはイズモちゃんが寝てるから、いざと言うときには何とかなるけど……じゃ、指出して」
ゆ、ゆびび、指ッ! 指を一体どうやって! もしかして私の指をお姉ちゃんが舐めて、それを私の口に……!
ひゃああ、過激すぎるよ……! でもでも、は、恥ずかしいけど、必要な事なんだから! 仕方ないよね、うん!
「や、優しくお願いしまふ……」
「じゃあ、力抜いて。すぐ終わるから」
「っっ……!」
私の指を手にとって見つめるお姉ちゃん。どんどん顔を近づけて、今では吐息が指の腹をくすぐる程の距離まで近づいてしまった。
部屋の中を包む、痛いくらいの静けさ。肩が上下する度に熱い吐息が指を通り抜けて、私の中で何かが高まっていくのを感じる。
「あ! 窓の外に空飛ぶアイス屋さんの屋台が!」
「えぇ! どこどこ、どこですか!?」
急いで窓に視線を向ける。でも、外にはただ暗闇が広がっているだけで、そんなのはどこにも見えない。
「……どこにも居ないですよ、おねえ……」
「隙あり!」
「はえっ……痛っ!」
そんな声が響くと、差し出した指先に、ちくりと微かな痛みが走った。急いで痛むところを見ると、ぷくりと小さく血が出ている。
「あうう、何するんですかぁ!」
「ごめんごめん、ちょっとそのままにしてて」
そう言うといつのまにか手に持っていた針を、今度は自分の指に突き立てた。
「んっ……」
私と同じく、ぷくりと血の雫が指先でふるふると震える。そして私の指先にそれを近づけて——
くちゅっ。
私の血と、お姉ちゃんの血を触れあわせた。雫の表面が破れ、お互いの指先がお互いの血で濡れていく。
瞬間、ぴりっという微かな衝撃が、私の体の中を駆け巡る。そしてそれを感じた頃には、お互いの指先は離れていた。
「はい、これでおしまい」
そう言いながら私の指に絆創膏を貼りつつ、また話し出す。
「うーん。初めてやったもんだからあんまりよく分かんないね。試しに、ちょっと指に魔力送ってみ?」
送ってみ、って……そんな人にオススメの本勧めるみたいな。教え方があんまりすぎるんじゃないかなあ。
「そ、そんな急に言われても、魔力の送り方なんて分からないです……」
「うーん……でも、アンタにはすごい死霊術の才能があるって話だったよ? 私にはそっちのことはよく分からないけど、魔術の才能があるって事は魔力もあるって事。取り敢えず、指先に力を入れる感じでやってみて?」
取り敢えずって……お姉ちゃんは、一体どんな人から魔術を教わったんだろう。ここまでふんわりした説明だと、逆に興味が湧いてくる。
「そんな適当な……」
「大丈夫大丈夫。魔術なんてほとんどノリと閃きだから。いけるいける。ほら、むむ〜って」
「……分かりました。むむむっ……!」
言われるがまま、指輪を通った指を伸ばし、目をつぶって何となく力を込めてみる。
「ほら、頑張れ頑張れ!」
「ふんん……っ!」
更に力を込める。だんだん指先が熱くなってきたような気がしてきた。
「まだまだ! もうちょい!」
「ん、はああっ……!」
ありったけの力を指先に込めるようなイメージで、全身に力を入れる。頭に血が上ってくらくらしてきた。
「あ、あっ……!」
不意に、さっき指先で感じた痺れるような感覚が、体の奥底から指先に向けて走るのを感じた。
勢いよく指先へとひた走るそれが、いよいよそこへと到達した、その瞬間——
「ん、ふ……!」
指先を突き破って、何かが飛び出したかのような感覚を覚えた。
「……ふふっ」
「え?」
その薄く微笑む声に目を開いて指先を見ると、紅く光る細い糸が短く垂れていた。
「お姉ちゃん! わ、私……」
「おめでとう。これがアンタの、人形術師シャリテの糸。最初の一歩だよ」
「これが……」
改めて指先でたゆたう糸を見つめる。お姉ちゃんのよりも短くて頼りない糸だけど、すごく嬉しい。
糸を出せた事自体じゃなくて、お姉ちゃんと同じ魔術 が、同じ事が出来るようになったという喜びが、お腹の底から湧き上がってくるみたい。
「ふふん、喜ぶのはまだ早いよ。糸を出せてやっと半人前の半人前。五本指全部から糸を出して、人形を操れるくらいじゃないと。付いてこれる?」
私に向かって、ちょっと意地悪な笑みを浮かべる。私はそれに、全力の感情で応えた。
「はい! これからもよろしくお願いしますね、お姉ちゃん!」
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
たまに頂ける感想で、個人的に超好みです、なんて褒めて頂いた日には気分は有頂天ですね。




