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十三話 何が良いんだか

温泉っていいよね

「オンセン……? 何それ?」


 聞き慣れない言葉がイズモちゃんの口から飛び出してきた。今まで結構な所を渡り歩いてきたけれど、そんな単語は聞いたこともない。


「ふふん! 温泉というのはな、簡単に言えばおっきなお風呂だ」

「何だお風呂か……」


 さぞや楽しい所を勧められるのだろうと思っていた所に、ただのお風呂。肩透かしもいい所だ。


 色んな国を旅すると、当然色んな国のお風呂のお世話になる。この大陸の北にあるエデルスの蒸し風呂、これから向かう淫魔の国、ロゼの媚薬風呂とか、結構な種類を経験してきた……媚薬風呂にはもう二度と入りたく無いけど。

 

 だけど、それで楽しかった覚えなんて無い。国や文化が違ったとて、お風呂でする事なんて入って体洗うくらいしか無いのでは?


「ふふん! 分かるぞ、ソワレ殿。お風呂なんてどこも変わらない。そう言いたいのだろう?」

 

 ぎくっ。

 

 私の頭の中を見透かした様な言葉を放つ。これで結構鋭いんだから、結構厄介だよなぁ……。


「百聞は一見に如かずだ。まだ日も少し落ちたくらいだし、十分にくつろぐ暇はあるだろう。さあ、いざ温泉へ!」

 

 

 イズモちゃんに導かれるままに詰所を出て、裏手の藪の中へと入っていく。荒れ放題、生えっぱなしという訳ではなく、明らかに誰かが整備をしている形跡がある。


「ねえ、この道を管理してるのって……」

「無論、我々騎士団だ!」


 後ろから声をかけると、振り向きもせずに返事を返してきた。自信満々な顔をしているんだろうなぁ。


「魔術師隊に優秀な水術師が居てな、水脈を見つけてくれたんだ。いやあ、温泉を作ると提案した時のみんなの喜びようと言ったら。仕事終わりにも関わらず目の色を変えて作業に励んでいたぞ」

「へー……」


 それ絶対温泉そのものが目的じゃない……。まあ、これは心の中にしまっておこう。誰も傷つかないし。


「シャリテ、大丈夫? 着いてこれてる?」

「あ、はい! 大丈夫ですよ!」


 そういつもと変わらない声を上げるシャリテ。ふと、髪が所々びょんびょんと飛び跳ねているのに気づいた。


「うわ、どうしたのその髪の毛。寝グセ?」

「んぇ?」


 さわさわと自分の髪を撫でると、次第にその顔が赤く染まっていく。


「うええっ、何ですかこれ! せっかく髪とかしたのに!」

「あはは、髪の毛びよびよだね。似合ってる似合ってる」


 四方八方に荒れ狂う毛先を指先でぴよぴよと弄ぶ。元々雲のような癖っ毛にこの湿気だ。こうなるのも仕方ないだろう。


「むうう……! そういうソワレさんだって、毛先がくりくりになってますよ!」

「え」 


 慌てて毛先を摘んで見てみると、確かに毛先がぴょこぴょこと跳ねている。それに何だか、手触りがしっとりと湿っぽい気が……。

 いや、気のせいじゃない。なんか藪の中を進むにつれて空気が物凄い勢いで湿気っていく。


「い、イズモちゃん。なんかすごい湿っぽいんだけど……」

「ああ、まあ露天風呂だからな。この辺は多少ジメッとするかも知れない。私は慣れたがな!」

「え、露天? 外にお風呂があるの?」

「うん。こっちでは珍しいかも知れないな……と、見えてきたぞ、あれだ」


 指差す先を見ると、木々にひっそりと紛れるようにして立つ一軒の木の小屋。

 あんまり見たことがない建物の雰囲気だ。カンナギ独自の建築様式かな?

 

「はひぃ……つ、着いたぁ……」


 ぜえぜえと肩で息をするシャリテ。この子はあんまり体力がないらしい。まあ、この先の旅にはアレがあるからまあ大丈夫か……。


「うええ、ベタベタ……早くお風呂入りたい……」


 誰に言うでもなくそんなことを口走りながら、目の前にそびえ立つ小屋を見上げる。その額には玉のような汗がびっしりと浮かんでいた。


「うわ、すごい汗。ちょっと動かないで」

「ひゃっ」


 くいっ、と汗ばむ顎に手を当てて、顔を上げさせる。そして、リンゴのように赤く染まった頬を伝う汗を、懐から出してハンカチで拭ってやった。


「ん、良いよ」

「あ、ありがとうございます……」

「気にしないでよ。ハンカチ持ってなかったっけ? 無かったらそれあげるから」

「えっえっ良いんですか? ソワレさんの分は?」

「私のは予備があるから。子供は、大人がくれるって言ったもんは何でもかんでももらっちゃって良いんだよ」


 などと偉そうに私の持論を語っていると、傍で見ていたイズモちゃんが口を開く。


「こまめに拭くのも良いが、温泉で汗を流すのも良いものだぞ! 隊内には訓練とか任務中に一切汗を拭かないで、ここで初めて汗を流す者も居るくらいだ!」

「ぅわ、きったな!」

「ふふん、それくらいの価値があるということだ。さあ、中へ」


 言いながら、がらりと扉を開いた。横に滑らせて開けるのか……中々新鮮な感覚。


 中もこっちでは全く見ない独特な造りだ。けれど、こんなに異国情緒に満ちていても何故か居心地が良い。


 中に満ちる木の香りがそうさせるのか、昔からここに通い詰めていたかのようなとろんとした心地いい雰囲気だ。


「凄いね、シャリ——」


 振り向くと、後ろに居たはずのシャリテが居ない。ついでにイズモちゃんも居ない。


「あれ? シャリテ? シャリテー?」


 どこ行ったんだあの子は……辺りを見回すも、どうやらこの入り口付近には居ないらしい。


「ふぉおー!」


 ……不意に、奥から大興奮! と言った声が響いてくる。シャリテだ。

 その声を辿ると、赤い暖簾が垂れ下がっている入り口の奥から、きゃいきゃいとはしゃぐ声が聞こえてくる。

 それを潜って部屋へと進むと、何やら沢山に区切られた棚のような物の前で、二人で半裸になって何やら騒いでいた。


「すっごーい! どゆんどゆんしてます! どゆんどゆん!」

「し、シャリテ殿! ひううっ、恥ずかしいからあんまり見ないでくれ!」

「何してんのアンタら……」


 来てみれば、シャリテがイズモちゃんの乳に穴を開けんばかりに見つめているという、不可解な現場に遭遇してしまった。


「あっ、ソワレさん! 見てください! どゆんどゆんしてます!」

「アンタさっきからそればっかりじゃない……」


 心なしか買い物に行った時よりもテンション高めだ。まあ確かに、こんな立派なモノを見たらそれも分からんでもないね。


「一体何食べたらこんな事になるんですか! 今後の参考までに教えて下さい!」 


 はしゃいでいるかと思えば、一国の騎士団長を捕まえて詰問し始めた。このくらいの年の子は、胸の大きさとか気にするのかな。私はそんな記憶ないけど。


「うう……そんなに良いモノでもないんだぞ。刀振る時とか凄い邪魔だし……」

「ぐぐぐ……じゃあなんで下着とかしないんですか! 見せつけてるんですか! ヘンタイさんなんですか!」


 シャリテの中の何かに火がついたらしく、あんまりにもあんまりな事を言い出し始めた。


「ふぐう、酷いぃ……」


 十とそこそこの少女にイジメられ、情けなく潤んだ瞳でこちらを見やる騎士団長その人。ソワレどのぉ……という声が聞こえてくるようだ。


「しょうがないなぁ……」


 ぷりぷりと蒸気を吹き出す勢いで怒る頭を、くしゃりと撫でてなだめる。


「どうどう、シャリテ」

「はっ、おね……」


 はたと振り返った二つの瞳は、私の顔のやや下あたりに注がれている。


「……どこ見てんのよ」

「むむ……ソワレさんも、大きい……」

 

 ぺたんと自分の胸を撫で下ろし、嘆くような長い鼻息と共に口を尖らせる。

 

「なんだ、そんな事気にしてんの?」

「だ、だってイズモさんと、その……」

「イズモちゃんと比べたらダメだって! 私も昔はちんちくりんだったけど、けっこー大きくなったし。これからだよ、これから」 

「……違うのに」

「あん? なんか言った?」

「……何でもないです!」

 

 ……なんだか気難しいなぁ。繊細な子みたいだし、この件はこれくらいにしとこう。 

 

「私も今脱いじゃうから、イズモちゃんと先行ってて」

「分かりました……」

 

 そう言うと、若干涙目のイズモちゃんと一緒に奥へと歩いて行った。

 それを確認してから服を脱ぎ、二人にならってそれを棚のカゴに入れる。

 

「ふぅっ」

 下着を外すと、締め付けから放たれた胸が揺れた。普段は気にも留めない事だけれど、あんな事があるとなんだか気になる。

 

 震えるそれを手で掬い上げ、まじまじと見つめる。こんなに自分の胸を見るのは初めてかも知れない。

  

「……こんなもん、何が良いんだか」

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

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