十一話 酒乱シャリテ
店ん中で何やってんだこいつら
「はんふふ……♪ ほらえはぁん……♪」
ゆらゆらと揺れながら蕩けた顔でこちらを見据えるシャリテ。
その顔には見覚えがあった。まるで獲物に狙いを定めた、今まさにコトに及ぼうとする淫魔のような……。
「え〜い♪」
「おわっ……」
おもむろに腰を上げ、私の座る膝に跨って向かい合う。そして瞬時に両足を体に巻きつけ、完全に密着してきた。
「ちょちょちょ……!」
気づけば両腕も一緒に巻き込んで挟み込まれていて封じられている。しかもめちゃくちゃ強い。この細い体のどこにこんな力が……!
「今、のみもろ、飲まへてあげまふゅからね♪」
上気した顔で私を見下ろしながらうわ言のように呟き、後ろ手で自分が飲んでいた、酒が入った方のグラスを自分の口に付けて傾ける。
とぷとぷと口の中に流し込まれ、しかしそれは飲み込まれない。赤く光る雫を口の端から一筋滴らせ、怪しく微笑んだ。
十代そこそこの少女とは思えない艶かしさに、思わず背筋にひやりとした感覚が走る。
そしてその眼差しは、真っ直ぐに私の口元を突き刺していた。
「んふ……♪」
「あ、いや、ちょっと待って下さ……」
私の言葉だけの抵抗も虚しく、シャリテはじりじりと顔を近づけてくる。もう上気している顔の熱が伝わって来るくらいに近い。そして——
「ん……♪」
「……ッ!」
上から覆い被さるように唇が重なり合う。そして、重力に従って口の中の酒が、私の口へと流れ込んできた。
酸っぱくて、渋くて、肉の温みが移ったそれを受け止める。
その後を追うように熱くぬめる何かが口の中に滑り込んできた。……舌だ。
そして口の中で繰り広げられる、一方的な蹂躙。
震える私の舌を、ぴちゃぴちゃと水音を立てながら絡めとり、酒を口内の隅々にまで染み込ませるように舌で口の中を酒ごとかき混ぜられる。
そのせいなのか、それとも今起こっているコレのせいなのか分からないが、頭がぼうっとして来た。
酒と舌が口の中を這い回る度に、思考に霞がかかったようにぼやけていく。まるで酒と一緒に私の脳みそまでぐちゃぐちゃにかき混ぜられているかのようだ。
「んん……んはっ……ふぅ……♪」
「〜〜〜ッ!」
頭を後ろに下げて蹂躙から逃れようにも、首に回された腕が私の頭を捕らえて離さない。
むしろ、徐々に締め付けを強める腕が私達の繋がりを更に深めていく。
そしてもはやシャリテの舌が這っていない部分など無くなった所で一際大きな水音が弾け、紅く光る糸を引きながら口同士が離れた。
「んはっ……! んぐ、ごく、ぁはっ……」
人肌に温まった酒をようやく飲み下す。食道から下腹にかけてに、形容し難い熱さが広がる。
「んふふ……♪ 甘くて、美味しかったれす」
そう言って淫靡な笑みを浮かべ、指で口を拭う。一挙手一投足がまるで別人の振る舞いだ。これが酒に酔ったシャリテ……!
「きゃはは! ああ、なんだか温かくなっちゃった……えい!」
ばさっと勢いよく上着を脱ぎ捨てた。ブラウス一枚だけの姿が露わになり、舞い上がった髪の毛が汗ばむ顔に張り付く。
「はあ……お姉ちゃん、お姉ちゃん……」
そう甘えた声を出すや体を私にしなだれかからせて、首筋に唇を這わせ始める。
「んむ……へぁむ……」
「ちょ、ちょっと……! 首筋は弱くて……!」
「えぇ? うふふ、良い事聞いちゃいました。はむっ、えれえれ……」
ここぞとばかりに首を責め立てるシャリテ。
「ふぅ……っ!」
時折ちろちろと温かく柔らかな感触が首をつうっと走る。その度に、鼻から抜ける間の抜けた声が出てしまう。
「あはっ、今の声可愛い……もっと聴かへて下はいね?」
不意にシャリテの体勢が大きく動き、私の耳に口を近づけた。
「ふぅ……」
「へゃあ……!」
軽く葡萄の香りが混じる吐息が、私の耳を撫でる。すると、ぞくりとと背筋を痺れる様な感覚が突き刺した。
こ、この子は……! 何だってこう、私の弱点ばっかり……!
「あはは、お耳も弱いんですね? じゃあ……」
はむっ。
耳たぶを包み込む温かい感触。次いで、それをぴろぴろと甚振るぬめった何か。
「お耳、食べちゃいました。んむ、れろ……」
「〜〜〜ッ!」
幸い周りに人が少ないとは言え、声を出すのはまずい。漏れ出す声を、指を噛んで必死に堪える。すると、更に耳への責めは苛烈になる。この子の何かに火が付いたらしい。
ぬめりはとうとう耳の穴にまで達した。まるで別の生き物の様にのたくる度に、熱い吐息が耳を犯す。その荒さから見るに、もはや完全に酒が回っている様だ。
このまま続けていたら冗談じゃ済まなくなる気がする。どうにかしてこの子を止めなければ……。
激しさを増す舌使いに耐えながら、起死回生の一手を模索する。
ふと、シャリテの飲みかけのグラスに気づいた。まだ半分ほど残っている。
——これだ。
首を動かして、耳を犯し続ける舌を自分の口へと迎え入れる。
「ふやっ……」
唇で挟み込み、口内に入り込んだ舌先を私の舌でちろちろとくすぐる。
すると、途端に体がぴくぴくと強張り始める。攻めは得意でも攻められるのは苦手らしい。
「へあぁ……♪」
すっかり体の力が抜け、私の腕も解放された。その隙を突き、両腕でシャリテを引き剥がして腕に抱える。ハタから見ればお姫様抱っこにしか見えないだろう。
「お返し」
グラスを呷って酒を口に含み、シャリテを抱き寄せて口付ける。
「ふんん——ッ!」
とぽとぽとシャリテの口内に流れ込んでいくのを確認し、それを更に舌先でかき回す。
さっき私にした事を、そっくりそのまま味わってもらおう。
さっきよりも少し多めに空気を含んだ水音が響く度、シャリテの爪先がぴくんと跳ねる。
「ん……ぷはっ」
「はへぇ……♪」
舌を這わせ、口の中に酒が残っていない事を確認して口を離す。シャリテの表情は蕩けきっている。あと一押しだ。
「も……ゆるひてくらはい……」
「あん? だーめ。まだちょっとお酒残ってるでしょ?」
見せつける様にグラスを呷り、残りを全て流し込む。そして、さっきのをもう一セット。
口の中の隅々を、舌から歯の一本一本に至るまで丹念に愛撫する。
「ぐっ……じゅるっ。はんっ、はぷっ……」
「ふうっ、はっ。ごくっ。えれえれ……んっ、はんんっ」
シャリテの歯、一粒一粒ちっちゃいなぁ……。
あっちこっちちっちゃくて、温かくて、柔らかくて……。
「ふはっ……」
息継ぎの為に口を離すと、酒を飲み込みつつ物欲しげに私に潤んだ瞳を向ける。滲んだ涙は寂しそうにふるふると震えていた。
「寂しいです……もっと、ぎゅって……」
普段の丁寧な喋り方も泥酔した今ではナリを潜め、ただ私との繋がりを求めている。
「……欲しがりさんめ」
鮮やかにてらてらと光る舌を、再び口に含んで慰める。
可愛がっているうちに、さっきまでは威勢の良かった舌も、今では大人しくなった。ぐったりと口内に横たわるそれを私の舌で無理やり弄ぶ。
我ながら呆れるほど熱中してシャリテと繋がっていると、不意に安らかな寝息が聞こえてきた。
「ぷゃ……ぷゃ……」
頰を真っ赤に染め、汗ばんだ顔に髪を張り付かせながら眠っている。
「ふぅっ。全く、手間のかかる……」
静かになった所で卓上を見回すと、すっかり冷めてしまったハンバーグが二つ。勿体ないな、持ち帰りとかできるかな?
ちりん、と店員さんを呼ぶ。即座に私たちの前に現れるけれど、今更驚きもしない。
「すみません、この子寝ちゃって……持ち帰りって出来ます?」
「かしこまりました。包んだ物をご精算時ににお渡ししますので、少々お待ちください」
そう言って手際よくテーブルの上を片付け、カウンターの奥から箱と布を取り出した。
「よいしょっと」
完全に落ちた少女を背負い上げ、カウンターへと向かう。向かい側では手際よく残ったハンバーグを箱に入れ、落ち着いた柄の布で包んでくれていた。
「ところで、お客様」
不意に、手を動かしながら私に声をかけてきた。
「な、何でしょうか」
「今後ああいった行為は店内ではご遠慮いただきます」
その言葉に、胃の中に氷の塊を落とされたかの様な寒気が走る。冷静に考えると、公共の場でとんでも無い事をやらかしていた。
「……バレてました?」
「ここが暇で良かったですね?」
私の胸にぐさりと刺さる、鉄の様な真顔から放たれる視線が辛い。痛い。そんな目で見ないでください。
「うぐ……ごめんなさい」
「分かっていただけたなら幸いです。では、こちらお持ち帰りで」
顔色一つ変えずに差し出された包みを、代金と引き換えに受け取った。
「またのお越しを」
その言葉を背に、私たちは店を後にする。
店を出ると、かなりの時間をあそこで過ごしていたのか、すっかり人通りは失せていた。
かつて渦巻いていた人々の熱気の代わりに、冷たい夜風が髪を撫でる。
そこへ、熱のこもった風が一つ。肩に乗る顔から私の耳へと流れてくる熱い吐息を感じながら、詰所までの道を辿っていった。
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