八話 一番弟子
しばらくイチャイチャします。
街に着き、向かったのはバルド商会。あのクソ店主のいる胸糞悪い店だ。
相変わらず胸糞悪くてムカつく店構えをしているけれど、胸糞悪い事に今みたいに色々な物をまとまった量で買いたい時には、色々な店を見て回った結果ここが一番買い物に適している事に気が付いた。
いつかの時と同じように店のドアを開けると、あの時と同じ光景が目の前に広がる。
乾いた木と、古い書物特有の香り。雑多な品物が無数に並び、迷路のように乱立する棚。
唯一違うのは、隣には無邪気にはしゃぐ少女がいるという事だ。
「わぁ……! 凄いですねぇ。何に使うのかよく分からない物がいっぱい有りますよ!」
好奇心に満ちた瞳を輝かせながら、近くの棚に置いてある細々とした雑貨を指でつついている。
「コラ。あんまりつつかないの。壊しちゃったらお金取られちゃうんだからね」
「あわわっ、分かりました」
「ん。さて、まず必要なものは……木材かな」
木材は、人形達の体を構成する、人間でいう骨だ。それ故に素材に一番気を使う、肝心要の所だ。
戦闘時には魔力を通して使い魔化する都合上、魔力を通しやすい素材が一番良い。
「すいませーん」
例によって私達では探しきれないので、店員さんに頼る。
私の声が棚の群れに吸い込まれていくと、ぱたぱたと奥から小走りの足音が聞こえてきた。
「お待たせしました……あら! お久しぶりです、人形術師さん!」
出て来たのは、あの時と同じメガネの店員さん。相変わらず埃で汚れたエプロンとハタキをはたはたとはためかせている。
「あら、そちらの子は……」
メガネの奥の瞳が、シャリテを捉える。
「は、初めまして! 私、シャリテといいます!」
やや緊張気味に挨拶をする。人見知り気味なのかな?
「この子はウチの新人なんですよ。今日は見学がてら、人形作りの素材を買いに伺いました」
「まあ、そうなんですか! で、具体的には、どの様な?」
「木材が欲しいですね。欲を言えば、魔術師の杖に使われるような魔力を通しやすい物が」
これは中々の難題だったようで、店員さんは顎に手を当てて考え出した。
「うーん……魔力を通しやすい、ですか。……少々お待ち下さい」
「ありがとうございます」
心当たりがあったのか、そそくさと背中を向けて再び棚の奥へとエプロンとおさげを揺らしながら駆けて行った。
さて、待ち時間が出来た。なんか見て回るかな?
「ねえ、シャリテ、なんか欲しいもの……」
振り返ると、何やら埃を被った一冊の分厚い本に釘付けになり、立ったまま読みふけっていた。
「何読んでんの?」
返事がない。聞こえていないようだ。
後ろからページを覗き込むと、魔術の入門書だった。それも時代遅れの骨董品だ。
「うへえ、古っちい。魔素の概念も詠唱の短縮法も、こんなの今時誰も必要ないでしょ。いつの本よこれ?」
「うーんと、大体五百年くらい前のみたいですね」
「ごひゃく……!? もはや化石だね。なんでそんなの読んでるの?」
「ええと、この本を書いた人なんですけど……」
そう言って本を閉じ、表紙に書かれた著者名を指差す。
ヒュー・ウィリス……聞いたことは無い。大方無名の学者がやっと出版できたような本だろう。
「この人がどうかしたの?」
「いえ、なんだかどこかで見たような……」
インクの掠れた文字を、しげしげと見つめる。これが記憶の片隅をつついているのかも知れない。
「もしかしたら、シャリテの家は学者さんの家なのかもね」
「え?」
「こんな古い本の著者なんか、見覚えがあるのはかなり限られてくると思う。古物商か学者か……とにかく、古い物に縁がある家なのかも」
「そうなんでしょうか……」
「ま、あっちこっち旅する内になんか思い出すかもね。焦らない焦らない」
そんな事を話しつつ、シャリテと一緒に雑貨を眺めながら待つ事数分。再び奥からぱたぱたと音が近づいて来る。
振り向くと、両手に一つの大きな何かを抱えた店員さんが少し息を荒げて歩いて来ていた。
「はぁっ……! お、お待たせしました……!」
手頃な大きさの棚を机がわりに、どかっと手に持つ何かを落とす。
それは、一本の黒い木材だった。埃を被っており、仕入れてからしばらく放って置かれた事が見て取れる。
指でその表面を撫でると、古びていながらも艶々とした手触りが心地いい。
「これは……漆黒檀ですね」
「ご存知なのですか?」
「ええ、仕事柄。一流魔術師御用達の、杖を作るにはこれ以上ない代物です。どこでこれを?」
「さぁ……少なくとも私が雇われるよりは前のはずです。こんなの入荷したら忘れようが無いですからね」
なんとも大雑把だな……まあ、この辺は私には関係ない事。私が知りたいのは、これが買えるか買えないかだ。
「これ、お幾らですか?」
「うーん……何しろいつの在庫なのかも分からないですしねぇ……お値段も付いてないし……」
うんうんと唸りだす店員さん。やがて、何かを思いついたように懐から取り出したそろばんを叩き始めた。
「ひい、ふう、みい……じゃあ、このお値段で」
提示された金額は、漆黒檀の相場を遥かに下回る格安の値段だった。桁を一つか二つ、計算し忘れているんじゃないだろうか?
「ええと、このお値段は、どういう計算で……?」
「今日の私の晩ご飯代です」
「は?」
「今日は私の行きつけのご飯屋さんで特別メニューが出る日なんです! 少し高くて手が出ないんですけど、そのご飯代として頂ければ!」
「ははあ、成る程……」
いや、ちゃっかりしてるなあ……流石はこの街の住人、といったところかな。こちらとしては願ったり叶ったり、何も言うことはない。
「じゃあ、このお値段で」
まんまると膨らみ、未だ余裕を見せる財布から金貨を数枚摘んで取り出す。
それを店員さんの手に乗せると、一層愛想のいい声を上げる。
「はい! 毎度ありがとうございます! おかげさまで今日はご馳走です!」
目がキラキラと輝いている。よほど楽しみにしているのだろう。私達も、二人で夕飯を食べに行くのも悪くないかな。
「ええ、お互いに良い取引が出来て何よりです。それでは、私達はこれで。帰ろ、シャリテ」
「はーい」
未だに品物を眺め回しているシャリテを呼びつつ指を鳴らし、人形達を呼び出す。
地面に降り立った小さな騎士達は棚の上に乗せられた木材を見つけるなり一斉にそれに飛びかかり、数人がかりで持ち上げて器用に床まで下ろして見せた。
「やぁん、やっぱり可愛い……そうだ。私、明日お休みなんです。だから、どこかで人形術を教えて欲しいなぁって……前、教えてくれるって言いましたよね?」
言ったっけ、そんな事……たまにその場のノリで適当に喋っちゃうから、あんまり覚えてないんだよね。それに、今はそんな暇は無い。
「残念ですが、それはまたの機会に。何しろ――」
「きゃっ!」
後ろでぽけっとしている新人の手を引き、見せつけるように私の横へと引き寄せて肩を抱く。
「――一番弟子が出来たものですから」
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