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六話 私と来なよ

皆さま、お待たせしました。いっぱい書き貯めました。

「ただいまーっと」

「ただいまーです!」


 今や我が家と化した騎士団長室へと上がりこむと、イズモちゃんとユエが何やら机に広がった書類とにらめっこをしている。

 私たちに気づくと、机から目を離してこちらに視線を向け、笑顔で声を返してくれた。


「やあ、ソワレ殿、シャリテ殿。二人で散歩でもしていたのか?」

「まあ、そんなとこ、ね、シャリテ」

「うん、ソワレさん」


 さっきの言葉の通り、シャリテは人前では私の事をお姉ちゃん♪とは呼ばない。いつも通り、ソワレさん、だ。


「むっ。着ている服が違う様だな。そっちの服も可愛いじゃないか! 似合うぞ、シャリテ殿!」

「え、えへへ……ソワレさんが、買ってくれたんです」


 少し頬を染めてそう囁くと、恥ずかしいのか私の後ろに隠れてしまった。


「まあ、仲が良くて愛らしい事。そうしていると、まるで姉妹の様ですわね?」

「茶化さないでよ、この子恥ずかしがり屋なんだから。……所で、アンタ達は何してたの? そんなに紙広げて」


 その問いが部屋に響くとともに、目の前の彼女達の顔が少し曇った。イズモちゃんに至っては、話しづらそうにもごもごと第一声を探っている様だ。


「……シャリテ様のご家族は、発見できませんでした」

「え……」


 周りの空気から楽しげな温かさが一気に引き、代わりに真冬の様な無慈悲な冷たさが辺りを支配した。


「だ、大丈夫だ! カッカラとエデルスにいる騎士団にも情報は回しておいた。もう少し探せば、きっと!」

 慌てて励ます様に声を張るイズモちゃんだけど、周りの凍てつく様な空気の前には無力だった。

「そう、ですか……私の、家族……お父さんと、お母さんは、見つからなかったんですね」

「うう、すまない……」

「あ、謝らないでください! イズモさんは、一生懸命探してくれました!」


 しょぼんと肩を落とすイズモちゃんを、必死で励ますシャリテ。今一番辛いのは、この子の筈なのに。


「……ねえ。じゃあ、この後この子は、どうなるの?」


 問うと、イズモちゃんは更に渋い表情になり、申し訳なさそうに目をそらす。


「……規定の手順に則れば、以前も言った様にシャリテ殿は孤児院に入るか、里子に出されることになる」


 一層重たく、寒々しい雰囲気が立ち込め、それに気づいたのかあわあわと再び口を開く。


「あ! え、ええと、だ、大丈夫だ! この街の孤児院はすごくいい人が経営しているんだ! 悪い様にはしないぞ、うん!」 


 気を利かせてくれたんだろうけど、かえって逆効果だ。孤児院行きの話が現実味を増し、シャリテは今にも泣き出しそうな顔をしてしまっている。


「う、うう……嫌、です……」


 そう弱々しく呟くと同時に、私の背中にとすんと軽い衝撃が走る。次第にそのあたりに広がっていく仄かな熱。私の背中に顔を伏せ、泣き始めてしまった。時折すんすんと震える体が、私を揺らす。


「せ、折角……! 折角皆さんが、私の事を知ってくれたのに……! なのに、また誰も私を知らない所になんか、行きたくないです……!」

「……!」


 ああ、そうだった。あの時味わった感覚を、やっと思い出した。


 独りは、怖いんだ。誰も自分を知らなくて、自分も誰も知らなくて、まるで世界から切り離されたかの様な、あの感覚。

 それに、この子の場合は記憶が全くない。だから、余計に怖いんだ。ハナから誰も自分に興味が無いって知っていれば、諦めもつく。

 だけど、もしかしたら自分のことを知っている人がいるかも知れない。そういう希望が目の前にブラ下がっていると、それがどんなに朧げでも頼りたくなる。縋りたくなるんだ。


 その希望の糸がぷつりと切れれば、希望は絶望に変わる。後はそれを抱えて、ただ底深く落ちるだけ。

 こんな子供にそんなのを味わわせるなんて、そんな後味が悪いこと、無いよね。


「……ねえ、シャリテちゃん」

「ふぇっ……」


 振り向いてシャリテの肩に手を置き、綺麗な夕暮れを宿した瞳を真っ直ぐに見つめ、問いかける。


「料理は出来る?」

「え……それは、どういう」

「良いから質問に答えて。料理は? ご飯、作れる?」

「え、ええと、簡単なものなら……出来ると思います」


 ふん。記憶喪失って言うけれど、その辺のことは覚えているのか。体が覚えているのかな?


「じゃあ、次の質問。旅をするのは好き? あちこちを回って、色んなところを見て回るの」

「す、好きです……さっきも、ソワレさんと一緒に街をお散歩して、とっても楽しかったです」


 ……うん。いいかな。


「ねえ、シャリテ。私と一緒に、旅してみない?」

「えっ……!?」


 うーん。どう見てもビックリしてる。まあ、急な話だし、しょうがないか。


「私、人形劇をしながら旅してるんだ。一人でやってると、どうしてもお手伝いさんが欲しいんだよね」

「人形劇……」

「そ。結構色んなとこ行ったりきたりするからさ。もしかしたら、シャリテの記憶を取り戻す助けになるかもって思ったんだけど、どうかな……?」

「え、ええと……」 


 もじもじと口ごもるシャリテ。もう一押し、これでとどめだ。


「私と来なよ。私にはアンタが必要なんだ」

「……! はい……! はいっ!」


 唐突に上がる、興奮したような高い声。懸命に言葉を紡ぐシャリテの顔は、真っ赤に燃え上がっている。

 不意に熱っぽい両手で私の手を取った。


「ソワレさんと、一緒に行きたいです! 今日みたいに二人でお買い物したり、お菓子食べたり、いっぱい、いっぱい!」

「ふふん、よし。じゃあ決まりだね」


 掴まれた手を引いてシャリテを引き寄せ、抱きしめる。すっぽりと胸の内に収まる、抱きやすくて心地いい大きさだ。


「今日からシャリテちゃん……いや、アンタは私の人形劇団の一員。よろしくね、シャリテ」


 私の胸に埋まった顔がもぞもぞと動き、満開の花のようなもの満面の笑みを浮かべた顔が私に向けられる。

 遺跡で見つかった事とか、記憶の事とかよく分からないことは色々あるけれど、そんな事はどうだっていい。そんな細かいことをいちいち気にしていたら旅なんて出来ない。


「はい! よろしくお願いします、ソワレさん!」

久しぶりの投稿になってしまい、申し訳ございません。

本日から改訂版を毎日一話づつ投稿させて頂きます。

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