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四話 モブとキャラ

面白そうなエピソードを思いついたので差し込んでみました。お暇があれば是非。

 店を出ると、高く登った陽が照って目を刺す。まだ時間はたっぷり、財布もたっぷりだ。次はどこに行こうか……。


「そのう……ありがとうございました!」


 不意に、後ろから控えめに囁くような声がした。振り向くと、真新しい服を着てもじもじとしているシャリテの姿。


「良いの良いの。どう? 気に入った?」

「はい! とっても可愛いです!」


 はしゃぎながらひらひらとスカートを風に遊ばせるシャリテ。遠目に眺めてみるとこの子、かなり可愛いぞ。

 夕焼けに照らされた雲のような金色のふわふわ癖毛、スカートからスラリと伸びる、黒いソックスに包まれた脚……うん、可愛い。うちの看板娘にしたいくらいだ。


「えと、どこかおかしいですか……?」

「ああ、違う違う。あんまり可愛かったからさ、ついね」

「そ、そんな……えへへ」


 ぼっ。恥じらう頰が赤く染まった。旅をしていると相手にするのは殆どスレた大人ばっかりだから、こういう初々しい反応はすごく新鮮。


「よっし、じゃあ他にも見て回ろっか。どっか適当にふらっと」

「わあ……! はいっ!」


 私の歩く後ろを、うきうきと追ってくる。ついでに買った新しい靴の音も、どこか楽しげに石畳の床を叩く。


「この辺りは、お洋服屋さんばっかりなんですね?」

「お店の数が多すぎて、売り物別に区分けされてるみたいだね。何か探してるの?」

「その、本が欲しいなぁって……」

「あん? 本?」


 また以外な物を……しかし、本か。どこに売ってるんだろう? 少なくともこの辺の店には無さそうだけど。


「んー……んじゃ、お散歩しながら探そっか?」

「はい!」 


 てこてこと歩みを進める度に、目まぐるしく店の雰囲気が変わっていく。さっきまでは服屋が立ち並ぶ一角だったはずだけど、いつの間にか酒屋の並ぶ通りに出てしまった。


 まだ陽が高いこともあって人は疎ら。夜にはここも騒がしくなるのだろう。後ろを見ると、やや緊張気味にしているシャリテ。ちょっとお話しでもしてほぐしてあげよう。


「ね、シャリテちゃん。どんな本読むの?」

「えっ?」

「本が欲しいって言ってたでしょ? どんな本読むのかなって」


 尋ねるとシャリテは恥ずかしそうに少しうつむき、ちびちびと小さく唇を震わせる。


「ええと……小説、です」

「ふーん。どんなの?」

「え? ええと……その……」


 途端に顔を赤らめる。もじもじ、くりくりと指を遊ばせて恥じらうその姿は、私のいたずら心を酷くくすぐった。


「えー? いーじゃんいーじゃん。教えてよー」

「そ、その……『蜜月のアニエス』っていう……本、なんですけど……」


 ふぅん……? 聞いたことないな。仕事上いろんな本読んだりはしたけど、それでもちょっと記憶に当たる所がない。


「どんな小説なの?」

「ええと、その、れ、恋愛小説で……」

「あはは、随分可愛いの好きなんだね……んん?」


 雰囲気の変化を感じて立ち止まる。酒屋の通りだったはずだけど、今やいかがわしい店がいくつも立ち並ぶ、いわゆる歓楽街へと足を踏み入れてしまった。

 どこもまだ閉まっており、人通りもほとんどない。しかも——


「——迷った」


 しゃべくりながら歩いていたのがマズかったのか、結構奥の方まで入ってきてしまった。これ以上進むのは情操教育的な意味でもよろしくない。さっさとここを抜け出さなければ……。


「戻ろっか、シャ——」


 振り向くと、さっきまで後ろに居たはずなのに忽然と姿を消してしまった。


「ちょっと勘弁してよ……! シャリテちゃーん?」


 ……返事がない。


「もう、どこに……」


 人気の無い歓楽街を、当て所なくきょろきょろと見回す。


「あっ!」


 すると、奥の曲がり角に一瞬、ひらひらとスカートが消えていくのが見えた。さっきの服屋で見た物と同じ……ような気がする。


「はあ、全く……」


 不確かな記憶に縋り、そのスカートを追って駆け出した。その曲がり角に差し掛かった所で、不意に奥から声が聞こえてくる。


「す、すみません、通して下さい……」

「へー、可愛いじゃん。なぁ、どっかで遊ばねえ?」


 シャリテの声と、男の声。それもかなりガラが悪い。普段なら決してお近づきになりたく無い感じの雰囲気が漂っている。


「い、今ちょっと急いでて……」

「いいじゃん、遊ぼうよ。こんなトコに来てるくらいだから、けっこー好きなんでしょ?」

「そ、その……私、初めてここに来て……」

「へえ。じゃあ俺たちが案内したげるからさ、ほら……」

「嫌っ、離して下さい!」


 ……なんかめんどくさい事になってしまったらしい。しょうがないな……。


 曲がり角から体を出し、声の方へと目を向ける。いかにもといった人相の、大きいのと小さいのの二人組の男に絡まれ、縮こまるシャリテの姿があった。


「はぁい、シャリテちゃん」


 そう言いつつひらひらと手を振ると、私に気付いたシャリテは今にも泣き出しそうな目でこちらを見る。


「ソワレさん……!」

「あっ、おい!」


 一瞬の隙をついて、二人の間をすり抜けて私の元へと駆け出してくるシャリテ。抱きとめると、ふるふると震えながらひしっと私の体に抱きついてきた。よほど怖かったのだろう。


「ダメじゃん、一人でどっか行ったら」

「くそッ! 誰だよテメエ!」


 口を挟んできた男は、眉を釣り上げて私を睨みつける。よほど気分を害したらしい。知ったこっちゃ無いけど。


「この子の……まあ、姉かな。この街に不慣れなもので。さあ、帰ろうか」


 そこまで言うと、もう片方の大きいのがずいっと歩み出て、大口を開けてがなりたて始めた。


「横からしゃしゃり出てきて勝手な事吐かしてんじゃねえぞッ! この俺たちを舐めてんのかッ!」

「へえ? そんなに有名なんだ?」


 私の問いに、男たちはにわかに顔を歪ませて笑う。揃いも揃って馬鹿面だけど。


「俺達はモラとキャブ! ビスクどころか、レジネッタ中で俺たち兄弟を知らねえ奴は居ねえんだ!」

「モブとキャラ……? ううん、ごめん。知らないわ」 


 一言放った瞬間、場の空気が凍りついた。同時に彼らのこめかみにミミズのような青筋がぴくぴくと浮き出し始める。


「てめえ……ッ! 今なんてったッ!」

「? モブとキャラでしょう? だから、知らないって。こんな女の子相手に必死にイキがるんだから、さぞ有名な変態なのかな」

「ぶっ殺すッ!」


 そう叫ぶと、同時に懐から武器を取り出した。大きい方は手斧を二丁。小さい方は大きく反り返った片手剣をそれぞれ構え、私に突きつけた。


「その口二度と開けねえようにして、ガキ共々甚振ってやるよ……!」

「……アンタ達は今、武器を持った。本気のやり合いも覚悟の上って、そう言う事でいいんでしょ?」

「覚悟すんのはてめえだッ! 死ねやぁッ!」


 男たちの小汚い咆哮を、私は明確な敵意と受け取った。


「……かしこまりました。それでは始めましょう。観客の皆皆様方」


 両手を広げ、空に糸を放つ。いつもの人形達で、シャリテに人形術のお披露目と洒落込もう。


「な、なんだ、コイツらはッ! !」


 路地裏を制圧する十体の人形。ソレイユもお披露目したいところだけど、流石に殺してしまいかねない。というか人間相手に使ったのはイズモちゃんが初めてだ。


「さあ。これより始まりますはほんの些細な、取るに足らない小さな物語」


「小さな女の子に群がるチンピラを、正義の騎士達が叩きのめすという、捻りのないありふれた物でございます」


「特等席のお二方におかれましては、どんなに痛くとも、どんなに惨めであろうとも、どうか最後までのご観劇をお願い申し上げます」


「それでは、束の間の夢物語を、どうぞお楽しみ下さい。それでは、始まり始まり……」

いつも読んでいただいてありがとうございます。

ブクマ100まであと十二件となりました。ひとえに皆様のおかげです。これからもよろしくお願いします。

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