二話 可愛い子には可愛い服を
《今日からここがアンタの家だ。私がきっちり魔術を叩き込んでやるよ――》
何だ……?
《あー、この魔術もダメか。ここまで魔術の適正が無いのも珍しいなぁ。あん? おいおい泣くなよ。大丈夫だって、魔術は星の数ほどあるんだ。お前が使えるモンだって絶対――》
これは……夢?
《よりによって人形術か……クックッ。お前やっぱ面白いな。いいよ、人形術は私のオハコだ。一人前になるまでしごいてやるよ――》
クソ、何で今更こんな夢……
《これで私がお前に教えられる人形術はもう無い。一人前だ。……オイ、調子に乗んなよ? あくまでお前が一人前なのは、人形術だけだ。それ以外はてんでダメなんだからな――》
余計なお世話だ……
《私が師として、弟子であるお前に二つ名をやるよ。そうだな、今日からお前は――》
それにしても、何だか顔がくすぐったい。
「ふむがっ……」
椅子に座りながらいつのまにか寝てしまった私を、謎のくすぐったさが呼び起こす――何だか随分と懐かしい夢を見た気がする。
寝ボけた目を擦ってこじ開けると、私を見据える、夕暮れのような色の二つの瞳。
「ひゃあッ!」
驚くあまり、体に電流が走ったかのように全身が跳ねる。完全に覚醒した私の前には、私の顔を至近距離まで覗き込むシャリテの顔があった。
「うおお、びっくりしたぁ……」
「ご、ごめんなさい! つい……」
つい……? つい、何だろう。私の顔になんか付いてたかな? まあ良いか。
「ふぁあ……どれくらい寝てたかなぁ」
窓を見ると未だ空は青く、太陽は高く登り光を放っている。まだ昼過ぎ、どうやら一時間も経っていないらしい。
「ふわぁ……みんなは?」
「イズモさんもユエさんも、お仕事だそうです。後で、また来るって」
「あぁ、それもそっか……」
騎士団はこの子の身辺調査やらで忙しいだろうし、ユエさんは……検査とかで忙しいんだよね、多分。きっとそうだ。
「あ、そうだ! イズモさんがソワレさんにって、これを」
「お、これは……」
シャリテが指し示す先には、すぐそばの机の上に置かれた皮袋。口を閉じている皮袋を緩めると、中からは金貨がぎっちりと詰まっている。討伐依頼の報酬だ。
「んん――っ、と」
椅子を立ち、凝り固まった筋をほぐす様に伸びを一つ。
明瞭になりつつある私の脳が次に考え始めたのは、今日の予定だった。
依頼をこなし、報酬で懐もホクホク。せっかくビスクにいるのだから、買い物をしないのは損だ。さあて、何を買おうかな?
「お出かけですか? 気を付けてくださいね」
そう言いつつ、私を見送ろうとするシャリテ。何でもない様な顔をしているけれど、どこか寂しそうな雰囲気を滲ませる。
「ふうん……」
ふと、シャリテの服が目についた。
今着ている、その服……。買って来たのは恐らく騎士団の連中、それも男だろう。例えるならば、男親が慣れない服のセンスをどうにか絞り出して選んだ、というような雰囲気を感じる。
このままでも悪くはないんだけど、この子の金色の雲のような髪に、透き通る白い肌。それを適当なワンピースで着飾ってしまうのはなんていうか、勿体ない。
「そ、そのう……私の顔に、何か付いているでしょうか?」
そう言ってぺたぺたと自分の顔を触り始める。……可愛いなあ。
「よし、決めた。ねえ、シャリテちゃん」
「は、はい」
「私と一緒に、お買い物行こ?」
ぽかん。そんな擬音がぴったりな顔を浮かべている。
「わたしと……ですか?」
「嫌?」
「そ、そんな事ないです! そんな事ないですよ!」
すかさず問い返すと、わたわたと手を振って否定する。
「で、でも、やっぱりご迷惑ですよ。私の事は、いいですから……」
随分と遠慮深いな……警戒してるのかな。まあ無理にでも連れ出すんだけど。
「へー。ふーん。じゃあシャリテちゃんは、私には一人で寂しくお買い物が似合うって言うんだー?」
「ひやっ……ち、違いますよ!」
隙あり。ふふん、ちょろいわ。
「じゃあいいじゃん。ねっ? ほらほら、早く行こ? 日が暮れちゃうよ」
「ひやぁ……ちょ、ちょっと……」
有無を言わせず手を引いて連れて、いや、連行していった。
最初こそ抵抗はしていたけれど、いざ街まで連れて行ってみるとその賑やかな光景に目を奪われ、すっかりノリノリになっていた。
「ふわぁ……すごいすごい! ソワレさん、見てください! 大きなお魚が沢山ですよ!」
今彼女の心を掴んでいるのは、魚屋の店先に並ぶとれたての魚達。今からそんな調子で、この先の光景を見たらどうなるのか。実に楽しみだ。
この街の服飾店はすでに調査済み。普段の私では手も足も出ないようなお店も、熱々のこのお財布にかかればなんて言うことはない。
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