一話 初収入は拾い物
ソワレちゃん割りとガメツイです
「――以上をもって終幕でございます。しばしのご観劇、誠にありがとうございました。人形遣い、ソワレ・バントロワがお送り致しました」
一通りの劇を終え、舞台の上の人形たちと共に恭しく頭を下げる。同時に、子供達のまばらな拍手がつむじに響き始めた。
足元の人形達は帽子をひっくり返して持ち、器の様にして待機させている。
これは断じて『見てくれてありがとうございました』のポーズなどではない。これは『見るもん見たら払うもん払え!』のポーズだ。
劇が終わった直後に『それではお代はこちらでーす!』などと吐かした瞬間、劇の余韻は一気に台無しだ。かと言ってこちらもタダで仕事をする気は毛頭無い。
劇を終えて首を垂れ、帽子の中におひねりを放り込まれるのを粛々と待つ。ここまでが劇の流れであり様式美。
そんな訳でこの姿勢は、人の奥ゆかしさとプロとしての誇りを天秤にかけた末に生まれた作法なのだ。
見たところ観客はチビっ子達だけの様だけど、裕福な商人の子供なのだろう。みんな揃って良い身なりをしている。これは懐の方もさぞかし温かいと見た。初めての土地での興業一発目だが、これは期待できそうだ。
「おにんぎょうさんかわいかったねー!」
「まじょのおねえちゃんありがとー!」
などと無邪気にはしゃぐ子供達は、目論見通り人形が持っている帽子にぽすぽすと何かを放り込み始めた。
「来た来た来た来た……ッ!」
すぐにでも帽子の中身を確認したいところだが、観客が全員去るまでこの姿勢を解くわけにはいかない。これも作法の一つだ。
永遠とも思える時間が過ぎ、足音が遠ざかるのを確認してからようやく頭を上げる。そこそこ長く人形劇をしているが、この瞬間の為に劇をやっていると言っても過言ではない。
「くふふ……さぁて初興行の成果はぁっと」
指を手繰り、帽子を持った人形を呼び寄せて中身を覗き込んだ。
「……ッ!?」
帽子の中に広がる光景に、思わず息を飲む。今までこんな光景にはお目にかかった事がない。鼻息荒く人形から帽子を引ったくり、それを無造作にひっくり返して中身を掌の上に落とす。
ぽろぽろぽろ……
飴玉みっつとビスケット一枚。それが本日の成果だった。
「……」
祈る様に帽子を振ってみるが、落ちてくるのはビスケットのカケラと糸くずだけ。これが全てである。
「……やっぱお子ちゃまには早かったかなあ」
劇の選択がまずかった。素直に子供向けのシナリオにするべきだったか。
ちなみにさっきの劇は、記憶喪失の少女と魔女の冒険譚。旅を続けるうちに二人の仲は親密なものになり、やがてただならぬ関係に……という物だ。もちろん私のオリジナル、三日三晩寝ずに書き上げた力作だ。あえなく撃沈した訳だけど。
「はぁぁぁぁ……」
船の欄干にだらりと体を預けて深いため息をつく。
「ふんだ。本業で稼ぐから別にいいもんね」
言いながら、手に持った一枚の手紙を開く。私をこの地へ誘った張本人だ。
《糸繰りの魔女ソワレ殿。かねてより貴女様の評判を聞き及んでおります。つきましては、ぜひ我々、ドロワ・ルプスの依頼をお受け頂きますようお願い申し上げます。レジネッタ王国領、ビスクにてお待ちしております》
文面にはたったこれだけしか書かれていない。ドロワ・ルプスなる組織が何なのかも、仕事の詳細も無しだ。
手紙自体は恐ろしいほどの達筆で書かれており、手紙の折り目も寸分違わず中心についている。よほど几帳面な人物が手紙をよこしたのだろう。その割には余りにもお粗末な手紙だけど。
最初はこの訳の分からない依頼を蹴ろうと思っていた。しかし、手紙に封をしていた蝋封の刻印に見覚えがあった。
三つ首の獣の意匠。これは世界三大大国の一つ、レジネッタを守護する三つの騎士団の紋章だ。
つまり、これは騎士団の、ひいては世界に名だたるレジネッタ直々の依頼というわけだ。
この仕事を完遂した暁には、私の名にも箔がつくと言うもの。報酬にも期待していいだろう。
かくして私は、大国レジネッタと、そこの騎士団と思しき団体からの依頼という金の匂いに目が眩み、この船に乗ったのであった。
「んー……」
うつむきながら何気なく手紙を眺めていると、時折私の目をチラチラと照らす光に気がついた。目でその光の元を辿ると、見張り台の縄ばしごに引っかかっている何かが、陽の光を反射している。
普段なら気にも留めないだろう小さな輝き。しかし今は私の心を強く惹きつけていた。金欠だったからなのかも知れない。とにかく、気付けば私はあの輝く何かを手に入れようとしていた。
欄干に背中を預けながら人形を取り出す。人形と言っても何の装飾も施されておらず、ただ人の形をしているだけの素体だ。
それを自分の手のひらに乗せると、指先から青白く光る糸を放ち人形に這わせる。糸はすっかり人形を、まるで青く光る糸繭のように覆い尽くす。
次第にはらはらと糸がほどけ始め、中からは手のひらサイズのカラスが現れた。
「さあ、取ってきな」
カラスに向けてそう囁くように命じると、カラスは私の手のひらを蹴り、光に真っ直ぐ向かって羽ばたいた。飛ぶ軌跡には、指先から伸びる青い糸が尾を引いている。
やがてカラスは嘴に何かを咥えて戻ってきた。ちゃりんと手のひらの上にそれを落とし、そして音もなく元の人形の姿に戻っていく。
「ふーん……なんだろう、これ」
人形を懐にしまいながら手のひらのそれを指で摘んで角度を変えながら眺めてみる。
見たところ鎖にコインが提げられたもので、見ようによっては雑なペンダントに見えなくもない。鎖は何の変哲も無い鉄製。しかしコインの方は鉄とは明らかに違う材質だ。
私の顔が映るほどに磨き抜かれた表面は、銀色の冷たい光を放っている。彫られているレリーフも相当に凝っている。竜を象った物かな。少し古びてるけど、なかなかの収穫だ。適当に質に入れれば今日の宿代にはなるでしょ。
ペンダントを懐に入れると、不意に鯨の低く長い声が響き渡る。間も無く到着する合図だ。
振り返ると、はるか上空にあるここからでも街道にひしめく沢山の人々が見える。流石は帝国の物流の要といったところか。
鯨の鳴き声に合わせて、途端に乗客たちの動きが慌ただしくなった。上陸に向けて動き出したようだ。
「さ、私もぼちぼち行くかな」
紙に包んだ人形劇の収入をありがたくポケットに捻じ込み、船内の乗り降り口へと急いだ。
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