十六話 流れ
私達の前に立ちはだかる、私の三倍はあろうかという異形の騎士の雄叫びが、室内を揺るがした。
「ああもう、うるっさい……!」
人形達に攻撃を指示し、騎士に集中砲火を浴びせる。そして視界の端では、私の攻撃に合わせてイズモちゃんが懐へと斬り込んで行った。
絶え間無く黒煙が立ち上がり、肉が焼ける独特の匂いがあたりに充満する。更に閃く幾重もの剣撃。
攻撃が終わる頃には騎士の首は吹き飛び、手足をばら撒かれていた。
けれど、騎士の体は傷ついた途端にその傷を癒しはじめる。
散乱する骨片は瞬く間にあるべき所へ。抉れ吹き飛び、焼け焦げた肉片はたちどころに修復が行われていく。
「ッチ……!」
思うように成果を上げない攻撃に、思わず舌を打つ。やっぱりあの再生能力の核……。魔力を供給している何かをどうにかしない限り、コイツはどうにもならない。
だけど、何処に? 供給している量から考えて、ここからそう遠くない所にそれはあるはず。
けれど、周りを見回してみても、先へ通じるような道は一つもない。遺跡はここで行き止まりだ。
一体、どうすれば――
「よそ見をするなッ! ソワレ殿ッ!」
「え」
突如飛ばされた声に、巡らせていた思考から我に返る。
目の前ではいつのまにか距離を詰めていた騎士が、手に持つ大剣を横薙ぎに振り抜いていた。
「ソレイユッ!」
合図とともに剣の軌道上にソレイユが割って入り、剣を受け止める。
ギチギチと悲鳴をあげる鎌を持つ手が震えている。パワーが自慢のソレイユにここまでさせる相手だ。考え事をしながらどうにかできる相手じゃない。
今はとにかく! 全力で迎え撃つだけ!
私の意思に応じ、鎌で受け止めながら空いた右腕で騎士の顔面を殴打する。
しかし、騎士は微動だにしない。それどころか、剣を押し込む腕がより力を増している。闘争心に火をつけてしまったようだ。
雄叫びとともに、容赦無く繰り出される乱打。
がんがんと耳を刺す金属音が鳴り響くと共に、攻撃を受け止めるソレイユの立つ足場が砕け、沈んでいく。
糸から伝わるこの衝撃……! これでは、ソレイユが保たない!
だけど、この猛攻じゃあ、防ぐのに手一杯だ。魔術師型なんて、とても動かす暇はない!
不意に、何かがかんかんと乾いた音を立てる。これは――
イズモちゃんの、投げ輪!
騎士が一瞬気を取られた。今だ!
「散弾ッ!」
指を動かすと同時に、魔術師型が集まって杖を円筒状に組む。その中心から打ち出された魔弾が、騎士の胴体に炸裂した。
衝撃でよろめいた騎士を、ソレイユがすかさず殴りつける。騎士はバランスを崩した体勢に加えられた衝撃に耐えきれず、その体を石畳の床へと沈めた。
すかさず距離を取る。イズモちゃんならともかく、私がこんな奴の近くにいたら命がいくつあっても足りない。
「大丈夫かっ、ソワレ殿」
「大丈夫。ありがとうイズモちゃん。助かったよ」
「礼は後だ、ソワレ殿。立ち上がってくるぞ!」
その言葉通り、騎士は地に横たえられた体を、めしめしと音を立てながら起き上がる。
魔術師型とソレイユの攻撃も、所々欠けている鎧の損傷に見るほど効いてはいないようだ。殴りつけた傷は、すでに治りつつある。
「くそっ、しぶとい……!」
再び攻撃の構えをとったその時、騎士の傷んだ鎧から何かがはじけるような音が響いた。
その音と同時に、胸当てが外れて騎士の胴体が露わになる。
「あれは……」
そこにあったのは、剥き出しの肋骨に囲われ、腐肉の筋を伸ばしてその場に留まっている赤黒い光を放つ肉塊だった。
等間隔で明滅しながら脈打つように蠢くそれは、まるで心臓のようにも見える。
「ソワレ殿、あれは?」
「多分、あいつの核だと思う。物凄い量の魔力を溜め込んでる」
本来なら弱点を見つけたと喜びたい所だけど、今回は事情が変わってくる。例えあれを潰した所で、即座に何処かから魔力が注ぎ込まれて――
「……イズモちゃん。あの心臓、潰したい。手伝ってくれる?」
「構わないが、あれを潰した所でまた再生するのだろう? 何か考えがあるのか?」
「あれには尋常じゃない魔力が詰まってる。ぱんっぱんにね。確かにあれを潰してもまた復活するだろうけど、あれを満たすには相当時間がかかると思う」
「要は時間稼ぎだな。その次は?」
「ただの時間稼ぎじゃない。供給に時間がかかるってことは、それだけ長い時間魔力を送り込むってこと。その流れを掴めれば、復活までの間に供給源を突き止められる……かもしれない」
力説しちゃったけど、私がしくじればそれまで。うまく行く保証のない危険な綱渡りだ。果たして頷いてくれるだろうか。
固唾を飲んで反応を待つ。
「うん……策は成っているようだな。私は魔術においては素人同然だ。その策に賭けよう」
あっけらかんと応えるイズモちゃん。その声には一切の迷いも感じられない。
「……本当に、いいの? 成功する保証なんか、どこにも無いんだよ?」
「さっきも言ったが、私は魔術にとんと疎いんだ。正直さっきの説明も、あれに魔力がぱんぱんに詰まっている事しか分からなかったぞ!」
「えぇ……」
「だから、あれをどうにか出来る策があるのなら、私はそれを全力で支援する。それに……」
「それに?」
「ソワレ殿なら、きっと大丈夫だ」
「……!」
根拠の無い、無遠慮で真っ直ぐな信頼。それが私の背を力強く押した、そんな気がした。
「それより、ソワレ殿。向こうの準備も整ったようだ。ここからが正念場だぞ!」
言うが早いか、イズモちゃんは騎士に向かって矢のように駆け出す。
それに合わせて魔術師型で援護射撃を放たせ、更にソレイユに後を追わせる。
放った炎の矢は騎士の顔面に殺到し、爆炎と煙で視界を覆い尽くす。
しかし、騎士は怯まない。
懐に迫りつつあるイズモちゃんに向けて、床を抉りながら迫る横薙ぎを繰り出す。
けれど、それは絶対に届かせない。その為のソレイユだ。
横合いから迫る大剣を正面から受け止め、刀身を脇に抱えてがっちりと固定するソレイユ。
その背後を疾走し、イズモちゃんは漸く足元へと接近できた。
次いで響き渡る裂帛の声。剣筋が閃き、両脚を切断した。
姿勢を崩すと同時にソレイユとイズモちゃんが心臓へと飛びかかり、同時に攻撃を叩き込む。
拳が深々と突き刺さり、剣が腐肉を裂いた。
直後に迸る、魔力の噴水。
活動に必要な魔力を失った騎士は、その身を力無く地に沈めた。
同時に、それを待っていたかのように魔力の供給が始まった。相当量の魔力を吐き出させた。かなりの時間を稼げているだろう。
目を閉じて感覚を魔力の流れを掴む事だけに集中し、心臓に繋がる魔力の奔流、その軌跡を追いかける。
「ソワレ殿! どうだ?」
「ちょっと待って……! もうちょっと、あと少しで!」
氾濫する川を遡るように、魔力の激流を辿る。
次第に閉じた瞼の裏側、何もないはずの暗闇に一つ、明かりが灯ったような気がした。
「……ッ! 見えた!」
その感覚と共に、力強く瞼を見開く。供給源は――
「真下だ! ここの真下にある! ブチ抜けッ! ソレイユッ!」