十五話 骸の守護者
「ひゃあ……思ってたより強そう。グールっていうか、あそこまで行くとリッチの領域だね」
「私は騎士の方を始末する。ソワレ殿は術師の方を頼む!」
「ん、頼まれた!」
応えると同時に、イズモちゃんは騎士の方へ猛然と駆け出し、一瞬遅れて金属音が鳴り響く。
「さあて、私も……!」
魔術師型を扇状に五体展開し、遠くに佇む術師に向けて一斉に魔術を放つ。
放った魔術は炎の矢。朽ちた肉体を持つグールに大きな効果が期待できる。
放たれた五本の炎の矢は、唸りを上げて目標へと飛んでいく。
しかし術師の持つ杖が輝くと、矢は何も無い空中で爆ぜ、消え去る。直撃には至らなかったようだ。
「何だ……?」
目を凝らすと矢の爆発による黒煙の中、何も無かったはずの空間に何かが蠢いている。
――グールだ。その肌は黒く焼け焦げている。奴等を盾に矢を防いだのか。
術師はおもむろに光り輝く杖で地面を突く。するとそこから黒い霧が迸ってそれらが人型に凝縮し、瞬く間にグールの軍勢が形成された。
無数に犇きあっていて正確な数はわからないけれど、間違いなく百体を下らない数だろう。
「戦争がお望みって訳ね。上等!」
糸を手繰り寄せ、魔術師型を足元まで呼び戻し、杖を構えさせる。
「もうちょい角度を上に……そこ! 重火砲ッ!」
号令と同時に響き渡る、ビンの蓋を開けたかのような間抜けな五つの音と共に、斜め上に構えられた杖先から火球が放物線を描いて飛んでいく。
やがて軍勢の中心に着弾したそれは、さっきの炎の矢なんて比べ物にならない爆炎を巻き上げた。
足が速い相手にはてんで役立たずだけど、こういう奴らなら効果覿面。お気に入りの一つだ。
続けざまに同じ物を連射する。ポンポンと間抜けな音がいくつも鳴り、その数秒後には凶悪な破壊音が木霊した。
辺りはすっかり火の海だ。明るくなってちょうどいい。
不意に炎をかき分け、中から火達磨になったグールが飛び出して来た。怒り狂っているのか、一目散にこちらに向かって来ている。
「火の粉は払わなきゃね」
ぱちん、と指を鳴らし、ソレイユへの合図を送る。合図を受け取ったソレイユは、鎌を生成しつつグール達に向かって猛然と斬り込む。
鎌が閃くたびにいくつもの首が空を舞い、地上に残された胴体が火の海に沈みゆく。
そうして腐肉の群れは瞬く間に姿を消し、再び術師だけになった。
尚も軍勢を呼び出すべく、再び杖を振りかざす。
「おっと」
人形を操り、杖からの光弾で振り上げた腕を撃ち抜く。粉砕された右手から、杖がからんと転がり落ちた。
「そろそろ幕引きかな」
更に人形達に号令を送り、丸裸になった術師に向けて一斉に炎の矢を乱射させる。
穿たれ、抉られ、傷口から炎上する術師。やがて全身に火が回りきったところを、ソレイユの鎌がトドメを刺した。
「ふぅ、一丁上がりっと」
こっちは終わった。イズモちゃんは――
「はああッ!」
腕の装甲の隙間から見える、白い骨を斬りつける。普通の人間ならば使い物にならなくなる程度には斬り込んだ筈だが、平然と大剣を構え続けている。
兜から覗く頭蓋骨の、落ち窪んだ空っぽの眼窩。何もないはずのその瞳が真っ直ぐに私を見据え、大剣を正眼に構えるその姿には、グールとは思えない気品のようなものを感じる。
生前は名のある騎士だったりするのだろうか?
不意に騎士は聞くに耐えない咆哮を放ち、突進してきた。
頭上から振り下ろされる大剣を、半身をずらして躱す。剛力だが、動きは単調だ。きっちり間合いを見計らえば、これしき――
ごう、と音を立てて振り下ろされた剣は、縦に振り下ろされる軌跡の半ばでピタリと静止し、私を狙う横薙ぎの一閃へと変じた。
「――ッとぉ!」
咄嗟に屈んで躱すと、頭上を禍々しい鉄塊が横切った。あれを貰えば、半分こは免れないだろう。
それよりもあの技量……。到底理性のない魔物の仕業とは思えない。
もし本当にあのグールが騎士の魂を糧に生まれたのならば、穢れた存在として地上に蔓延るのは屈辱だろう。
一刻も早く、解放してやらなければ。
屈んだ姿勢のまま後方に飛びつつ、袖から戦輪を投げて牽制する。
騎士は私との距離が離れるのを許すまいと、鎧で戦輪を蹴散らしながら突進してきた。
「すぅ……」
刀を構え、呼吸を整える。迫り来る圧倒的な質量を、魂の呪縛を断ち切る為に。
感覚が研ぎ澄まされ、眼に映る全てが遅くなっていく。
石の床を砕きながら迫る巨体、諸手とともに振り上げられる凶器。何もかも手に取るように分かる。
そして最後の踏み込みがより深く地面に食い込み、全体重を乗せた一撃が打ち出される。けれど――
「――ッッッッらぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
既に、私の間合いだ。
気合を込めて、初撃で踏み込んだ軸脚を断ち切る。次いで片脚。姿勢が崩れる。
返す刀で剣を握る両手を鎧もろとも落とす。もはや抵抗はできない。
そして最後。満身の力を込めて刀を振るい、剥き出しの首の骨、頸椎の骨の隙間に刃を滑り込ませ、振り抜く。
「ふぅッ……」
乱れた呼吸を整えつつ、納刀する。
柄と鞘がぶつかる微かな音が鳴ると同時に、騎士の首が落ちて足元に転がった。
その後を追うように、胴体がゆっくりと地に倒れ伏した。鎧の中からは、自らを構成していた大小さまざまな骨がこぼれ出る。
亡骸はピクリとも動かない。どうやら――
『我ラガ……使命……安寧ナル……!』
「ッ!」
その声と同時に、足元に四散する骨がカタカタと動き始めた。
「これは……! うわっ!」
瞬間、ざわめく骨は一斉に黒い霧を纏い、宙に浮き上がる。
そのまま骨の群れは私の脇を通り抜け、大部屋の中央へと飛んで行った。
イズモちゃんが倒したデカい骨が部屋の中央に集まっていく。そして、この魔力の流れは……!
『我ラガ……御旗ヲ……!』
「クソッ、こっちもか!」
灰と化した術師が声を発し、骨と同じく部屋の中央に流れていく。後を追ってイズモちゃんと合流すると、焦りを含んだ声色で話しかけてきた。
「ソワレ殿! これは一体、何が起きているんだ!?」
私たちが見上げる先には、二体のグールの亡骸が黒い霧とともに渦を巻いて溶け合う、異様な光景が繰り広げられている。
「あいつらが復活した時、どこかから魔力の流れを感じた。魔力を供給しているナニかが近くにあるはず!」
「つまりはそれをどうにかしない限り、こいつらは……」
イズモちゃんの言葉を遮るように、骸の渦の中から骨が使っていた大剣が飛び出してきた。
そして私たちが立つ床の間に深々と突き立った大剣を、同じく渦の中からぬうっと伸びる白骨の腕が掴み、乱雑に振り抜く。
巻き上がった凄まじい剣圧が私たちの間を駆け抜け、同時に渦が晴れていった。
目の前に立っていたのは、ひとまわり大きくなった骨格に、術師の腐肉をまばらに貼り付けた醜い騎士の姿だった。
騎士は私たちを見据えると、二重にブレて聞こえる声を上げる。
『我ハ不動ノ鎧!』
『我ハ万象ヲ退ケル剣!』
『我ラノ誓イヲ、今此処ニ果サン!』
明瞭に聞き取れたのはここまで。後に聞こえたのは、完全に理性をかなぐり捨てたかのような、轟く咆哮だった。