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十四話 遺跡

「ここが遺跡の発掘地点だ」


 イズモちゃんが指し示す先には、巨大な岩山が広がっていた。山肌にはあちこちに木杭が打ち込まれ、補強作業の跡が残されていた。

 地面もほぼ舗装され、歩きやすいようにされている。先に遺跡を漁りに来たギルドの手によるものだろう。


 そして、その舗装された道を目で追うと、巨大な石造りの扉ががばりと大きく口を開けているのが確認できた。あれが入り口だろう。


「さ、ソワレ殿。こっちだ」


 扉へと向かうイズモちゃんの後を追う。近づくにつれて、そこから微量の闇の魔素が漏れてきていることに気づく。

 扉の直前までたどり着くと、一条の光も差さない暗闇へと伸びる階段があった。その奥から吐き出される漏れ出す魔素はいよいよただ事ではない量になっている。最奥の魔素の濃度はこれの比ではないだろう。


 これを吸収し続けたグールは、もはやグールなどと呼称していいレベルではない程に成長しているはずだ。


「うーん。ここから先は、ソレイユに先陣を切らせようかな」

「むっ。あれは魔力を大量に使うのではないのか?」

「昨日は人形をたくさん展開してたからね。あらかじめ出しておく分には問題ないよ。そもそもソレイユは化け物退治用だし」

「化け物退治用かぁ。どうりで……、ん?」


 小首を傾げるイズモちゃんをよそに、左手から糸を伸ばしてソレイユを呼び出し、更に右手から魔術師型五体を呼び出した。

 更に五体の杖の先から、辺りを照らすための光を放つ。松明なんかよりもよほど遠くを照らせるはず。


「おお! ソレイユ殿!」

「殿って……」


 ソレイユを見るなり、イズモちゃんは一目散に駆け寄ってきた。そして何を思ったのか、ソレイユの腕やら服やらをぺたぺたと撫で回し始める。


「何してんの? イズモちゃん」

「い、いやあ、その……。昨日ソレイユ殿をばっさりとやってしまったから、大丈夫なのかなあ、と」


 イズモちゃんが人形に注ぐ視線は、人間と接する時と何ら変わらない、慈しみと不安を湛えていた。


「……優しいね、イズモちゃん」


 ただの人形に過ぎないソレイユを、本気で心配してくれている。しかも昨日自分を散々痛めつけた相手をだ。

 生きてきた世界が違うのだろう。少なくとも私が生きてきた世界には、こういう人はいなかった。


「大丈夫だよ。この子達は魔法陣の中にしまっておけば、私の魔力を吸って自動で修復できるんだ」


「そ、そうなのか……。いや、それではソワレ殿の方は大丈夫なのか?」


 心配の矛先が私に向けられた。心の底に、謎のむず痒い感覚が走る。


「へーきへーき。私は魔女だよ? 自分の使い魔に与える魔力くらい、幾らでも用意できるって」

「そうか! 流石はソワレ殿だな!」


 今度は笑顔が私に突きつけられた。それも屈託のない、とびきりの輝きを放っている。

 商店街の人々や、騎士団の団員達はこの光に魅せられたのだろう。……騎士団の魅せられ方は、ちょっと違うけど。


 思わずぷい、と目を背けてしまった。あれが私に対してだけ向けられていると思うと、何故だかどうしても耐えられなかったから。


「さ、さぁ、早く行こう! こんな所にいつまでも居たら、気が滅入っちゃうよ」

「ん、それもそうだな」


 そうして私達は、どろどろとまとわり付くような深い闇の中に踏み込んで行った。


 かつん、かつんと、靴音が暗闇に吸い込まれる。石の壁に反響するそれは、まるで地の底を寝ぐらにする怪物の吐息の様にも聞こえる。


 降りても降りても代わり映えのない漆黒。杖の光で視界は確保できているけれど、階段の果ては未だに見えてこない。


 黙々とただ歩くのにもそろそろ飽きた。イズモちゃんとおしゃべりしながら行こうかな。


「ねえイズモちゃん。良いこと思いついたんだけど」

「なんだ? ソワレ殿」

「なんかもう降りるのめんどくさくなっちゃったからさ、ソレイユに適当に山崩させて生き埋めにしちゃおうよ」

「だ、ダメだダメだそんな事!」


 聞くなり、両手を振ってぷりぷりと怒り始めた。


「そんな事したら、遺跡も埋まってしまうじゃないか! 色んな人に怒られてしまうぞ! 私が!」


「ちぇー。イズモちゃんのケチ」

「だ、ダメだぞ! この遺跡は、商人ギルドの長が目を付けてるんだ。それをぱーにしたら何を言われるか……」


 顔を赤くして必死に引き止めるイズモちゃん。もちろん冗談だけど、なんだかこの顔を見ていたらもうちょっと意地悪したくなっちゃった。


「ふーん。私のお願い聞いてくれたら、『コレ』見せてあげようと思ったのになー」


 懐からぴらりと手帳を出して見せびらかす。私の人形のアイデアを書き留めている物だ。確かイズモちゃんはこれを見たがっていたハズ。


「あー!」


 悲鳴が辺りに反響して、わんわんと辺りに響く。


「う、うう。ソワレ殿ひどいぞ! ソワレ殿はひどい! 昨日の戦いの時だって、ちゃんと人形達を見られなかったのに!」


 ヤバい。私の中の嗜虐心がノリにノっている! も、もうちょっと、もうちょっとだけ……!


「じゃあ、やっちゃって良い?」


 私の声と同時に、ソレイユが無表情で腕をぐるぐると回し始める。


「は、はうう……。ぐす……」


 やべ、やりすぎた。


「じょ、じょーだんだよ、じょーだん! イズモちゃん達には前金貰ってるし、ちゃんとお仕事するって!」

「ふぇ……。冗談?」

「そ、冗談冗談。あははは……」

「そ、ソワレどの! ソワレどのー!!」


 平謝りをしている内に、見る見る顔が怒りの色に染まっていく。どうやら下手な誤魔化しが効かない領域まで怒らせてしまったらしい。


「冗談には言って良い冗談とダメな冗談があるんだぞ! そしてこれは後者だ!」

「いやぁ、あはは……。ゴメン、ゴメンて」

「うう、ソワレ殿はいじわるだ。いじわる……」


 すっかりヘソを曲げてしまった。ちょっとやり過ぎたかな……。


「いやぁ、ゴメンねイズモちゃん。お詫びにちょっとだけコレ見せてあげるからさ、機嫌なおしてよ」


 依然としてむくれているイズモちゃんに、手帳をチラつかせる。

 恥ずかしくて誰にも見せたことがないけれど、イズモちゃんにだったら見せても良い。何故だかそう感じた。

 手帳を見るイズモちゃんの瞳は、一転して無邪気に光り輝いて見える。


「ふぉぉ……! ほ、ホントに見ていいのか?」

「ん、良いよ。お詫びの印に好きなだけ」


 言うが早いか、イズモちゃんは手帳を手に取って目を輝かせながらページをめくり始める。よほど見たかったらしい。


「歩きながら読むと危ないよ。ここ階段だし」

「わ、わ、この人形の衣装可愛いなぁ……! こっちの衣装もヒラヒラしてて可愛い……! ふわぁ……!」

「聞いてない……」


 緩んだ口からは素直な賞賛の言葉が飛び出してくる。自分がデザインした人形達の衣装が褒められるのは、素直に嬉しい。


「おお、この衣装は……!」


 一際大きな声が上がる。開かれているページを覗き込むと、イズモちゃんの服をモチーフにした、新しい衣装の原案が描かれているページだった。


「ソワレ殿! 私の服を元に描いてくれたのか!? 嬉しいなぁ……!」


「うん。ええと、ミコって人達が着てる服だっけ? 初めて見るデザインだから、上手く描けてるかあんまり自信ないけど、どう?」

「よく描けてると思うぞ! ……だけど、なんだか露出が多すぎないか?」

「えっ」

「激しく動いたら色々とハミ出てしまいそうだ……。ほら、ここなんか凄い際どいぞ」


 いや、イズモちゃんの服の感じをまんま再現したんだけど……。もしかして、自分もこんな凶悪な服で出歩いている自覚が無い?


「いや、イズモちゃ……いや、何でもない」

「? へんなソワレ殿だなぁ。……おお、コレはソレイユ殿の服……! やっぱり可愛いなぁ」


 尚も手帳を見つめながら、てくてくと器用に階段を降りていくイズモちゃん。

 やがて階段を降り切り、開けたところに出た。部屋の奥には厳しい紋様が刻まれた巨大な石の扉が佇んでいる。


「ふぃー、やっと着いた……あん?」


 しかしそれに気付かないイズモちゃんは、そのまま扉に向かって歩き続ける。


「イズモちゃん前! 前!」

「ん? ……へぶっ!?」

「ホラ、言わんこっちゃない。だいじょぶ?」

「う、うう。不覚を取った」

「不覚って……。んで、ここが例のグールの巣?」


 扉の奥から感じる、目視できるほどに濃い黒い霧のような魔素と、同時に放たれる強大な威圧感。答えを聞くまでもなくここがそうなんだろう。


「ああ、ソワレ殿。扉を開ければ、奴等は問答無用で襲いかかってくる。準備はいいか?」

「うん、いけるよ。いつでも大丈夫」

「分かった。行こうソワレ殿。……あ、その前に手帳を返そう。すごく良かったぞ!」

「あ、ええ、ありがとう」


 ……しまらないなぁ。


「まあいいや。主役の登場は、ド派手にしないとね! ソレイユッ!」


 私の掛け声でソレイユが動き出し、腕に込められた魔力をさらに練り上げ、拳に纏わせる。練り上げた魔力が最高潮に達したのを見計らい――


「――行けッ!」


 直後、耳をつんざく轟音が響き、殴りつけられた扉が猛烈な勢いで室内へと吹き飛ばされる。奥にいるグール達への宣戦布告。開戦の狼煙だ。


 同時に向こうからも反応があった。


 吹き飛んでいった扉が、突如空中で粉々に粉砕される。


 黒い霧が奥から吹き荒れてくる。冥界へ通じるかのようなその黒の中から、二つの輪郭が現れた。

 徐々に霧が晴れ、その姿が露わになっていく。


 一つは禍々しい装飾が施された甲冑をむき出しの白い骨格に纏う、巨大な騎士。

 もう一つは、ぼろぼろに擦り切れたローブを着た、術師風の小柄な人型。


 宣戦布告に応えるように、騎士が雄叫びを上げる。

 まるで石材を擦るような悍ましい雄叫びが、部屋中に木霊した。

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