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十一話 決着

「それが……、ソワレ殿の切り札という訳か」


 言いながら、見慣れた前傾姿勢の構えを取る。

 私を散々翻弄してくれた、あの構えだ。


「そう、うちの花形なんだ。気に入ってもらえたかな?」


 言葉を返しながら、指先の糸からソレイユに魔力を流

 し、攻撃に備える。


「うん、凄く可愛い。そういう服は、ええと……。そうだ。めいどさん、と言うのだったか」


 トボけた会話をし始めるが、その目は鋭く、冷たい光を放ち続けている。


「そしてその鎌……。まるで死神みたいだ。ソワレ殿の人形劇には、死神が出てくるお話があるのか?」

「あはは、そんなの子供達に見せられないよ。これは単なる私の趣味」

「ふふっ、本当かな。それにしては随分様になっているぞ。まるで――」

「今にも私の首を刈り取りそうな顔だ」

「……試してみようか」


 私の問いに、言葉は返ってこなかった。

 代わりに差し出された物は、凍てつく沈黙だけ。


 焼ける様なヒリつく空気の中、お互いの視線がかち合った。


 瞬間、鎌が閃き、人体を縦に切断する軌道を描く。


 しかしそれよりも速く、目の前の人影が闇に溶ける。

 目標を失った鎌は地面へと吸い込まれ、深々と抉るに留まった。


 同時に周囲から、風切り音と地面を蹴る音が聞こえてくる。

 もはや肉眼では目視できず、周囲からの音だけがその存在を証明している。


 速い。今までの動きとは比べ物にならない。これがイズモちゃんの……ドロワ・ルプス団長、イズモ・シキミの全速力!


「づッ!」


 不意に肩口に鋭い痛みが走る。反射的にそこを見ると服がざっくりと裂け、生地の下から噴き出す血で赤黒くてらてらと光っている。


 まるで鎌鼬の渦の中に放り込まれたようだ。影がすれ違うたびに、私の体に傷を刻みつけていく。

 腕に。足に。脇腹に、頰に、背中に!


 しかしそのどれもが浅い。痛みと出血こそ派手だが、重傷と呼べるものでは無い。


「くぁ……!」


 痛みと不安は何よりも戦意を削ぐ。追い込みに来ているんだ。体ではなく、精神を!


 身体中を襲う斬撃は全て布石。圧倒的に不利な状況に追い込んで思考力を鈍らせ、生まれた隙を突いて一気に決着をつけようとしている。


 だけど、私の取る行動はすでに決定している! 腕が飛ぼうが首を刎ねられようが、これは揺るがない!


 イズモちゃんの脅威はそのインチキじみた速さ。その速さを削ぐにはどうすればいいか。答えは簡単。


 地面を、それこそ足の踏み場もないほどにぶっ壊してしまえばいい。


「ソレイユッ! 思いっきりッ!」


 糸を介してありったけの、文字通り全力を注ぎ込む。限界まで魔力を高めたこの一撃なら……!


 私の意思に呼応して、ソレイユが右拳を握りしめ、振りかぶる。


 そして、私が込めた魔力を乗せ、一気に地面へと叩きつけた。


 拳が地面に着弾し、手首まで深々と突き刺さる。


 次の瞬間、込められた魔力が地面の中で爆ぜた。

 大量の土煙と共に凄まじい破壊音が轟き、大地を揺るがす。

 拳を中心に光を放つ亀裂が伝播していき、地面が波打つ。


 音が止む頃には、平坦だった訓練場は見る影もなくズタズタに荒れ果て、そこかしこから地面が隆起している。


 同時に聞こえる背後からの崩れた地面を踏む音。それに反応したソレイユが、そこを思い切り斬りつけた。


 金属音が響き、遅れて斬撃によって生じた風圧が迸り、土煙が散る。


 そこには、鎌を剣で受け止めているイズモちゃんの姿が露わになっていた。


「やっと、捕まえた」

「はは……。やるじゃないか、ソワレ殿。まさか地面を割るとは」


 鍔迫り合いをしながら、足元にちらりと視線を落とし、苦笑する。


「これではまともに走れそうもない」

「その割には、余裕そうだね」

「ああ、駆け足しか能が無いわけでは無いからな」


 言うが早いか、受け止めていた鎌を上に弾き、返す刀で大上段に構えた剣を振り下ろす。

 ソレイユがそれを左腕で受け止めると、糸を通してその剣圧が伝わってくる。


「重い……!」


 この崩れた地面では、十分な踏み込みなんて出来ない。

 けれど、それを踏まえても未だイズモちゃんの剣の威力を殺しきる事が出来ないという事実に、思わず鳥肌が立つ。


 ソレイユの左腕に深々と刻まれた太刀筋が、その威力をまざまざと見せつけている様だ。


「さあ、私を捕まえて次はどうするんだ? ソワレ殿」

「くっ……、ふふ、口で説明するのは、ちょっと難しいかな」

「だったら?」

「直接体に教えてあげるよ……ッ!」


 私の指が糸を手繰ると同時に、剣と鎌が激しく鎬を削り始めた。


 横薙ぎの一閃を鎌の柄で受け止め、そのまま回転して遠心力を目一杯に乗せた鎌を叩きつける。


 直撃の瞬間に上体を逸らされ、鎌は虚しく空を切る。


 しかし右の肩口が赤黒く染まっている。完全には避けきれなかった様だ。


 寄せては返す波のような、一進一退の攻防。


 暗がりに月明かりを受けて刃が煌めく様は、まるで夢か劇の様。


 永遠に続く様な気さえするこの瞬間にも、幕引きの時が近づいていた。


 生憎と私にはソレイユを動かす魔力がもう残っていない。同じく、イズモちゃんの体に蓄積されたダメージと疲労も限界に近づいている様だ。


 どうやら私達は同じことを考えている様で、私が攻撃の手を止めると共に、腰の杖に剣を収める。

 しかしその手は柄にかけたまま。いつでも抜刀可能な体勢だ。


 対するこちらも、枯れた魔力を振り絞る。決着の瞬間まで、ソレイユが最大限の動きを披露出来るように。

 

 辺りは嘘の様に静まり返り、耳に届くのは自分の鼓動だけ。


 私の頰を伝う血が滴り落ちた、その刹那。


「おおおおおおおおッ!」

「せあああああああッ!」


 二つの咆哮が重なり合う。鞘から抜き放たれた、斬り上げる白刃と、振り下ろされる鎌の獰猛な輝きが互いの瞳を照らし、交錯する。


 二つの刃が激しく風を切り、再び静寂が訪れた。


 私の首筋には、ソレイユの頭上を通過し、私の首元に到達した刃がぬらりと妖しく光っている。少し押し込めば容易く私の頸動脈を裂くだろう。


 同様に、振り下ろした鎌もイズモちゃんの首を捉えていた。指先を微かでも動かせば、即座に首を刈り取れる。


 しかし、私の体はそれを許してくれそうもない。過度の魔力消費と疲労が、着実に私の意識を削り取っていく。


 一際大きな脱力感が体を包み込み、同時にソレイユが光の粒子と化して溶けていく。


 魔力が底をついた。


 もう体のどこにも力が入らない。限界を迎えた私の体は重力に従い、地面に叩きつけられる。


 ――はずだった。


 ぼよん。


「ぷわっ」


 私の顔を迎えたのは冷たい地面ではなく、温かく柔らかな弾力。指を這わせると、頭の上からか細く可愛らしい声が聞こえてきた。


「そ、ソワレ殿……、くすぐったいぞ……」


 重い頭を持ち上げると、紅い瞳が弱々しく輝いていた。


 どうやらイズモちゃんも限界だったらしい。仰向けに倒れたその上に、私が覆い被さる形に倒れこんだ様だ。


「ふふっ……、血だらけだな、ソワレ殿……」

「イズモちゃんもね……」


「ああ、まさかこんなに、楽しい試合が出来るなんて思わなかった。ありがとう。ソワレ殿」

「激し過ぎだよ……。もう指一本動かせない」

「私もだ……。なんだか、ねむい……」


 それっきり声は聞こえなくなり、代わりに頭上からささやかな寝息が聞こえてくる。


「ホントに寝ちゃったよ……」


 寝息に合わせて上下する温かな胸に揺られていると、急速に眠気を催してきた。どっちみち動けないし、寝てしまおうか。


 一旦心がくじけた途端、強大な睡魔が首をもたげた。


「いや……、こんなとこで寝たら……、カゼ、ひく……」


 口ではなんと言おうが体は正直なものだ。この疲れ切った今の私には、一度暴れ出した睡魔に抗う力なんて持ち合わせていない。


 やがて私の意識は睡魔によってたやすく組み伏せられ、生温かい泥の中に沈んでいく様な感覚とともに、闇に落ちた。

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