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番外編 騎士団の暗部

 ソワレとイズモが試合を始めた、同時刻。一人の男が詰所の正門に現れた。男の胸には、ドロワ・ルプスの紋章が刻まれたロケットが提げられている。


「……戻ったか。遅いぞ」

「スマン。皆は?」

「もう集まってる。後はお前だけだ。急げ」

「分かった」


 男は門番と短く言葉を交わし、そのまま詰所の中へと入っていった。

 男は詰所内を迷いなく歩き、真っ直ぐにある所へと向かう。曲がりくねった廊下の先にある、薄暗い階段を降りた更にその先へと。


 階段を降り切ると、そこは奥まっているせいで一筋の光も差さない暗闇だった。


 その暗闇の中、男はおもむろに懐から、親指と人差し指で作った輪程の大きさの石を取り出す。

 それを指先で軽く叩くと光が迸り、暗闇を照らし出した。

 すると一直線に伸びた長い石畳の廊下の両側に、はめ殺しの鉄格子で封じられた無数の部屋が露わになった。ここは騎士団が捕らえた罪人が投獄される、所謂牢獄だ。


 しかし、この牢獄には最近使われた形跡が無い。鉄格子は赤く錆つき、本来の役目など知ったことでは無いとばかりに無造作に開け放たれている。


 そんな何用も有ろうはずがない無人の牢獄を、男は無言で突き進む。光が照らす先は苔むした岩の壁。突き当たりだ。

 やがて男は壁の前まで辿り着き、足を止めて上を仰ぎ見る。


 視線の先には、鉄格子と同じく錆びて朽ちた金具に固定された、一本の松明がある。金具が緩んでいるのか、やや傾いてしまっている。


 男は何かを警戒するように背後を見て、誰もいないことを確認してからそれに手を伸ばし、金具を掴んで傾いている方向に更に捻った。


 がこん。


 薄暗い廊下に音が響く。すると、突き当たりだった壁は音を立てて床の中へ沈み込み、更にその先へと続く下り階段が現れた。


 男はその階段を下りながら、途中にある出っ張りを押し込む。すると、再び床から壁がせり上がり、階段を隠してしまった。


 完全に壁が上がりきったことを確認して、男はさらに階段を下る。やがて、仄かに光が漏れる扉が見えてきた。中からは数人の声が聞こえてくる。

 ドアを開けると、男と同じロケットを胸に下げた数人の男女が長机を囲み、何やら話し合っていた。


 そのうちの一人、赤い髪の女が扉を開けた男に気づき、話しかける。


「我らが同胞たる証を」


 その言葉を受けた男は、慣れた手つきで胸元のロケットを開いてみせる。その中には白い髪と赤い目の、まるでイズモを簡略化したようなエンブレムが入っていた。


「ん、これで全員揃いましたね。それでは、全員気をつけッ!」


 女の号令が響くと、それまで自由に話していた面々が即座に直立不動の姿勢をとった。


「えー。ただいまから、イズモ様を愛でる会、第百二十九回定期報告会を執り行います!」


 女がそう高らかに宣言すると、女以外の全員が、一斉に右手でロケットを握りしめる。それを見た女は、続けざまに声を上げた。


「イズモ様大好き!?」

『炊きたてご飯!』

「僕たち大好き!?」

『イズモ様!』

「イズモ様の涙は!?」

『僕らの涙!』

「法に触れても!?」

『イズモ様に触れるな!』


 これが、帝国の守護たるドロワ・ルプスの秘められた側面である。警邏や要人警護といった一日の業務が終わり、日が沈むと同時に顔を出す、闇の側面。


 彼らの目的はただ一つ。敬愛する団長、イズモに関するエピソードや品を持ち寄り、ただただ盛り上がる事。

 こうして夜な夜な牢獄の奥の隠し部屋に集まり、わいわい騒いで気が済んだら解散するのだ。もちろんイズモ・シキミ本人はこの会の存在を知らない。


 彼等にもそれぞれ仕事があるため一度に集まれる人数はまばらだが、ドロワ・ルプスのおよそ九割が会員だ。

 ちなみに会員たちに号令を飛ばした赤髪の女は、現副会長。イズモが寝ていたベッドのシーツを持ち帰り、現在の地位をモギ取った猛者である。


「ふぅ。今回も完璧でした。それでは、各自報告を」


 ズビシィッ! と、音がなる程の鋭い挙手が一つ。


「会員番号二十九番。報告を」


「ハッ! 先日騎士団に入団した新入りが一名、早くも覚醒の兆しを見せております。ここに名を連ねる日も近いかと」

「素晴らしいですわ。けれど、用心して下さい。イズモ様は愛での対象にして絶対不可侵、二律背反の聖域。様子を見て、後で研修会に参加させなさい」

「ハッ!」

「次に報告のある者は?」


 ズビシィッ!

 また一つ鋭い挙手が上がった。


「会員番号三十八番。報告を」

「ハッ! 本日、食事中のイズモ様を収めた魔導映写機の現像に成功した事を、報告申し上げますッ!」


 魔導映写晶とは、強大な魔力を込めた水晶に空間を写し、その風景を水晶内に切り取るという魔術の一種だ。水晶を紙に押し付ければ、風景を紙に書き出すこともできる。しかしこの魔術の行使には相当の修練が要求される為、非常に希少である。


 それが今ここで披露されるとあって、室内が色めき立つ。息を飲む者、鼻息を荒げる者。反応はそれぞれだが、考えている事は皆一つだ。


「静粛に! 三十八番。見せて頂けますか?」

「こちらです」


 三十八番が得意げな笑みを浮かべて懐から紙を取り出す。


 その紙には、無邪気な笑顔を浮かべて大好物である葡萄を頬張る姿が写っている。


 瞬間、恍惚に蕩けたため息があちこちから漏れ出す。ある者は手を合わせて天を仰ぎ、またある者は涙を目に溜めながら食い入るように紙を見つめている。


「素晴らしい……! 三十八番。よくぞこれ程の――」

「ククク……。フフハハハハハハッ!」


 不意に、高らかな笑い声が狭い室内にこだまする。その声の主人は、一番遅れて部屋に入った男だ。


「会員番号百十二番! 静粛に! 会の妨害は極刑に値することを忘れたのですか!」


 ここでいう極刑とは、彼らが各自集めたイズモにまつわる品を全て没収されることを指す。彼らが血の涙を流して集めた品を失う事は、即ち死に等しい。故に極刑と言われている。

 それを宣告されてなお、男の顔からは笑みが消えない。むしろ先ほどよりも強く顔を歪めている。


「ククッ……。イヤ、申し訳ありません。そんなモノで喜んでいらっしゃる皆様方が可笑しくて、つい」

「て、てめえッ! 俺の渾身の一枚を、ぶ、侮辱しやがんのかッ!」


 三十八番が怒り狂って拳を振りかざすが、赤髪の女が手で制した。勢いを削がれた男は、殺意の篭った瞳を向けながら渋々と席に戻る。


「そこまで言うからには、余程のものを仕入れたのですね?」

「ハッ。イズモ様と、イズモ様が招いたご客人とのやり取りを、『映像で』記録した魔導水晶が、ここに」

「おいおいマジかよ……!」

「早く! 早く見せて!」


 その言葉に、静まり返っていた部屋が一気に熱を上げてざわつき始める。

 魔導水晶に映像を記録するには、紙に写すよりも遥かに高度な技術を要する。卓越した魔術師にしか実現できない芸当だ。


「静粛に! 静粛に! 百十二番。それを見せて貰えますか?」

「ええ、その為にここに来たのです」


 そう言いながら、男はおもむろに懐から水晶と、それを嵌め込む台座を取り出した。

 部屋の全員が固唾を呑んで見守る中、百十二番はゆったりと、焦らすような手つきで水晶を台座に嵌め込んだ。

 すると水晶は光を放ち、秘められた映像を宙に投影する。


《あ、イズモ様、お出かけですか。暗くなる前に帰ってくるんですよ》

《うん! 分かった!》


「ああ、イズモ様……! まるで子供のような無邪気さ、眩しすぎる!」

「ククッ、まだまだ。見所はここからですよ」


 場面が切り替わり、イズモの隣にソワレが映し出される。同時に部屋にどよめく声が広がっていく。


「女だ……! イズモ様が、同性のご友人を……!」


《イ、イズモ様……そのお方は……?》

《ああ、私がお呼びしたんだ。ねーソワレ殿》

《ねー》


 瞬間、室内に血飛沫が上がる。未曾有の光景に耐えられず、極度に上昇し行き場を失った血圧が鼻から噴き出す。俗に言う鼻血という症状だ。


「イズモ様……! ねーって、ねーって!」

「ああ……! 尊い……!」


 そして映像は、二人が仲良く並んで街へと繰り出していく背中を映し、そこで途切れた。


「如何だったでしょうか。皆さん」


 声を上げる者は誰も居なかった。上げる言葉が見当たらなかったのだ。それ程までに、先ほどの映像は彼らイズモ様を愛でる会の面々の心に、鮮烈に刻み込まれていた。


「感服しました。百十二番」


 鼻血を拭きつつ、赤髪の女が静寂を破る。


「凄まじい尊さに満ちた物でした。会長もお喜びになるでしょう」

「光栄です。所で、その会長はどこに?」


 問いを受け、赤髪の女はつい、と上を指差す。


「イズモ様とご客人の試合に立ち会っていらっしゃいます」

「あ、あの光景を直に……! 我々では到底耐えられないでしょう」

「ええ。あれは会長だけの特権。私達はただ慎ましく、イズモ様の残り香を愉しむのです」


 そう言うと副会長は、水晶に触れて再び映像を投影させ始める。


「さあ、報告は以上です。あとは心ゆくまでイズモ様を愛でましょう!」

『オオオオッ!!!』


 こうして、むせ返るような熱気と迸る鮮血の中、彼等の夜は更けていった。

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