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十話 ソレイユ

 残った人形は騎士型二体、魔術師型四体……。クソ、油断した。完全に流れを掴まれた。これ以上人形を失えば、陣形は完全に瓦解する!


「騎士型は守りを固めろ! 魔術師型は弾幕を張り続け、絶対に近づけるなッ! 私のひ弱さは折り紙付きだぞッ!」


 興奮するあまり指示を口走ってしまうが、そんな事を気にしている場合ではない。一刻も早く陣形を立て直さなくては――


 そう考えつつ視線を前に向けると、目の当たりにした光景に私の背筋が一気に粟立った。


「い……いない!」


 彼女の姿がどこにも見当たらない。完全に見失った!

 直後、背中から全身を刺し貫くような悍ましい殺気が背中を舐める。


「ッ……!」


 振り向くと、いつの間にか極端な前傾姿勢のまま、杖を構えたイズモちゃんが手が届くほどの距離まで肉薄していた。


「せえええあああッ!」


 そのまま勢いよく杖の持ち手が引かれ、白く輝く刀身が露わになった。それは裂帛の声と共に解放された気合いを乗せ、大上段から一気に振り下ろされる!


「くっ……おおおおおおッ!」


 魔術師型は今弾幕を張っている最中だ。迎撃は間に合わない!

「戻れェッ!」


 魔力を糸に流し、全速力で騎士型を呼び戻す。


 果たして私の頭を叩き斬るべく振り下ろされた白刃は、その軌道上でギリギリ呼び戻した騎士達の大盾に阻まれた。金属同士が強く擦れ合う、特有の不協和音が辺りに響き渡る。


「はっ……、はっ……」


 どうにか、防御は間に合った。しかし、大きな代償を払う事になってしまった。


 二体並んで盾を構えた騎士は、一体目は盾もろとも袈裟斬りに両断され、無残な姿に成り果てている。二体目は盾の半ばまで切り裂かれ、胴体まで刃が食い込んでいた。


 盾と剣がせめぎ合うその先には、彼女の赤い瞳がより一層強く燃え上がり、鋭い歯をむき出しにしている。まるで戦いの興奮に打ち震えているかのようだ。


「こんの……ッ!」


 背後の人形の杖先から熱線を放ち、迎撃する。


 イズモちゃんはそれを目視するでもなく、ただ軽やかに後方へ跳ねて回避した。同時に耳のすぐ近くで風切り音が鳴り、私の髪が一房風に舞う。背後ではどさりと物が地に落ちる音がした。


 またやられた。右手が三体、左手が一体、残り計四体。しかも左は深手を負っている。かなりまずい状況だ。――だけど、私は絶対に負けない!


 参ったといえば負け? 私の辞書にはそんな言葉は存在しない!


 右手を振り、指先から垂れ下がる糸を全て切り捨て、そして新たに糸を空に放つ。騎士型を全て捨てる事になるが、この際仕方ない。


 放たれた糸は、五本全てで一つの巨大な魔法陣を私の背後に作り出す。私の『とっておき』だ。


 私の力を見たいというのなら見せてやるまで。イズモちゃんに全力全霊を叩き込み、イヤって程に私の実力を認めさせてやる!


「絶対に『参った』なんて言うもんかッ!」


 残った右手の魔術師型に、糸を介して許容量を遥かに上回る魔力を注ぎ込んで戦闘能力を底上げする。

 その負荷に耐えきれず人形が炎を上げ始めるが、構わない。『あれ』を呼び出すまでの時間稼ぎが出来ればそれでいい!

「さあ、ラストステージだッ!」


 ――ソワレ殿は間違いなく劣勢だ。だのにその目は依然曇らない。周りの人形達の炎は、恐らく過剰な魔力による過負荷によるもの。あれでは数分の内に燃え尽きるだろう。


 しかし捨てばちの行動というわけでもなさそうだ。あの目は自分のとった行動の、更にその先を見据えている目だ。

 ……本命は背後の巨大な魔法陣だろうか。確かにあそこからは、尋常ではない魔力の高まりを感じる。とすると、あの人形達は準備が整うまでの時間稼ぎか。


 不意に、燃え盛る炎の中から青い閃光が迸る。

「ッ!」


 先ほど飛ばしていた弾幕とは比べ物にならない魔力を感じる。より圧縮された魔力を放出している様だ。更に後を追う三本の青い閃光が、炎の壁を突き破って飛来する。


「ふッ!」


 横っ飛びで躱すと閃光は地面に着弾し、爆炎を巻き上げる。

 続けざまに乱射される閃光が次々に地面に着弾し、辺りは火の海と化した。


 確かに凄まじい威力だが、伊達にドロワ・ルプスの団長を名乗っている訳では無い。

 これまで数多くの魔術師を相手取り、その悉くを斬り捨ててきた。この程度、躱すのは造作もない!

 そして、魔術師が強力な魔術を使おうとしている時の対処法も心得ている。ずばり――


 凄く! 速く! 走る!


 魔術師が大技を放つ時には、得てして大きな隙が出来る、もしくはその破壊力故に近距離での使用がそもそも自殺行為になる場合が多い。


 ソワレ殿の場合、考えられるのは増援――それもとびきりの虎の子だ。


 前傾姿勢で体重を前に乗せ、思い切り地面を蹴る。

 迂回などしていては間に合わない。出来るだけ最短距離で近づけるように、最小限の動きで躱し、ひたすら突っ込んで間合いを詰める。


 襲いくる閃光から、細かい踏み込みで軸をずらす。直後に光が頰を掠め、背中を爆風に押される。


 いける! この速さなら、爆発を置き去りにできる。このまま突っ込んで、そのまま詰めだ!


 間合いまで残り十歩、九、八、七……!


 彼方では活動限界を迎えた三体の人形達が炎を上げ、尾を引いて地面に落下していくのが見える。


 確実に決着に向けて歩を進めているはず。しかしソワレ殿に、いや、あの魔法陣に近づくにつれて、心臓を鷲掴みにされているような圧迫感が強まっていく。


 六、五、四、三……。もはや最後の砦は燃え尽きた。これでもう丸裸も同然。勝利は目の前のはず……。

 しかし、歩を進めるにつれて、魔法陣が放つ圧迫感は明確になっていく。だが私が取るべき行動はただ一つ。一切の迷いなく、刀を振るだけだ。


 残り二歩、一歩……。

 ――入った!


「おおおおおおッ!」


 抜刀し、首元に向けて横薙ぎに振り抜く。


 汗の滲む肌に白刃が肉薄したその瞬間、視界の端で光が揺らめき、中から一つの影が飛び出す。

 それは瞬時に刀と首の間に割って入り、私の一太刀を受け止めた。刀と何かの間にちりちりと火花が散る。


「何だ、コレは……!」

 火花に一瞬照らし出されたそれは、腕だった。しかし、ソワレ殿の物ではない。

 背後にある魔法陣から伸びてきているそれは、まるで血の通っていないような、美しいが生命を感じさせない不自然な白さだ。


 ソワレ殿の指が動くと同時に、青い糸が風にたなびく。すると白磁の掌が開かれ、そこに光が集まり始めた。


 光はやがて一つの形を成し、私の身の丈を遥かに超えるであろう大鎌が現れた。その刃は凶暴に光り輝いている。


 それを両手で握りしめた腕は、鎌を振りかざし猛然と振り回し始めた。

 この間合いでは回避はできない。咄嗟に鞘を左腕に添え、大きく振りかぶった上段からの一撃に備える。


 鞘と鎌が激突した瞬間、私を押しつぶさんばかりの衝撃が襲う。


 みしり。


 骨の軋む音が、体内を上から下へ駆け抜ける。襲いかかる未曾有の危機に、体が悲鳴を上げているようだ。


 腕は尚も攻撃を続け、凄まじい暴威が私に襲いかかる。辛うじて鞘で受け止めるが、その度に砲弾の炸裂のような衝撃が腕を通し、肉体を蹂躙していく。


「う、うあッ……!」


 このまま受け止めていては、腕が使い物にならなくなる。堪らず後方に飛び退いた。

 距離を取ったところで、左腕が鈍い痛みを訴えている事に気づいた。見ると、衝撃のあった辺りが青黒く変色している。間違いなくヒビは入っているだろう。


 堪え性のない腕だ。心の内でそう毒づきつつ視線を戻すと、魔法陣が水面のように揺らぎ始めていた。その揺らぎの奥からは、うっすらと人影のようなものが見える。


 影はどんどん濃くなっていく。やがて、光の中からその全貌が露わになった。


「……女の子?」


 魔法陣の中から歩み出て来た何かは、一見すると幼い少女にしか見えない。

 身の丈はほぼ幼い子供。か細く頼りない白磁の四肢と、使用人の様なドレスに身を包んだ姿は人間そのものだ。


 しかしその手に握られた禍々しい大鎌と、背後で怪しげに揺らめく青い糸。あれが先ほど私を打ちのめした存在である事、ソワレ殿の切り札である事を物語っていた。

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