九話 手合わせ
「ん……ええ? 手合わせ?」
「うん」
「手合わせっていうと……あの、戦ったりするやつ?」
「うん」
私に向けられた瞳は今までより強く、今までとは違った意味合いを宿した光を放っている。
「どうしたの、急に」
「うん、明日はソワレ殿と私でグールを討伐するだろう?」
「そうだね」
「その時に、共に戦う人の戦法だとかを把握していないと連携に支障が出ると思うんだ。ソワレ殿のように珍しい技の使い手なら尚更な」
抑えた言い方をしているけれど、要は私が背中を預けるに足る、足手まといではない事を証明しろと、つまりはそういう事だろう。今回のような依頼なら、むしろ真っ当な提案かもしれない。
私だって、自身の実力を見くびられたまま仕事をするなんてまっぴらだ。
「……良いよ。どこでするの?」
承諾すると、赤い瞳は更に光を増した。その輝きは、まるで赤熱する鋼の様だ。
「やってくれるかソワレ殿! ありがとう!」
無邪気に答える彼女の顔には、明らかな興奮の色が見て取れる。戦闘狂のケでもあるのかな。
「それでは、詰所の訓練場でやろう。あそこなら思う存分暴れられるからな」
思う存分暴れるって……。彼女の言う手合わせとはどの程度の事を言っているんだろう。
「ええと……手合わせってどんな感じでやるの?」
「そうだなあ、明日の事もあるし、軽く実戦形式で、どちらかが参った、と言うまでにしよう」
それ軽くなくない?
「……お手柔らかにね?」
「大丈夫だ! さ、早く帰ろう」
しばらく歩いて詰所に着くと、そのまま裏手に案内された。
ちょうど詰所の真裏にある訓練場は広く、遮蔽物や起伏のない、いかにも訓練場といった感じだ。
辺りを見回していると、後ろから砂を踏む足音が二つ聞こえてきた。一人はイズモちゃん。もう一人は、昼間門番をしていた変態だ。
「待たせたなソワレ殿! 早速始めようか。審判はこのクロコが務める」
そういう彼女の手には、隊長室で見た杖の様なものが握られている。どうやらあれが武器ということらしい。
やや後ろでは、クロコと呼ばれた変態がよろしくッス、と頭を下げ、心配そうな声色でイズモちゃんに話しかける。
「隊長ォ、だいじょぶッスか? 明日、例の遺跡のヤツをヤッてくるんスよね? あんまりトばすと明日辛いッスよ?」
「ふふん、大丈夫だ! 体力には自信があるんだ! クロコもよく知っているだろう?」
「いや隊長はそーかもッスけど……」
ちらりと変態がこちらを見た。ご愁傷様、とでも言いたそうな目をしている……気がする。
「分かったッス。もう俺はなんも言わねッス。じゃ、お互いにテキトーに距離とってください」
その言葉に従い、イズモは距離を取り始め、しばらく歩いた所で静止してこちらに向き直る。
その様子を見たクロコはこちらに歩み寄り、似つかわしくない真剣な顔を向けて口を開いた。
「隊長は『手合わせ』って言ったんスよね?」
「ん、そうだけど」
「隊長の『手合わせ』をそのまんまの意味で受け取ったらダメッス」
「え?」
「真剣勝負、一騎打ち……。そんな感じに受け取って、マジになって戦うッス。じゃないと大怪我じゃ済まないッスよ。なんかの弾みで死んじゃうかもッス」
「……マジで?」
「マジッス」
彼の表情には、冗談だとか誇張だとかの気配が一切感じられない。どうやら私も本気でかかった方が良さそうだ。何をされるか分かったものじゃない。
「分かってくれたみたいッスね。じゃ、合図するから構えるッス」
そういうと彼はこちらに背を向けて離れ始めた。十分に距離を取ると、おもむろに胸いっぱいに息を吸い、戦いの合図を発する。
「双方構えェッ!!」
その声と同時に戦闘態勢を取る。両手指から糸を放ち、その先端から魔法陣を生じさせ、戦闘用の人形を召喚する。
魔術師型と騎士型を五体ずつ、計十体。いつもの鉄板編成だ。人形はそのどれもが人の頭くらいの大きさだが、放つ魔法や攻撃は等身大。当たれば痛いでは済まさない。
対するイズモちゃんは腰を低く屈め、前傾姿勢を取っている。恐らくは突進の構え。接近戦に持ち込もうとしているのだろう。
魔術師型を頭上に展開させ、一斉攻撃の準備。騎士型を前方に配置し、突進に備える。この辺りが今取れる最善の対策だろう。
日はすっかり沈みかけ、その最後の輝きが頰を染める。 刺すような殺気と静寂が、辺りをを包み込んだ、次の瞬間。
「始めェッ!!」
開戦の声と同時に右手の指先を動かし、後ろで展開させていた五体に号令を送る。指先の動き一つで人形達に動きを指示できるのが、人形術師の強みだ。
魔術師型が構える杖からは、細く、鋭く魔力を束ねた矢が、風切り音を伴って乱射される。
五体の人形から一斉に放たれた無数の弾幕は、まるで夜空に散らばる無数の星のように目の前の空間を埋め尽くした。圧倒的物量による飽和攻撃。これが私の常套手段だ。
しかし、放つ弾幕はそのどれもが空を切るばかり。まるで藪の中を進む蛇のようにうねりながら、目にも留まらぬ速さで魔弾の雨を潜り抜けていく。
「速い……ッ!」
飛来する悉くを紙一重で躱し、こちらの攻撃は虚しく地面を穿つだけ。
瞳を爛々と輝かせながら駆け回るその姿は、蛇というよりも一匹の餓狼のようだ。
気がつけば、赤く燃え上がるような二つの瞳がすぐそこで揺らめいている。このままでは、十秒と経たない内に間合いに入ってしまうだろう。
「そろそろかな。いけッ!」
左手指で合図を送り、接近戦に備えさせていた五体に指示を出す。
指の動きと同時に、五体の騎士は一斉に剣を抜き、迫り来る餓狼へと斬りかかる。
そのどれもが空振りに終わるが、これでいい。
騎士型による近接攻撃などハナから期待していない。彼らの役割は足止めだ。自在に飛び回る人形たちの攻撃と、無数の弾幕を同時に躱すのは相当に神経を削ることだろう。
思惑通りこちらへの猛進が止まり、五体の騎士と飛び交う弾幕に翻弄される姿が確認できた。
「はあぁッ!」
間髪いれず、魔術師型が一斉に杖を構え、圧縮された魔力を放つ。弾幕が一瞬止み、後を追うように五本の青い閃光が闇夜を裂き、唸りを上げて真っ直ぐに飛んでいく。
やがて地面に着弾した閃光は爆発を起こし、巻き上がった紅蓮の炎が辺りを照らす。
「よし、やった!」
勝利を確信したその瞬間、炎が縦に真っ二つにされた。
「っ!」
そして二つに割れた炎の中からイズモちゃんの姿が露わになり、その手元から薄暗がりに一筋、白銀の光が閃いた。
同時に私を防御している人形の一体の首が宙を舞い、魔力の供給を断たれた人形がぼとりと地に落ちる。
「え?」
異常な光景に呆気にとられている内に、更に一つ、二つと何かが煌めき、その度に周りに浮かんでいる人形の首がハネられ、地面に落ちていく。
「こ、これは……ッ!」
驚いている間にまた一体の首がハネられ、同時に私の頰に一筋、熱い感覚が走る。
指先でその熱をなぞると、ぬるりと濡れる感触と熱を感じた。
そうしている間にもまた一つ、光が迸る。
「やっば……!」
咄嗟に私の正面に騎士型を呼び戻すと、直後に鈍い金属音が鳴り響く。そしてよほど強い衝撃を受けたのか、防いだ騎士型が後方まで吹き飛んでいった。
急いで手繰り寄せると、構えている盾に何やら円盤の様な物体が深く食い込んでいるのが見えた。
盾に突き立てられたそれは、よく見れば鈍く輝く刃が付いている。というよりも、投げ輪の円周に刃が付いている、といった方が正しいか。
ふと、ある事を思い出す。イズモちゃんの袖の中には、何やら危ない物が仕込まれている――そう言っていた。それが、これか。
この一瞬の攻防で、私に二つの事実が突きつけられる。
一つ目は、イズモちゃんが間違いなく強敵である事。二つ目はこの一瞬で私の操る人形が、すでに四体失われた事だ。