プロローグ
東雲純一は美少女になりたかった。
いや、違う。
美少女戦士になりたかったのだ。
妖精や仲間と一緒に変身して、可愛らしいコスチュームに身を包み、強大な敵に立ち向かう美少女戦士になりたかった。
昔から日曜の朝にやっている女児向けアニメ。
俺は小さい頃にそれを見て心底かっこいいと思った。
その前にやっている男の子向けの特撮モノに目を向けなかった程だ。
母親も父親も俺の趣味に口出しはしなかった、少し複雑な心境だとも幼い頭で悟りながらも、俺はそんな両親に感謝していた。
途中で妹も出来て俺はまだ赤ちゃんの妹を溺愛していた。
俺の人生は順調でハッピーだった。
そう、小学三年生までは。
親の都合で引越しをしなければならなくなり、俺は学校を転校することになったのだ。
そしてその引越し先で事件は起きた。
家族が忽然と姿を消したのである、そこに最初からいなかったかのように…。
親が子供を捨てる。
幼い子供の頭で理解するのは難しかった。
頭の中が真っ白になるような感覚、突如として襲う不安、込み上げてくる吐き気。
幼い俺にとっては全て初めての経験だった。
そして俺は何かに縋り付くようにアニメを泣きながら見ていた。
そのあとはトントン拍子に話は進み、転校先の学校で最初に友達になった女の子、一条かなこの家にお世話になることになった。
かなこは家族の居なくなってしまった俺に対して優しく接してくれた。
こんな非常事態にも幼女向けアニメを見ているのに。
普通は気味が悪いと思われても仕方がない、しかしかなこは俺にこう言った。
『純一も見てるの?面白いよね、これ』
そう言ってかなこは俺の隣に座り、一緒にアニメを見るようになった。
それだけで傷ついた俺の心は少し、回復したのかもしれない。
少し経ったら俺は学校に行き、友達も少ししか出来なかったがそれでも着実に俺の傷は癒えていた。
そして、今現在。
「純一〜!へぶっ!」
「…………はは、大丈夫かよ。かなこ」
盛大にこけたかなこに手を差し伸べて立ち上がらせる。
俺たちは今、中学二年生になり俺は相変わらず日曜朝のアニメをかなこと一緒に見ている。
「へへ、サンベリ!」
白い歯を見せ笑うかなこはかなりの美人だ。
まだ背も小さく、かなこ自身の性格もあって、可愛らしい感じが強いが、よく見れば綺麗な顔をしているし、おしとやかな性格だったら美人と呼ばれていただろう。
ピンクの短くボブにした髪を揺らしながら、かなこは学校指定のブレザーを手でパンパンと叩く。
ちなみにさっき言ったサンベリはサンキューベリーマッチの略であり、かなこ自身の口癖である。
前に変な口癖だなって言ったら怒ってしまって丸二日口も聞いてもらえなかったので変だと思っても言わないことにした。
「さ、かなこ、もうすぐ授業が始まるな」
「うん!だから走ってきたんじゃない!」
「よし…行くか…!」
「うん!」
俺とかなこはカバンを脇に抱えて、走り出す。
そして二人でこう叫ぶのだった。
「「遅刻だあああああああ!!」」
これが女児向けアニメなら、ここでオープニングが始まる頃だろうな。