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「凄い力が使える人形がいると聞いて取材に来ました!」
「はぁ」
「はぁ」
二人揃って気の抜けた返事を返す。
コトナに導かれ研究室へと足を踏み入れたのは、首からカメラを下げたツインテールの女の子。部屋に入るなり開口一番で元気良く要件を話される。
いきなり来ていきなりこんな事を言われたらこんな返事にもなろう、こんな表情にもなろう。
「最近噂になってるんですよ、鑑定屋以上の鑑定をする人形がいるって」
そんな気の抜けた返事を完全に無視して客人は話を続ける。
前回の依頼者が誰かに零したのだろう、別に秘密にしてくれと頼んだわけでもないし、構わないのだが、こういう客が増えるのはちょっと困る。
鑑定屋にできない事ができただけであって、別に鑑定屋以上の仕事をするわけではないのだがなぁ。
噂だから尾もヒレも付いたのだろう。まぁ悪い噂ではないし、良しとするしかない。
「そしてこちらが噂の人形さんですね!?」
お、今回はシャオの機嫌が悪くなる事はなさそうだ。
でもいきなり近い、ただでさえ体格に差があるのだ、あり過ぎるのだ。こうグイグイ来られると怖いし気持ち悪い。
私は机に座るのを止め、浮いてシャオの後ろに隠れる。
「逃げられてしまいました……」
「コトナは気持ち悪い子が苦手なの、許してあげて」
「がくがくぶるぶる」
「取材に来て置いてなんですが、それはいらない情報ですねぇ……」
シャオの後ろで震えてみせる。でも浮きながら震えるのはとても難しいので分かり易いように口で震えを表現する。
「とりあえず座って下さい」
シャオは自分の対面に置いてある椅子を指差した。
「わりと忙しいので片手間程度に聞きます、コトナが」
「わりと暇ですが聞き流す程度に聞きます、シャオが」
「あれ、想像以上に歓迎されてない?」
シャオはコミュ力低いからしょうがない。
客人はシャオが指差した椅子に腰を掛ける。
「まぁ気にせず取材続けますねー」
こっちはメンタル強いなぁ。
「一つ、世界初の魔導人形との事ですが、何か凄い事が出来たりしないんですか?」
「いきなり漠然とした質問ですねぇ」
この質問は大きな誤解を招く可能性がある。記者だし、それも計算の内なのかもしれない。
確かに私は世界初の魔導人形だが、シャオが世界初の禁術エリスグリヴァーゼ成功者、というわけではない。シャオの他にも成功させた人間は何人かいたはず。
ただ人形にあの魔法を使ったのはシャオが初めて、だから世界初の魔導人形というわけだ。
私に出来る凄い事ねぇ、アレかな。
「この前卵を綺麗に割れましたよ」
「その体でそれは凄い! じゃなくて!?」
あ、一応理解はしてくれるんだ。
あれだけ苦労して卵を割ったのに、出来て普通とか言われるかと思った。
「なんかこう! 魔法的な凄い事ですよ!」
「そんな事言われましても。私は色んな事が出来ますが、私にしか出来ない事というのは結構少ないんですよ」
むしろ私に出来ない事の方がずっと多い。この前まで卵一つ満足に割る事ができなかった。
「うーん、じゃあ今噂になっている魔導具の鑑定はどうやったんですか?」
あれかー、そしてこれかー。どう誤魔化したものか。
私はシャオの背後から出て、レポートに取り掛かるシャオの肩に乗る。
「確かにそれは今は私にしかできない事ですね、説明すると長くなるんでしないですけど、端的に言うと魔導具の中に入って調べたんですよ」
「入る!? あんなちっさいのに!? どうやって!?」
うるさい。
「魔導具には魔力を流して起動しますよね?」
「はい」
「私は何です?」
「…………魔導人形?」
そうだけどそっちじゃない。
「……何で動いてると思います?」
「魔力! ああ、なるほど!」
ようやく理解してくれたらしい。
「そう、私は魔法で、体は魔力で出来ています。魔力の通る場所ならばどんなに小さかろうと狭かろうと私は入ることができます」
正確には若干違うのだが、その若干を説明すると時間が掛かる。面倒なので省いてしまった。
「十分凄いじゃないですか!」
「確かに人間から見れば凄いかもしれません。でもこの力、魔導具以外に使い道あります?」
「えっと…………」
「無いでしょう? 凄い力でも使い道が無いのでは凄くないのと同じです」
本当はもっと使い道はあるし、まだ言っていない力もある。そうでなければあの時頭の固い研究者達を味方に付けることはできなかった。
『コトナを廃棄するって本気で言ってるの? 魔法の研究をしている研究者の言葉とは思えないね』
…………が、それを言ってここに転がる魔導具達の様に余計な仕事が増えては困る。
「それにその魔導具の鑑定だって、人間が頑張ればもっと精度を上げることが出来る筈です。実際今でも半分は起動に成功しているらしいじゃないですか。つまりは私が何かしなくても人間はそのうち私以上の鑑定が出来るようになるって事ですよ」
「うーむ……」
客人はどこか納得いかないように唸っている。
いくら唸られようが私が言っているのは事実である。どうしようもない。
「じゃあ次の質問です」
「まだあるんですか」
「まだまだあります」
「じゃあ次はシャオが答えて」
「えっ」
我関せずでずっとレポートを書いていたシャオが嫌そうに声を上げる。
「では、禁術を成功させた秘訣などはありますか?」
「遠慮とか知らないね」
禁術に関してはシャオの友達ですらあえて避けていた事柄である。それをこうも単刀直入に聞かれたのは初めての事だった。
「そんなのないよ」
シャオは素っ気無く答える。
「では、シャオさんと同じように禁術に手を出してみようかと悩む生徒もいるそうですが、それについてはどう思いますか?」
「絶対止めた方がいいと思いますよ」
今度は私が答えた。
「コトナ?」
「シャオと同じ理由ならば悪くないかもしれませんが、そうでないなら百害あって一利無し……五利くらいしかありません。それに、危険です」
流石に自分を一利無しと言い切れる程無能とは思いたくない。
シャオは私を作ったことで罪人にこそなってしまったが、王すら一目置く程の存在になった。そして私達の努力次第ではその罪も帳消しになる。
そう考えれば禁術にメリットしか感じないようにも思えてくる。しかしそれは間違いだ。そもそも発動の際にとんでもないデメリットが存在する。
禁術そのものである私だから言い切れる、シャオですら知らないデメリット。もし地位や成績のためなんかにあの禁術に手を出せば、そいつは間違いなく……。
「シャオさんの理由とは?」
「それは秘密です」
これにも私が答える。
シャオならばもしかしたら答えるかもしれないが、なにやら私が恥ずかしい。
シャオが肩に座る私を無造作に掴んで、自分の膝に置く。
そして頭を撫でられる。なにやら察されたらしい。
「なるほど、やはり禁術は禁術なんですねぇ」
サラサラと客人はなにやらメモを取っている。
少しでも禁術の危険さが伝わればそれでいい。