望まぬ風評
「コトナー、これもお願い」
「はーい」
あれから私達への魔導具の鑑定に関する依頼が増えた。
噂話程度とはいえ、鑑定不能の魔導具を鑑定したという噂はあまりにも魅力的だった。
私達はそんな魔導具達を一応受け取って、適当に鑑定している。
断る理由ならいくらでもあるが、やはりハッキリと断るのは体裁が悪い。
だから一応受け取りはするが、だからと言って真面目に鑑定してやる義理もない。
そもそもここに集まるのは鑑定屋ですら匙を投げた物ばかり、つまりは駄目元である。
できませんでした、で当然の代物ばかりだ。ならば無理に断って風評を悪くするよりは、ただ預かって駄目でしたとそのまま返すほうが心象が良い。
「知らぬー、武器ー、いみふー、武器ー」
ぺたぺたと魔導具に触れては結果を告げる。
触れた魔導具に魔力を流して、その様子を見る。
突然だが、私は人形だが正確には人形ではない。
この人形に定着させられた魔法、それが私である。
意志を持った魔法というのがこの私の最大の特徴である。
人間で言えば、この人形の体が肉体であり、魔法が神経といった具合である。非常にややこしい。
そしてこの神経が魔法であるという点が重要なのだ。
つまりはこのように、魔導具に対して魔力を流そうとしてみれば……。
「おおよその特徴が掴めるってわけです」
魔力、それはすなわち私の神経である。人間が魔導具に魔力を流してもなにも感じないだろうが、私は魔導具の中に自分の神経を通しているに等しい。
感覚としては、この魔導具の中に自分が入り込んだかのような感覚になる。
私が魔力を魔導具に通した時、その魔力が弾かれるか否か、通った時残りの必要な魔力はどれくらいか等が分かる。
私の魔力が弾かれるのであれば、それはつまり魔力の属性が適合していない事を表す。
火を起こすのに水や風の魔力を入れてもしょうがない、と言った具合だ。
そして通ったならばその魔導具にどれくらい魔力が足りてないかが分かる。
魔力を大量に消費するものは大体武器だ。
そうでない時もままあるが、危険だと思った場合は基本的に関わらない方が良い。
そもそも私達は鑑定屋ではない、余程のシロモノでもない限り真面目に鑑定する義理はない。ただ何もせず突っ返すのも問題なので、こうしておおまかなアタリだけつけて返すわけだ。
極端な話、起動直後に大爆発を起こす物だってある。ならば武器と思わしき物は起動しないに越した事はない。
さて、私は私の特徴について自慢げに説明したわけだが、悲しい事に先程言った私独自の鑑定方法に関してだけならば、一般の鑑定屋で十分である。
勿論私が入れば話は早いだろうが、別に全ての方法を一通り試せばいいだけの話だ。
ならば強大なリスクを背負う私を抱えてまでする事ではない。
「えーと……コトナは魔力であるから魔力が通る物であれば体の一部の様に感じる事ができ……であるからして……」
人間には魔力の流れを認識できない。故に魔導具に魔力を流しても、それが流れているかどうか感じる事はできない。魔導具が起動して初めて魔力が消費され、魔力が通っていた事を確認できる。
だから魔導具の鑑定は私に投げて、自分はレポートを……という訳ではない。
シャオは極力自分で魔力を使うことはしない、ほぼできない。
私が原因である。
たとえ身長ものさし二個未満、体重ティーカップくらいの私言えど、私の体を維持するのに必要な魔力は甚大である。
それは魔力の保有量に秀でていなければ不可能と言われる程にだ。当然ながら他の事に魔力を回せるような余裕はない。
これがあの禁術を誰も使わない最大の理由であるとも言える。
この魔法を維持している間は満足に魔法が使えなくなる。
つまり禁術を成功させたとしても、その本人は魔法使いとは言えなくなってしまうのだ。
そしてそれらを犠牲に得る私の価値はいかほどかと問われれば、実際の所あんまり高くない。
もちろんこの国の魔法研究者が素晴らしいと手放しで賞賛する程の私なのだが、人間に魔力を知覚する事ができないからであって、決して私が実用的だからではないのだ。
……今のところは。
「シャオ、大まかな鑑定終わりました」
「ありがとー、どう? 何か変なのあった?」
変なの、とは前の遊具の様な、特殊な起動の仕方をする魔導具の事を言ってるのだろう。
「特には、どれも普通の魔導具ですね。分からないのが数点ありますが、それらは属性が必要です」
「誰か呼ぼうか?」
シャオは属性を持っていない、よって発動できる魔法は無属性魔法のみだ。
属性が必要であれば、その属性が使える人を呼ばなくてはならない。
一人一属性の定理と呼ばれるものである。
人間は魔法の属性の、火、水、風、土、のどれか一つと無属性までしか使えない。
例を挙げるならば、火属性が使える人間は他の三属性は使えない。ただし無属性は例外とする。といった具合だ。
ただ魔法を使える人間は稀だが、その中で属性を持っている人間は更に稀である。
この学校の魔法科の生徒であればクラスの半数以上は属性を持っているが、それはこの学校だけの話で、この国全体から見ると属性持ち魔法使いの割合は全体の人口の1%にも満たない程少ない。
そしてその魔法を使うために人間はある石を使用する。《魔力石》と呼ばれる石だ。
これは魔力濃度の高い土地から取れるそこそこ珍しい石であり、人間は魔法を使う際にこの石に魔力を込めてから発動する。
石が無くとも魔法は使える事には使えるが、安定させるのが難しい。
その魔法に必要な魔力より多く魔力を込めてしまうと、余った分が自分に返り、魔力酔いを起こしてしまう。私は体感したことがないので分からないが、頭がぐるぐるするそうだ。
逆にその魔法に必要な魔力より少ない魔力で発動させてしまうと、魔法は発動せず、使った魔力はそのままどこかに消え去ってしまう。
であれば、魔力石がある場合はどうなるか?
多く魔力を込め過ぎても、そのままその魔法に余った分の魔力が上乗せされる。若干だが威力が高くなったり魔法が大きくなったりするのだ。
逆に少ない場合は発動こそはしないが、魔力は石に残ったままである。込め直して唱え直すことが出来る。
ただ、発動中の魔法を無理に中断させたりした場合のみ、余った魔力が本人に返ってきて魔力酔いを起こすので注意だ。
魔法石の色は4色、赤、青、緑、茶。それぞれの色がそれぞれの属性に対応している。
無属性に対応した色は存在しないが、どの色の魔力石を使っても発動する。
魔法使いはこの石を基本的には指輪にして普段から装着している。シャオも右手の中指に青色の魔力石を装着している。
「呼ばなくていいでしょう」
今回は属性持ちを呼ぶまでの事ではない、でももし呼ぶならあの二人かな。
この研究室には属性持ちが二人いる。普段この研究室には来ないが、呼べば力を貸してくれる。
「じゃあレポート手伝ってー」
シャオは私に関するレポートを月に一度学校に提出しなければならない。正確には私のでなくとも良いのだが。
これはシャオに限らず研究室持ちの義務である。月に一度研究成果を出さなければならないのだ。そしてシャオは私以外の魔法を極力使用できないため、必然的に私のレポートとなる。
「えー。手伝ってと言われても、それただの私の観察日記ですしねぇ」
レポートと言えば聞こえは良いが、その内容は私から見ればただの私の生態記録である。
正直手伝うどころか私は内容も見たくない。
「おかしな文章が無いか見るだけでいいからさぁ」
「大丈夫です、既に所々変なのでもう取り返しが付きません」
「……ほんと?」
シャオは心配そうに自分のレポートを見直す。
「言いたい事や要点だけはなんとか伝わってくるので大丈夫だと思います。元々子供の書いた物ですし、それくらいが丁度良いんじゃないですか?」
「あ、ホントなのね……」
シャオが目に見えて落ち込む。
なんて声をかけようか、でも事実だしな、面倒だな、ほっとこう。
そんな事を思っていた時だ、この旧校舎に誰かの気配を感じる。
「そんな事より、また誰かが入ってきた様ですよ」
気配を感じたと言っても、私に人の気配を感じ取る力があるわけではない。
ただ単に旧校舎がボロいだけだ。耳が良い私には扉を開ける音なり足音なりで一瞬で分かってしまうだけである。
「そんな事でもないんだけどなぁ、とりあえず案内お願い」
「畏まりました」