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翌日、私は再びシャオの研究室に訪れていた。
あれから一日が経ったが、果たしてどうなっただろうか。
私はキィキィと嫌な音を立てる階段を登りながらそんな事を考えていた。
「相変わらず薄暗いし……カーテンくらい開けてもいいんじゃないか?」
思わずそんな呟きすら零してしまう。
「面倒くさいんですよそれ」
「きゃあ!?」
背後、そして耳元からいきなり声を掛けられた。
「あらあら、二度目だと言うのにいい悲鳴ですね、ごちそうさまです。あ、ケケケケ」
ふわふわと私の周りをくるりと回りながら、付け足したように不気味に笑う。無表情で。
「昼の今はまだマシですよ。私達が帰る時間になると空が暗いことが多くてですね、そんな中私が一人カーテンを閉めている姿を一度外から見られまして、それはそれはホラーに見えた事でしょう、それはもういい悲鳴を……」
夜、ボロくさい旧校舎、確かに何か出そうな雰囲気にはなりそうである。そんな場所でそんな物を見たら……。
「な、なるほど。そ、それで? 私の魔導具は結局どうなったんだ?」
「それについてはこんな所で話す事ではありませんねぇ、どうぞどうぞ我等の研究室へ」
人形はそのまま私を先導するように前に立った……いや、浮いた。
その表情からは何も読み取る事はできない。
鑑定が駄目であったか、成功したのか、あるいはまだ取り掛かっていないのか、どちらにせよ普通ならば表情に出るものだ。
しかしこの人形は完璧なポーカーフェイスである。むしろこの人形が表情を変えた所を見たことがない。
まぁ結果は直ぐに分かる事だ、この人形の表情から読み取るまでも無い。
人形が研究室の扉を引いてくれる。
私はその扉を潜った。
「えっとですね、なんと言えば良いのやら」
入って出された椅子に座るなり、シャオは困った様に目を泳がせた。
先程の人形のポーカーフェイスとは大違いである。
「シャオ、落ち着いて」
人形に窘められて、シャオは一度息を整える。
「結論から言いますと、鑑定できました」
「ええ!?」
シャオの反応からやはり駄目であったかと思っていた。
しかし回答は真逆、成功したと言う。
ならば先程の反応は何だったのだろうか、成功したのならばもっと胸を張ればいいのに。
「じゃあ早速その鑑定結果を……」
「その前に、私達の考察を話す必要があります」
人形に言葉を割り込まれる。
「考察?」
「たぶんだけども、貴方のお祖父さんはこの魔導具の効果を知っているんだと思うの」
「なんだと?」
祖父が魔導具の効果を知っていた?
「起動方法に関しては分からないかもしれませんがね、まぁそれでもおおよその予想はついてたと思いますけど」
人形が付け加えるように補足した。
祖父はこの魔導具が何か知っていたのか? ならば何故私達に教えず鑑定不能のままに?
「起動方法に関しては教えましょう、私達がするのはそこまでです」
「と言うと?」
「一度お祖父さんと話し合ってみて下さい、その上で知らないのであればぜひその場で起動してみましょう」
「その場で? 魔導具を?」
魔導具は例外もあるが基本的な用途は武器である。
そんな物を効果も分からないまま起動しても大丈夫なのだろうか?
そして言われた通りにして起動できたとしても、用途が分からなければ……。
「大丈夫ですよ、危険な物ではありません、起動すればその魔導具の用途が分かる筈です」
そんな私の考えを先回りするかのように、人形が答えた。
「……分かった、やってみよう」
私は返された魔導具を持って、シャオの研究室を出た。
―☆―
「お祖父さん」
私はあれから魔導具を持って、病院へ。
祖父の病室へと入った。
「おお、よう来た」
祖父は上体を起こし、私を笑顔で迎えてくれる。
「お祖父さん、この魔導具なんだけど」
「ああそれか、やはり起動方法は分からなかっただろう? 面倒をかけたな」
この魔導具の鑑定は私から言い出した事だ、それなのに祖父は自分から頼んだかのように私を労ってくれる。
私はそんな祖父の膝の上に魔導具を置いた。
「ちょっとこの片方の石のところに触れて、魔力を少しだけ流して欲しいんだけど」
この魔導具には謎の石が三つ付いている。
中央に大きな石が一つ、楕円の両端に小さな石が一つずつ。
私はその小さな石の片方を祖父に向けた。
「じいちゃん魔法使えるほど魔力ないぞ?」
祖父は首を傾げながらも、言う通りにしてくれる。
私はそれを確認して、もう片方の小さな石に触れて私も魔力を軽く流した。
すると、魔導具が動き始める。
「これは……」
カタカタと少し揺れて、中央の大きな石が光った。
「ああ、この魔導具が何か分かってしまったのか……」
祖父はその光を見て、ため息を漏らすように呟く。
やがてその光は形を作り、何か地形の様な物を映し出した。
やはり祖父は知っていたのだろうか? 祖父のその顔は魔導具が起動できた喜びとは程遠い、むしろ哀愁に満ちた表情だった。
「これは一体……?」
彼女らから起動方法は聞いていたが、この魔導具が何なのかは教えてくれなかった。
ただ、起動すれば分かる、と。
しかし私にはこれが何か分からなかった。
見たところ明らかに武器の類ではなかったようだが……。
「これはな、ゲームじゃよ」
「ゲーム?」
祖父は困惑する私に言った。
「ワシも起動してみるのは初めてじゃがの、だがあの日、ワシは確かにこれが起動しているのを見た」
あの日、とは祖父が魔族二人に斬りかかったという話の日の事だろう。
「なんて事はない、あいつ等はコレに夢中だったんじゃ。明らかに隙だらけじゃった」
祖父が光で出来た地図のような物に触れてみる。
するとその位置に小さな駒が現れた。
「ワシは戦争では逃げてばっかりでな、功績といったものは一つも持ってなかったんじゃ。だが家族に誇れるような物を一つは持ち帰りたかった。それがコレというわけじゃ」
祖父は魔導具から漏れ出す光を見つめながら一つ一つ思い出すように語り始める。
「本当は魔族から奪った凄い武器を家宝にしてやりたかった、だが当然そんな物は無くてな、だからつい言ってしまったんじゃ。これを握り締めて、これがワシの功績じゃ、戦利品じゃ、家宝じゃ、とな」
祖父は視線を落とす。
「だが、家の家宝がただの遊具というのはあんまり格好良くないじゃろう? だから黙っておった」
「おじいちゃん……」
「家宝だなんだって言ったのは忘れてくれ、コレはお前が好きにするといい」
祖父は魔導具の起動を止め、私に手渡す。
この瞬間家の家宝は家宝ではなくなり、私の私物となった。
それならば…………。
「おじいちゃん、これは確かに武器ではなかったけれど、もしかしたら武器よりずっと珍しい物かもしれないよ? 私遊具の魔導具なんて聞いたことないもの」
「なに、本当か? それなら……」
「だから」
私は祖父の言葉を遮って続ける。
「私が誰かに嫁いだら、私の家宝にするね?」
「それは……それは……困るのぅ…………」