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「なるほど、大体話は分かりました、確かにコトナには魔法の本質を見抜く力がある。魔導具も物によっては解析できるかもしれない」
そう、私はその話を聞いてここに来たのだ。
魔導人形、つまりは魔法そのものであるこの人形は、魔法そのものであるが故に魔法の本来の用途や本質を感じ取る事ができると聞いた。
その力を使えば私の魔道具ももしかしたら、と、私はここに来た。
「なら!」
なら、お願いします、と言い掛けた時だ。
「コトナ、どうするの?」
彼女に即座に言葉を割り込まれた。
何故か決定権は人形にあるらしい。
「んー、まぁ調べてみるくらいなら大した手間でもないですし、別に構いませんけど」
「本当か!?」
正直あまり期待していなかった、それがほぼ二つ返事で了承を得られるとは。
「ただ、こちらの依頼を受けるメリットは何ですか?」
二つ返事という訳にはいかなかった。
「うぐ、それはその、考えてない……」
「なんですかそれ」
学生同士とはいえ依頼は依頼である。研究室持ち相手となればなおさらだ。
用意してないとあればそう言われてもしょうがない。
「他の学生、他の研究室と私達は大きく違います。私達の時間は限られている。初対面で報酬もない貴方にその時間を割く筋合いはないですね」
知っている、未だに彼女達は自分達の罪の清算が済んでいない。私はそれを知りながら頼みに来たのだ。見ず知らずの他人に。
「いやその、金なら用意できるんだが、学生同士の取引で報酬が金の言うのもどうかと思って……」
「……確かに、正直お金は遠慮したいかな」
事実として研究室を持つ学生が依頼を受ける事は多い。それは学生に限らず学外から来る事もある。
しかしながら学生がその報酬として金銭を受け取るというのはあまり体裁が良くない。そもそもの話研究室自体が色々な所から色々な支援を受けて成り立っているのだ、その事を忘れ、その機関で金儲けをするなど、当然悪評を買う。
ただそれらを気にせずお金を受け取る研究室もある事にはあるが、やはり評判が良くない。
そして既にこのシャオの研究室は評判が良くない、ただでさえ罪人が受け持つ研究室で、禁術の研究室だ、当然である。
室内を見渡せば本来研究室にある筈の機材の殆どが無い。それも当然の事か、研究に使われる機材はどれも高価で壊れ易く取り扱いには注意が必要である。そんな物を罪人に、その上今にも壊れそうな旧校舎になど置ける筈がない。
先ずは汚名返上、そして名誉回復が必要な彼女に今その様な不評が立ってしまえばどうなるか。何が起こるか分かったものではないだろう。
「だからできればそちらから要望を聞きたいんだが……」
だから彼女が欲しがりそうな、彼女に利がある物を用意するのが望ましい。
しかし残念ながら私には彼女が欲しがりそうな物など全く浮かばなかった。
しいて挙げるなら普通の日用品ぐらいである、ご近所付き合いでもしたいわけでもなし、それはないだろうと私の中で却下した。
「はいはーい、私言ってもいいですかー?」
私と彼女が困り果てている中、人形が手を挙げる。
「何か欲しい物あるの?」
「私、新しいお洋服が欲しいです」
お金の数倍キツい要望が来た。
「依頼を達成してくれたお礼がー、お洋服だなんてー、とってもステキだと思いませんか?」
人形はまるで夢見る少女のように声を弾ませながら言う。しかし無表情である。
事実、その通りなのがタチが悪い。
依頼のお礼に人形にお洋服をあげたなんて、聞く人が聞けばもはや美談である。
しかしながら目の前の人形は明らかな特注品、しかも動く。
そんな人形の服を手に入れる事などできるのだろうか? そもそも人形を売っている店自体少ない、ましてやその服だけだなんて。
それを手に入れるとなれば、下手をすればその金額は鑑定の相場を凌駕するんじゃないか?。
ならば手作りならどうか、残念ながら私に裁縫を経験など無い。ハンカチすら上手に作れるか怪しいだろう。
「……服を用意するのが難しいなら、デザインと布だけでもいいよ」
シャオが私に助け舟を出してくれる、しかしながら私はここで更に自分の思慮を浅さを思い知らされた。
そうだ、手作りに必要なのは裁縫の経験だけではなかったのだ。人形という可愛らしい物に似合う様な洋服のデザイン。そここそが最大の難関だったのだ。
勿論普段私が着るようなシンプルなデザインでは許されまい、人形には人形らしい服があるのだ。パッと想像こそはできるものの、それを実際に描いてみようとすれば即座にペンは止まるだろう。
「もとより鑑定屋でもダメだった物を私が鑑定できる可能性はとても低いです、頼んでも時間と労力の無駄になるかもしれないですよ?」
それもそうなのだ、私だってもとよりダメ元である。ただそれでも希望があるなら縋りたかったのだ、回った鑑定屋も一件ではない。
人形が立ち上がり、両手で私の魔導具を持ち上げる。
「……んん?」
すると人形が不思議そうに抱えた魔導具をまじまじと見つめ始めた。
表情こそ変わらないが、なにやら不思議な物でも見たような、そんな印象を受ける。
「とりあえずこれは一日うちで預かります。明日授業が終わったらまたここに来て下さい」
「あ、ああ、分かった……」
話を一方的に切り上げられる。
驚いた、先程は遠回しに帰れと言われてるようにも感じたからだ。
「今日軽く調べてみます、もしかしたら何か分かるかもしれません。貴方はそれまでデザインの勉強でもしててください」
「ぐ……わ、わかった」
いつの間にかデザインをする事は決定になっていた。
ただでさえ不慣れな事を一日でやれと言うのか。
「デザインはいつ持ってきてくれてもいいよ。更に言えば別にお店の洋服のパクリでも問題ない、どうせ後でコトナ好みにいじるから」
一気にハードルが下がった、内心無理だと思っていたのが私の表情にでも出ていたのだろうか。
「分かった、ではまた明日ここに来よう」
―☆―
「随分とまた無理難題を言ったね」
「正直受ける気なかったですしね、話には同情しますが、別に切羽詰まっているわけでもなし、私達の時間を割く必要性は薄いと判断しました。ただ断るとただでさえ悪い風評が更に悪化するので、自主的に帰って貰おうかと」
「追い返すつもりだったのに預かったの?」
「はい、途中で気が変わりました。余りにも儲け物だったので、つい」
「何か分かったの?」
「はい、これの起動方法、めちゃくちゃ簡単なんですよ」
「そんなに? 触っただけでそこまで分かっちゃったの?」
「はい、分かっちゃいました。ただ問題が一つ、だから一度預かりました」
「それは何?」
「これの効果を知った上でどうするか、ですよ」