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後日。
「…………」
「先輩に断られた」
先に言っておこう、私は今回一切の音を出していない。
「先輩に断られた」
音を出していない、それはつまり先程からずっと聞こえてくるこの声にも一切反応していないという事であり、相手の姿が見えない以上コイツはただずっと壁に話しかけているだけである。
一体いつからここで念仏を続けていたのだろう。少なくとも私が気付いた時には既にこの念仏は始まっていた。
聞かなきゃ良かった。
「クラスメイトにも断られた」
私は聞いていない。何度言われようと私は聞いていない。だから私は言葉を返さない。
そして私は昨日確かにこれっきりにしろと言ったのだ。後日談ならいざ知らず、懺悔やお悩み相談などはもう受ける気は無い。
というか、昨日のうちに、もしくは今日のうちにここまで行動したのか。意外に行動力はあるのか?
いや、それほどまでに切羽詰まっているのか。まぁ私にはもう関係ないが。
「クラスメイトにも断られた」
ちゃりん、と。百円が入れられる。そして旧校舎の廊下に転がる。
私はもう拾わない。
「先輩に断られた」
ちゃりん、と。なんともう百円だ。
それでも私は拾わない。
「素人を連れてはいけないって」
とうとう続きを話し始めたぞコイツ。聞いている相手などいないかもしれないのに。
「でも、頑張って頼み込んだら、話だけでも聞いてくれて」
ええ先輩やなぁ。はよそっちお行き。
「あ、クラスメイトにはなんか嘲笑われた」
…………何も言えん。
「で、先輩が、とりあえず腕だけでもみてみようって、軽い決闘みたいな事してくれたんだ」
優しい先輩ですね。
「見込み無いって」
きっつ。
「見込み、無いって」
……うん、うん。
「見込み無いって」
もう分かったよ、めちゃくちゃショックだったから三回言いたかったのも分かったよ。
「…………」
「…………」
おや、話が終わったかな?
これでようやく私も解放される……。
「やっぱりもう死ぬしか……」
「はいはいはいはい! 分かりましたよ! 聞いてましたよ! もう!」
私は落ちてた二百円を拾って隙間に投げ返す。
「で! 私に! どうしろと!?」
予め言っておく。私に出来る事は、何一つ、無い!
何かしてやる気も、無い!
「…………」
「何か言えよぉ!」
せっかくこっちが反応してやったのに! せっかくこっちが聞いてやってんのにぃ!
「え、えっと……」
話す事無いのかよぉ! ならもう帰ってよぉ! うわーん!
「はいはい! 何が言いたいかくらいは分かりますよ! 私に新しい案でも出して欲しいんでしょう?」
「う、うん!」
「うん! じゃないよ! そんな時だけ元気に返事しやがって! 無いよ! お前にくれてやれる案も、お前に出来そうな案も、無いよ! なんにも!」
こちとら何度でも言うが世間知らずの人形である。人の生き方なんて知るはずも無い。
「私は人に物事を説けるほど人生経験がありません。軽い雑談であれば付き合うのもやぶさかではありませんが、このような重っ苦しい話は御免です」
「うぅ……」
唸られてもなぁ。
「先程話していた先輩さんに現状を相談してみてはいかがでしょうか。自分で稼げる手段を持っている人間はたぶん一味違いますよ」
でまかせである。内心そんな事微塵も思っていない。
その先輩さんは人に優しくし過ぎるとロクな事にならないと学ぶがいい。私はもう学んでいる、現在進行形でな。
ああごめんなさいシャオ、もう暇潰しに独り言に反応したりしないよ、だから私を助けて。
「……とりあえず、私からあと一つだけ案を出して差し上げます。私はもうこの場所には来ないので次からはその先輩さんにもう一度相談して下さい」
「……分かった」
とは言ったものの、どうしよう。
まずお金なし、魔物討伐できる腕もなし、戦闘科の学生、つまり学歴もそんなにだろう。
親が逃げ出す程の借金、普通に働いてではいつまで掛かるか分からない。やはり多少危険でも高額な仕事でなければならない。
…………ああ、アレならどうだろう?
この前会ったあの人の職業なら。
「炭鉱ハンターって知ってます?」
「……知らない」
「魔物の出る地域での炭鉱夫ですね。魔力が通った場所では普通とはちょっと違う鉱石が採れるんです。魔法使いが使う魔法石なんかもそれですね」
他世界がこちらの世界に及ぼした影響、それは意外と分かり易い。
魔物が棲む地域では明らかに植物などの生態系も他と異なるのである。植物は変形し、岩や地面からは見慣れない石が拾えるとかなんとか。
人間達はその地域には魔力が通っているのではないか? と考察している。
何を隠そうその考察、正解である。私は魔法ゆえに魔力を肌で感じ取る事が出来る。この前その魔力地域に行って来たが、実に良い場所であった。
「ふむふむ」
「炭鉱夫にはハンターの護衛が付きます。しかし危険な場所なので炭鉱夫自体にも多少の魔物と戦う技術が求められます。危険な場所での作業なので普通の炭鉱夫よりずっと収入が良いです、珍しい物を発掘できれば報酬も跳ね上がるそうですよ」
「おぉ」
魔物の生息域は魔力さえ通っていれば基本どこでもである。森だろうと、平原だろうと、洞窟であろうと、その場所に魔力が通っていて、食べる相手がいるなら魔物はそこに棲む。
その洞窟が今回の狙い目である。魔力の通った地域からは変な石が採れる。それが洞窟の中であるならより大きく、より質の良い石が採れることだろう。きっと高く売れることだろう。
ただ勿論そこは魔物の棲家なので危険極まりないが。
「戦えれば言う事ありませんが、基本的に自分の身を守れれば上等だそうです。戦闘科であればそれくらいは出来るでしょう?」
「出来ると……思う」
それくらいは断言してくれよ。
「主に西の山脈地帯で掘ってるそうです。この前ちょっとした事故もありましたけど、今はそのおかげで道に人の手が入って昔より良い環境で掘れるそうですよ。ということで、どうですか? 炭鉱ハンター」
「力仕事かぁ、僕に出来るかな……」
私もわりとキツいと思う。でも仕事を選べる状況でもないんでしょう? 出来そうならばやった方がいいと思う。
「力仕事ですが、普通の炭鉱夫よりは力は使わないと思いますよ。むしろ大変なのは掘った鉱石を街まで運ぶ事ですかね。まぁ貴方には丁度いい訓練ですよ」
ここまで勧めておいてなんだが、これで普通に死なれでもしたら夢見が悪いなぁ。私寝ないけども。
まぁ私は今後この人と会う事はないんだし、死なれても私が知ることはないだろうからいっか。
「分かった、やってみるよ!」
「おお、その気になられたのならなによりです、頑張って下さい」
さぁどっかに行け、私はコイツの名前も知らないし、今後コイツがどうなってもその情報が私の小耳に入ることすら……――
「何度も付き合ってくれてありがとう! 僕の名前はマサップって言う――」
「名乗るなよぉ!」
「えぇ!?」
私は思いっきり叫んでしまう。
「名乗られたら小耳に挟んじゃうかもしれないだろぉ!」
私の夢見を平然と踏みにじりやがって!
「目標が出来たならさっさと行動しろぉ!」
「は、はい!」
良い返事と共に、ありがとうございました! と言う声が近くから遠くへと小さくなっていく。私に言われた通り直ぐに行動したようだ。
「はぁ……」
疲れた、精神的に。
この身は消耗こそはしても疲れる事はない。だが私だって心はたぶん人間である。精神的には疲れるのだ。
「今は戦闘科の昼休みだから……研究科の昼休みまではあと十分くらいかな」
なんか、早くシャオに会いたい。
頭撫でてもらお。
―☆―
「ぷはー、一仕事の後の魔力は沁みるぜぇー」
私は数時間ぶりにシャオと合流し、魔力を補給してもらっている。
いつもなら小指に付ける魔力糸を口にくっ付けて、あたかも食事をしているかのように振舞う。
「こら、おっさんみたいな言葉の使い方しないの」
シャオに叱られた。魔力が浸みるこの感じ、人間には分かるまい。
「糸を口に持ってくるのは良いんですか?」
「それはなんか可愛いからいい」
「そですか」
この主、可愛ければ大体の事は許してくれる。
「コトナ、珍しくご機嫌だね」
レイシスがそんな私を見ながら言う。
ご機嫌? 私が?
「旧校舎にいるの、そんなに楽しかった?」
シャオがどこか悲しそうに言う。
「シャオはずっと旧校舎の方を気にしてたもんねー」
シーニアがシャオを茶化す。
しかしシャオはそれを否定する気はないようだった。
「逆ですよ」
ならば私も否定せず認めよう。
「やっぱり私はシャオの傍の方が落ち着くみたいです」
私は旧校舎が楽しかったからご機嫌なのではない。
今ご機嫌なだけだ。
「コトナ~」
シャオが私を抱きしめる。
シャオの傍ならば私は面倒事に絡まれないし、絡まれてもシャオがいるもの。こんなに楽な場所はない。
でも主は何か勘違いして言葉を受け取ってしまっているようだ。
だが、今度はシャオがご機嫌そうなので、黙っていよう。