第2話 アカウント登録をしよう
「お邪魔するっすー、弔野さんいるっすか」
自席で仕事の引継ぎ資料を作っていると、カルチャー課課長の声がした。
「ここです」
手を挙げて長い袖を振る弔野の元に、課長は大きな箱を持ちながら、席の間を縫って向かってくる。
「待たせて申し訳ないっすね。必要そうな機材……、といっても、うちの課で昔使ってたものだから全部型の古いおんぼろで申し訳ないっすけど、一応持ってきたっす!」
弔野の足元に置かれた箱は、ずいぶん重たそうな音を立てた。
「これは……?」
「あ、重いんで設営も僕やるっすよ。ちょっと待っててください」
課長はてきぱきと、箱の中から機材を取り出す。
薄べったい大きな板を机真ん中に置き、その横に黒い箱を設置する。鼻歌を歌いながら、それらを紐でつなげてゆく。
床に置かれた箱の中には、細かな機材が残っている。
課長はそれらのほとんどすべてを、机に置いて、紐でつなげた。
「できたっす!これが、パーソナルコンピュータ、PCってやつっす!あと、動画撮るためのwebカメラと、マイクも、ちゃんと持ってきたっすよ。この前の機材整理で捨てないで取っといてほんとよかったっすよ」
課長は、実際にPCを操作しながら、簡単な操作を弔野に伝える。
弔野は必死にメモを取りながら、課長の話に神妙に耳を傾けた。
広報部の面々が代わるがわる、不思議そうに弔野の机を覗きこんでは去ってゆく。
「……で最後に!これがカメラで、こっちがマイクっす。
動画を撮るときは、カメラの前に立って、マイクに向かって話しかけるんすよ」
カメラを起動させると、眉間に皺を寄せた弔野と楽しそうに笑う課長の姿がディスプレイに映る。
「鏡みたいですね……」
無駄に手を振ったり、表情を変えてみたり、一通り弔野が楽しむのを見届けた後、課長が口を開く。
「さてと。あとはSNSと動画投稿のアカウントを作らないとっすね」
「あかうんと……」
「機能を使うために必要な、個人を識別するための符号とでも言えばいいんすかね。とりあえずやってみるっすよ」
動画投稿サイトとSNSのアカウント登録を終え、一息つく弔野。
「いろいろと設定しなくてはいけないんですね……。ちょっと目が痛くなってきました」
「お疲れ様っす。慣れないうちは目に負担がかかるから、毎日ちょっとづつやればいいと思うっすよ」
「そうします……。でも、現世の技術の進歩って本当にすごいですね!私が現世に行ってた頃は、人とのやりとりなんて、ほとんど全部紙で、時には自分の思っていることをそのまま書くこともままならなかったり……」
背もたれに体重をかけながら伸びをする。
「現世の動向は毎日見てても飽きないっすよ。
ところで弔野さん、昔は誘魄やってたんすか?」
「まあ……。もう何十年も昔の話ですけど。一応、やってましたよ」
「誘魄って、死神の花形じゃないすか。資格取るのも、100年とか修行しないと取れないって聞くっすけど……。何で広報に移動したんすか?」
「向いてなかったんです、私」
一呼吸おいて、弔野は口を開いた。
「私、どうも人間の悲しいって気持ちが分かるみたいで。割り切れなかったんですよ。理不尽な死に直面した人間たちの悲しいって気持ちを」
この話は追々にしましょう、と言って弔野は笑った。
「あの、それより、教えて頂きたいのですが……」
「あ、ああ、申し訳ないっす、しゃべりづらいこと聞いて。何すか?」
「この、SNSというもの、せっかくアカウントを作ったので、動画はすぐには取れないけれど、何かつぶやいてみたいんです。どうすればいいんですか?」
「ああ、つぶやきっすね。それなら、PCならここからできるっすけど、こっち使うのも良いかと思って持ってきたものがあるっすよ」
課長は、床に置かれた箱に最後にひとつ残された、片手に収まる大きさの、緑色の箱を取り出した。
「これ、ガラケーって言って、スマホのひとつ前の型の物だと思ってもらえればいいっす!弔野さん服の袖が長いから、スマホを指で触るの難しそうなんで、こっち持ってきたっす。
これ、僕が昔個人で買ったものだから譲るっすよ。よかったら使ってくれたら嬉しいっす」
差し出された箱は、真ん中で折られていて開閉ができるようだ。
「これを真ん中で開いて、上っ側がスマホとかPCの画面と同じもので、下がPCのキーボードに当たるっすね。それをぽちぽちっと押せば、指を出さなくても操作できるっす。性能はスマホに劣るっすけど、SNS使ったり、動画見たりする分にはまあ使えるっすね。
もう、SNSと動画投稿サイトはショートカット、よく使う機能に登録してあるんで、そこからログイン……認証すればいいっす。
それで、こっからつぶやきを……どうせなら、作った動画アカウントも載せて……」