地下から脱出
遅い! すみません!!
色々語ってますが、主にキャラを知ってほしいという思いです。理解できない考えの奴もいるかと思いますので、そういう奴のことは深く考えず表面だけ見る方がいいです。
新しい概念の説明がありますが、深く理解はしなくて大丈夫です。概念は「 」の中の言葉が理解できれば大丈夫だと思います。「近い」も「はやい」も同様です。
しかし、危なかったな……叫び声が聞こえた時は流石に焦ったからな。
「(酷い傷を負っている方は私で治しておきます)」
「(ああ、触れる必要がありそうなら言ってくれ。それでも危険そうなら生命魔法で治そう)」
「(はい)」
「うっ、うぅぅぅ……あ、ああぁぁ」
イアは号泣しながら、倒れているヤイ達の方を指差して何か言おうとしていた。言いたいことは分かるので〔ちゃんと気付いているし、助けるから〕と言いながらサッとイアの足を俺の生命魔法で治した。ちなみに、光と生命での治療は手足などの欠損でない限りは違いが特にない。正直、生命魔法はあまり見せたくないが、命を天秤にかけるほど隠すものでもないし、イアも痛々しい状態だったからな。
「……それにしても、この地下は妙に不快な感じが漂ってるな」
「そうだね……居るだけで気分が落ち込むような、不快な感じがする」
イアの叫びを聞いて突撃するまではそんな気配なかったんだけどな。地下を下りきる時に見えない壁のような抵抗があったし、それがこの嫌な気配を隠す結界みたいな役割だったのかもな。
俺は周りを見回しながら、アリスにヤイとサーリアを俺達の近くに連れて来るように言い、他に捕まっている人はいないか確認していた。そして、牢屋に人の姿を見つけたが……山のように置かれている人も、並べて置かれている人も、生きているとは思えなかった。
サイク達から場所を聞いて急いだつもりだったが、色々と無事とはいかなかったか……
「(ミース、ミラニールさん達は問題なさそうか?)」
「(はい。光魔法だと傷跡は残ってしまいますが、命に別状はないです。しかし、溜めていた生命力は使い切ってますし、体を巡っているはずの生命力もかなり消耗しているので、少しの間は寝たきりになるかもしれません)」
「(そうか、仕方ないな。生きてさえいてくれればどうにかなるしな)」
「(はい。それと、1つ気になることがありまして、ライクさんの漏れ出ている生命力をここに居る間は全部貰ってもいいですか?)」
「(ん? 勝手に漏れ出てる物のようだから、ミースの役に立つなら幾らでも好きにしたらいいと思うが、何が気になるんだ?)」
「(実はこの場所、と言いますか、あの並べて寝かされている人達あたりから、ライクさんの漏れ出ている生命力が吸収されているみたいなんです)」
へえ、自分の感覚では全く取られている感じはしないけどな。
「(生命力の吸収ってミースとは違う妖精でもいるのか?)」
「(いえ、その気配はしません。そうだとしても、体から吸い出しているわけではありませんから、空や地面に漂ってる生命力を吸収しているのと変わりはないんですけど、ライクさんの契約者である私としては、主人であるライクさんの一部を勝手に吸収されるのは気分が悪いです)」
妖精独特の感覚か? 契約者になると独占でもしたくなるんだろうか?
「(わかった。というか、今に限らず漏れ出ているのは基本的に好きにしていいんだぞ? 概念も生命魔法も基本的に体を巡っている生命力を使うみたいだしな)」
「(ありがとうございます。しかし、漏れ出ている生命力が体に何かしらの影響を与えている可能性もあって、それにライクさんが慣れていた場合は違和感があるかと思ったので……)」
もっと軽く考えてもいいんだがな。ま、その辺は後で確認すれば安心するだろう。それにしても、冗談なんかを言うようになっても根本で真面目な部分はしっかり残しているのがミースらしいな。それに比べて、あの不誠実の塊のような奴らは生命力の吸収やら、奥の魔法陣やら、ここで何をするつもりなんだ?
俺とアリスで吹っ飛ばしてからも警戒を続けていた奥に目を向けると、飛ばしてから大人しかった2人が姿を見せた。
「痛いなー、随分派手な再会の挨拶だね。ライク君」
「まったく、せっかくいい気分でしたのに、ベリアが時間を掛けるからですわ」
「いやいやいや、ライク君が早すぎるんだよ。流石にこんなに早く来るなんて想定しないよ」
やっぱりダメージは無さそうだな。まあ「瞬」での技を食らって生き残る奴もいるんだし当然か。
「それにしても、あの少年が魔法を使えるタイプとは意外ですわ。前衛タイプだと思っていたのですが」
「ああ、ライク君は妖精を連れているようだからね。その彼女がやってるんじゃない? 僕もそれで森の時に見事にやられたし、僕の目でも同化されると流石にすぐには見えないからね、まさか妖精と契約してるなんて思わなかったし」
「妖精……なるほど、ベリアが彼を警戒する理由が1つわかりましたわ」
……まさか、見えるのか? いや、ちゃんと俺の中に入っているから、見えるような人からも隠せている筈だが。
「(ミース、あいつら見えているのか?)」
「(……ベリアって人は恐らく見えてますね。ライクさんのような特殊な目をもっているんだと思います)」
人を惑わしたり、妙な目を持ってたり、つくづく面倒な奴だな……
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。でも、概念使いは基本的に妖精が見えるから気を付けた方がいいよ。人の中に同化して隠れてたら見えないけどね」
なに?
「(ミース、そうなのか?)」
「(初耳です。ですが、今思うと概念を使える人には見えていた気がします。数人しか会ったことがなかったので、関係があるとは思いませんでしたが)」
概念使いがアリスやこいつらレベルだと考えると、狙われた時は面倒そうだな……
「少なくとも、僕らはライク君の妖精をどうこうしようとは思わないから安心していいよ」
どうだかな……
「俺の知り合いは、散々痛めつけたようだけどな」
俺は、イア達とヤイ達を見て言う。
「あはは、バレない内に逃げるつもりだったんだけどね〜。ライク君、いくらなんでも早すぎるよ。どうやったんだい?」
「教えるわけないだろ」
「だよね〜、残念」
俺が来ることは予想外とは言っているが、ベリアの顔はニヤけていて、余裕がない様子ではなかった。
だけど、流石にアリスの近の概念を予期することは無理だろうから、予想外なのは間違いない筈……つまり、俺が来たとしても特に問題はないってことか。
「で、どうしますの? 彼らとは戦うつもりはないのでしょう?」
それならサッサと帰ってくれると助かるんだがな。
「そうだね。ライク君達が未知数だし、もし使徒の連中と関わりがあったらさらに面倒だし。とりあえず、あの時に適当に送って、って言ったやつはまだ送ってなかったよね?」
「ええ、彼に2匹やられましたけど、あと3匹は残ってますわ」
俺がやったと言うと、あの3つ頭のやつか? まだそんなにいたのか……
「なら、殺しすぎない程度に街の近くに送っておいてよ」
……殺しすぎない程度?
「それはかまいませんが、それだと効率が悪いのではなかったですか?」
「ライク君が来た以上は仕方ないよ、集めることを今回は重要視してないしね。一応意味はあるし、雑に混ぜた物なんかいつでも作れるから在庫処分みたいなものだよ。それに知能はあるし、三匹で固まったら少しは頑張るんじゃない?」
「わかりましたわ…………あら? 居ませんわね、どこに行ったんでしょう……」
連れのエルフがそう言いだした後、目を閉じて集中し始め〔管理は頼むよアスロト〜〕などと言う声を聞きながら、俺は少し考える。
ベリア達は邪神教などと言っていることから、目的は邪神なる者の復活、くらいの想像はつく。さっきの会話から、そのために何か集めていて、その1つが生命力だろうと思う。しかし、邪神がどれほど危険なのかわからないし、そもそも存在するかもわからない者を警戒して今こいつらを敵にまわすのもな……こいつらが危険人物には違いないし、何とかしておくべきなんだろうけど、こいつら自身の頑丈さを考えると……少なくとも、今は敵対するべきではないと思う。
「(兄さん、あの2人どうするの? 仕掛けるのも悪くないと思うけど?)」
ヤイ達を運んでくれたアリスが聞いてくる。
「(そうなんだが、あいつらが逃げるならそれが1番良い。ここにはイア達がいるしな。街の方は総隊長さんや、リウム伯爵に任せておけば大丈夫だろう)」
「(そっか、それもそうだね。でも、もしものことがあったら私が守るよ)」
「(ですね。私もその時には手伝います)」
「(ああ、頼りにしてる)」
そう言う2人を頼りにしながら、俺は危険人物2人にまた意識を向ける。
「で、逃げないのか? 俺としてはサッサとこの街から去ってくれると助かるんだが」
「ごめんごめん、アスロトがちょっとね、すぐに終わるからさ」
街の近くに魔物を放つ行為を、軽い遅刻のように言い放つな。まあ、街の中でないなら大丈夫だと思うが、ベリアの奴が惑わしていて嘘の可能性もあるか……でも、疑うこともできなかった森の時とは違い、今は疑えているから大丈夫とも思うし、直感からも嘘をついているとは感じないが……一応ミースに神眼で街を見ててもらうか。
「(わかりました……地下から外は見ることはできるみたいですね)」
そう言えば、外から神眼でサーリアを探した時は反応しなかったか。地下に入る時に何か壊したみたいだし、見えるのはそれを壊したからっていう可能性もあるな。
「それよりさ、ライク君に聞きたいことがあったんだよね」
エルフを待っていて暇だったのか、ベリアがニヤけながら聞いてきた。
「戯言を聞くつもりはないぞ」
「まあ、聞いてよ。ライク君ってさ、昔にそんな辛い目にあってるみたいなのに、何で人を助けるなんてことをやってるの?」
「っ!?」
「……」
「(……)」
俺は飛び出しそうだったアリスを手で制した。
「何で俺が昔にそんな経験があると知ってるんだ?」
「ああ、それは僕の目が魂を見ることができるからだよ。短時間で全部は見えないけど、人の過去や感情がある程度わかるんだよね」
……嘘ではなさそうだな。それで色々と察しがいいわけか。それに、人を惑わすのに最適とも言える目だな。
「だから、ライク君がそっち側、女神寄りなのが信じられない。本来は僕たちと同じ邪神寄りだと思うんだけどな〜」
「女神寄りだ、邪神寄りだとかは知らないが、傷付けられたから助ける側になる奴だっているだろ」
「ははは! ライク君はそんな連中の比じゃないよ。僕はいろんな人を見てきたけど、まだ全部見えたわけじゃないのにライク君は今までで1番酷いよ。精神的にも物理的にも暴虐の限りを尽くされて、よく今まで生きてこようと––––」
「––––千蹴」
「(––––燃えろ)」
「っっ! なんで!?」
……2人の行動は流石に突然過ぎて止める隙はなかった。
恐らくベリアの発言にキレたアリスが、千蹴という最初の打撃から吹っ飛ぶ前に一瞬で続けて数発当てるという、アリスの身体能力で人に使うには中々にエグい技を使い出し、同じくキレたであろうミースは何かを呟き、その途端にベリアの体が燃えだした。アリスの方は吹っ飛んでいる間に追撃しない程度には、警戒していて冷静なのは分かったが、ミースの方は冷静なのかどうかよくわからず窘めるべきか迷った。
その間、ベリアの奴は吹っ飛びながらも体勢を立て直して、両足で地面に立ち、地面を削りながら飛ぶ勢いを抑えた後に、体に燃えたぎっている炎を自分の体を傷付ける勢いの風で消し去った。その風は攻撃としても飛んできていたが、俺が言うまでもなくミースが冷静に対処してくれた。
「あっついし、痛ったいなぁ……アリスちゃんも、妖精ちゃんも油断ならないな〜。でも、なんで僕は攻撃されたのかな?」
「兄さんを侮辱する奴には容赦しない」
やっぱり、そんな風に捉えていたのか。
「(そんな風にしか捉えられないと思います)」
そうだろうか? まあ、俺のために怒ってくれているから、やめろとは言わないが。
「侮辱? そんなこと言ったかな?」
「お前は、生きようとして生きてきた兄さんを否定した」
「え〜、だって普通の人はそんな辛い記憶は死んで消し去った方が楽みたいで、死を選択する人が多かったんだよ。で、そんな中生きているライク君は、邪教にいる連中みたいに恨みから生きるってことに近いってことを言おうとしただけだよ」
「結局は侮辱してる。兄さんを無理やりそっちのグループに組み込まないで。それに、誰もがそんな恨みの選択をするわけじゃない」
「そんなつもりないんだけどな〜。でもまあ、どちらかと言うと、アリスちゃんの方が恨みで生きてる感じはするよね」
「っ!? 私は! いーわんのっ……て、兄さん! 何するの」
俺はアリスが何か反論しようとした口を手で塞いだった。
「そこまでだ、あいつに口で遣り合おうとするな。あいつは理解しないし、させる必要もない。お前のことだって俺が理解していれば問題ないだろ? 俺のために怒ってることからきてるしな」
「(そうですよ。アリスさんはライクさんを大事に思ってるだけです。あんなのは無視か、次の機会に黙らせて仕舞えばいいんですよ)」
「……わかった」
アリスは渋々といった顔で頷いていた。
ちゃんと冷静になったんだよな? ミースの言葉に同調したんじゃないと思いたい……あと、ミースはアリスの恨む対象を知ってるのか? 話した覚えはないから、恐らくアリスから少し聞いたってところだろうけど、アリスが話すとは思えないんだがな……ま、今はいいか。
「(それにしても、ベリアの奴に対するミースの言いようもわかるし、間違ってはいないが、そんなにイラつくほどの言葉だったか?)」
「(それは怒りますよ。ただ、自分が思っている以上に怒りが沸いてきて、気付いたら攻撃していた感じですけど)」
そんなにイラついたのか……アリスもそうだが、ミースも俺のことを気にし過ぎだな。そんなに想われることをした覚えはないんだけどな。
そんなことを考えていると、ベリアの奴がニヤけながら言ってくる。
「仲良きことは美しきかなってやつかな? 確かに、アリスちゃんとライク君はお互いに思い合ってるね。アリスちゃんの恨みもライク君絡みっぽいし」
「貴方には関係ない」
アリスはベリアを見ようともせずに冷たく言い放つ。
「あらら、ずいぶん嫌われたもんだね」
わかっててやってるくせによく言う。
「で? お前はそんなことを見て、知って、何がしたいんだ?」
「別に何も? 色々と見えたから言いたくなっただけだよ。あ、でも将来的には見ておきたい気持ちはあったかもね」
「将来的?」
「敵になるにしろ、味方になるにしろ、見ておいた方がいいからね〜」
「味方はあり得ないな」
「そうかな〜? ライク君達は、大切な人のためなら人を殺すんじゃない?」
「時と場合によるだろ」
「その答えで十分に可能性はあるよ。殺す場合もある、殺す覚悟もできてるってことでしょ? そのための力があれば尚更ね」
「それだと、多くの人が当てはまりそうだな」
「確かにそれだけならね。でも、他にも求めていることはあるよ、だからこそ多くはいないけどね。で、その僕らの基準に当てはまる人は色々恨んでたり、僕らにとって役に立ったりするんだよ。だから、力を与えてチョチョイっとやれば簡単にできるよ。僕達に似た同類がね」
「どんな人を求めているのか知らないが、それが邪神教の集まりか」
「厳密に言うと違うけど、そう考えていいよ。だから、その同類に近いライク君は仲間にできるかもと思ったんだけど」
「だから、兄さんを貴方達の仲間と一緒にしないで」
「仲間? ははは! 違う違う、例に出した奴らはそんな聞こえのいい関係じゃないよ。そうだな〜、適切な言葉で言うと人形? 使い捨ての物? そんな感じかな。ライク君は、同志って言える連中の仲間になれそうって話だよ。ちなみに、アスロトはその1人だよ」
人がするとは思えない人の扱い方だな……実は人間じゃないのか?
「少し話し込んじゃったね。アスロト〜、まだ終わらないの?」
ベリアが後ろに振り向きながらエルフに声を掛ける。
「あら? 気付いてなかったんですの? そんなものとっくに終わってますわ」
え? マジか。
「……なら言おうよ、アスロト待ちだったのは分かるでしょ」
「ベリアこそ、私がそんなに時間を掛けるとでも思ってたんですの? 私としてはベリアのお喋りを待っててあげていたんですが」
「……あ、うん。わかった。もういいや、ありがと」
ベリアは何とも言えない表情でうな垂れて「たまにズレてるんだよなぁ」と言う声が聞こえた。いや、今はそれよりも。
「(ミース、街の様子は大丈夫なのか?)」
「(大丈夫です。やはり調整が難しくてすぐに確認できなかったですが、遠くから見る限り街の中は特に異常はないです。街の外にはあの頭が3つの魔物が1体と、オークをひときわ大きくしたような魔物が2体ほど見えますね)」
オークの種類もいたのか。そっちの戦闘力はわからないが、3つ頭と同類のように言っていたし、あの程度なら総隊長さんが問題なく倒すだろ。
「さて、アスロトの作業も終わったし、最後にやることやって僕らは帰るよ」
「待った。その前に、あそこで寝転ばしているのゲオルはお前がやったのか?」
「そうだよ? 魔物にやらせたけどね。結構抵抗して頑張ってたよ」
「そうか……なんでゲオルだけだったんだ?」
「確か、僕がいた時にあの3人が森に来て、彼が1人で偵察しに来たから隔離して遊んでたんだよ。そしたら、2人は見逃せって言うから〔夜まで生きてたら良いよ〕って言ったら頑張ってね。必死に防御に専念して生き残ったから約束を守ったんだよ。ま、彼は使えそうだったから命はしっかり貰ったけどね」
なるほどな……ギルドで教えたことが役に立ったなら良かったんだがな。
「で、ゲオルを連れて行くのか?」
「そうだね。別にいいでしょ? 死体なんて必要ないだろうし」
……死体が必要ないときたか。
「何を言ってる、人によっては必要に決まってるだろ。別れの儀式で土に埋めたり、燃やしたりするんだからな」
「それ必要? ただ邪魔になった物を処分してるだけでしょ?」
「…………」
…………マジで言ってやがる。
この返しは人生で2度目だったが、流石に絶句した……
「……人の言うことじゃない」
「(言葉が出ないとは正にこのことですね……)」
俺は無駄とも思ったが、流石にこの言葉には反論したくなった。
「ふざけるな。普通の人は死んだ人を物扱いしない」
「え〜? でも、物扱いだから燃やしたり、埋めたりできたんじゃない?」
「違う。亡くなった人に関わった全ての人達のために、1番綺麗な状態で別れるのが最後の時間として1番良い選択だっただけだ」
「でも、結局は生きている人のためにそうしてるんでしょ? 埋める、燃やす行為は生きていたらダメで、死んでたら良いってことは、死んだ人の体は別に大事にしないってことだよね? 死んだ人の体なんてそんなものってことでしょ? それなら僕らが僕らのために好きに使うのと変わらないよね」
……言葉は酷いが、生きている人と、死んでしまった人との差は確かにあるな。俺は、死んだ人よりは生きている人を優先するしな。だけど……
「そう思うのは、お前が体しか見てないからだろ。普通は儀式で2度と会えないと心の整理をつけて、その会えない分を心や記憶に強く残したりするもんだろ。そして、普通は死んだ人も記憶の中でも生きてる方がいい筈だろ。そしてなにより、死んだ人も、その家族も見ず知らずのお前らに利用される謂れはないだろ」
「それは確かに嫌がりそうだね。でも、死んだモノの心なんて見えないよね? つまり、何が死んだモノのためになるかは分からない。死人に口無し、心無し、結局は生きてる人の勝手でしかない可能性だってあるよ。そもそも、儀式に死体って必要なの? 只そうしなきゃいけないって思ってるだけだとしたら、この死体を必要としてる僕ら以下でしょ」
……やっぱり、言うだけ時間の無駄だな。人は心と体で生きてるのにな……こいつは心を捨てたか、無くしたか。
「ま、好きに思っていればいいさ、似たように思う奴も確かにいたしな。結局、なにを信じるかによって違うってことだからな」
「へえ〜、その人とは気が合いそうだ」
もう死んでるけどな。
「で、実際ライク君もそんな風に考えているのかな?」
「少なくとも、例え死んでも人は人だ。なら、人である内に別れを済ませる。それだけだ」
「……ふーん、考えはしっかりと持ってるんだね。濃い過去の影響かな?」
その影響があることは間違いない。ま、俺がいた所は人自体が少なかったから、そんなまともな別れがある機会なんて殆どなかったけど……いや、一応人だったか。
「ま、何であれ、あれは渡せないよ。僕にとって死んだ人は物だし、そんな物に固執する人がどうなろうと知ったことないしね。それに、ライク君みたいな人ならそんな儀式は必要ないでしょ」
……まあ、確かに死んでいる姿を確認できれば、後は埋めるなり、燃やすなりができれば、俺はそれほど特別なことを必要としないが、サーリア達がな……まあ、仕方ないか。まずは生きてるみんなを助けることからだな。
「まあ、お前らの危険性から無理に取り返すつもりはないが、ゲオル達をどうするつもりなんだ?」
「内緒だよ。まあ、もう見ることはないと思うよ。多分ね」
内緒にする段階で碌なことに使いそうにないが、今は無視だな。
「(兄さん、いいの?)」
俺の無理に取り返さないという言葉に、アリスが心配そうに聞いてくる。
「(ああ……いや、いいことではないが、あのゲオルの体は五体満足で、顔なんかも汚れてないからな。殺されたことに怒りはあるが、寝ているような死に顔を見る限りは、冷静に見送れる。サーリア達には悪いけどな)」
「(でも……)」
「(あの人達ですよ?)」
アリスがベリア達を見てから、やはり心配そうに俺を見て、ミースは心配そうな声で聞いてくる。
「(アリス達の心配もわかるけどな、あいつらに渡して良いことなんてないだろうし。でも、生きているサーリア達を優先すべきだろ? ゲオルもサーリア達のためなら不満はないだろ。少ししか話せなかったけど、仲間想いのいい奴だったからな)」
「(……そうですね)」
「(……うん)」
俺は、少し悲しそうな顔をするアリスの頭を撫でた。
「2人は本当に仲が良いね〜」
バカが要らぬ茶々をいれてきたが、アリス共々無視をした。
「無視〜? 寂しいんだけど?」
「はぁ……ベリア、まだ続けるつもりですの? 貴方のお話しは長すぎですわ」
「あ、ごめんごめん。ライク君との会話が楽しくてついね。じゃ、サッサと溜めたものを与えて帰ろっか」
俺は全く楽しくなかったんだが……いや、それにしても、本当にあっさりと引くつもりなのか? 突撃した時は明らかに、イア達に何かをしている途中だったと思うが。
俺の警戒をよそに、ベリア達は俺達に背を向け、奥の魔法陣が描かれている場所に近付く。
そんな様子に、俺は正直このままにさせていいのか迷った。放っておいたら、あの魔法陣からあいつら以上の何かを呼ばれる可能性だってある……でも、あいつらに仕掛けることの方が危険な可能性もある……と考えてはみたが、結局は勘に従い見送ることにしつつ、アリス達に「近」の概念でいつでも逃げられるように言う。
「(わかった。多分いけると思う)」
「(え、この人数をいけるんですか? 森の時はアリスさんが神眼で飛ぶ場所を見ていて、私達のことは視界に入ってなかったので、手を繋ぐことで行けたのかと思っていたんですが)」
あ、そう言えばそうだな。
「(視界から外れると効果が切れるやつのこと? 実はあれ、正確に言うと少し違ってて、私の意識の問題みたい)」
「(意識ですか?)」
「(そう、結論から言うと視界から外れても数秒は効果が切れないみたい。瞬きで効果が切れないことがその証拠、ここに人が居ると分かっていれば数秒間は大丈夫だったよ。でも逆に言うと、数秒間見ないでいると私が無意識に居ないと判断して効果が切れるし、与えることもできないよ。触れていれば別だけどね、ここに居るって感じるから)」
なるほどな。
「(でもいいの? イアが見てるけど)」
アリスはイアを見ながら言ってくる。イアは泣き止んではいたが、黙って俺の服を掴み続けていた。
「(ああ、不思議に思う程度だろうし。もし、知りたがったとしても、内緒だからと少し言い含めればイアなら納得するだろ。それより、さっきの話なら掴まれててもイアだけを運ぶのには問題ないよな?)」
「(……残るつもりなの?)」
「(ライクさんが残る必要あります?)」
アリス達がちょっと怒った様子で言ってくる。
「(別に危険だと決まったわけじゃないぞ? それに万が一、何か呼ばれて街の方で暴れるってなると、倒すなり、足止めなりが必要かもしれないだろ? 俺としては、イア達を守るって言ってくれた2人を信じて頼ってるつもりなんだが)」
「(……ずるい)」
アリスはぶすっとした顔をして明らかに不満げだった。頼りにされる嬉しさよりも、今回は不満の方が優ったらしい。
「(しかし、なら私は別にアリスさんと一緒に行かなくても)」
「(いや、アリスが神眼を使って「近づけた」後、安全な場所にみんなを運ぶなり、結界で守るなりの対処が必要だろ? ミースにはその部分を補助してもらわないとな)」
「(それは、そうですけど……)」
概念魔法を見られたくはないから、人気の無い場所に飛ばないといけないからな。で、確実に人気の無い場所と言ったら必然的に街の外なわけで、街の外に「近づけても」魔物の危険がある以上、その場でみんなを守るなり、街に運ぶなりをする奴が必ずいるからな。
「さて、呼ぶとするかなっ! と」
俺達が話している間に、魔法陣に近付き何かの準備を済ませた様子のベリアが、収納袋のような物から人? を取り出し、魔法陣の方に放った。
恐らく人だと思うが、ピクリともしないあの様子から生きているとは思えない。生きてはいないが、生贄みたいなものか?
扱いが人に対してするものではなかったので、一瞬では人とは思えなかった。そしてその間に、連れのエルフはゲオル達、並べて寝かされていた人達を収納袋に回収して、ベリアの側に立つ。
「(あっちの準備は終わりそうだな。とにかく、イア達は2人に任せた)」
「(わかったよ……ミース、逃げた場所に結界なんかを張ってくれたら後は私がやるから、その後は兄さんの方をお願い)」
「(わかりました。ところで、アリスさん? ライクさんには後で、私達の不満な気持ちを別の何かで埋め合わしてもらうのはどうでしょうか?)」
「(それはいいね。兄さんは私達の心配を無下にして言ってるんだから、何かしらお返しはしてほしいよね?)」
アリスが目で、ミースは気配で訴えてきた。
後でその不満な気持ちを解消しろと……まあ、2人ならそんな大層なことは言わないだろうから別にいいけどな。
そんな2人に〔わかった〕と伝えていると、ベリア達の会話が少し聞こえた。
「彼が来てから、少し集まったようですわ」
「へ〜、でも、積極的にライク君を利用するのは無しかな。現段階だとリスクが大きすぎるだろうし」
「そうですか。ま、貴方が進めている事ですから、貴方の好きにしたらいいですわ。それから、終わったら次は私の番ですわよ?」
「わかってるよ」
そんな会話の後に、ベリアが魔法陣に黒い何かを飛ばし、俺達の理解できない言葉を呟いた。
「––––ミ、カコーケヲ」
––––その途端に真っ黒な霧状のモノが、ドス黒い気配を漂わせながら魔法陣から溢れ出して1つに集まっていき、コレといった形はない塊となった。
「「「っっ!?」」」
「(……これは)」
俺達は身構え、イアは震えながらも俺にしがみつき、ミースは何か考え込んでいるようだった。
そして、このドス黒い負の塊が出た途端に、この地下に漂っていた嫌な気配、負の感じが消え去った……いや、あれに吸収されたようにも感じた。
「(アリス、みんなを頼む。もしもの時は任せる)」
「(…………わかった)」
少し考え込んでいたが、あれが人にどんな影響を与えるか未知数なことと、もし俺に何かあってもアリスの概念なら治せる可能性が高いことを理解してくれたんだろう。
「そこそこ、かな? ライク君、どう? 邪神の一部なんだけど、中々に禍々しいでしょ?」
ベリアはペットでも紹介するように言ってくる。
俺に振られてもな……
「で、そんなモノを出してどうするつもりだ」
「どうするって、出したら大体終わりだけど」
は?
「でもそっか、ライク君は何も聞こえないか……まあでも、それなら一応街を襲うぐらいはするかな」
なんだそれ、街を襲うことがどうでもいいように聞こえる。ならなんでこんなモノを呼んだんだ?
「(じゃあ兄さん、先に行くけど……本当に! 本当に気を付けてよ!)」
「(すぐに戻りますから!)」
「(わかったわかった。無理はしないから安心しろ)」
俺とベリアとの短いやり取りの間に、人気の無い場所を見つけたアリスがみんなを連れて街の外に「近づいた」
「あれ? ……ああ、みんなを逃したかったんだね。でも、ライク君達なら問題ないはずだからそんなに警戒しなくてもいいのに」
あんなに禍々しいモノを出しておいてよく言う。
「それにしても、アスロトと同じような事ができるとはね、通りであんなに早く来れたわけだ。アリスちゃんの概念かな?」
「そのようですね。何の概念かが気になりますが、流石にあの移動だけでは断定は出来ませんわね」
正直、見せたくはなかったが、概念が使えることは多分バレていたし、今回は仕方ない。特定されてはいないようだし良しとしよう。
そして、アリスが飛んですぐに後ろから叫び声が聞こえた。
「ベリアー!! いないのかー!」
聞き覚えのある声が階段の方から聞こえてきたので、振り返ると……イザの奴が階段から降り立つところだった。が、意外ではなかった。ここはイザの屋敷の地下だったから。
「こんな所で会うとはな。こんな連中と何をするつもりだったんだ? イザ」
「なっ!? なぜライクの奴がここにいるんだ!? いや、それよりアリスはいないのか!?」
イザが必死な様子で辺りを見渡す。
まず気にすることはそこなのか……こいつには後で問い詰めるつもりだったが、ベリアの知り合いとなると間違いなくグルだろうな。場所を提供していたってところか。
「今日は色々と邪魔が入りますわね。ゴミが騒いでますわよ? ベリア」
「あー、うん、あんなのも居たっけ。スッカリ忘れてたよ」
「ベリア! そうだ、目的はどうした! 終わったのか!? 終わったならアリスを俺のものにするはずだろ!」
…………ちょっと、半殺しにしたくなったな。アリスのこともそうだが、そんなことに孤児院のみんなが巻き込まれたのかと思うと……な。
俺は、牢屋に積み上げられたみんなを見ながら思う。
「確かに、そんなことも言った気がするけど、無理っぽいから諦めて」
「は!? なんだそれは!」
「だって、面倒だったからそう言うことにしただけだし。まあ、ライク君達が君と同レベルならついでにやってあげてもよかったけど、君とは色々と格が違うからね。僕が気に入ったのもあるし」
気に入られても不気味でしかないがな。
「ふ、ふざけるな!! 俺がライクに劣っているなどありえん! 俺は貴族だぞ!」
「それ、親の称号でしょ? 君の物じゃないじゃん……はぁ、ほんと貴族の子供ってこんなのが多いよ……これなら甘えん坊のお坊っちゃん、みたいな方が扱いやすい分いくらかマシだよ」
「私からすれば、全部同じですわ」
「なっ! なんだと!!」
イザの奴は頭が沸騰した様子で、ベリア達に近付き、胸ぐらを掴む勢いで反論した。
「あんな連中と一緒にするな!! あいつらは親に頼るしか能がないバカどもだが、俺は違う! 親とは関係ない力で事を成す! だから、俺に従え! 平民は貴族の言葉で動くものだろう!」
色々とダメだなこれは。リウム伯爵、こいつとは別の後継者を探して見つけてくれないかな……将来のコワの街が心配だ。
「……すっごく不愉快だよ」
「そうでしょうね。それもあって、相手は主に実験台の連中がしてましたから。そもそも、貴族相手に何を語ってるんですの? そんなこと、今までしてなかったでしょう?」
「いや……ライク君と喋って機嫌が良かったからいけるかと思ったんだ」
……ベリアの奴が怒ってる? 今まで、ヘラヘラしてばかりだった奴が?
「何を喋っている! いいがっ––––」
イザの言葉は、ベリアが片手で首を掴む事で遮られた。
「っっ! ぁっ、っな、にっぉ」
「黙ってくれないかな? 僕はね、普段は冷静でいようと思ってるんだよ」
ベリアは余裕のあるヘラヘラした様子はなく、無表情で語る。
「でもね、どうしても苛立ちが抑えきれない時もあってね? それはね、君らのような人が僕に対して! 上から目線の傲慢な態度を取ることだよ!」
「っ! ゃめ、てっ、っぐぅぁ」
ベリアが首を絞める力を強めた。
「特に! 本人に力が無く! 権力しか持たない! 貴族のような連中だよ! 与えられた力しか持たない分際で! なぜ威張れるんだと疑問だね!! そして、君みたいな貴族の子供はなぜ! 貴族のそれを自分の力と信じ込んでいるのかな!! 君は貴族の子供であって! 貴族じゃないはずだけどね!! まあそれも! 貴族のバカの影響だろうけどね!!」
ベリアは、語気を強める度にイザを地面や壁にぶつけ続けた。
「ぁぁ……」
「ベリア、ゴミがそろそろ死にそうですわよ。どうせ殺すなら、もっと苦しめないと勿体無いですわ」
「……あ、またやっちゃったよ……どうにもコントロールができないなぁ。でも、殺さない程度には加減が出来たとも言えるかな」
ベリアが気絶したイザを持ち上げながら言う。
ちゃんと怒りの感情はあったんだな。俺たちの行動には全くそんな様子がなかったのは、見下した態度じゃなかったからか? あの様子から、あいつの怒りの点には触れない方が良さそうだな。
「それより、落ち着いたところで帰りますわよ。サッサとしないとまた邪魔が入りそうですわ」
「だね。これはどうしようかな……あ、そうだ。これと混ぜたらどうなるか試したことなかったよ。アスロト、最後にちょっと待って」
ベリアはイザを引きずりながら運び、ドス黒い気配の塊に近付き、塊にイザを放ってから自分は塊に手を突っ込んだ。
ほんと何なんだあれ、邪神の一部とかいってたが、それに平気で手を突っ込んだな。
「混ざるかな〜…………僕が手伝えばいけるか。でも……うーん、この程度ならいっか」
ベリアがドス黒い塊に手を入れて少しすると、塊がイザの方に吸収されるように小さくなっていき、あっという間に消えて無くなった。
「完了っと」
「……何をしたんだ?」
「あれの中に邪神の一部を入れたんだよ」
ベリアはイザを指した。その途端にイザはボロボロの状態でゆっくりと立ち上がる。
「…………」
間違いなく正気の目ではなかった。そして、イザの体からはドス黒いモノが溢れていて、それがイザの体を包み込んだかと思うと、顔以外がドス黒い鎧で纏われていた。
「へえ〜、こんなことになるんだ。もっと色々試したくなるな〜。魔物だとどうなるのかな」
ベリアは楽しそうに語るが、俺としては未知数の存在とあまりやり合いたくないんだがな……あと、正気じゃないから死ぬまでやり合うことにもなりそうだし。
「……っ!」
そんなことを考えてるとイザが襲いかかって来たので、とりあえず体の動きを注意深く見つつ、技を叩き込んでみる。
「発」
「っっ!?」
動きはそれほど早くなかったので、特に苦労もなく、ベリア達のいる方の壁にぶっ飛ばした。
……纏っている黒い鎧はそこそこ硬いな「発」でもそこら辺の鎧なら変形してもおかしくない威力のはずだが、形に変化はないしな。あと、肉体的な能力がイザとは思えないぐらいには上がっていたが……
「うーん、あの程度じゃこれくらいが限界なのかな。まあ、形の無い時よりは力があるみたいだけど、ライク君が相手じゃね〜」
「……ぅ」
イザの奴は正気を失った目のままだったが、俺に対して警戒、と言うより怯えているように感じた。
「……へぇ〜、これはいい発見かも。警戒してるってことは知性があるのかな? 人間と混ぜたからだろうけど、邪神の一部でもその効果があるとはね。これなら霧状の時よりは長く保ってくれるかな? 人の意識がある時なんかも確認したいな〜」
「……ベリア? いい加減にしないと置いていきますわよ?」
怒っている、と言えるほどではないが、エルフが急かすように言う。
「ごめんごめん。あっちでジックリ考えるよ」
ベリアは少し焦ったように言いながら、エルフに近付いて、少し俺とエルフを見比べてから言ってくる。
「……そう言えば、ライク君にアスロトを紹介してなかったね」
……なに?
「それは必要なんですの?」
「仲間になってくれるかもしれないし、知らないよりは知ってもらった方が話もしやすいから、必要じゃない?」
「……なら、やっておきますわ。ゴミでないなら抵抗はありませんし、確かにまた会いそうですしね」
仲間になるつもりはないし、会うつもりもないから勘弁してほしいんだが……
「では、失礼して。私の名前はアスロト、こんな髪ですがエルフですわ。邪神教の役割で言うと移動役と言ったところですわね。概念使いでもあり、魔道士でもあって毒の魔法に関することが得意ですわ。なので、私を知る人は〔毒碧〕という勝手に名付けた2つ名で呼ぶこともありますわ。ですから、呼び方は名前の呼び捨てでも、二つ名でも好きに呼んで構いませんわ。以後、お見知り置きを」
そう言うと、アスロトと言うエルフは優雅に礼をする。何度見ても姿や立ち振る舞いからはどこかの令嬢のようだった。
しかし、毒か……移動役って嘘では無いっぽいが、ベリアが同志と言っていたんだ、それだけのはずがないよな。
「じゃあ、僕も改めて。種族は人間で名前はベリア、邪神教のまとめ役みたいな感じかな。戦闘スタイルは特に無いから気分で変わるかな。あとは、概念使いでもあって「騙す」概念だね」
…………な、に?
「結構単純な概念でね、相手に虚偽を信じ込ませるとか、ごまかすとか、ただそれだけだよ。あと、騙す内容の言葉の一部は声に出さないといけないけど、全部言う必要はないんだ。それと、嘘は僕の意識の中で色々できる。例えば、騙される人間が2人の人間に挟まれた時に「こっちを見てていいの?」って聞いた言葉は「あっちを見なくていいの?」って意味でもあったりするよね。そんな一言で相反する2つの意味の言葉を僕が頭の中で持ってると、相手がどちらかを選んだ時は、どちらかは嘘になるんだ」
……なんで、概念の詳細を教える。
「つまり、僕にとっては1つの言葉で「こっちを見てほしい」「あっちを見てほしい」って言う2つの嘘なんだ。だから〔こっちを見る〕という選択をした時は、「こっちを見てほしい」と言う嘘に騙される形になって「こっち」に視線が集中して「あっち」に視線や、意識を向けないようにして「あっち」の存在を忘れさせたりするんだ。ライク君が森の冒険者たちを忘れたのはそんな理由だよ」
……それが事実なら、もし俺が「あっち」を見ていたら、ベリア自身を見失うことになって攻撃を受けるなり、アリスを攫われるなりしていたかもしれないのか……
「で、そんなことをやってるからなんだろうけど、2つ名が「虚偽」だよ? 安直というかなんと言うか……」
「お似合いの2つ名だと私は思いますわ。それより、もういいでしょう? そろそろ行きますわよ?」
「待った、最後に2つだけ聞ききたい」
「……もうお好きにどうぞ」
アスロトは呆れたような、諦めたような言いようだった。
「まあまあ。で、何かな? ライク君」
本当にこいつらは、1部分だけを見ると親切な奴に見えそうだな……
「なんで概念の詳細を教えた? 色々な意味で隠すものだろ」
「それは……なんとなく? まあ、アリスちゃんの概念を見たからってことで、深く考えなくていいよ」
嘘は付いていないと感じるが「騙す」概念のことを聞いて、その言葉を素直に受け止めるはずがない。
だが、喋る様子はなかったので、俺は諦めてもう1つのことを聞こうとしたら。
「まあ、ヒントをあげるとしたら、ベリアの2つ名が虚偽だと言うことを忘れないことですわ」
は?
「えぇっと、アスロト? 何をいっちゃってるのかな?」
「別にそれくらい構わないでしょう? どうせ彼ならそれくらいすぐに気付くでしょうし。それに、これ以上待たされるのは御免ですので」
「まあ、そうだろうし。気持ちも分かるけど……」
つまり、簡単に言うとあいつの言葉は全てを疑えってことか。それと同時に、考え過ぎないようにしないと堂々巡りに陥ると。まあ、教えるってことは大したことじゃないんだろうが。あれが、邪神教のまとめ役……ねぇ。
「じゃあ最後に、お前達の目的はどうせ聞いても無駄だろうから聞かないが、なんでその目的を成そうとしてるんだ?」
「……そんなことを聞くなんて変わってるね。僕はいいけど、アスロトはどうする?」
「私も別に構いませんわ」
この疑問は色々と理由はあるが、1番はこいつらのやることが、アリス達に被害が及ばないかどうかの情報が少しでもあったらいいと思ったからだ。
「理由はゴミだからですわ。ゴミは燃やしてチリにするものでしょう?」
表情にさほど変化はないが、怒気と言えるものを感じた……アスロトにも怒りの感情はあるんだな。
ただ、情報と言えるものではなかった。
「僕はそうだね、人だからかな」
人だから?
「時々、僕らのやることに対して、悪魔だとか、人でなしとか言う人達がいたけど、おかしいよね」
「……何がだ?」
「僕らは人だよ? その人がやることなんだよ? 悪魔がやることじゃない。僕らがやっているのは人がやることなんだよ。まずその辺を理解させないとね。でも、大半は理解しない……いや、出来ないだろうから、結局は勝手にやるけどね」
……俺には、なんとなく言いたいことは分かった。何をやるつもりなのかは、分からないが。
「人に暴虐の限りを尽くされたライク君なら少しは分かるでしょ?」
「正確には見えないんじゃなかったのか? 何で、人だと思ったんだ?」
「人じゃないと、そんなに何度も生死をさまよう事なんてあるもんじゃないよ。事故や魔物ならそんな事をせずに数回の経験の内に殺してくるよ」
確かに、生かされてはいたな。
「もういいかな? 流石に、そろそろアスロトが怒りだすかもしれないからね」
「なら怒る前にそうしてくれ、お前達が怒ると何をするか分からん」
「失敬な、別にそんなことで怒りませんわ。ただ、無駄に時間を取られた事に呆れ果てていただけですわ」
「あはは……」
そんな言葉にベリアは苦笑いで流していた。
「じゃあ最後にっ……魂壊!」
ベリアは突然天井まで飛び上がると、打撃を与え、大きな音と共に天井を破壊した。その威力は凄まじく、天井や壁は全体的にどんどん亀裂が広がり、ベリアが破壊した天井からは地上の光りが漏れていて、地上までぶち抜いたことがわかった。
「っ! おい!? 何だいきなり!」
「いや〜、このままじゃアレがライク君にサクッとやられそうだったから。街で少しは暴れてもらおうかと思ってね」
「……っ!」
ベリアはイザを指して言った。そして、その一瞬の間にイザの纏っている鎧から黒い翼が生えて、ベリアが開けた地上までの穴に飛んで行った。
「逃げる判断も早いね〜」
「面倒なことをしてくれるな」
ピキッピキッと亀裂が広がる音を聞きながら、ベリアを睨む。
「そんなに長時間は暴れられないから大丈夫だよ。大して強くないのもわかってるでしょ? 」
それでも、恐らく一般人は簡単に殺せるんだがな。
俺のそんな思いを知ってなのか分からないが、ベリアは笑みを浮かべながらアスロトの肩に手を置き、もう片方の手で俺に手を振ってきた。
「それじゃあ、頑張ってね。また会う時を楽しみにしてるよ、ライク君」
「失礼しますわ」
アスロトの優雅な礼と共に2人は消え去った。
「2度と会わないように女神様に祈っとくか。って、そんなことよりも早く逃げないとな」
もう地下全体に亀裂が入って今にも崩れそうだったが、俺は牢屋の中に積み上げられた子供達にほんの少し手を合わせた。
「……すまん」
それだけ言うと、ベリアが開けた穴に急いで向かう。
「騙す」概念はベリア視点でないと「」で囲うことは殆どないです。要は、視点の人が概念を知っているか、確信している時、疑っている時は「」で囲います。
ちなみに、ベリアの発言は基本は本当だと思っていた方がいいです。言葉の節々に嘘を混ぜてたら管理できませんので……ただ、今回は嘘のための布石みたいなものはあります。言ってることは本当です。
面倒なのは終わったはずなので、次は……1週間を目標に頑張ります。