スラム
短いです。
次はこんなに空くことはないと思います。
ちょっと子供に容赦がないです。
スラムの孤児院についてはヤイが知っていたので、連れて行ってもらうことにした。
「ところで、2人から見ても助けた子は良い子だったのか?」
「そうだね。良い子だと思うよ」
「私もそう思います。スラムで暮らしているにしては普通に良い子でしたね」
「(良い子でしょうけど、串を持ったまま手を振っていたので、別の意味でお肉が無事か気になります)」
お前は子供を心配する親か。
しかし、良い子なら普通に仕事ができるんじゃないかな。俺達が仕事を与えられたら良いんだが、まだ子供で冒険者だしな。ムハサさんに頼めば仕事があるかな。
依頼してきた子のことを考えていると……
「兄さん。もしかして、その子助けようとしてる? ヤイさんを助けたみたいに」
よくわかったな。でも、ヤイをスラムから助けたことを伝えた覚えはないが、ヤイから聞いたってところか。
「まあ、良い子だったらな。無制限に仕事を用意してくれるわけじゃないし」
「ムハサさんが大変ですからね。ライクさんもですが、仕事を用意するムハサさんも中々にお優しい方ですね」
ヤイは実際にムハサさんの所で働いたので、実感がこもっていた。
「(ムハサさん、確か私が外食を食べられなかったお店にいた人ですね。あの顔で実に美味しそうな料理でした……)」
ミースが料理を食べることを思い浮かべているのか、法悦とした感情が伝わってきた。
本当に食事が好きなんだな。だが、顔は関係ないだろ。
「ムハサさんが仕事を用意してくれるんだね」
顔が広いからな、ムハサさん自身の店を手伝うことが殆どみたいだけど。
「ところで気になったんだけど、ヤイさんは私達だけの時は兄さんのことをライクさんって呼ぶことにしたの?」
「へ!? い、言ってました?」
「「言ってた(な)(ね)」」
「(サラッと出てましたね)」
「あぁぁ……」
ヤイは恥ずかしそうに顔を伏せた。
「別に気にしなくていいだろ。好きに呼んだら良いじゃないか、呼び方で特別危険なことはないだろうし」
「そういうことを気にしているわけではないのてすが……」
あれ?
「私は何となくわかるけど、そんなつもりはなくてただ確認したかっただけなんだよ。でも、自然と分けて出来てるみたいだし、そのままで良いんじゃないかな」
「そうですね、そのようにします。そうすると決めていれば恥ずかしくありませんし」
何か知らないが、2人して納得していた。
会話で2人に置いていかれ、俺はふと周りを見ると……暗く、生気のない人がポツポツと見え始めた。周りの建物も古く、このあたり全体が生気がないように感じた。
……変わらないなこの辺は。リウム伯爵も頑張っているみたいだけど、スラムを無くすことはそう簡単にはできないようだ。
「相変わらず暗いですね。ここは」
「(この場そのものが人も暗くさせますね)」
「雰囲気もそうだけど、わざわざ日を隠してる部分もあるしね」
それは、ここで何かする時に目立たないためかもな。一応、兵士が見回ってるし、冒険者もいたりするからな。
ちなみに、兵士達も嘘を見抜く道具を持っている人はいるので、犯罪を誤認することはない。
「しかし、こんなにところに孤児院があるのか」
「この辺りに作ったのではなく、この辺りの建物を孤児院にしただけですけどね」
「詳しいね」
「まあ……少しお世話になったので」
そうなのか、ちょっとした路地で見かけた時に連れ出したから、その辺の過去の話は知らないんだよな。
「あ……ごめんね」
「気にしないでください。友達はそんなことを気にし過ぎないものでしょう?」
「ありがと。でも、礼儀を忘れたら雑に扱ってるみたいで嫌じゃない?」
「確かに、私はそうしてもらって嬉しいですね」
友達と会話するアリスを見るとなんか安心するな。
そんな中、スラムらしいと言うべきか、視線が集まってきている。身なりはスラムに似つかわしくないし。ヤイが男装とはいえ女性にしか見えない上に、2人とも美人だからな。
「こんな格好ですから目立ちますね」
「そうだね。もっと地味な格好にすればよかったかな」
「(いえ、視線を受けるのは変わらないと思います)」
確かに、容姿の問題で結局目立つと思う。
そして、目立っていたら案の定……何人かの男が退路を塞ぐ形で出て来た。
「おい、ガキ。こんな所に何しに来たか知らないが、身ぐるみと女を渡せ」
来たよ……まあ、生命魔法の肉体強化を試すいい機会か。まだ何かされたわけじゃないし、最初だけ加減するか。
俺はアリスとヤイに目で合図し、ミースに伝え正面に立っている男に仕掛ける。
「く!?」
男は俺達のいきなりの行動に動作が遅れる。そして、肉体強化ではアリスに敵わないようで、アリスが最初に肉薄し、男の武器を持った利き手を蹴り折る。
「ぐぁぁ!」
相手が悶えている間に俺がヤイに合図を出し、お互い片方ずつ男の足を蹴り飛ばし、膝をつかせ、俺が男の背中に回り掌底を繰り出し、俺達が囲まれていた場所まで吹き飛ばす。
「ぐはっ!」
俺達以外の人は唖然としていた。
そして、吹き飛んだ男は悶え苦しんでおり、特に手が痛そうだった。
「容赦なしだな。アリス」
「ガラの悪いヤツと犯罪者には容赦するなって、兄さんがいつも言ってることでしょ」
まあ、そうなんだけどな。
「(相手は因果応報ですね)」
「ライクさんの強さを垣間見た気がしますね」
そう言えば、ヤイに戦う姿は見せてなかったな。それで、少し過保護だったのか?
「くっ……こ、このやろうぉ」
男はいつの間にか立ち上がっていたが、俺が蹴り飛ばした足もかなり痛いようで、なんとか立っている状態だった。
「まだ用があるのか? ……そう言えば答えを言ってなかったな。断るからサッサと帰れ」
「ふざけるな! このままですむと思うなよ!」
ボロボロの状態でよく吠えるな。
「そうか、なら……掛かってきたらいい」
俺は男に近付きながら……
「次は確実に殺す」
明確な殺気を出すと、周りのスラム住民は一斉に逃げ出し、男とその取り巻きも震え出した。
へぇ、スラム住民は殺気に敏感なんだな、この男達にしか向けていないつもりだったんだが。
「か、勘弁してくれぇ! 俺達はもう何もするつもりはねえ!」
取り巻き達が土下座の体勢をとった。
「き、貴様らぁ!?」
「なら、もう帰れ。ただし、次に同じことを仕掛けてきたら慈悲はない」
「わ、わかりやした!」
取り巻き達は全力で頷いて去って行った。
「人望はないみたいだな」
去って行く取り巻きを見て思う。
「くっそー!」
男は崩れ落ちて、折れていない手で悔しそうに地面叩く。
「で、兄さん。コイツどうするの?」
「一応、ギルドに突き出せば依頼として処理されますね」
「うーん、時間がもったいないしな」
お金にも困ってないし。
「いっそ殺せ!」
「お前に選択権はないぞ。面倒だし、放置でいいか。帰る時にまだいたらギルドに突き出せばいいだろ」
「(こんな場所で、この怪我では無事ですむ可能性は低そうですね)」
昔からとんでもないヤツなら勝手にスラムの人から罰を受けるだろ。
「じゃあ、それでいこっか」
「わかりました。なら行きましょうか、私が知っている孤児院はもうこの辺りの筈です」
ヤイがそう言うと、建物の影からナイフを持った子どもが、ヤイとアリスに向かって突撃してきた。
「っと、ふっ!」
アリスは軽く避けて、子どもを蹴飛ばす。
ヤイは少し戸惑っていたので、俺が子どもの横っ腹を蹴飛ばした。
「「ぐあ!」」
2人はナイフを手放し地面に転がる。
何なんだ? いきなり。
そう思っていると、立て続けにもう1人が俺に向かって突進して来たが、今度は腹に掌底で吹き飛ばした。
「ぐっは!」
3人目も地面を転がる。最初の2人よりは大きいが、やはり俺よりも子どもだった。
「ライクさん、すみません。ありがとうございます」
「ああ、それは良いんだが。襲撃者に遠慮してたら自分の命が危ないぞ」
「申し訳ないです。色々と覚悟が足りていませんでした」
ヤイが深刻な顔になる。
「いやまあ、ヤイの優しさは悪いことじゃないからな。こういう場では、優しさは邪魔になるから少し気を付ければいいと思うぞ」
「えっと?」
「(ライクさん、その言い方だと伝わりにくいですよ)」
あれ?
「ヤイさん。優しさを捨てろって言ってるわけじゃないからね? スラムみたいな危険な所では置いておけってことだよ」
「あ、なるほど」
伝わりにくかったか?
まあそれより、襲ってきた理由を聞くために蹴り飛ばした子供らを見ると。
「……」
……気絶してるな。そんなに強くしたつもりはないが、蹴飛ばすのは子供にはきつかったか。
「おめぇら、子どもにも容赦ねえな」
倒れたままの最初の襲撃者が言ってくる。
襲撃者に子ども、大人は関係ない。子どもが襲撃者ではなく、襲撃者が子どもだったと思ってるだけだ。
「お前は気絶してろ」
「ぐほっ!」
男にトドメの掌底を放つ。
「えっと、兄さん。どうする?」
「これは、どうしましょう」
「(子どもとはいえ襲撃者ですし、放置でいいのでは?)」
俺としては放置でもいいんだが、理由が気になるし、孤児院の子どもの可能性が高いしな。
「孤児院に連れて行くか。関係なかったらその辺に捨てればいいだろ」
「わかった」
「意外に容赦ないですね。ライクさん達」
「(これも、まだ知らないライクさん達の一面でしょうか)」
さあな。