洋館
そして、律は地元の高校、奏が都会の音楽大学に無事入学した年の夏。
せっかく奏に会うために都会に出てきたのに、いきなり音に酔うわ、人が刺されそうな現場に出くわすわ、怪奇現象?を見るわ、無駄にイケメンな人に拉致されるわ。
都会怖い‼︎
「さて、音羽 律さん。はじめまして。私は四ノ宮 弦。調律師の管理者。我ら調律師に新たな仲間ができて嬉しいよ。歓迎します。」
都会から何キロと車で走り、門から玄関までも車で移動するほどの洋館の一室。
屋敷の周りには建物はなく、森のみ。
音階が安定していて、ヘッドフォンなしでも問題はない。
音の問題はないが、自己紹介しながら長い脚を組んで優雅にお茶をすすっている弦への反応には困っていた。
背景にはシックにまとまったダークオークベースの家具に、品の良い内装、置かれてる品々は見るからに高そうで、どこの邸宅風ホテルだという感じだ。
日本家屋でそだったからこんな物語にでてきそうな洋館、初めて見た。てゆうかこの建物はこの人のなのか?イケメンのうえに金持ち。
艶やかな黒髪をゆるく束ねて横に流し、色白で切れ長の目は涼やか。歌舞伎役者でもできそうな優美さなのに、この猛暑になぜ黒づくめなのか。
なにより発言がヤバめ。
ビジュアルとステータスの無駄遣い感が残念すぎる。
突っ込みどころは満載だが、そもそもなんで、私のこと知ってるんだ。
「ええと、はじてまして。その、調律師?てなんですか?私、ピアノの調律なんてできませんが...。そしてなんで私の名前?」
とりあえず1番の突っ込みどころである部分を聞いて見た。
「ああ、奏さんからは何も聞いていないのかい?」
ひょいと形の良い眉をあげて、視線を奏に向けた。
「律には、今日話そうと思ってたんですけどねえ。まさか律があの場に立ち会うとは思ってなかったので。」
のほほんと話す奏はいたっていつも通りなようでいて、不機嫌であることに律は気づいていた。
穏やかな姉の常にない様子にますます状況についていけていない。
「なるほど?では丁度良いし、私から話そう。」
「えーと?お姉ちゃんはこの人と知り合いなんだね?」
「そう。こちらに来てからの。弦さんはそうね。強いていうなら横暴な上司かな?」
こてんと首をかしげて疑問形で聞かれてもこっちが困る。
「おやおや。横暴とは心外だなあ。
奏さんの声には力がある。悪念を癒したり、浄化なしたりね。調律師の役目を果たすのに非常に有益だ。なので、私たちに協力いただいている。
で、聞くところによれば妹君は聞き取る能力に長けてるというではないか。
それならば強い悪念を持つ人間がいれば、負旋律になる前に対策がとれるかもしれない。
というわけで君を紹介してほしいと奏さんにお願いした次第さ。」
「あらあら、弦さん。話が飛躍しましたよ。私は大切な妹の耳の感度の良さを近くで見て来たからこそ、この子の体にかかる負担も知っています。
だから、まずは私から話してみて、律が嫌だといえばお断りすると言いましたよね?」
ふだんふんわりしている奏が凛とした姿勢で弦をひたと見つめて言い返していて、何やら見えない火花が散っている。
奏は怒ると怖いので背筋が冷える。
この場を取りなしたくなるが話の論点であるらしい、その組織とやらがなんなのかさえまだ分からない。
「ええと、ごめんなさい。話にまったくついていけてない。その、組織とか調律師とかはなんなの?」
「さきほど、君も見た禍々しい渦。あれらは悪念と呼ばれてる。悪念は、人の負の感情から産まれる。
憎悪、嫌悪、行き過ぎた煩悩や支配欲などの己を滅ぼすほどの欲。それらの念の密度が高まれば、念じた人間から悪念が染み出し、渦巻きだす。
そして、不協和音のような負の旋律が流れ、本人の意識を操り、人を傷つけたり、本人を殺したりと、暴れだす。」
「じ、じゃあさっきの男の人はその悪念で?」
「そうだね。調べたところ、あの女性とはなんの接点もなかった。
おそらく、恨みというよりも、何か女性という生き物そのものへの負の感情があり、それが悪念となって意識も奪われるほど強く念じてしまっていたようだ。」
確かにあの男の人の様子からして普通ではなかったし、ナイフが消えたのはその影響なのか。
何よりあの音は聞いたことがないくらいの不快な旋律だった。
「だから、様子がおかしかったんですね..。」
「ああ。世の中でおこる怪奇的な事件や事故はあのように、悪念によるものが多い。
そして特に都会に多い。人が不自然な形で集まるところだからね。どうしても負の念を抱く要素が多いんだ。
悪念が生み出した不協和音による負の旋律は周囲の人間をも狂わす。それが増えれば世の中は壊れてしまう。」
あんなのがたくさん産まれるとか都会ほんと怖い‼︎
あまりに不快な音だっただけに、ゾッとする。
「そ、そんな。じゃあどうしてあの人から悪念は消えたんですか?」
「見たね?光弦を。」
「こうげん?あの光る音のことですか?」
「そう、それ。あれは負の旋律を生み出す人の念を調律し、悪念を霧散させるために必要なものだ。
特定のものにしか見えず、使うこともできない。
組織には様々な能力者がいるけれど、中でも光弦が見え、聞こえるものを調律師と呼ぶんだ。」
「そ、それじゃあ私は...。」
「日本ではまだ12名しか調律師がいない。その中でも悪念の音を捉え、光弦が見え、念じるだけで音を生み、調律することができる人間は私しかいない。
今日の様子からするに君も私と同じなはずだよ。」
「そんなこと、急に言われても‼︎」
どこのファンタジー小説だ。
「悪念を殲滅し、世の中の調和を保つために設立された古来からあるのが組織だ。その中でも調律師は代々貴重であり、果たせる役目は大きい。
君の耳は特に感度が良いのだから、私たちと動けばその耳との付き合い方も身につけることができる。
そして、それは姉君の願いでもある。だから私たちに協力してくれているんだ。」
は?お姉ちゃんが私のために?
思わず隣に座る奏に向き合う。
「お姉ちゃん、そうなの?」
長い睫毛を伏せて申し訳なさそうに眉を下げて奏が律の両手を握った。
「私から話したかったのに。ごめんね、こんな形の説明になって。
苦しむ律を癒したい気持ちを推してでも都会に来たのは自分の歌のためでもあるけど、律の能力のコントロールをする方法を探したくて、父さんたちに紹介された組織に入るためでもあったの。
律と同じような能力を持つ弦さんと動けば分かるって言うもんだから、半信半疑で言われるがまま動いてたら悪念の浄化に協力することになってしまって。
弦さんには、話の流れ的に律のことを相談したら、会わせろと弦さんがしつこいから今回呼び出したのよ。
でも、いきなり律が悪念に出会うとは思ってなくて...ごめんね律。また体に負担かけたね。」
そういうことだったのか。
大好きな姉と離れてたった4ヶ月、体調がすぐれない日はヘッドフォンでなんとか耐えたがそれでも奏のいない事実は辛く、不安でどうして置いていったのかと恨めしく思う夜もあった。
それがまさか自分のためだったなんて。
「お、お姉ちゃん。大好き‼︎」
お姉ちゃんの愛情を疑うなんて私のアホ‼︎
抱きついて精一杯、感謝の気持ちを伝え、奏も抱きしめ返してくれる。
「盛り上がってるところすまないが、説明は以上だ。私はこれから仕事があるので失礼しますよ。律さんの部屋を用意してある。今日から使ってください。」
ティーカップを置いて立ち上がりながら、なんでもないことのように言い放たれた内容に姉妹で固まった。
は?なんて言ったこの人。
ポカンとしていると奏が立ち上がった。
「ちょっと!まだ律は、組織に入るとは言ってないですよ!」
「何を言う。調律師なんだ。私と律さんが動けば力のコントロール方法も身につくし、世界の調和も保たれる。問題などないだろう。この館は結界のおかげて常に調律された音階が流れているし彼女の身体に負担もないさ。」
「本人の意思は無視ですか?そういうのを横暴っていうのをご存知ないのかしら?」
ソファから立ち上がった奏がつかつかと弦の側に行き、睨みつけた。
やばい。お姉ちゃんがキレたら怒りの念がこもった歌でこちらが倒れてしまうかも。
「お、お姉ちゃん。落ち着いて。とりあえず今日はもう遅いし、いまからお姉ちゃんのマンションに戻るのもきっと遠いし、泊めてもらおう?」
慌ててお姉ちゃんの後を追って、残念なイケメンとの間に割り込んだ。
「でも律、この人言い出したら聞かないのよ?それに律に何かあったら私嫌よ。」
へにょっと眉を垂らさせて上目遣いでこちらを見ると申し訳なさが募るが、この弦とやらが引くような性格とも思えなかったわけで、そうなると益々奏の怒りは急上昇なわけで、つまり自分が辛い。
「そ、それはまた明日ちゃんとどうすべきか考えて答えさせていただくので今日はお部屋を借りよう?それでいいですか?」
弦のほうを伺い見れば、ニコリとまたイケメンスマイルを向けられた。
うぅ。。顔だけはほんといいな。無駄に。
「ええ。明日またお話しましょうね。夕食は用意されてるはずですし、ゆっくりして下さいね。」
すっと流れるように近づかれて、ごく自然な動作で頬に顔を寄せられ唇が当たった。
「ぎにゃ‼︎」
「ちょっと‼︎」
「では、お休みなさい。」
真っ青な奏と、真っ赤な律をおいて颯爽と部屋を出て行った弦が閉めた扉の音で我に返った奏に頬をごしごしとこすられた。
と、都会怖い‼︎