洞窟(ディレクターズカット版)R15
①
「スゲー」「おおー」
ケンジとソータ。
夏の午後四時三十分。その洞窟を見つけた二人は目を輝かせた。
二人の後ろで一人、タダシだけは怖がっていた。けど怖がってるなんてダサいから、恐くないフリをした。
ここはもしかして、防空壕?とかでは無いのか。
タダシはそう思っていた。
その穴は山の中腹にぽっかり空いていて。真っ暗で、草に覆われていて。――といってもいつもの道から少しだけはずれた所。危険でも何でも無い。すぐそこに道路が見える。
三人は皆、小学六年生。同じクラスで、仲の良い、いつものメンバーだった。
「行くか?」
ケンジが草だらけの入り口をのぞき込むが、かなり暗い。
意外に奥へ続いているようだ。あるいは入ってすぐ行き止まりか。
「俺、懐中電気持ってくる」
ケンジとソータは行く気らしい。ソータは懐中電気をご所望らしい。
「じゃあ俺、懐中電気取ってくる、一番近いし。まっててくれよ」
そう言ったのはタダシだった。自分の家はすぐそこだ。
「早くしろよ」
「うん!」
タダシはそう言って、急ぐカンジで走り出す。余り乗り気では無いけど――。ポーズだ。それに――確かに少し恐いと思っていたが、照らしてしまえばただの穴だろう。ちょっとした冒険、いつもの探検だ。
あの洞窟は、俺達の秘密基地にいいかもしれない。
タダシはそう思った。
タダシのクラスの男子は皆、小六にもなって、いや、小六だからこそ?そういったことに凝っていた。中学に上がったら勉強も大変になるらしい。だからこの夏休みは存分に遊ぼう。最後の思い出だから。
そのノリに若干タダシは呆れていたが、もちろん言ったりはしない。
それに二人ともいい奴だし、一緒に馬鹿やるのは結構楽しい。
秘密基地と言っても小六だから、そんなたまに入って遊ぶくらいだ。モノを持ち込んだり、言い出しっぺ、テルマの大人数グループみたいに、こっそりどこかに泊まったりなんて馬鹿な事はしない。
――そこまではしないが、楽しそうではある。
見るだけなら。ちょっと照らしてのぞくだけなら。
「ただいま」
「おかえりー」
タダシが玄関で靴を脱ぎ捨てると、姉が居間で返事をした。
扇風機が回っていて、風鈴が鳴る。
タダシは姉に聞いた。
いつもの場所に懐中電灯がなかったから。
「懐中電灯どこ?」
「え?懐中電気?そこにあるんじゃない」
「ないよ」
「あれ、ないの?あ、そっか電池切れたから…じゃあ――、こっちの…」
姉は何か思い出し、ごそごそとゆっくり電話台の近くを探したが、無いようだ。
「早くしてよ」
タダシは言った。
「無いわー…、もういいから、そっちの大きいの持って行ったら?」
姉が指さした。玄関には、防災用の、大きいラジオ付き懐中電灯がある。横についた電気は蛍光灯みたいで、緑色。取っ手もしっかりして、肩にかけるバンドまで付いている。
「ちょっとでかい」
「あ、タダシ水飲む?」
「いいや。ある。晩飯何?」
「まだわかんない。何に使うの?」
姉に聞かれ、タダシはとっさに捜し物、と言って家を出た。
見た様子の場所まで行こうと思ったけど、あまり天気は良くない。
今日はやめて、また明日にするように言おうか――?
タダシは、でかい懐中電灯だとケンジとソータに言われたら、これしかなかった、と言おう、と考えながら駆け足で進んだ。
「あれ…?」
どちらだったか。タダシは少し迷って、来た道を戻り、思い出して穴の方へと向かった。
やっぱり山は危ない、二人をとめないと。
タダシはそう思った。
「あ、おーい」
さっきの場所を見つけて、タダシは声を上げた。
おそいぞ!という返事は無く、ただぽっかりと穴が開いていた。
周囲は暗くなって来た?いや、まだ明るい。
ケンジとソータ……先に入った?
「二人とも?」
すぐに返事があるかと思ったが、返事はなかった。
電気を付けて、中をのぞいたら、何の事も無い、けど意外に広い…部屋のようになっていてそこでお終いだ。
これはきっと防空壕だ。タダシはそう思って入るのをやめた。
ちゃんとやめたのに。
②
エリコは日記を付けていた。
夏休みの課題では無く、自分用の秘密の日記。
これは普段は引き出しにしまって、絶対誰にも見せない。
五月一日 彼に思ってることを話した。じゃあ付き合おうって、そういうことになった。
五月二日 今日は特になし
五月三日 今日は楽しかった
五月四日 今日も特になし。退屈
五月五日 今日は特になし 退屈
五月六日 今日は特になし。退屈…出かけた
五月七日 今日は楽しかった
五月八日 今日は楽しかった
五月九日 今日は楽しかった
五月十日 今日は特になし 一緒に帰った
……
六月一日 特になし
六月二日 特になし
六月三日 あり
…
七月一日 プールが楽しい
七月二日 夏休みはどうしよう?
七月三日 考え中
七月四日 難しい
七月五日 なし
七月六日 なし!!うそ。あり
七月七日 ない
七月八日 大丈夫だって言われた
…
八月二日 特になし
八月三日 楽しかった
八月四日 今日も特になし。退屈
八月五日 今日は特になし
八月六日 今日は特になし。
八月七日 今日は楽しかった
八月八日 今日は特になし
八月九日 今日は特になし
八月十日 今日は特になし
八月十一日 退屈
八月十二日 疲れた
八月十三日 飽きた
八月十四日 電話した
八月十五日……からは空白になっている。
エリコは活発で、友達想いの女子だった。
部活は水泳部。冬は陸上部になってしまう緩い部活だったが、泳ぎは得意。
別にオリンピック選手に…とかではないけど、水泳大会では優勝争い。
エリコの生活はそれで充実していた。
――洞穴でみつかったボロボロの日記帳には、短い文章しか書かれておらず、警察は頭を悩ませた。
③
タダシが洞窟に引き込まれた後、目にしたのは、すでに倒れたケンジとソータだった。
なぜ見えたのかというと、大きな懐中電気のおかげだ。
――ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ああああ
くっきりはっきりと、姿が見える。女、おばけ、ばけもの。化け物。
ばけものはタダシの首をしめた。
憎いに食いに食いにくい憎いに憎い憎いに憎い憎いに憎い憎いに憎い憎いに憎い憎いに憎い憎いに憎い憎いに憎い憎いに憎い憎いに憎い憎いに憎い憎いに憎い憎いに憎い憎いに憎い憎いに憎い憎いに憎いにくい!そう言わんばかりに。
叫び続ける化け物。
その叫び声は悦びに変わって、最後ぶつんとタダシはねじ切られた。
④
「タカトウ、ユミコです……よろしくお願いします」
ひとりの女子が転入して来た。
期待していた男子達は、内心で嘆息した。一部はおおっぴらに。
その女子は顔におおきな、痣があって、セーラー服の下に、薄汚れた白いハイネックを着込んでいる。暑苦しいし、少し、太っている。
だがよく見たら顔自体は悪く無い…気もする。
話してみないと分からない。もしかしたら明るい子かも。
そう思った善意の女子がその転入生に話し掛けたが、それも初めだけだった。
いつのまにかイジメが始まって。
――それでもその女子は常に俯いたまま。
教師に言う様子も困る様子も無い。
そのふてぶてしい態度がさらにイジメをエスカレートさせる。
俺達のクラスは仲良くやってたのに、こんな奴のせいでおかしくなった。
迷惑だ。とっととまた転校するか死ね。このデブスが。
女子三人がそれを横目に見ていた。
「男子達、ちょっと言い過ぎじゃない。…けどさすがにあの子も…もう少しマトモだったらいいのに――、先生に言おうか?」
「けど、別にそんなに酷い事も無いでしょ?そのうち収まるだろうし――もう少しねぇ。ちょっと太ってるけど、顔自体は別にまあまあだし、お風呂に入れば良いのに」
「そうそう。さすがに暗すぎなのが悪いし。話掛けても返事しないし。つか、あの子に関わりたくないし。嫌なら嫌って言わないのが悪いし。もうこっちまで欝になるよ…」
本当に迷惑。イヤならそう言えばいいのに。
とユミコに聞こえるように女子達は言って、別の話題に切り替えた。
――ユミコは内心、怒りに震えていた。
それ以上に。
――ああ、ああ、なぜ?どうして私なの――。
「ーーー、ぁうぁっ」
いきなり泣き出したユミコを、クラスメイトが遠巻きにした。
下校のチャイムが鳴って、見回りの教師に怒られ、ユミコは仕方なく教室を出た。
⑤
『ユミコはエリコに似てきたな』
…お父さんがそう言った。
エリコってだれ?
お父さんに聞いたら、初恋の人だって。
結婚したかったけど、事故で死んでしまったんだって。
『エリコ!…エリコにそっくりだ!』
そんな人と似てるわけないのに。変な事を言う…。
私のお母さんは――あの山に入って、戻ってこなかった…って聞いた。
けどもう、タダシも、私も。そんな事気にしていなかった。
その山で…死んだタダシが見つかって、一緒にいた子はまだ行方不明。
…一月もしない内に、お父さんは私を連れて引っ越しをした。
お父さんはずっとキョロキョロしていた。
ああ、なぜ?どうして私が怒られるの?ぶたれるの?
ああ、なぜ?どうして?
ああ、なぜ?なぜ?
かりかり、かりかりと…。物音がする。引っ掻くような。
かりかり、かりかりと…。首筋に爪が、かりかりと。
それがいやで私は自分で首をひっかいた。
跡が残ったけど首を引っ掻くのはいつもの癖になった。
ねえちゃん、たすけて。
ねえちゃん、くるしいよ。
「うるさい!!タダシ!!――ぁう、ううっ黙って!」
ねえちゃん、ねえちゃん…。
ねえちゃん、くるしいよ…。
⑥
ユミコは狭いアパートの端で震えていた。
なるべく、風呂場には目をやらない。
私は学校よりも家が恐い。家のどこにいても。
足音?たくさんの人がいる。
私を取り囲むのは誰?
引っ越ししたけど。
昨日お父さんを殺したけど…、まだ誰かいる。
アパートを囲んでいる。アパートの扉、窓から入ってこようと。
かりかり…ギリギリと…首筋が痛む。
「タダシ?タダシなの?私を恨んでるの?」
夕飯を考えてて、探しに行かなかった私を。
お父さんと逃げた私を。
――タダシは全部見つかってない。
…だから私の首を絞めるの?
〈おわり〉