3. 絶体絶命
火を司る神の剣、それによって呼び出された神器を用いてユーリは狂神へと挑む。
神器、古代文明が作り出した四体の巨大ロボット兵器は、それぞれ異なる性能を備えていた。
例えば克洋がかつて登場した風の神器は半人半鳥と言う見た目に相応しい、高機動・低火力・紙装甲という極端な性能であった。
そして今ユーリが乗っている火の神器はオーソドックスな人型であり、性能も中機動・中火力・中装甲という平均的な代物である。
尖ったところが無い代わりに扱いやすく、人型である火の神器はユーリがこれまで培った戦闘技術をほぼ完璧に再現することが出来た。
「遅いぞ! そんなオーバーアクションなんて、当たるわけが無いだろう」
暴走状態にある古代文明が作り出した狂った兵器に、理性的な戦いが出来るはずも無い。
確かにその力は強大であろうが闇雲に振るわれるだけの何の工夫も無い攻撃では、冒険者学校で高度な戦闘訓練を行ってきたユーリには通用しないのだ。
一撃で山をも粉砕しそうな狂神のテレフォンパンチを紙一重で回避し、ユーリは返しざまに相手の装甲を剣で削ぐ。
ユーリが操る火の神器は巧みに狂神の攻撃をいなしながら、徐々に相手を削っていた。
「これで終わりだ! いっけぇぇぇぇぇっ!!」
「■■■■っ!?」
そして蓄積したダメージが一定量を超えたのか、動きが鈍くなった狂神に止めの一撃が振るわれる。
火を操る神器、その力によって生み出されるは巨大な炎の剣によって狂神を両断してしまう。
流石の神の真っ二つにされてしまえばどうしもう無く、古代文明によって作り出された狂った兵器は同じ文明が作り出した代物に引導を渡されることになった。
同格である古代文明の兵器との戦闘経験を積むことで、ユーリはザンの思惑通り良い経験値を得られた事だろう。
そんな裏の事情を知る由も無く、ユーリは己の勝利を喜ぶ仲間たちの元へと戻るのだった。
ユーリたちがまた一つ成長を果たした頃、少し離れた場所でもう一つの戦いが始まろうとしていた。
"冒険者ユーリ"という名の預言書の情報を頼りに、この世界の救世主とならんとした魔族は絶体絶命の危機を迎えていた。
ザンを倒すためにメリアを通じて、魔族の村の住人にこの時のためだけ使うために作られた魔族を拘束する特別なアイテム。
これによって作り出された空間には一部の魔法、外部との通信魔法や転移魔法などの移動系の魔法に対するジャミングが掛けられている。
ザンはこの中では逃げることも助けを呼ぶことも出来ない状況で、目の前の人斬りの相手をしなければならないのだ。
加えてこの場所に来ていることはザン一派のメンバーには伝えていないので、都合よく彼の協力者たちが助けに入る事は無いだろう。
「…マーキングを外されたか? よく気付いたね、あの魔法には少々自身が…」
「時間稼ぎに付き合うつもりはありません。 早々に死になさい」
これまでザンが自分を付け狙う人斬りから逃げおおせた秘密、それは密かに那由多の体に付けられたある魔法にあった。
ザンが"マーキング"と呼んだそれは、その名の通り相手の位置を把握するための魔法である。
この世界でザンと那由多が初めて顔を合わせて、交渉決裂したときにザンは保険として那由多をマーキングしていたのだ。
相手に気付かれる事無く常に位置を把握し続けるため、マーキングの術式は隠蔽に特化してある。
流石は魔族というべきか、その術式は人類最高の魔法使いであるフリーダすらも見つけることが出来ない。
恐らくメリアの育て親である魔族たちがそれに気付かなかければ、那由多は今でもザンの掌の上であったあろう。
そして自分が弄ばれていた事実を改めて知った那由多は、ザンに対して改めて殺意を抱いたことは言うまでも無い。
既に相手を斬ると決めている人斬りが無駄話に付き合う筈も無く、那由多は問答無用とばかりに因縁の魔族に向かって斬りかかった。
これは魔族が作った空間であるため、同じ魔族であるザンであればこの術式を解除することは可能だろう。
何しろザンは魔法の力を増幅する神の武具があるのだ、やろうと思えばほんの僅かな時間でそれを為せる筈だ。
しかし逆を言えばその時間が無ければ何時まで経ってもザンは囚われの身であり、恐らくその事実を把握している那由多がそんな機会を作る訳が無い。
「身体強化! はぁぁぁぁぁっ!!」
「くっ!!?」
対魔族用に開発した必殺技、魔法によって強化された肉体を余すこと無く使い切った神速の居合が次々に走る。
本来であれば居合は刀を抜き放った直後に隙が生まれる筈だが、極限まで鍛えられた那由多の居合は神速の居合だけで無く神速の納刀も実現していた。
刀を抜いたと思えば次の瞬間にはそれは鞘に収まっており、相手は延々に続く居合という絶望を味わう事だろう。
その一振り一振りが必殺の一撃であり、純粋な剣士では無いザンは亀のように守り一辺倒で耐えるしか無い。
土を司る神の斧の力によって作り出した土の壁、それとは別に障壁魔法を展開するという二重の防御。
那由多の居合はこのこの守りを軽々を切り裂いてしまうが、どうにか自分の元に刃を届くのを紙一重で防げている。
これを頼りにザンは辛うじて人斬りの剣を凌いでいるが、徐々に回転が早くなってくる人斬りの居合に対して苦し紛れが何時まで続けられるか。
「私も人の事は言えませんが、個人主義が過ぎますよ。 もう少し誰かに他人を頼っていれば、このような苦境に陥ることも有りませんでしたのに…」
「くっ!? 下手に情報をばらまいてもリスクが増えるだけだ。 僕は慎重な性格だからね…」
「独りよがりなだけですよ。 自分で何でも出来ると思い込んでいる、傲慢の極みですね」
原作でもこの世界に置いてもザンは、己の真の目的をギリギリまで隠し通していた。
表向きは魔族が創造主である"システム"から課せられた指名、人類の間引きのために動いているように見せているのだ。
そのため本来は敵であるユーリのために起こした経験値集めのイベントの事を、ザンは仲間に頼ることなく独力で行うことになった。
ザンにとって不幸なことは、自身が極めて優秀であった事だろう。
仮にザンがもう少し凡人に近ければ、彼はシステム打倒という悲願を達成するために他者に頼らざるを得ない。
しかしなまじ独力で事が進められる程に優秀であったが故、ザンには真の意味で頼れる存在が居ないのである。
孤独な魔族の決死の防衛戦、もしくは殺人姫の復讐戦は続いていく。
先に触れたとおり、この場にザンが居ることを予測できる者は極々一部の存在に絞られる。
秘密主義のザンは今回のイベントの事を仲間に漏らしておらず、那由多の方も余計な横やりを防ぐように自らの行動をメリアなどの仲間から隠していた。
この場に現れる可能性があるのは、ザンの真の目的を知り、"冒険者ユーリ"の原作知識を持ち、那由多の暴走を予測できる存在だけだ。
そのようなピンポイント存在がこの場に都合よく現れる筈も無く、最早ザンの運命は風前の灯火であった。
「ちょーっと、待ったぁぁぁぁぁっ!!」
「君は…!?」
「…来てしまいましたか」
しかし幸か不幸かそれに全て当てはまる人間が、悲鳴のような叫びと共に突如何も無い空間から姿を見せる。
小脇に小柄な少女を抱えた男の登場にザンは驚きの表情を浮かべ、那由多は何処か悲しげな響きの声を漏らす。
ザンの手によって一度は現実世界に戻った来訪者克洋が、ティルと共に再びこの世界に舞い戻ってきたのだ。
この世界を救うために自分を陥れた魔族を命がけで助けなければならない、克洋は皮肉な自分の運命に苦笑いを浮かべながら久方ぶり偽装妹と顔を合わせるのだった。