2. 誤算
"冒険者ユーリ"の原作において、このイベントは単行本1冊程度のエピソードだった。
遥か過去、現代において神話とされている古代文明の時代。
システムやアーカイブ、神の武具などは、この古代文明の遺産であることは既に何度も触れている。
世界を一変しかねない超技術の産物、現代において残された古代文明の遺産は実は他にもあるのだ。
「くそっ、遅かったか!?」
「はははははっ、遅かったなぁぁっ! 此処に世界を滅ぼす破壊の神が復活したぁぁぁっ!!」
その遺産はとある村において、決して目覚めさせてはならない神として語り継がれてきた。
何処にでもありそうな他愛も無い言い伝えであるが、この村で代々受け継がれてきたそれは偽りない真実であった。
原作において魔族サイドの知識からこの遺産の存在を把握していたザンは、密かに手の物を回してこれを回収しようと目論んだ。
しかしそれに抵抗する村人たちが偶然にも、旅をしていたユーリたちに接触したことで新たなイベントが発生したのである。
そしてほぼ原作通りに進行が進み、ユーリたちは間一髪で遺産の確保に失敗してしまう。
「■■■■■■!?」
「うげっ、凄い圧力だ!? こりゃぁ、神器と同レベルの化け物だぜ!!」
「神の武具と同じ神話の遺産か…」
山を割って現れた巨大な神が、唸り声のような響きと共にユーリたちの前に現れた。
崩れ落ちる山の残骸を避けながらユーリたちは、その圧倒的な姿に村の伝承が真実であったことを察する。
相対するだけで震え上がるほどの魔力、古代から現代まで時を全く感じさせない光り輝く鋼の体。
全長100メートル近くはあるであろう人型の巨人は、窮屈な山に押し込まれていた体を解すかのように手足を大きく伸ばしていた。
「はははは、これだ!? これさえあれば俺は世界を手に出来る、あの魔族の餓鬼ども一捻りだ!!
よーし、神よ! まずは手始めにこの小童どもを…」
「■■■!!」
「…へっ!?」
この遺産の力を持って野望を果たそうとしていた解りやすい悪役面の敵は、偉そうな態度で自らが目覚めさせた神に命じる。
その言葉に反応した神はその巨体に見合わない、俊敏は動作で右腕を地面に叩きつけたのだ。
自分の足元に居る小煩い虫を弾くように、その悪役面の人間に向かって…。
悪役面の敵は予想外の展開を前に、間抜けな声を漏らしながら挽肉となってしまった。
「きゃっ!?」
「あいつ、敵味方の区別が付いていないのか?」
この遺産を守る村において今日まで、決して神を目覚めさせてはいけないと伝えられていたのには理由があった。
恐らく神器と同等の兵器として作られたこの遺産は、非常に残念なことに制御不能という致命的な欠陥があるのだ。
一度目覚めさせてしまえば目につく物を破壊し尽くすまで決して止まらない狂った兵器、何も知らない者たちから見ればまさに"狂神"といった所だろう。
古代文明の遺産を破壊する手段も無かった村人たちは、この遺産の危険性を後世に伝えるためにこのような伝承を残したのである。
それ故に古代文明の息が掛かった貴重な兵器を確保するチャンスにも関わらず、原作でのこのエピソードでザンが表に出ることは無かった。
どうやらザンは事前にこの兵器が不良品であることを察しており、ダメ元で適当な人間を諭してこれを目覚めせようとしたが真実らしい。
「みんな、さがっていろ! 後は俺がなんとかする!!」
「ユーリ、でも…」
「神には神ってね。 ザンと戦う前の良い練習になるさ!! 来いっ、神器ぃぃぃっ!!」
原作においてこの狂った兵器は、魔人としての力に覚醒しつつあったユーリの活躍によって撃破された。
しかし原作と違って魔人の力に全く目覚めていないユーリは、その代わりに手に入れた神の武具を構える。
神の剣の力を発動させたユーリは、炎の力を司る神器に乗り込んで狂神へと挑みかかった。
神器に乗り込んだユーリと狂神が戦い始めた頃、その様子を見守る一つの影の姿があった。
ザン、"冒険者ユーリ"という預言書を参考にユーリたちをこの戦いに誘導した黒幕である。
来訪者の介入に原作知識を知るザンは、あの狂神が来たるべきシステムとの最終決戦に使えないことは解っていた。
しかし腐っても古代文明の遺産であり、システムに近い力を持つ兵器である。
対システムのための経験値積みの相手としては手頃な相手なので、ザンはあえて原作に沿ってユーリたちを誘導したようだ。
「ふむ、この調子であれば僕の手助けは不要だろう。 主人公たちの方は概ね順調、後はあちらに送り出した彼らの成果しだいかな…。
まだ時間はあるが、このまま彼らが帰って来ない可能性も十分ある。 最悪のケースも考えておかないと…」
システムとの最終決戦を見据えているザンとしては、此処でユーリという貴重な戦力を失うのは絶対に見逃せない。
原作で勝利している相手であはるが、今回のユーリは魔人の力では無く神器の力を頼りに戦っているのだ。
この戦いの筋書きまでは原作を参考に出来ないので、念の為に近くで待機している所らしい。
しかしザンが観察した所、ユーリの操る神器は狂神を確実に追い詰めていた。
狂っているが故に自らの性能を十全に発揮できない兵器などに、日々成長していく主人公を止められる筈は無いのだ。
自分の出番は無いことを察したザンは、目の前の戦いから今後の展開について思考をシフトしていく。
「…あら、もうそんな先の事を気にする必要はありませんよ」
「何っ!? これは…、外部との繋がりを遮断する魔法? 馬鹿な、魔族の力を封じる空間を作り出すなど…」
「メリア様のご家族が拵えてくれた一品です。 ふん、やはりユーリ様の近くに潜んで居ましたね…」
しかしザンの思考は、何処からか聞こえてきた少女の声によって中断させられた。
次の瞬間に自分の周囲を覆った半透明の障壁が展開、魔の力に精通している魔族はすぐにそれが魔法によって生み出された物である事を把握していた。
何らかの魔法の力によって封じ込められたザンは、魔族の力で持ってもそこから脱出できないことに愕然する。
こんな高度な魔法は人間最高峰の魔法使いであるフリーダでも不可能であり、つまりこの魔法は人間以外の何かが作り出した物なのだ。
そしてその魔法の正体はとある使い捨てのアイテムによってこの魔法を展開した少女、那由多の口から語られる。
「くっ、あの魔族の村の住人を抱き込んだのか!?」
「私はお兄様と違って、気が長くありません。 準備が出来たので、すぐに行動させて貰いましたよ」
ザンの情報源である"冒険者ユーリ"の知識を持つ人間であれば、ザンの行動を先読みすることは不可能では無い。
メリアの家族というべき魔族の助けを借りて、ザンの逃走を防ぐ魔法を発動するアイテムを手に入れた那由多は早速己の目的を果たしに来たらしい。
世界の未来とを天秤に掛けて躊躇いなく己の欲を優先させた殺人姫、那由多とザンの最後の戦いが幕を開けようとしていた。
投下が遅れてすいません…。
いよいよ事実上のラスボス、那由多との戦いが始ますね!
世界のために戦うザンは、殺人姫の魔の手から逃れられるのか!?
では。