24. 未来を変える方法
克洋とティルはあの漫画家が出逢った何かを警戒しながら、舗装された登山道を進んでいた。
所詮は子供の足でも登れる小さな山である、あちらの世界で鍛えられた今の体であれば容易い道のりである。
学校行事で幼い頃に登らされた時はもう少し苦労した筈だと、克洋は昔と今との違いに違和感すら覚えていた。
そんな風に克洋が昔の思い出に浸りながら短い山道を進み、それらしい物を何も見つけられないままあっさりと山頂へと辿り着いてしまう。
「なっ!?」
「コレハ…」
そして気がついた時には、克洋とティルは不思議な空間に捉えられていた。
まるで宙に浮いているような、まるで海を漂っているような、そんな形容しがたい場所であった。
目を白黒させながら辺りを見回すティル、数年前の記憶を蘇らせる克洋。
忘れる筈も無い、そこは克洋が現実世界を捨てて"冒険者ユーリ"の世界へ向かうことを選んだ場所だ。
「そうか、やっぱりあれは…」
「カツヒロサン!!」
かつて克洋はこれの誘いに応えてあちらの世界へと渡った、否、今なら解る。
あの時、退屈な現実世界に不満を感じていた克洋は、自分から"冒険者ユーリ"という異世界へ逃避したいと願ったのだ。
その願いにこれが応え、新しい体と都合の良い能力と共にあちらの世界へと誘ったのである。
「お前は…"アーカイブ"なのか?」
白い何かで満ちた未知の空間、しかし以前と違い克洋はこの白の奥に何かが居る気配を確かに感じていた。
己の想像が正しいかを確かめるために、それに対して克洋は恐る恐る問いかける。
僅かな間を経て、男とも女とも言いがたい言うなれば機械が発するような無機質な声でそれは克洋の問いに応えた。
肯定、克洋たちは全ての始まりと言える存在、"アーカイブ"の元へと辿り着いたのだ。
"アーカイブ"、、日本語に訳せば"記録装置"や"書庫"である。
名は体を表すと言うべきか、克洋はすぐにそれがそういう存在である事に気づいた。
これに主体性は無い、書庫に収められた本は誰かに読まれなければ無価値でる。
"アーカイブ"という名の書庫に収められた物は、それを使う何かが必要になるのだ。
「お前の正体は何なんだ?」
克洋の問いに対して、"アーカイブ"は応えた。
神に等しい超技術を持つ古代の人間が作り出した、"システム"と同類の機構。
"システム"があちらの世界を存続させるために作り出された、無慈悲な調整装置。
"アーカイブ"はあちらの世界の歴史を余すこと無く残すために作り出された、勤勉な記録装置。
"アーカイブ"は既に神話とされている遥か昔から、あちらの世界の膨大な歴史を記録し続けていた。
「何故、俺の地元の山なんかでお前と接触できるんだ?」
克洋の問いに対して、"アーカイブ"は応えた。
■■山の頂上は偶然にもこの現実世界において、"アーカイブ"が潜むこの異空間から一番近い場所に位置していた。
逆を言えば遠く離れた別世界であるユーリたちの世界に潜む"アーカイブ"が唯一、現実世界へと干渉できる場所と言える。
一度でもこの場所を訪れた人間は知らず知らずのうちに、"アーカイブ"とパスを結ばれていた。
"アーカイブ"はこのパスを通じて来訪者たちと接触し、彼らを"冒険者ユーリ"の世界へと誘った。
「"冒険者ユーリとは何なの? 何故、私達の話を漫画にしたの?"」
ティルの問いに対して、"アーカイブ"は応えた。
"冒険者ユーリ"、それは"アーカイブ"が予測したあちらの世界の未来予想図。
これまでに蓄積されたあちらの世界の歴史データを元に導きだされたシミュレーション結果は、未来予知に等しい精度を持つ。
恐らく何かの切欠が無ければ、あちらの世界の未来は漫画と同じビターエンドとなっていただろう。
漫画の結末の後、"システム"によってズタボロにされたあちらの世界はそう遠くない内に滅んでしまう。
それは世界の存続を望んだ古代の人間に取っても、あの世界の歴史を記録する役割を持つ"アーカイブ"に取っても許容出来ない結末である。
そして今"アーカイブ"がシミュレートした未来は外れつつあった、来訪者という名の異物が切欠となって…。
「未来を変える? そのために俺たち来訪者をあっちに送り込んだのか?」
克洋の問いに対して、"アーカイブ"は応えた。
"アーカイブ"は"システム"と同等の存在であり、役割が違えど持てる能力に優劣は無い。
しかし課せられた記録という受け身な役割は、"アーカイブ"自身が能動的に動くという選択肢を奪っていた。
"アーカイブ"に出来ることは書庫としての記録を積み上げ、書庫の利用者の要求に応えることだけである。
加えてあちらの世界に対して"アーカイブ"が出来ることは記録のみ、今の克洋たちのように接触することすら許されていない。
それ故に"アーカイブ"は来訪者を、"冒険者ユーリ"の世界へ行きたいと願う克洋のような現実世界の社会不適合者を集めた。
あちらの世界に直接干渉出来ない自身の代わりに、来訪者たちに未来を丸投げしたという事だ。
「未来を変えたいなら、初めからそう言ってくれれば…。 否、お前はそういう事が出来ないんだな…。
お前はただ俺たちの望みを叶えたんだ、"冒険者ユーリ"の世界に行きたいという俺達の願いを…」
「"私達の事を知らないと、私達の世界に行きたいと思わえない。 だからあなたは私達の未来を、克洋の世界で漫画にした"」
来訪者たちが"冒険者ユーリ"の世界に行きたいと願うためには、彼らがあちらの世界の存在を知らなければならない。
そのために"アーカイブ"はあの漫画家に接触し、新しい漫画のネタを求めていた彼の願いに応えて"冒険者ユーリ"の世界の情報を与えたのだ。
"冒険者ユーリ"と言う作品を通して、現実世界の人間たちはあちらの世界の存在を知ることが出来た。
そして克洋たちのようなあちらの世界を望む人間が生まれ、待ってましたとばかりに"アーカイブ"は彼らの願いを叶えていった。
来訪者と言う異物の存在によって、あちらの世界の未来を存続させるために…。
あちらの世界の歴史を記録するという、"アーカイブ"が自らに課せられた役目をこれからも続けるために…。
それから克洋とティルは、"アーカイブ"を通して色々な情報を知ることが出来た。
あちらの世界でザンが求めている"システム"の本体の在り処、それはザンは決して自力では辿り着けない場所にあった。
"システム"と"アーカイブ"は古代の文明が産み出した同等の存在、つまり"アーカイブ"に出来ることは"システム"でも行える。
"システム"は今の克洋たちが居る不可思議な空間、あちらの世界から外れた狭間の世界に潜んでいるのだ。
所詮、魔族は"システム"によって人為的に作られた種族である、魔族の力では"システム"が潜む異空間を見つけるのは不可能だ。
「…だが、"アーカイブ"なら"システム"の場所を知ることが出来るか。 何処まで読んでいるんだ、あの糞魔族は…」
確かにザンが言っていた通り、"アーカイブ"に出逢ったことで全てを知ることが出来た。
あちらの世界の被害を最小限に防ぐため、短期決戦を行うために必要不可欠な"システム"の居場所。
そして"システム"を打倒するために必要となる、戦力の在り処も彼らは一瞬で把握することが出来た。
「"神の武具の最後の在り処も知ることが出来ました。 これで"システム"と戦う準備は整ったという事ですね"」
かつて数ある来訪者の一人の望みに応えて、"アーカイブ"は神の武具が一つである神の書を提供した。
それは紆余曲折を経て克洋の手に収まったが、その事実は"アーカイブ"は神の武具の所在まで把握している事である。
神の書、神の剣、神の斧、あちらの世界で見つかった神の武具たち、残された神の武具はあと一つ。
争いを沈め潤いを満たす水を司る神の弓、それの在り処を"アーカイブ"は意図も容易く応えて見せた。
神の武具は"システム"や"アーカイブ"と同じく、古代の人間が作り出した神に等しい力を持つ武具である。
同じ古代の文明の力を持つ神の武具の力を集めれば、"システム"を倒すことが出来ることも"アーカイブ"は保証してくれた。
"システム"の本体の居場所、"システム"を倒すための武器と手段、一世一代の勝負を仕掛けるに相応しい最良のカードは出揃ったのだ。
「…最後に聞かせてくれ。 俺たちがあっちの世界、ユーリたちの居る世界に戻れるのか?」
克洋の最後の問いに対して…、"アーカイブ"は応えた。




