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「冒険者ユーリ」の世界にやって来ました  作者: yamaki
第二章 システムとアーカイブ編
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22. 山神 空


 全てが狂い始めたのは何時からだろうか。

 男は机に置かれた真っ白な原稿を睨みつけながら、不毛な自問自答を続けていた。

 どれだけ頭を悩ませてもあれを超える物が生み出せない、苦労して出来上がった物に与えられる評価は激しい酷評だけである。

 男は忌々しげに部屋の隅に置かれた書棚に収められた数十冊の本を、自らが生み出した途轍もない高いハードルに目をやった。


「…やっぱり僕一人では無理なのか!?」


 公的には男はあれを一人で作り出した事になっており、実際に男は他の誰の助けも借りていない。

 ゴーストライターや秘密の原作者が居るでも無く、男はあれを一人で作り出していた。

 一度出来たであればもう一度出来る筈だ、そのような期待を周囲が強いるのは当然であろう。

 しかし男だけは知っていた、あれは本当は自分一人の力で書いた物では無いのだと…。

 男は引き篭もるように外部からの接触を拒み続け、今日までその秘密を守り続けていたのだ。


「否、僕は出来る、出来るんだ!? 僕は一流なんだ、一流なんだよ…」


 何も無かった頃の昔ならいざ知らず、あれの存在によって頂点の世界を見てしまった男は既に後には引けない。

 今更自分の力の無さを直視する潔さも持てず、過去の栄光に縋る男の姿は何処か哀れにも見えた。

 しかし幾ら意気込もうとも、残念なことに男の前に置かれた原稿は何時までも経っても真っ白のままであった。











 その日、男は久しぶりに晴れやかな気分であった。

 自分に期待する周囲からの強いプレッシャーと、それに応えられない自分の不甲斐なさ。

 毎日、自宅兼仕事場の机の上で頭を悩ませているが、どうしてもあれを超えるアイディアが出てこない。

 そんな風に追い詰められている自分の様子を気に掛けてくれたのが、数少ない同業者の友人であった。

 まだ男が駆け出し頃からの付き合いである友人は、気晴らしをした方がいいと誘ってくれたのだ。

 その誘いに乗った男は久しぶりに家の外に出て、友人が予約した店にやって来ていた。


「よう、久しぶり…。 誰だ、お前は!?」

「…はじめまして。 残念ですが、今日はご友人の先生は此処に来ませんよ」

「なっ!?」


 男が余り人目に付きたくない事を理解している友人は、プライベートが保証される個室席がある飲食店を手配してくれた。

 しかし友人の名前を告げて案内された個室で男を待っていたのは、見知らぬ二人の男女では無いか。

 一人は二十代の平凡な容姿の日本人男性、一人はフードで顔を隠している小柄の女性。

 どちらも男の友人とは似ても似つかない人物であり、驚愕した男は即座に個室から逃げようとする。


「…魔力拘束マジックバインド

「あっ!? こ、これは…、魔法!! そ、そんな筈…」

「"教えてください、私達の世界の真実を…"」

「き、君は…、ティル!? そうか、そういう事か…」


 残念ながら男の逃走は、体に絡みつく不可思議な力場によって防止された。

 男の作品に登場する初級魔法、自分を待ち伏せしていた二人組の片割れの男がそれを使って見せたのだ

 魔法の力によって生み出された拘束は男の四肢の自由を奪い、幾ら力を入れても外れる様子は無い。

 空想の産物であるそれを現実に見せられて混乱する男にとどめを刺したのは、もう一人の方の女性であった。

 深く被っていたフードを取り払って素顔を見せる女性、その日本人とは明らかに異なる金髪の少女の姿に男の混乱は頂点に達する。

 自らの作品の中の存在である少女が、作中で使用される言語で男に問いかけてきたのだ。

 男…、"冒険者ユーリ"の作者である山神(やまがみ) (そら)は、疲れたような声を吐きながら抵抗を止めてしまった。






 山神(やまがみ) (そら)はSNSなどのネットを全くやっておらず、何のコネも無い克洋たちに有名漫画家の動向を掴むのは不可能であった。

 しかし彼の同業者である漫画家が全てネット断ちをしている訳でも無く、むしろ今どきの漫画家はSNSで自分の作品をアピールするのが主流と言えよう。

 例の設定厨であり元ザンの中の人である男、実は偏差値が非常に高い有名大学生らしい春夫は別の切り口から山神 空との接点を見出したのだ。

 それは"冒険者ユーリ"の連載当時に同時期に連載を行っていた、当時から山神 空と親交のあった別の漫画家の存在である。

 山神 空とは対象的に日々の近況をネット上でアピールしているその漫画家から情報を集めていた春夫は、本日の会合の情報を見つけることが出来たのだ。


「勿論、今日の飲み会の相手があなたである事は明言して無かったし、今日の会場についても同様です。 そこにあなたの友人の落ち度はありません。

 しかしその漫画家の過去の発信を調べれば、彼が言う古い友人があなたである事はほぼ確実。 この店についても彼の行きつけの店ということで何度か店内の写真が上げられており、そこからこの店を特定するのは容易でしたよ」

「気持ち悪い、何かストーカーみたい…」

「いや、そこは褒めておけよ。 気持ちは解るけどさ…」


 山神 空を確保した所で克洋たちは、店の外で待っていた妹の美子と今日の計画を立てた春夫と合流していた。

 眼鏡を怪しく光らせながら何処か自慢げに自らの功績語る春夫、その様子を見て本気で引いているらしい美子。

 確かにネット上の断片的な痕跡から個人情報を探り当てる春夫の行為は、下手なストーカー顔負けの行為と言えよう。

 しかし曲りなりにも山神 空の確保に貢献した立役者に掛ける言葉では無いと、克洋は妹の苦言を諌める。


「僕の友人はどうしたんだ? まさか…」

「危険な事はしてませんよ、彼なら今頃家に帰っている筈です。 ティルの精神操作の魔法で約束の日を別日だと認識させてあるんで、後でフォローして貰えますか」

「また魔法か…。 ははは、自分で言うのも何だが、何でもありだなー」


 山神 空が現れる場所と時間さえ分かれば、後は話は簡単である。

 以前に考察した通り、魔法に対する抵抗が皆無である現実世界で精神操作系の魔法の力は凶悪であった。

 初級レベル精神魔法は相手の認識を歪める軽い催眠術程度の力しか無いが、それだけで今日の場を整えるのに十分だ。

 先に店で待っていた友人の漫画家を約束の日を間違えたと認識させて家に返して、店の従業員たちに今日予約したのは克洋たちであると認識させる。

 こうして準備を整えた克洋は、見事に念願の山神 空を確保することが出来たのだ。


「解っていると思いますが、やろうと思えば魔法であなたの秘密を聞き出すことも出来ます。 観念して話してくれますね、このティルが居た世界のことを…、あなたの"冒険者ユーリ"がどのように作られたかを…」

「ははは、悪いことは出来ないな。 そうか、結局俺はただの三流漫画家だったという事だ…」


 克洋の言葉はハッタリであった、他人の頭の中を覗き込む魔法は上級レベルの精神操作魔法にあたるからだ。

 現実世界では初級レベルしか魔法を使えないし、そもそも冒険者学校でティルが習った魔法は初級レベルの触りでしか無い。

 しかし相手がその事実を知る筈も無いので、克洋は使えないクズカードを切り札と見せかけて相手に勝負を挑んだ。

 そんな克洋の脅しが効いたかは分からないが、山神 空は素直に相手の要求に従う様子を見せる。

 何処か自嘲気味に笑いながら山神 空は、克洋たちが求める"冒険者ユーリ"の秘密を語りだすのだった。

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