17. 設定厨
騒ぎ始めた元来訪者たちは美子の一喝で静まり、漸くまともな話が始められるようになった。
どうやら克洋の実の妹は彼らの間で一目置かれている人物らしく、元来訪者たちは嘘のように大人しくしている。
そして始まったオフ会、まずは美子が用意した克洋の足跡をまとめた資料の展開である。
会議室に据え付けのスクリーン上で美子がパソコンでまとめた資料が公開されており、元来訪者たちが訪れた"冒険者ユーリ"の世界での出来事が時系列で説明された。
ほぼユーリたち主人公サイドと行動を共にしていた克洋の話は、これまでのまとめサイトで展開されてきたそれとは比べ物にならないくらい情報量である。
元来訪者たちは克洋の話を通して、原作と流れと大きく逸脱した現状のあちらの世界の状況を改めて知らされることになる。
「…すっかり原作から離れているな。 一体これからどうなるんだろう?」
「そもそもお前が那由多なんかを引き込むから、此処まで話が拗れたんだぞ!!」
「そうだ、あの危険な女に貴重な来訪者たちがどれだけ殺されたと思っている!!」
「あの状況であの殺人姫に逆らえる訳無いだろう!? あいつだって話が通じる来訪者ならすぐには斬り殺さなかっただろうし…。
ていうかお前らがあっちで変にはしゃいだから、那由多に問答無用で殺られたんだろう!!」
不特定多数の者たちが集まるネット上では有りがちな事だが、まとめサイトには来訪者を装う愉快犯も多数存在していた。
そんな連中まで集めたら話が進まないため、美子はこれまでのサイト上での発言と克洋の情報を元に本物であることが確認できたメンバーしか声を掛けていない。
念の為に証拠として外部の目に触れる危険を承知でティルを同行させて、克洋が持ってきたファンタジー世界にしか存在しないであろう本物の装備品も持ち込んだ。
その苦労もあってこの場に居る人間は全員、"冒険者ユーリ"の世界が存在するという前提の下に話がが進められていた。
「マジモンの刀か…、試しに鞘から抜いてみてもいいか!」
「うわっ、意外に重いぞ!? これが本物のドラゴンの鱗なのか…」
「なぁなぁ、オフ会が終わったらティルちゃんと一緒に写真を撮らせてくれないか? 絶対にネット上とかに上げないからさ…」
そして現実世界を捨てて"冒険者ユーリ"の世界に旅立った来訪者たちという馬鹿者共は、皆オタクという名のマイノリティであると言えよう。
彼らの中には美子の話をそっちのけで克洋の装備に夢中になる者や、ティルに夢中になっている趣味人たちも混ざっていた。
自分の話を妨害する邪魔者たちに対して、美子の怒りの一喝が再び入ったのは言うまでもない。
邪魔者による中断などもあったが美子の克洋の足跡をまとめた話はどうにか終わり、此処からは本題である克洋たちが抱えている現状の問題点に関する議論が始まった。
しかし三人寄れば文殊の知恵と言う奴は本当らしく、克洋たちが抱えていた疑問の一部はすぐに解消された。
どうやら元来訪者の中には"冒険者ユーリ"の世界観に関する設定厨が居たようで、克洋の知らなかった新情報が続々と出てきたのだ。
「…君たちがこの世界に戻ってきた黒い穴は、十中八九は空間連結だね」
「空間連結? そんな魔法、あったかな…」
「漫画本編にその名称は出てきてないけど、何度かそれの描写はあったよ。 ほら、ザンが何もない所から魔物を呼び出すシーンとか…」
例えば克洋たちを現実世界に戻した黒い穴の正体は、原作にも存在する魔法であった事が判明した。
話によるとこの魔法は魔族にしか使えない超級に属する魔法であり、離れた箇所にある二つの空間を繋ぐ穴を作り出す物らしい。
当然のように距離や穴のサイズが離れる程に、維持に必要な魔力や難易度は上がっていく。
流石の魔族も神の武具の補助が無ければ、あちらの世界と現実世界と言う途方もない距離を繋ぐ事は不可能だった筈だ。
ちなみにこの魔法の設定や詳細は漫画本編には無く、克洋が目を通した事のない何らかの設定資料本で触れられているそうだ。
「後、予想通りあちらの世界は漫画本編、正確には作者の思い描いた世界が展開しているようだ」
「ええ、でも結構、原作に無い展開とかもあったぞ? 椿も普通に出てたし…」
"冒険者ユーリ"は人気作に有りがちな事であるが、漫画だけに収まらずに多数のメディア展開が行われている。
アニメ化や小説化やゲーム化などが行われ、その媒体上で漫画には描写されていない独自の世界が広がっていた。
そして元来訪者たちの話を持ち寄った所、漫画に描かれていないこれらの派生作品でのイベントやらキャラクターやらがあちらの世界にあったらしい。
例えば克洋のパーティーメンバーとなった東の国の武芸者である椿だが、実は彼女は厳密に言えば原作キャラクターでは無い。
彼女は漫画原作のアニメ作品によくある、アニメオリジナルストーリーに出てくるキャラクターなのだ。
漫画本編には登場しないキャラクターである事もあって、彼女はあちらで来訪者たちに変に絡まれてしまいトラブルも発生していた。
「冒険者学校でも、漫画で無かったイベントとかもあったがな…」
「いいよなー、俺も冒険者学校に行けばよかったな。 なぁなぁ、やっぱり実際の王女様は可愛かったのかな?」
「こら、どうでもいい雑談は後でやりなさい!!」
「それにその時はまだユーリたちと絡めて無かったから、完全に蚊帳の外だったけどな…」
ユーリとの絡みが無かった物と、彼らと共に冒険者学校に居た元アーダンはあちらで多数のイベントを目撃していた。
その中には明らかに漫画本編には描写されていない、椿と同様のアニメ独自のイベントが多数あったそうだ。
冒険者学校での学生生活と言う美味しいシチュエーションは、話を作り出すには理想的な環境と言えた。
それ故に"冒険者ユーリ"のアニメ本編では、冒険者学校を舞台にしたオリジナルストーリーが多数存在していた。
アニメの脚本家が独自に考えたアニメオリジナルストーリーが展開している事実は、あちらが漫画作者の考えた世界であるという推論を否定する結果と言えよう。
「否、これまでの話をまとめると、あちらでアニメや小説でのイベントが全て発生している訳では無い。
実際に起きているイベントと起きていないイベント、この二つの違いは明確に存在するんだよ」
「何が違うって言うんだ?」
「あちらの世界で起きている漫画本編には無い描写、それらは全て漫画作者が実際に監修しているオリジナルストーリー展開なんだよ」
「なっ!?」
「例えば椿、彼女のデザインや設定は作者がアニメ関係者に提供した物らしい。 名前こそ出していないが、漫画本編の最後の方でモブとして逆輸入されているしね…。
話に出てきた他の実際に行われたというアニメオリジナルストーリーも、全て何らかの形で作者が関わっている物だ。
そして逆を言えば、同じアニメオリジナルストーリーでも作者が関わっていないイベントは全く起きていないんだよ!!」
しかし何時の間にか会議室の中央に立ちながら語り始めていた例の設定厨は、あちらの世界はあくまで漫画本編の作者の考えた世界であると断言する。
その理由とは実際にあちらの世界で展開されたイベントは、大なり小なり漫画本編の作者が関わっている物であるからだ。
此処まではっきりと言えるということは、この設定厨は漫画本編だけに留まらずにアニメなどのメディア展開した媒体も全て精通しているのだろう。
「…何でそんな細かい情報まで、即座に出てくるんだよ」
「気持ち悪い…」
確かに凄いことであるのだが、今の話題は"冒険者ユーリ"という少年漫画の話題である。
これが何らかの学術的な事柄であるなら別だが、漫画の設定に精通している事実ではどうしても尊敬の念を懐き難い。
会議室の中央で自信満々に語る設定厨の姿、明らかに運動とは縁の無い生白い細身の体に黒縁眼鏡という典型的な人物像だった事もあって尊敬とは真逆の念が出てきたのだろう。。
あちらの世界に関する重要な推測が出てきたにも関わらず、思わず身も蓋もない感想を漏らしてしまう克洋と美子の兄妹であった。