14. 帰郷
来訪者から回収した神の武具が一つ、神の剣はこの世界の主人公の手へと渡った。
原作はこの剣を操る魔族と死闘を繰り広げ、その内に秘めた人と魔の力によってそれを打倒したユーリ。
本来であればそれに立ち向かう筈だった伝説の剣を手に入れたことは、この世界が原作と異なる道を進んでいることを示す証拠であろう。
「神の剣、お兄様の所有する神の書と同じ、神の武具と呼ばれる業物ですよ。 良かったですね、お兄様とお揃いですよ、ユーリ様」
「…分かるよ、なんだかよくわからないけど、これが凄いのが分かる。 兄ちゃんと同じ…、神の武具」
「おいお、何で神の剣なんて代物を持っている奴が、俺たちを襲ってきたんだよ!?」
神の武具に欠片も興味を持たない那由多は、この場で唯一これを使いこなせる人材にそれを継承させた。
火を司る神の武具が一つ、神の剣の副次的機能である魔法効果の増幅機能だけならば、魔法の心得があれば誰でも利用できるだろう。
しかし有象無象の輩には、神の武具の真の力も言える神器の召喚を行うための魔力を賄えないのである。
克洋の魔力量は並程度のレベルであるが、神器召喚に必要な魔力量を考えれば殆の冒険者は論外と言えるほどの魔力が必要とされた。
これを賄うには人類最高の魔法使いであるフリーダ、生きた魔力タンクというべきティル、そして人と魔の血を受け継ぐユーリくらいだ。
事実上、克洋専属も魔力タンクとなっているティルを除けば、この場で神の剣を託せる者はユーリくらしか居ないのだ。
「そんな事は言いから、早くカツヒロさんの所に行こう! 早く、早く!!」
「どうしたのですか、ティル様? 少し様子がおかしいようですが…」
「さっきからカツヒロさんが私の魔力を凄く使ってるの、きっとあの人の元で何かが起きているの。
それに嫌な予感がするの…、カツヒロさんが何処か遠くへ行っちゃうような…」
迫りくるキマイラたち、そして神の剣を持つ来訪者を撃破したユーリたちの間に気が緩みが見えていた。
しかしその中で一人、何故か青ざめた表情をしながら克洋の元へ行こうと訴える少女の姿がそこにあった。
魔力パスによって克洋と繋がっているティルは、それを通すことで克洋の身に何か起きていることを漠然と理解しているらしい。
ティルは一刻も早く克洋の元に向かおうと、ユーリたちに向かって大声で繰り返し訴えてくる。
「まあ神の剣の話もありますし、そろそろお兄様と合流でもしましょうか」
「ああ、そうだな。 よし、みんなで兄ちゃんの所で…」
ティルに言われるまでも無く、那由多は克洋の元へと向かうつもりであった。
この場にあの魔族が現れなかったということは、あれば克洋の元に向かった可能性が十分に考えられる。
実際にティルの魔力を使っているということは克洋が神の書を行使していることに他ならず、それを使っている相手がザンである可能性は高い。
ユーリにしても冒険者として尊敬している克洋の元へ向かうことに異論は無いらしく、彼らの方針は克洋の元に向かうことで一致していた。
「駄目、それじゃあ、間に合わない! お願い、たつお! カツヒロさんの所へ連れて行って!!」
「グラァァァ!!」
「ティル様!?」
しかし残念ながらティルは出来るだけ早く、克洋の元へと向かいたいのだ。
何かに突き動かされるようにティルは同じく克洋と繋がりを持つ彼の使役魔物、ドラゴンのたつおの体へとしがみ付く。
ティルと同様にたつおもまた何か感じるものがあるのか、ドラゴンは言われるがままに少女を載せて上空へと舞い上がる。
そしてユーリたちがティルの暴走に唖然とする中、たつおに乗ったティルは一心不乱に魔力パスの気配を辿りながら克洋の元へと飛んでいった。
それはまさに遊ばれていると言っていい状況であった。
大地の力を支配できる神の武具が一つ、神の斧を操るザンの前に克洋たちはいいように翻弄されている。
四方八方から押し寄せてくる土の壁、それはさながら陸の津波というべき非常識な光景だった。
まるで地震のように土揺れを起こしながら迫る土津波、対処しなければ克洋たちの生き埋めは確実だろう。
「風刃裂波! 風刃裂波!! くそっ、何時まで続くんだよ!!
ティルのお蔭で魔力は何とかなるけど、このままだと持たないぞ…」
「克洋、そろそろ付与が切れるでござる! 早く掛け直さないと…」
神の武具には神の武具、克洋たちは迫り来る土津波の前に風の弾幕によって凌ぐしか無い。
この一年で克洋が頑張って覚えた中級の攻撃魔法、神の書で極限まで強化された巨大な風の刃は土津波を弾き飛ばす。
克洋が撃ち漏らした土津波の生き残りは、同じく克洋の風刃付与によって形成された巨大な刀を振るう椿によって除去される。
本来の克洋の魔力であれば神の書によって強化された魔法一回で枯渇寸前の状態になるが、今の彼にはパスを結んでいる生きた魔力タンクと言うべき少女が居る。
ティルから供給された魔力によって神の書の連続行使が可能となり、克洋たちはどうにかザンの猛攻に耐えていた。
「もういい、我々を見捨てて逃げるんだ…。 君たちが犠牲になることは…」
「ああ、そんな後味が悪いこと出来るわけ無いだろうが!! くそっ、もう一丁、風刃裂波!!」
「東の国の武芸者が魔族に背を向けられんでござる! せめて一太刀でも入れられ無ければ、ご先祖様に申し訳がたたん!!」
この場に居るのが克洋と椿だけであれば、克洋の転移魔法で逃げるのが一番良い選択であろう。
しかしこの場には先程まで人型キマイラと戦っていた冒険者たちも残っており、彼らを置いて逃げるのは心情的に忍びない。
ある程度この世界に慣れたとは言え、その根っこには善良でお人好しな現代日本人の感覚がしっかりと残っている克洋。
魔族に対して先祖代々の恨みを受け継ぐ、生粋の東の国の人間である椿は感情的な理由で最善の選択肢を選べないでいた。
「いっそ神器を出すか!? いや、そんなことをしても巨大ロボット大戦になるだけだし…」
「やれやれ、こんな物か。 一応はそれなりに神の書を使えているが、些か期待外れだな…
「何だと!? って、あれ…」
「…攻撃が収まった?」
こちらをけなしているとも言えるザンの言葉に怒りを顕にする克洋であるが、突然の状況の変化にその怒りはすぐに忘れされてしまう。
何と先程まで絶え間なく襲いかかった土津波がぴたりと止まり、地揺れも無くなったでは無いか。
まるで長い航海を経て地上に戻ってきた海人のように、克洋は地揺れしない地上に違和感を覚えてしまう。
「ついに音を上げたでござるな!? 魔族、その首は拙者貰い受け…、あっ!?」
「椿!?」
「安心したまえ、少し黙って貰っただけだよ。 ふっ、感情的な人間ほど、扱うのは容易いものさ。
君の妹を騙る彼女と違って、この子は些か精神修行が足りないようだね…」
土津波が止まった事を好機と捉えた椿は、即座に魔族の元へと突撃を試みようとする。
しかし椿の視線の先には先程までそこに居た筈のザンの姿が見えず、次の瞬間に彼女の視界は真っ黒になってしまう。
何時の間にか椿の背後まで跳んだザンが何かをしたらしく、克洋は呆然と後ろから椿の頭を掴むザンの姿を見つめる。
「…ああ、君たちも邪魔だよ。 少し眠っててくれ」
「なっ、体が…」
「あ…」
「そんな…」
そして椿から手を離したザンは克洋たちの方に手を伸ばした次の瞬間、克洋の体は金縛りにあったかのように固まってしまう。
背後からは他の冒険者たちが地面に倒れる音も聞こえ、恐らくこの場に意識がある者は克洋とザンだけになったようだ。
神の武具によって強化される魔法は何も攻撃魔法だけでは無い、魔法の申し子というべき魔族がそれを使えばこのような芸当も朝飯前なのだろう。
「…一体何をする気だ?」
「予定変更だよ。 残念ながら神の武具は全て揃わなかった、だからセカンドプランに移行することにしたんだ。
些か博打要素が強いこの手は、出来るならば使いたく無かったんだけどね…」
「セカンドプラン? それは一体…」
他の人間を排除してまで自分と二人切りの状況を作ったザンが、克洋に何か用があることは明白だろう。
体を縛られている状況で唯一自由になっている顔を動かし、克洋は目の前の魔族の目的を尋ねる。
それに対してザンはまるで友人と話しているかのような気楽な態度で、訳のわからない事を口にしてきた。
恐らく克洋に対する答えというよりは自問自答に近い言葉であったが、少なくともザンは現状を見て何らかの行動方針の変更をしようと言う事だけは解った。
そして徐に掌を克洋の前方の空間に向けたザン、次の瞬間に何もなかった筈の空間が闇に染まった。
「残念ながら君以上に最適な人間は居なくてね、不安はあるけどこの世界の命運を君に託すしか無いようだ。
ああ、これは僕が預かっておくら、ちゃんと取りに来てくれよ」
「おい、お前は本当に何を…!? ああっ…」
「"アーカイブ"を見つけろ、そして世界の真実を土産に帰ってくるんだ」
「………カツヒロさぁぁぁぁぁんっ!!」
そこから先の克洋の記憶は曖昧だった。
ザンが克洋の目の前に作り出した奥が見通せない程に深く黒い穴、その穴に吸い込まれていく自分、その最中に空から聞こえてきた自分の名を呼ぶ声。
そしてたつおの背から飛び降りてきたティルと共に、克洋の黒い穴に吸い込まれて消えたのだった。
"家"と言う言葉を聞いて、人は何を思い浮かべるだろう。
仮に克洋がユーリたちの世界で十年や二十年もの月日を過ごしていれば、彼に取っての家はあの世界の何処かに存在していただろう。
仮に克洋が現実世界で一人暮らしを初めて何年も経っていたら、彼に取っての家は自分だけの城と言うべきアパートの一室となっていだろう。
しかしまだユーリたちの世界に染まるほどの長い時間が経っておらず、現実世界で一人暮らしを初めて一年そこそこである。
そんな克洋に取って"家"と聞かれれば、素直に自分が18年間生活をしていた実家の姿を浮かべるに違いない。
「"っ!? 此処は…。 そうだ、ザンは!? 椿たちは大丈夫なのか…、へっ?」」
「"…カツ、ヒロ、ぁぁん"」
「道路…、お隣さんの家…、そして俺の家…?」
目が覚めた克洋が最初に感じたのはひんやりとした硬い感触、ただの土とはは明らかに異なる地面である。
その感触に違和感を覚えながら克洋は、意識を失う寸前の記憶を蘇らせて体を起こしながら周囲の状況を探った。
足元にはユーリたちの世界では絶対に見られないアスファルト舗装の道路、右を見ればそれなりに近所付き合いもあったお隣さんの家屋。
そして克洋は目の前に建つ平凡な二階建ての住居を見て、自分が今居る場所が何処であるかを完全に理解してしまう。
慌てて自分の体を見ればそこにはユーリたちの村の住民から貰った竜鱗の軽鎧、腰にはメアリの村から持った刀。
何より彼の側に譫言で自分の名前を呟きながら未だに意識を失っている、ティルの姿が確かに存在するのである。
こうして克洋は本人が意図せぬまま、数年振りにホームへと帰ってきたのだ。
懐かしの現実世界へと…。
急ぎ足でしたがとりあえず、現実世界編まで話を持ってこれました…。
この章の話も次から後半戦です。
平成が終わる前にもう一回くらい更新したいと思っているので、よろしく。
では。