6. 仲裁
魔法、"冒険者ユーリ"のようなファンタジー世界においては必ず存在するであろう超常的な技能である。
それは現代社会での常識では考えられない結果を生み出す、洒落では無いがまさに魔法のような力である。
この"冒険者ユーリ"の世界において魔法は、この世界の住人なら誰もが持っている魔力を持って世界に干渉することで発動するとされている。
そして人間が扱う事の出来る魔法には、初級・中級・上級と三つランクが定められていた。
ランクが大きい魔法ほどより世界に大きな干渉を促し、より大きな結果を生み出す。
当然のようにランクが大きければ大きいほど、習得難易度を難しくなる。
この世界の常識として人間には上級以上の魔法、つまりはある一定以上の世界への干渉は出来ないとされていた。
上級を超えた魔法を扱える存在は人類の害敵である魔族だけで有り、人類は魔法の力比べにおいては魔族に決して勝つことが出来ないのだ。
そして克洋が那由多と共に会いに来たフリーダと言う女性は、この世界における最高峰の魔法のスペシャリストであった。
勇者ヨハンと共に魔王を討伐した偉大な冒険者、彼女のことを人々は大魔法使いと称えた。
森の出口付近で克洋は那由多と共に、目の前で繰り広げられているド派手な魔法合戦を眺めていた。
フリーダが手に持った杖から火炎爆裂球を何発も繰り出し、現実世界からの来訪してきたらしい男が負けじと風を操って火炎球を迎撃する。
克洋のお仲間らしき来訪者と、原作キャラクターであるフリーダとの全力バトル。
見るからに関わりたくない状況に、克洋は無言で転移魔法を発動させて離脱しようと考えていた。
しかしその内心を察知したらしい那由多が、克洋の肩に手を置いて逃すまいとする。
恐る恐る那由多の様子を伺うと、彼女は克洋を見据えながら楚々とした笑みを浮かべた。
克洋は抗議の意味を込めて顰め面を見せるが、那由多はその心情に意を介さず微笑み返すだけであった。
お嬢様の無言の圧力に完敗した克洋は肩から那由多の手を払い、憂鬱そうな顔で転移魔法を使った。
転移する場所は勿論、あの戦場の中心である。
克洋は離脱するのでは無く、両者の戦いを止めるために転移魔法を発動させたのだ。
「ちょっと待ったぁぁぁっ!!」
「移魔法魔法!? また変なのが…」
「"事情は解らないけど待ってくれ! 少し俺と話をしてくれないか?"」
「"日本語!? なんで俺の言葉が…"」
来訪者とマリーダの間に跳んできた克洋の存在に、両者は驚きの表情を浮かべる。
克洋は早口にマリーダと来訪者に向かって、それぞれに別の言語を使って戦いを止めるようにお願いする。
もし両者が克洋を無視して魔法合戦を始めたら、その間に居る克洋が巻き込まれるのは明白なので克洋は声を張り上げながら必死に戦いを止めようとする。。
克洋はマリーダに対してこの世界で使用されている統一語、来訪者には日本語で語りかけた。
両者とも話が通じる存在が出てきた事で、とりあえず矛を収めてくれたようである。
特にこの世界に来て初めて自分以外の日本語を聞いた勇人は、まさに驚愕と行った表情を浮かべていた。
「"俺は克洋! 多分、お前と同じ世界から来た人間だ!!"」
「"なっ!? …嘘だろう、俺の他にこの世界に来ている奴が居たのか?"」
久しぶりに日本語の会話が出来た勇人は、此処で初めてこの世界に自分以外に現実世界からやって来た者が存在した事を知る。
自分だけが選ばれた存在で無かい事を知った勇人は、複雑そうな表情を浮かべた。
「"お前、さっきにフリーダと会話していたな…、何で言葉が…。"」
「"ああ、俺が貰った能力の一つ。 この世界で読み書きや会話、ついでに本とかも問題無く読めるようにして貰ったんだよ…"」
「"それは…"」
「"その反応を見ると、やっぱりこの世界で日本語は通じなかったのか。 よかった、一応言葉に関する能力を貰っておいて…"」
実は克洋はこの世界に来訪する際に移魔法とは別に、コミュニケーションに関するもう一つの能力を授かっていた。
"冒険者ユーリ"での原作の描写から、克洋はこの世界で使用されている言語は日本語とは全く異なっている事に気付いたのだ。
授かった能力の効果は絶大だった、例えば克洋としてはフリーダと克洋に対してもどちらにも同じように喋っているつもりなのである。
しかしフリーダに対して放たれた言葉は、自動で克洋が知る筈も無いこの世界で使用される統一語に変換されていた。
そして勇人に対して放たれた言葉は、克洋が日常的に使用していた日本語となっていたのだ。
聞き取りの方もフリーダや那由多が話す統一語の内容を、克洋は何の苦も無く自然に理解する事が出来た。
このように能力の恩恵によって克洋は、勇人のような苦境に遭うことは無かったようだ。
克洋の登場によって勇人の戦意は見る見る萎んでいく、この様子では再びフリーダに襲いかかる事は無いだろう。
どうにかこの場での戦闘を収めることが出来たらしい克洋は、安心したのか表情を緩めて一息付いた。
「おい、お前はこいつの言葉が解るのか? もしかしてこいつの仲間か…」
「いえ、全然初対面です! けどこいつと俺は解りやすく言えば、同じ国の生まれでして…」
「ならこいつから、何で私を襲ったか聞き出せ! この男は、いきなり私に魔法を放ったんだぞ」
しかしこの場にもう一人の当事者であるフリーダが居り、完全に被害者である彼女は現在の状況に全く納得していなかった。
フリーダは話が通じるらしい克洋に対して、苛立たし気に事情説明を求める。
何時の間にか杖をこちらに向けているフリーダ、克洋が少しでも対応を間違えばあの巨大な火の玉がこちらに降ってくるのだろう。
克洋は再び表情を引き締めながら、恐る恐るフリーダに対してこちらの事情を明かし始める。
フリーダの視点から見たら、勇人の存在は理解不能な言語で喚きながら自分に襲いかかってきた狂人でしか無い。
そしていきなり移魔法を使って現れた克洋も、決してすぐに信用出来る相手では無いだろう。
しかし少なくとも克洋の方はフリーダとコミュニケーションを取ることが出来ており、今のところ危険な行動を取る様子は無い。
二人の来訪者の動きを警戒しながら、フリーダは話の通じる克洋に対して勇人の暴走の原因を聞き出そうとする。
「"ええーっと、何でこの人を襲ったんだ? 何か訳でもあったのか?"」
「"フリーダなら俺の言葉を理解してくれると思ったんだよ。 他の人間なら兎も角、フリーダならに解ってくれると思ったのに…"
"それで言葉が通じなくても、俺の力を見せれば何とかなると思って…"」
「"おいおい、それは無茶だろう…。 力を見せるって、強盗とかじゃ無いんだから…"」
克洋としてもこの名も知らぬ来訪者が、フリーダと戦っている理由に興味はあった。
フリーダの要望も有り、克洋は勇人に対して事情を尋ねた。
その問い勇人は克洋から視線を逸らして俯きながら、ボソボソと言い訳がましい言葉を吐いた。
克洋と言うコミュニケーション可能な人間が現れた事で頭が冷えた勇人は、自分が馬鹿な行動をしていた事に気づいたのだろう。
言うなれば八つ当たりでフリーダを襲ったと言う勇人に対して、克洋は見るからに呆れたと言う表情を見せた。
完全な逆恨みによって襲われたと聞いて、フリーダが一体どのような反応を見せるだろうか想像も付かない。
克洋は勇人から聞かされた話を、そのままフリーダに話すべきか悩んでしまう。
勇人と克洋が会話を終えて無言となり、何時迄も口を開かない克洋に対して明らかにフリーダは苛立っている様子だった。
徐々に期限が悪くなるフリーダの気配に気が付いた克洋は、上手く伝説の魔法使いを言いくるめる方法を考えていた。
そして思考の海に没頭している間に、何時の間にかこの場に先ほどまで居なかった人物が居ることに克洋は気付く事になる。
「…んっ!? お前、何時の間に…」
「ご苦労さまです、お兄様。 どうやら上手くこの騒ぎを収めてくれたようですね。
それであの方は、お兄様のお仲間で間違い無いのですか?」
「ああ、そうっぽい…。 とりあえず最初に此処に来たのは正解だった見たいだったなー」
「何だ、また来客か? 今日は客が多い日だな…」
「私は那由多と申します。 フリーダ様、以後お見知り置きを…」
「"なっ!? 那由多だと!?"」
克洋の介入で戦いが収まった事を確認した那由多が、何時の間にか克洋の側に現れていたのだ。
フリーダはまた知らない人間が来たのかと、胡乱げな視線で那由多の姿を捕えた。
そして"冒険者ユーリ"の原作を知っている勇人は、当然のように那由多の姿に既視感を覚えていた。
那由多が自らの名を明かしたことにより、勇人はこの少女があの原作キャラクターである事を理解する。
どうやら突如現れたこの男は、那由多と知り合いであるらしい。
原作のキャラクターと親しげに話をする克洋、その姿は勇人が望んでいた物であった。
自分が言葉に苦労して惨めな目にあっている間にこの男は那由多と交流を深め、姿格好もファンタジー風の衣装に身にまとってすっかりこの世界に溶け込んでいる有様だ。
何故その位置に自分が居ないのか、何故自分がこんな苦労をしているのか。
持つ者と持たざる者。
この世界に訪れてからまだ何にも成していない勇人に取って、原作キャラクターである那由多と親しげに話している克洋の姿はそれだけで勇人の心を苛立たさせる。
己と克洋の現状の格差を見せつけられた勇人の中に、再び黒い情念が積み重なっていた。
「"いいよな、俺と違ってお前は自由にこの世界の人たちと会話できて…。
"もう那由多なんて言う原作キャラと一緒に居るしさ…"」
「"いや、那由多の件は不幸な偶然が重なっただけだっけ"。 こちらとしてはいい迷惑だよ…"
"なあ、いっその事、あんたこの人斬り娘を引き取って…"」
勇人が同じ来訪者として原作のキャラクターと接触している自分を羨む気持ちは解るが、克洋に取っては不幸なイベントでしか無かった。
克洋は半ば本気で、勇人にこの危険な人斬り娘を引き取る事を提案しようとしてしていた。
先ほどの戦いを見た所、勇人の能力はフリーダとやりあえる程の戦闘向けな物である。
逃走専用の能力しか備えていない克洋よりは、この人斬りの少女とお似合いであろう。しかし克洋の提案は、勇人の耳に届く事は無かった。
「"何で俺以外にお前のような奴が居るんだよ。 本当ならお前のポジションに俺が居る筈だったんだ…"
"…邪魔だよ、お前"」
「へっ…」
次の瞬間、克洋は少し前に感じた世界が遠くなる感覚を覚えた。
当然のように今回も世界が遠のいたのでは無く、克洋の体が移動したのだ。
そして先ほどまで克洋の体があった場所には、凄まじい風の渦が湧き上がっているでは無いか。
致死攻撃に対するオート回避が発動したという事は、あの場に克洋が居たらあれに殺されていたのだろう。
確かにあんな風に晒されたら、克洋の体はずたずたに切り裂かれていたに違いない。
先ほどまで下を俯いていた勇人が、いきなり顔を上げて克洋を見据える。
その瞳はフリーダに襲いかかってきた時以上の狂気に支配されており、親の仇でも見るかのように克洋を睨みつけていた。
「"うわっ!? こ、殺す気か!"」
「"ああ、死ねっ! この世界に俺意外に特別な人間は要らない! そうさ、俺が、俺だけが特別な存在に…"」
「あら、交渉失敗ですか、お兄様?」
「おい、結局どうなった!?」
「駄目です、こいつ全然俺の話を聞いてくれない。 何なんだよ、畜生!!」
ワンテンポ遅れで状況を理解した克洋は、殺人を企てた勇人に苦言を呈する。
しかし勇人は聞く耳持たぬと言った様子で、克洋に対する恨み言を呟きながら右手に持っていた本を広げる。
勇人の持つ本は先程以上に激しい光を放ち、狂気の笑みに染まった勇人を照らした。