3. 密会
言うなれば既に攻略済みのダンジョンを攻略するために一年を費やした克洋は、憂鬱そうな表情でユーリたちの待つ冒険者学校へと向かっていた。
克洋はこの一年で飼い主を載せて飛べる程に成長した自然種のドラゴン、たつおの背に乗って空の旅を満喫している。。
高い金を払って鞍を付けて貰っており、飛行中の竜は普通の馬のような上下運動も殆ど無いので乗り心地は悪くない。
加えて克洋の周囲に風よけが張られているので、本来は凍える程であろう上空の寒さなども殆ど感じない。
この風よけはたつおの能力である、どうやら主人を通して神の書の影響を受けたらしくこの竜は風を操るのが得意になったらしい。
魔物、特に自然種のそれは魔力の影響を受けやすいらしく、常日頃から風属性の神の武具なんて物の近くで生活していらこのようになるのは当然の流れであった。
「ああ…、どうしよう…。 ザンの奴になんて言い訳をすれば…。 利用価値なしとして、殺されるんじゃないか、俺!?
そうだ、ザンの方も探索に失敗しいればおあいこじゃ無いか…。 そうだよ、一年程度で神の武具を集めるなんて土台無理だったんだよ。 きっとあっちも失敗しているに違いない、うん」
「グルッ?」
「…そういえば、久し振りに那由多とも顔を合わすじゃないか!? やばい、ちゃんとザンとの関係を隠し通せるかな…」
周りに人が居なくなった事をいい事に、克洋は人には言えない秘密の愚痴を思う存分行っている。
実は一年前にザンと密約を交わし、協力関係を結んでいる克洋は協力者との約束を守れなかった事を酷く気に病んでいた。
"奴"との最終決戦に備えて神の武具を揃える、それが一年前にザンと取り決めた方針だったのだ。
しかし結果はご覧の通りの有様であり、今の克洋にはザンの方も神の武具の取得に失敗していることを願う事しか出来ない。
そして彼の妹となっている少女とザンの関係を今更思い出した克洋は、神の武具探索を理由に接触を断っていた那由多との再開も懸念事項に上がっていた。
仮に自分とザンの密約を知られでもしたら、あの危険な妹様は容赦なく克洋にその刃を向けるに違いないだろう。
そんな風に自分の背の上で悶える主人の感情をパスを通して察したたつおは、不思議そうに主人の様子を伺っていた。
一年前のあの日、宿屋での邂逅を経て克洋はザンの目的を知ることが出来た。
最もそれは"冒険者ユーリ"の原作と変わりない物であり、単にやり方が原作と変わっただけの物だったのだ。
"システム"、言うなれば原作の冒険者ユーリのラスボスの打倒がこの魔族の少年の目的である。
その名前の通り"システム"とは、"冒険者ユーリ"の世界を存続するために古代の人間が作り出した機構だ。
かつて繁栄を極めた古代の文明、今では神話の時代となっている遥か昔の事である。
詳細は分からないが古代人たちはその行き過ぎた文明の発展により、一度世界を滅ぼしかけたらしい。
辛うじて世界の滅亡は回避できたが、古代人たちはその文明レベルを維持できない程に衰退してしまった。
その反省を生かして彼らは世界に生き残った僅かな人類たちが、自分たちと同じ過ちを侵さないようにするための"システム"を作り上げたのだ。
「過ぎたるは及ばざるが如し、ってのは分からなくは無い。 けれどもこの"システム"のやり方は、極端すぎるよね」
「人類の間引き…」
「正解、やはり一通りの知識は持っているか」
「そっちもな…、まあこの辺はお前たち魔族の一般常識だろう」
克洋とザンは互いの持つ知識の程度を見定めるため、自然とシステムの概要について話し始めていた。
文明の発展には人口の数に比例する、人々の生活が安定すればするほどに文明は進歩を見せるだろう。
それならば文明を停滞させる方法は簡単である、人類の人口を一定上増やさなければいいのだ。
人類の間引き、それがこの世界を存続させるために"システム"に課せられた役割なのである。
「"システム"は人類を適度に間引く存在として、まずは自然種の魔物に改造を施した。 そして誕生したのが人類の敵対的存在である、新製種の魔物なんだ。
初めの頃は新製種の魔物は人類の天敵として十分に働き、人類の増加を規定内に収めていた。 しかし人類は魔物に対抗できるまで力を付けてしまった…」
「今で言う冒険者の走りだね…」
「"システム"は新製種の魔物に変わる、新しい人類を間引くための手段が必要になった。 そのために生み出されたのが魔族、つまりあんたたちの事さ」
「酷い話と思わないかい、奴らは僕たちを永遠の負け犬として生み出したんだ」
魔族の使命は人類を適度に間引くことであり、逆を言えばそれ以上の事は許されていない。
彼らは生みの親である"システム"に命じられるまま、定期的に人類の領域へと侵入して人間を間引いていく。
世界征服と言う表向きの理由を掲げながら魔族たちには一定数以上の人間を間引ことしか許されておらず、彼らが人類に勝利することは決して有り得ないのだ。
そんな魔族の不遇な状況に立ち向かうため、ザンの姉である今代の魔王は人類の勇者と共にシステムへ反乱を企てたのである。
ザンは人と魔族が争わなければならない世界の状況を覆すため、原作でもシステム打倒を目論んであのような暗躍をしていた。
システムの管理下にある人類とシステムによって作り出された魔族では、絶対的な存在であるシステムを超えることは不可能である。
それは暗黒大陸で密かにシステムへ反抗し、劣勢となっている勇者と魔王と言う人と魔の最強戦力が証明していた。
しかし本来なら相反する人と魔の力が合わさった、魔人の力を持つユーリならば希望を見出せるかもしれない。
そのために原作のザンは人類に敵対する魔族という役割を演じながら、その実はユーリの成長を促すために動いていたのである。
「お前、やっぱり原作の知識を…。 お前はザンなのか、それとも…」
「どちらでもいいさ、僕は僕だ。 そして僕は魔族の呪われた運命を壊して見せる、どんな事をしてもね。
確かにあの少年、ユーリを使えばシステムを倒すことは可能だろう。 しかしそれには犠牲が大きすぎる…」
一年前、あの宿屋でのザンとの密会は結果的に有意義な物であった。
理由が分からないが原作の知識を知っているらしいザンは、ビターエンドと言うべき原作の結末に不満を覚えたらしい。
原作ではラスボスであるシステムを倒したといえ、詳細な描写は無かった恐らく人類も魔族も半壊する程の損害だったろう。
ユーリという切り札だけに頼る方法では、決して明るい未来をつかめないことをザンは把握していたのだ。
そして彼が見出したもう一つの可能性、それが神の武具であったらしい。
「とりあえず君の言う原作とやらの流れで動いてみたら、僕は君というイレギュラーの存在を知った。
行方知らずだった神の武具を持つ、とっておきのイレギュラーにね」
「っ!? ユーリの村を襲ったときに、既に神の書の存在に気付いていたのか?」
「実はあの時、既に僕は神の剣を入手していてね。 目と鼻の先にあるそれと同質の気配を見逃す訳無いだろう?
そして神の武具の切り札である神器を確認できた、これでこの世界に神の武具が少なくとも二振り現存することになる。
これだけではまだ足りないが、残りの神の武具も揃えられれば…」
直接顔は合わせていないが、確かにユーリの村の襲撃時にこの二人は近い場所に居た。
そして克洋はそこで神の書の力を使用しており、どうやらザンはその時の神の書の気配を感知していたらしい。
加えて先の古代龍という過剰戦力の襲撃は、神の書の力を確かめるためにザンがアレンジをしたイベントのようだ
原作でユーリが魔人化の力を得るために挑んだ古代龍であれば、原作最終期のユーリクラスの戦力を求めているザンには良い試金石となろう。
原作に沿うように見せながら、その実は遙か先を見た別の思惑を持って動いていたザンの暗躍は克洋の心胆を寒からしめた。




