39. 提案
空中で起きた凄まじい爆発によって、空は瞬間的に炎色に染め上がった。
爆発によって生じた煙が雷雲の如く舞い上がり、ユーリたちから空の景色を奪ってしまう。
この今まで最大の爆発は、ユーリたちに神と神との戦いの決着が近いことを教える事となる。
地上で戦いを見守ることしか出来ないユーリたちは、ただただ克洋が無事に帰還することを願っていた。
やがて空から聞こえてきた戦闘音が消え去り、空に浮かんでいた二つの点が何時の間にか一つに減ってしまう。
そして残った一つの点、古代龍がユーリたちの待つ地上へと降りてくる光景が視界に入ってきたのだ。
「古代龍!? あれが降りてくるって事は、まさか克洋の兄ちゃんは…」
「嫌、違う。 あれに乗っている奴の顔を見てみろ!!」
古代龍の姿が見えたユーリたちは、神器を駆る克洋の敗北を予期する。
あの偉大な龍に対抗出来る唯一の手段であった神器が破れてしまっては、最早ユーリたちに抗う術は無いだろう。
ユーリたちの胸の内に絶望が湧き上がり、死を恐怖して涙目になっている者も居た。
しかし段々と古代龍が地上へ近付いてき、その頭上に居る人物の姿がはっきり見えてきた所でそれが勘違いであったと気付かされた。
古代龍の頭上に居る人物は、自分たちのよく知る克洋その人であったのだ。
「おーい、勝ったぞぉぉぉぉっ!!」
「カツヒロさん、カツヒロさんが手を降ってる!!」
「お兄様も頑張ったようですねー」
「ははは、やったね、たつお。 お兄さんが勝ったよ」
「ギュィィィ!!」
笑顔を見せながら手を振る克洋の姿に、地上の人間たちは克洋の勝利した事を理解する。
互いに笑みを浮かべながらユーリたちは、今回の処理の立役者を出迎えようと騒ぎ出した。
彼らの視線の先には疲れた顔をしながらも笑みを浮かべ、ユーリたちに応えるように力強く片腕を上げる克洋の姿があった。
「やれやれ、どうにか上手くいったようだね…」
「お、お父様?」
「ふん、漸くご到着か。 重役出勤も良いところだなー、ルーベルト」
「すまない、あの奇妙な魔物の掃討に手間取ってな…。
とりあえる粗方は片付ける事は出来たが、一体生徒たちにどれだけ被害が出ているか…」
そして丁度全てが終わったタイミングで、伝説の戦士ルーベルトがこの場に姿を見せた。
現役時代に使用していた銀色に輝く鎧に身を包み、大振りの剣を腰に佩いたルーベルトはフリーダの横に並び立つ。
どうやらルーベルトは生徒の安全を守るために、人知れずこの周囲に放たれたキマイラの討伐に精を出していたらしい。
冒険者学校の関係者を率いて陣頭指揮を取っていたルーベルトは、驚くべきことにこの短時間でキマイラの排除に成功したようだ。
しかしルーベルトが肝心の場面で役に立たなかった事は否めず、元仲間の嫌味に対して苦笑いで応じることしか出来なかった。
原作と大きく食い違った展開となったが、とりあえず冒険者学校一年目の進級試験は幕を閉じた。
キマイラや古代龍と言うイレギュラーは発生したが、最終的に原作より良い方向に進んだ事だろう。
何しろ原作ではイルゼを含んだユーリの同級生たちが少なからず犠牲になった事に対して、今回は奇跡的に犠牲者ゼロと言う結果になったのだ。
克洋が促した情報を信じて事前にルーベルトが配置していた人材が、迅速に生徒たちを救出に動いた事が功を奏したのである。
そして今回の進級試験を経て、克洋たちに思わぬ報酬を手に入れることになった。
「…人の子よ、時が来たら我が必ず力を貸そう」
これは克洋を地上に下ろした後、住処へと戻ろうとする古代龍が残した去り際の言葉だ。
健児が消えた事によって自由を取り戻したる古代龍は、思念波を通して克洋に神器を降りて自分の頭の上に乗るように呼びかけた。
そこで勇気を出して古代龍に乗った克洋は、地上へ向かう短い間に偉大な龍と貴重な話をする事が出来たのだ。
古代龍は意外に好奇心が旺盛で、克洋はこのドラゴンは色々な話をした。
"冒険者ユーリ"の原作のこと、神器のこと、克洋の元居た現実世界のこと、そしてあの場に居た自然種のドラゴンの子供のこと。
同族故の興味からか古代龍は特に、克洋の使役魔物であるたつおに非常に興味を持ったらしい。
それは先程まで健児に強制的に使役されていた事もあり、自分の遠い子孫とも言えるたつおに何かあったら容赦しないと脅しの言葉を頂いてしまう程だ。
そして助けられた恩を忘れない偉大な龍は、最後に克洋への協力を約束して姿を消したのである。
「兄ちゃん、兄ちゃん。 すげーよ、あんなでっかいドラゴンと戦うなんてさ!!」
「こら、ユーリ! 克洋さんは疲れているのよ、あんまり迷惑を掛けないように…」
「そ、それが神の書ですか!? うわっ、売ったら幾らくらいするんだろう…」
「お兄様、今回はご苦労様です。 どうやらお兄様にも自慢できる特技が出来たようですねー。
次にあのようなデカブツが現れたら、その時はよろしくお願いしますわ」
「次なんか有るかよ! こんな事は二度と御免だらな!!」
「だ、大丈夫です。 わ、私とカツヒロさんが力を合わせれば、どんな相手でも敵じゃ有りません!!」
「おい、愚図愚図するな! 今日中に下山して学校の方に戻るんだからな、早くしろ!!」
長い一日が終わった。
古代龍は開放され、周辺一体に放たれたキマイラたちも全て排除された。
一応の危険は全て排除されたが、最早進級試験など行っている状況では無く此処に残る意味も無い。
他の生徒たちもルーベルトが連れてきた者たちの指示に従い、ユーリたちと同じように山を降りている事だろう。
危険が去ったことで騒ぎ出した子供たちを一喝し、フリーダの先導の元ユーリたちは誰一人欠けること無く冒険者学校へと戻っていく。
原作におけるこの進級試験は、ユーリに秘められた魔王の力が開放される重要なイベントだ。
しかし力に目覚める切っ掛けとなったイルゼは生存し、原作と異なり今のユーリはただの冒険者学校の一生徒でしか無かった。
克洋たちに介入によって力を目覚める機会を失ったユーリ、この選択が後にどのような影響を及ぼすかは誰にも解らない。
「あー、今日は散々な目にあったわね…。 まあこれも一つの冒険って奴なのかな。
…よし、今日の事をポジティブに捉えましょう、今日この日が私の冒険譚の第一ページになるのよ!!」
「ははは。 すっかり元気になったな、イルゼ」
少なくとも原作通りの展開であれば、此処にユーリと笑い合うイルゼの姿は無かっただろう。
年相応な無邪気な笑みを浮かべるユーリの姿に釣られて、克洋の口に自然と笑みが浮かんでいた。
そしてさり気なく克洋の隣を歩いていたティルは魔力パスを通じて、そんな克洋の温かな感情を感じ取ってしまう。
少女の胸に飛び込んできたその感情は、ティルに克洋と繋がりを改めて自覚させる。
想い人との繋がりを意識したティルの頬は自然と火照り、少女の心臓は五月蝿いくらいに高鳴っていた。
自分の心臓の音が隣に聞こえてないかと心配になったティルは、手で胸を強く抑えるのだった。
冒険者学校へと帰るユーリたちと別れ、たつおと共に近くの街で取っていた宿に戻った克洋は心身共に疲れ切っていた。
たつおの方もお疲れの様子らしく、克洋の肩に乗りながら眠たそうに瞼を半分ほど閉じていた。
眠いのは主の方も同じらしく、克洋は一刻も早く寝床に就こうと一週間ほど前から借りている自分の部屋へと向かって行く。
今日は予想外の連続で、一時たりとも体が休まる時が無かった感じである。
まさか神器などと言うとんでもない物に乗り、古代龍と戦う事になるなど誰が予測出来ただろうか。
克洋は何となしに胸に手をあて、今日ティルと結んだ魔力パスと言う見えない繋がりを感じ取ろうとする。
しかしあの少女と距離が離れたせいか、今の所は魔力パスからは何も伝わってこない。
「はぁ、まさかあのバカップルと同類になるとはな…」
克洋の脳内にはかつてパーティーを組んだ仲間である、ララとアルフォンスの姿が思い出されていた。
今日克洋がティルと結んだ魔力パスは本来、彼らのような互いの気持ちをオープンにしても構わないバカップル専用の物なのだ。
しかし神の書に注ぐ莫大な魔力が必要となった克洋は、フリーダに言われるがまま人類最高峰の魔力を持つティルと魔力パスを結ぶ事となった。
対古代龍用に結んだ魔力パスであるが、克洋は未だにティルとの繋がりを持ち続けている。
今後も神器に頼ることも有り得るだろうと言う事で、フリーダが克洋の願いを耳を貸さず魔力パスの契約を解除してくれなかったのである。
そもそも魔力が絶望的に足りない克洋と人間魔力タンクであるティルとの間にパスを繋げ、神の書を常時使用可能とするプランはフリーダが前から考えていた物らしい。
魔力パスを維持するように言われた当事者たちの反応は正反対の物だった、当然のように克洋の方は悲しげな表情を浮かべていた方である。
考え事をしている内に部屋の前に着いた克洋は、軽くため息を付きながら部屋の鍵を開ける。
そしてに部屋に入った克洋は次の瞬間、一瞬で眠気が吹き飛ばされるような衝撃を受ける事となった。
「なっ…」
「っ!? グルルゥッ!!」
「やぁ、君が克洋くんか…」
唖然とした表情で固まる克洋、主の肩から飛び降りて唸り声を上げながら威嚇を行うたつお。
一人の一匹の視線を受けたそれは、まるで気安い友人と会話をするかのように軽い調子で口を開く。
それは軍服風の衣装を纏った、少女と見紛う程に美しい少年だった。
克洋が借りた安宿の雰囲気には不釣り合いな美少年は、興味深そうに克洋の姿を眺め回している。
そんな少年に対して克洋は腰に佩いた刀の柄に手を伸ばし、警戒の姿勢を取りながら問いかけた。
「俺に一体何の用だ…、ザン!!」
「君に提案が有る、きっと君も気に入ると思うよ」
そして突如現れた魔族の少年ザンは、克洋の今後の運命を一変させるある提案を掲示してきたのだ。
克洋とザンの接触、これによって"冒険者ユーリ"の世界は今後どのような運命を辿るのだろうか。
進級試験を終えて冒険者学校二年目へと突入するユーリと仲間たちの前に、一体どのような困難が待ち受けているだろうか。
原作という道標が外れかかっている現状で、その答えを知る者は誰も居なかった…。
これで冒険者学校一年目編は終了です。




