38. 特攻
神の書を使って呼び出した神器、鳥のような見た目に相応しいスピード特化の機体。
限界まで速度を追求するためにこの神器は装甲を削り、余分な重りは要らないとばかり固有の武器すら搭載されていない。
風の理が記されているとされている神の書、それが呼び出した神器もまた風を自由自在に操ることが出来た。
風に乗って空を自由自在に飛び回り、自身の周囲を風で覆うことで防護壁のように使うことも可能だった。
そして神器は搭乗者の使用する魔法効果を、神器サイズに増幅する能力もあった。
この神器の基本的な戦闘方法は、風を操りながら魔法を使って戦うスタイルになるのだろう。
「くそっ、何だあの障壁!? こんな事ならせめて中級レベルの魔法を覚えておくべきだったぁぁぁっ!!」
現在、克洋と言う搭乗者が乗っている神器の戦闘能力を考えてみよう。
固有の武装を持たず搭乗者の魔法頼りとなるこの神器は、必然的に搭乗者の力量に大きく依存してしまう。
そしてこの世界に来てから一年以上経っているにも関わらず、未だに初級レベルの攻撃魔法しか使えない克洋では折角の神器も宝の持ち腐れであった。
唯一の攻撃手段である初級魔法を介した攻撃が古代龍に全く聞かない状況に、克洋は神器のコックピット内で後悔を覚えていた。
努力した上で中級以降の魔法を身に付けられなかったなら諦めが付くが、克洋はその努力すらしていない。
神の書と言う切り札を持っていた克洋は、最悪神の書で増幅した魔法があれば何とかなると楽観的に考えていた。
わざわざ苦労して中級以上の魔法を覚える必要は無いと、こと魔法に関しては初級魔法を一通り覚えた時点でそれ以上の努力をしなかったのだ。
しかし幾ら嘆こうとも現実は変わらない、克洋は今ある手札だけで古代龍に立ち向かわなければならなかった。
神器を操る克洋に対する、古代龍を使役する健児の方は今の状況が不満だった。
相手の攻撃がこちらに全く通用しないことはいい、しかしこちらの攻撃も全て避けられてしまう事が問題だ。
健児を乗せている図体だけは大きい木偶の坊は、すばしっこさだけが取り柄のあの機械鳥の動きに付いていけないらしい。
当たれば一撃で相手を吹き飛ばせる強力なドラゴンブレスも、相手に当たらなければ意味は無い。
ならば巨体を活かして爪や牙を使用した肉弾戦を挑もうとも、相手はすると距離を取ってこちらを近付けさせないのだ。
克洋が自分をゴブリンと同化させてあのような醜態を晒させた張本人であると信じて疑わない健児は、怨敵が目の前でのさばっている事が我慢出来ない。
業を煮やした健児は今まで隠していた、古代龍の真の力を使うことを決意した。
「"くそっ、あんな奴に全力を出したくなかったが…。 お前の本気を見せてやれ!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」
今までで一番腹の底に響いた古代龍の咆哮に、克洋は何か恐ろしいものが来ると本能的に察する。
咄嗟に身を守るために神器の周囲に風の防護壁を展開し、渦巻く風のシェルターの中に避難した。
そして次の瞬間、古代龍の前方に何十・何百もの火炎球が生成されたのだ。
古代から生きる伝説の龍は体内に膨大な魔力を保持し、その魔力を自在に操る術を身に着けていた。
健児の周囲に展開されている障壁もその魔力を使って作り出した物であり、その魔力を攻撃手段として利用する事は造作も無い。
古代龍が生み出した火炎級は、その一個一個が並のドラゴンを飲み干すほどの巨大な物であった。
恐らく火炎球一個だけでも人間の限界と言える上級クラスの攻撃魔法と同等以上の威力が有り、その火炎球をこれだけ生み出せるとは流石は神と謳われる伝説の龍だけはある。
健児の号令と共に火炎球は、一斉に風の中に潜む克洋に向かって放たれた。
この古代龍の魔法攻撃は、克洋が予想して然るべき物であった。
"冒険者ユーリ"の作中で古代龍は今のように魔法を行使し、主人公であるユーリを大いに苦しめたのだから。
古代龍の火炎級は、風のシェルターをいとも容易く切り裂いた。
次々に風のシェルターを掻い潜って中に到達し、そして複数の火炎球が連刷的に破裂して大爆発が起きる。
そして爆発が生み出した火炎が、風のシェルターを全て飲み込みんだ。
「"はははははは、その様子だと死体すら残らないようだな! 死に顔を見られなかった事は残念だよ!!"」
余りに爆発の規模が大きかったため、あの中に居る神器の様子が解らない。
しかしあれだけやって相手が生きているとは思えず、健児は克洋の無様な最後に溜飲を下げる。
自分を醜悪なゴブリンと同化させた怨敵を排除した事に気を良くした健児は、古代龍の頭上で高笑いをしていた。
そんな風に勝利に浮かれていた健児が周囲が注意を払っている筈も無く、それが近付いてくる事に気付かなかったのだ。
「■■っ!?」
「"ん、なんだ…。 なっ、あれはっ!?"」
先にそれに気付いたのは古代龍の方だった。
古代より生存しており恐らく幾度となく修羅場を潜り抜けてきた伝説の龍は、本能的に自身の迫る危機に気付いたのだ。
現在の主である健児の指示もなく、勝手に体を180度回転させて先程までの後方へ顔を向ける古代龍。
古代龍の体が動いた事で、必然的に健児の視界もまた後方へと向けられた。
突然の古代龍の動きに驚いた健児は、勝手な行動をした下僕に文句を付けようとする。
しかし次の瞬間、目の前に飛び込んできたそれの姿に古代龍への怒りを忘れてしまう。
それは古代龍に向かって一直線に向かってくる機械鳥であった。
克洋の乗る神器は両の腕を翼のように広げ、脚部分を折りたたんで空気抵抗を限りなく減らしていた。
その姿は鳥と言うより戦闘機に近く、神器は最大速度で古代龍の元へ飛んでいく。
先程の火炎球の攻撃を潜り抜け、有ろうことか古代龍の背後に何時の間にか移動していた。
言葉にすれば有り得ないとしか言えない神器の動きであるが、克洋にはこれを可能とする手段を持っていた。
転移魔法、この"冒険者ユーリ"の世界に訪れる際に克洋が身に付けた上級魔法であろう。
そして転移魔法は魔法の一種であり、神器は搭乗者の使う魔法を神器サイズにする力を秘めていた。
つまり克洋は神器の力で増幅した転移魔法を使用して、一瞬の内に古代龍の背後まで跳んだのである。
「これぞ死中に活有りって奴だ、行けぇぇぇぇぇっ!!」
正直、転移魔法が使えるかどうかは賭けであった。
幾らなんでもこの巨大な機体ごと移動するのは現実的では無く、最悪中身の自分だけ跳ぶのではと懸念した克洋はギリギリまで転移魔法の使用を躊躇っていた。
しかし火炎球が迫り来る状況では賭けに出る以外に道は無く、そして賭けに勝った克洋はまんまと背後からの奇襲を敢行するチャンスを得ることが出来た。
全速力で古代龍に特攻する神器、しかし幾ら高速で突っ込もうとも強力な障壁を抜けることは難しいだろう。
厚い壁に突っ込んだ車が大破するように、逆に神器の方がぺしゃんこに潰れてしまう事は目に見えている。
そのために克洋は神器の先端、鋭く尖った顔の部分にある魔法を施していた。
風刃付与、普段は克洋が刀に掛けている強化魔法を神器自身に施したのである。
これによって神器は風の刃と一体になり、空を舞う風の刀身が一直線に古代龍へ襲いかかった。
神器の速度から生み出される運動エネルギーが、風刃付与(ウインドエンチャントによって作り出された風の刃と言う一点に集中された。
それは瞬間的に凄まじい威力を発揮し、見事に古代龍の障壁を貫く事に成功する。
古代龍の頭上に居た健児は、呆けた表情で原型を留めない程に壊れた自分の下半身を眺めていた。
あくまで健児を標的とするため、神器は古代龍の頭上を掠めるような軌道で突っ込んできた。
そして風の刃は障壁を切り裂き、古代龍の固い頭皮とその上に居た健児をも切り裂いたのだ。
障壁による守りのない脆弱な健児の体など、風の刃の余波だけで破壊されてしまうだろう。
「"俺はなんで…"」
自身がゴブリンと同化すると言う屈辱を味わい、魔族の少年にいいように利用されていた愚か者が最後に残した言葉は怒りや悲しみでは無く疑問の言葉だった。
何故、自分がこのような最後を迎えたのか心底理解出来ていない様子の健児の疑問に答える者は無く、健児は"冒険者ユーリ"の世界を去る事になる。
やがて健児のこの世界のでの命は潰え、他の来訪者たちの同様にその遺体は光となって何処かへと消え去った。




