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「冒険者ユーリ」の世界にやって来ました  作者: yamaki
第一章 冒険者学校一年目編
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36. 神器


 冒険者の卵でしか無い学生たちが、古代龍(エンシェントドラゴン)などと言う伝説を前にして出来ることなど有る訳も無い。

 学生たちは頭上から感じる古代龍(エンシェントドラゴン)の異様に圧倒されており、あの怖いもの知らずのユーリでさえも顔を青くしていた。

 自然と彼らは伝説の魔法使いであるフリーダを頼り、恐らく今後の行動について協議をしているフリーダたちの様子を伺うことしか出来なかった。

 そして古代龍(エンシェントドラゴン)に恐怖を感じているのは人間だけでは無い、同種である小さなドラゴンもまた肌でその力を理解させられていた。

 同じ自然種のドラゴンである故にたつおは、使役主である健児の感情に触れた偉大な龍の怒りを感じ取っているのだろう。

 先程キマイラの前に立った勇敢な姿は嘘であったかのように、たつおは尻尾や翼を縮こませながら怯えていた。


「ブルルル…」

「大丈夫、たつお…」

「この子、怖がっている…」

「くそっ、俺たちは一体どうなっちまうんだ!!」


 たつおの情けない姿を笑うものは誰もいない、誰もが内心ではこのドラゴンと同じようにあの龍の事を怖がっているのだ。

 このような状況は伝説の魔法使い様にも想定外なのか、フリーダたちの会議はまだ終わる様子は無い。

 絶えず頭に響いてくる未知の言葉も、意味こそ解らない物のその語調が段々と荒くなっている事は解る。

 この声の主は明らかに苛立っており、その声の響きから何時暴走してもおかしくない事が伺えた。

 爆発寸前の爆弾の傍に居るような状況は、ユーリたちの精神を徐々に追い込んでいく。


「…おい、ティル。 ちょっとこっちに来い」

「えっ…。 は、はい!!」


 そんな時である、フリーダがいきなり自分たちに声を掛けたのは…。

 唐突に名前を呼ばれたティルは驚いた表情を浮かべながら、慌てて小走りにフリーダの元へと近寄っていく。

 この状況でティルだけを呼ぶフリーダの真意が解らず、ユーリたちは不思議そうな表情でフリーダたちに合流するティルの背を見つめていた。






 いきなり神頼みをすると言い出し、何故かティルを呼びつけたフリーダ。

 伝説の魔法使い様の真意が全く読み取れない克洋は、若干キレ気味にフリーダへと詰め寄る。


「フリーダさん、一体何をする気なんですか? どうしてティルを…」

「だから神頼みと言ったろう。 普通の人間があれの相手をするのは無理があるからな…」

「一体どうやって!? フリーダさんは此処に神様を呼ぶ方法を知っているんですか?」

「知っているよ、むしろお前の方がよく知っているだろう。 神の器を呼ぶ手段についてはな…」

「っ!? 神器(しんき)…」


 フリーダの真意は言葉の通りであった、彼女は本当にこの場を神を呼ぶ気なのだ。

 正確には"冒険者ユーリ"の原作に一度だけ登場した、神の器と称されるあの兵器を…。

 かつて神が使ったと言われるこの世界に伝わる四つの武具、神の剣、神の弓、神の斧、そして神の書。

 神の武具はそれぞれ、所有者の行使する魔法の効果を最大限に増幅すると言う機能を持っていた。

 成り行きで神の書の所有者となった克洋は、この魔法の増幅機能に何度助けられただろうか。

 しかしこの規格外の魔法強化は神の武具に取ってはオマケ程度の物でしか無く、本命となる機能は別に存在するのだ。

 神が宿るに相応しい強力無比な器、端的に言えば巨大なロボットを呼ぶことが出来るのだ。

 "冒険者ユーリ"の原作において神の剣を所持していたザンは、この神器を操ってユーリたちを非常に苦しめた。

 ユーリが不完全な魔人化を発動させなければ、神の器の力によってユーリたちが破れていた事だろう。

 その力はまさに神の如き強さであり、神器であればあの古代龍(エンシェントドラゴン)に対抗できるかもしれない。


「無理ですって!? 確かに神器ならあいつと戦えるかもしれないですが、俺にはそんな大層な物は呼べません!

 俺の魔力の少なさを知っているでしょう、神器を呼ぼう物なら一瞬で木乃伊になってしまいます!!」

「それは知っている。 お前の貧弱な魔力では、どう考えても神器などと言う代物を呼ぶには足りないだろう」

「だったらどうやって…」


 しかしフリーダの提案を実現する事は不可能である。

 確かにこの場には神の剣と同一の存在である神の書と、その所有者である克洋が居た。

 克洋がフリーダの言う通り神の書を使って神器を呼べばこの苦境は脱せるかもしれないが、残念ながら今の克洋に神器を呼ぶ事は不可能なのである。

 現在の克洋の魔力量では、神の書のオマケ機能である魔法効果の増幅を一回使うだけで枯渇してしまう。

 曲りなりに神の書に触れてきた克洋は、神器を呼ぶには自分の持つ魔力だけでは到底足りないと言うことを理解していた。

 仮に此処で無理に神器を呼ぼう物なら、神の書は一瞬で所有者の魔力を吸い尽くして克洋は確実に死に到ってしまう。

 そんな事はフリーダも百も承知であり、克洋が持っていては折角の神の書も宝の持ち腐れであろう。

 そのため密かにフリーダは、克洋の魔力量の無さを解決する手段を模索していたのだ。


「よしっ! 克洋、今からティルと魔力パスを結べ!!」

「「…えっ? えぇぇぇぇっ!!」」


 フリーダの口から出てとんでもない言葉に、克洋とティルは声を揃えて驚いてしまう。

 魔力パス、それはとある術式で他者とパスを繋げることによって魔力を共有するための術式である。

 克洋が神の書を使うには致命的に魔力が足りない、それならば他から魔力を持ってくればいい。

 そして此処にはティルと言う規格外の魔力を持った少女が居り、彼女ならば克洋の魔力タンク役を存分に果たしてくれるだろう。

 足りないところを他から持ってくる、まさに理知的な魔法使いに相応しい合理的な選択であった。






 確かに此処で克洋がティルと魔力パスを結べば、神器の召喚するための魔力を賄うことが出来る。

 まさにこの状況を脱する起死回生の手段が掲示されたに関わらず、克洋の表情は何処か浮かない物であった。

 それもそうであろう、克洋は魔力パスを結ぶと言う事はどういう事かを知っているのだ。


「ちょっと待って下さい。 フリーダさんも知っているでしょう、魔力パスの弊害を…」

「この状況でプライバシーもクソも無いだろう。 我慢しろ…」

「でも…。 ティル、お前も…」


 魔力をやり取りするパスを結ぶと言うことは、パスを繋いだ相手同士を繋げる事になる。

 そのため魔力パスを繋げた者たちは、その繋がりを通して漠然と互いの感情が理解できるようになってしまう。

 魔力パスを結ぶと言うことは、自身の感情を相手にさらけ出しプライバシーもへったくれも無い状況となるのだ。

 やはり自分の感情を晒すことに抵抗があるのか、克洋は魔力パスを繋げることに難色を示していた。

 そして克洋は隣に居る少女も自分と同じ意見だと考え、フリーダを思い直させるためにティルの加勢を得ようと隣を見る。

 しかしそこには克洋の予想とは逆の反応を示す、恋する乙女の姿があった。


「私がカツヒロさんと魔力パスを…。

 フリーダさん、私やります!! カツヒロさんと魔力パスを結びます!!」

「よしっ、よく言ったぞ、ティル! 流石は私の弟子だ!!」

「私とカツヒロさんが一つに…」


 いきなり魔力パスを繋ぐ片割れとして任命されたティルは、克洋とは正反対にフリーダの提案に乗り気の様子であった。

 ティルもまた冒険者学校の授業の一環で、魔力パスのメリットデメリットについて聞き及んでいる。

 魔力パスを結ぶという事は互いの感情をさらけ出す事を意味しており、余程親しい間柄で無ければ魔力パスを結ぶ事は無いだろう。

 そのため冒険者たちから見れば魔力パスを結んでいる同士は、自分たちが親しい間柄ですと宣言しているような物なのだ。

 冒険者学校の女子生徒たちの中には、自分も何時か運命の相手と魔力パスと結びたいと願っているロマンチストも居る。

 実はティルもこのロマンチストの一人であり、愛しの克洋と魔力パスを結ぶ事は彼女に取って願ってもない提案なのだ。

 若干頬を赤らめながら遠い目をするティルの姿は、まさに恋に恋する少女その物であった。


「否、しかしそれは…」

「カツヒロさんは…、私と魔力パスを結ぶのは嫌なんですか?」

「へっ…、そう言う訳じゃ…。 ああもう、解りました、俺も覚悟を決めます!!」

「では早速術式に掛かる、二人は並んで私の前に立て」


 魔力パスを結ぶことに乗り気なティルに若干驚きながらも、やはり踏ん切りが付かないのか克洋は難色を示したままだった。

 そんな克洋の態度にティルは若干傷付いた表情で、自分と魔力パスを結ぶ事が嫌なのかと問いかけてくる。

 克洋に嫌われている事が余程悲しいのか、ティルは若干瞳を潤ませながら克洋の顔を見上げていた。

 勿論、克洋はティルを嫌っているから魔力パスを繋ぎたく無いのでは無く、単に自分の感情をさらけ出すことが嫌なだけであった。

 誰もが自身の本当の感情を少なからず隠しており、その内に秘めた物を他者に見せたいと考える人間がどれだけ居るだろうか。

 しかしこの状況で魔力パスを結ばないと言うことは、克洋がこの少女を拒絶することを意味してしまう。

 結局ティルの圧力に根負けした克洋は、渋々なら魔力パスを繋ぐことを了解する。

 そして話は決まっとばかりに、早速フリーダは二人の間を結ぶ魔力パス構築を始めるのだった。











 最早、健児の忍耐は限界であった。

 思念波を通して周囲一体に脅しを含めた要求をしてから三十分近く経ったが、一向に克洋とやらが出てくる様子は無い。

 恐らく克洋やらは古代龍(エンシェントドラゴン)をけしかけると言う脅しが、文字通りの実行不能な脅しであると考えているに違いない。

 この周囲一体では冒険者学校の進級試験が行われており、その中にはユーリなどの重要なキャラクターを混ざっている。

 確かに此処で古代龍(エンシェントドラゴン)が無差別攻撃を行えば、それらの物語上の重要キャラクターが消えるかもしれない。

 "冒険者ユーリ"の原作を壊すような真似はすまいと高をくくり、卑怯にも克洋とやら健児の要求に対して無視を決め込んでいるようだ。


「"ふんっ、馬鹿な奴だ…。 悪いが俺にはもう原作なんて物は関係ない! 俺はお前をこの手で殺せればそれでいいんだよ!!"」


 一昔前の…、ゴブリンモドキと化す以前の健児であれば、"冒険者ユーリ"の原作を壊すことに躊躇いを覚えた事だろう。

 まだユーリたちと共に冒険することを夢見ていた頃の自分であれば、克洋の予想通りに決して古代龍(エンシェントドラゴン)をけしかけたりしない。

 しかし此処に居る健児の中には、最早ユーリたちと冒険したいなどという浮ついた夢は存在しない。

 有るのはゴブリンモドキと化した屈辱と、それを成した克洋という人物への復讐心しか無い。

 今の健児に取ってユーリたちはどうでもいい存在であり、此処で何の躊躇いもなく古代龍(エンシェントドラゴン)の力を使うことが出来た。


「"ふふふ、俺が本気だと言う所を見せてやる。 とりあえず山の一つでも吹き飛ばしてやるかな…"」


 自分が本当に攻撃する気は無いと高をくくっている克洋の肝を冷やすため、健児は足元のドラゴンを動かすことを決める。

 目標は進級試験の会場となっている山の一つ、古代龍(エンシェントドラゴン)の力があれば一瞬で更地にする事が出来るだろう。

 幾多のキマイラが放たれた危険な山中を、高々数十分程度で降りられる筈も無い。

 恐らくそこには冒険者学校の生徒がまだ多数残っており、何人もの犠牲が出るか解った物ではなかった。

 しかし今の復讐に燃える健児には微塵もそのような事を気にせず、冷徹に古代龍(エンシェントドラゴン)に対して命令を下そうとしていた。

 その時である、宙空に留まる古代龍(エンシェントドラゴン)の下方に人影が現れたのは…






 転移魔法(テレポート)によて古代龍(エンシェントドラゴン)の方に跳んだ克洋、その手には神々しく緑色に光る古ぼけた書を携えている。

 先程ティルと結んだ魔力パス、そこから供給される圧倒的な魔力は克洋の体を通して神の書へと注がれていく。

 既に自身が保有する魔力量と比較して、優に何十倍もの魔力が神の書に食われただろうか。

 しみったれた克洋の魔力では無く、潤沢なティルの魔力によって自身の真の力を見せられる事が余程嬉しいようだ。

 神の書はまるで歓喜するかのように、自らが放つ緑色の光を強くしていった。

 こちらの接近に気付いたのか、古代龍(エンシェントドラゴン)は首を動かし頭を下方に向ける。

 古代龍(エンシェントドラゴン)とその頭上に立つ健児の視線がこちらに集まるのを感じた克洋は、内心で恐怖を覚えていた。

 しかしすぐに克洋はこの感情を消すように務める、今自分とティルは魔力パスで繋がっているのだ。

 恥ずかしいくらいに自分の事を心の底から信じてくれている少女の前で、格好悪い所を見せるわけにはいかない。


「行くぞ、蜥蜴野郎! 今からお前に、本当の神の姿を見せてやるよ!!」


 そして神の書の光が最高潮に達した次の瞬間、克洋を中心に激しい嵐が生まれた。

 現れた数十メートル程度の小規模の嵐、そこから吹き荒れる風の勢いは地上に居るティルたちの元にも届く程だった。

 ティルは祈るように両手を組み、頭上で古代龍(エンシェントドラゴン)に向かって言った克洋の勝利を願っているようだ。

 そして地上に居る全ての人間が、荒れ狂う嵐の内側から風を突き破り巨大な二本の腕が飛び出す瞬間を目撃する。

 まるで何かを掴もうとするかのように伸ばされた二本の腕は、そのまま嵐を掻き分けるかのように左右に両腕を開いた。

 巨大な腕によって引き裂かれて嵐は霧散し、そこには両の腕を翼のように広げる鋼の巨人の姿があるでは無いか。

 神器、伝説の存在でしか無かった神の器が一つが今此処に顕現したのだ。

 

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