34. 復讐
現在この場所で行われている進級試験は、ユーリたちが以外の冒険者学校の生徒たちも当然参加している。
何も知らずに試験に参加している連中は、ザンが放ったキマイラたちにさぞかし面を食らった事だろう。
進級試験の会場となっている山中は、事前に冒険者学校の関係者が強力な魔物たちを間引きしていた。
本来ならば試験中に参加者が遭遇しうる障害は、ゴブリン程度の初級程度の魔物しか存在しない筈なのだ。
しかしザンの手によってこの周辺には、キマイラと言う凶悪な魔物が放たれてしまった。
「畜生、一体学校の連中は何をやっているんだ!!」
「流石アーダン、お前の咄嗟の機転で俺たちは助かったよ!!」
「アーダン、あの化物はもう追って来ないよな!!」
「ああ、多分撒けたと思う…。 くそっ、何でキマイラが此処に出てくるんだ!!」
此処に運悪くキマイラに遭遇してしまった、試験に参加している生徒たちの集団があった。
どうやら彼らは上手くキマイラを撒いたようで、背後に気を使いながら全力で山を降りているようだ。
何も知らない生徒たちはただキマイラに遭遇した不運を嘆き、試験の運営を行う冒険者学校の不備を呪っていた。
しかしこのパーティーを救った人物、アーダンだけは仲間たちと違う思いを抱いているようだ。
以前にも触れた通りこのアーダンと言う生徒は、言うなれば克洋の同類と言える存在であった。
現実世界での知識と記憶を持い、アーダンと言う"冒険者ユーリ"における脇役として転生した彼はあの化物の正体を知っていたのだ。
しかし彼が持つ"冒険者ユーリ"の原作知識において、あれはこのタイミングで出てはいけない存在の筈だった。
やはりこの世界は何かおかしい、先の那由多の件といいアーダンが知る原作とはかけ離れてしまっている。
「やっぱり那由多と接触するべきだったか…、くそっ、怖いな…」
あの対抗試合以降、アーダンは那由多となるべく関わらないように過ごしてきた。
原作的に人殺しを厭わない危険なキャラクターであり、本来はこの場に居てはいけないイレギュラーな存在。
下手に原作知識を知っているが故にアーダンは、那由多を必要以上に警戒していたのだ。
それは必然的に那由多と行動を共にしているユーリたちと、原作の主人公とその関係者たちと全く接触しない事を意味する。
アーダンは原作で見せていた憎まれ役としての役割すら捨て、今日までモブキャラクターとして冒険者学校で過ごす事になった。
しかしその結果はこの事態であり、アーダンの知らない所で何かが動いているのは明白である。
流石にこのまま蚊帳の外のままに居るのはまずいと考えたアーダンは、この後で那由多に接触する事を決意していた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」
そんな風に考え事をしていたアーダンの耳に、とんでもない物が聞こえてきたのだ。
古代龍、ザンが呼び寄せた最大級のイレギュラー。
克洋と同く原作知識によってこの偉大なドラゴンの正体を知っているアーダンは、呆然とした表情で頭上に浮かぶ巨体を見上げる。
原作知識を持たないアーダンの仲間たちも頭上から感じる威圧感から、、それが先程出会ったキマイラとは比較にならない程強力な魔物である事は理解出来ただろう
悠然と空を飛ぶ巨大な黒いドラゴンはアーダンの視線の先で止まり、翼をはためかせながら宙空にその巨体を留める。
そしてアーダンの…、否、この周辺に居る全ての人間の元に声が届いたのだ。
古代龍、古き時代より生存する自然種のドラゴン。
長い年月を生きた事で積み重なった知識は、この偉大なドラゴンに人間の言語を身に着けさせていた。
しかし残念ながら古代龍はその体の構造上、決して人間と同じ発音で話すことは出来ない。
そのためこのドラゴンは音声による会話の代わりに、別の方法を持って人間との会話を行った。
「"…俺は、俺は帰ってきたぞ! お前たちに復讐するためになぁぁぁ!!"」
「な、なんだ、この声は…」
「頭に直接響く?」
古代龍は思念波を飛ばすことで、相手に自らの意思を伝えることが出来た。
これも一種の年の功と言う奴か、古代龍は様々な不可思議な力を身につけていた。
あのドラゴンに取って、思念波を飛ばすことなど造作も無い事なのだろう。
ユーリたちは突如頭の中から響いてきた言葉に戸惑い、その感覚に慣れていないのか顔を顰めていた。
どうやらこの進級試験の会場に居る者たちの全ての頭の中に、あのドラゴンの思念波が届いているらしい。
「"良くも俺をあんな目に合わせてくれたな! お前たちがやったことは分かっているだからな!!」
「なんだ、これはあのドラゴンの言葉なのか?」
「一体何を言っているんだ、これはドラゴンの言語なのか?」
「おいおい、何でドラゴンが日本語を喋っているんだよ…」
頭に次々に響き渡る言葉の嵐、しかしユーリたちは強い口調で話されているその言葉を理解することが出来ない。
彼らはこの奇妙な言語をドラゴンが使う物では無いかと推測したようだが、この場に一人だけこの言語を理解出来る物が居た。
ドラゴンが放つ思念波に乗せられている言葉、それはドラゴンの言語では無くよりにもよって日本語だったのだ。
日本語、現実世界で日常的にこの言語を使っていた克洋は当然のように思念波の無いようを理解する事が出来た。
しかし克洋はどうしても古代龍が、日本語を使う理由が全く解らなかった。
原作でも古代龍は思念波を使用して人間と会話をしていたが、その時に使っていた言葉はこの世界で使用されている共通語である。
古代龍が日本語を使う描写など、"冒険者ユーリ"の作中で一度たりとも無かった筈なのだ。
「おい、あのドラゴンの頭をよく見ろ!!」
「嘘っ…。 人間、あれに人間が乗ってるわ!!」
「はぁっ!? 人間だと!! くそっ、よく見えないな…」
「おいおい、何の冗談だ、あれは…」
「あ、俺、あの人に見覚えがある。 あれだよ、あのゴブリンモドキの人だよ!!」
「ああ…、またお兄様のお仲間ですか…」
古代龍が空に静止した事で、ユーリたちはその姿を観察できるようになった。
そして彼らは古代龍の頭上に立つ、人影の存在に気付いた。
現実世界でテレビなどの電子製品にどっぷり浸かり視力が落ちている克洋の目には、その人影の姿は霞んで良く見え無なかった。
しかしこの世界出身のユーリたちは克洋と違い、その人影の姿をはっきりと捉える事が出来たようだ。
そしてユーリと那由多はその見覚えのある姿から、件の人物の正体に気付く事になる。
かつてゴブリンと同化してしまい見るも無残なゴブリンモドキとなった人間、健児の姿が古代龍の頭上にあったのだ。
人間に対する敵意が植え付けられている新製種の魔物。
これらの魔物を使役する時、テイマーには常にある危険性が付き纏うことになる。
テイマーは魔物とパスと繋げることによって精神的に繋がりを持ち、これを利用して魔物の制御を行っている。
しかし魔物の精神、特に新製主のそれに触れるという事により、逆にテイマーの方が魔物の精神に汚染される危険性があった。
テイマーと魔物を繋ぐパスを通じて、魔物の精神に汚染される現象をこの世界では同化と呼んでいる。
克洋と同じ現実世界出身である健児は、魔物を使役するテイマーの能力を持ってこの世界にやって来た。
彼はこのテイマーの力を使用してゴブリンを使役し、ユーリの故郷の村近くの山で生活をしていた。
そして調子に乗ってゴブリンの数を増やし続けた健児は、塵も積もれば山となる奴で何時しかゴブリンの精神と同化してしまったのだ。
それからの健児の様子は哀れとしか言えない有様であった。
すっかりゴブリンの仲間入りを果たした健児は、ゴブリンに混ざって山の小動物の肉を食い、血を啜って生きてきた。
やがて健児は偶然山に来ていたユーリに発見され、最終的に克洋たちの手によって捕獲される事になる。
「お、俺は今まで何を…。 うっ、うぐぅ…」
この世界で同化をした人間を治療できる医療施設に運び込まれた健児は懸命な治療の成果により、つい最近になって漸く自分を取り戻すことになった。
ベッドの上で寝かされていた健児は、まるで悪い夢から覚めたかのように唐突に目覚める。
そして意識が戻った直後の朦朧としている健児の頭の中に突如、ゴブリンモドキとして生活していた頃の記憶が蘇ってきたのだ。
人間とはとても言い難い醜悪な過去の自分を思い出した健児は、その嫌悪感から思わず吐き気を催してしまう
顔面は蒼白となり、苦悶の表情を浮かべるその瞳には涙が浮かんでいた。
「くそっ、気持ち悪い…。 なんでおれがあんな目に…、これは一体誰の仕業なんだ!!」
健児がゴブリンモドキと化した原因は、雑魚と侮り新製種の魔物であるゴブリンを許容量を越えて従えたことにある。
しかし目覚めた直後の健児はまだ混乱しているのか、ゴブリンモドキとなった原因を見知らぬ他者へと押し付けていた。
自分をあのような醜悪な存在に仕立てた架空の敵に対して、激しい怒りと殺意を燃やす。
「教えてあげようか、君をあんな目にあわせた奴の事を…」
「なっ!? お前は…」
仮にここで健児が時間を置いて冷静になれば、これが単なる自業自得であると納得する事は出来ただろう。
しかし健児が真実に気づく前に、健児の前に架空の存在である筈だった敵に具体的な名前が付けられてしまったのだ。
ゴブリンモドキとなった屈辱を晴らす事ができる都合のいい相手を掲示された健児は、一も二も無くその存在に対しての復讐を決断してしまう。
そして健児は自分に情報を与えてくれた恩人、魔族の少年ザンの仲間となったのだ。
健児の持つテイマーとしての能力は強力であった。
何しろ"冒険者ユーリ"における最強クラスの魔物である、古代龍を使役する事が出来たのだから。
自然種である古代龍は新製種の魔物たちとは違い、人間に対する悪意を備えていない。
そのため古代龍を使役している健児に同化の心配は無く、意のままに最強の魔物を操ることが出来た。
「"出てこい、克洋とやら!! お前が此処に居ることは分かっているんだぞ!!""」
幾らなんでも克洋と言う人間が全ての原因などと言う都合のいい話を、健児が無条件で信じるのは不自然であった。
もしかした健児はあの時、知らず知らずの内に正気を失っていたのかもしれない。
過去に那由多も被害に遭いかけた、原作には存在しないザンの洗脳らしき力によって…。
過程はどうであれ今の健児にとっての真実は、ザンから教えられた自分にとって都合のいいあの話だけであった。
古代龍の頭上に立つ健児は、思念波を通して周囲一体に対して要求を述べる。
あの魔族の少年から教えられた復讐の相手、自分と同じように現実世界からやって来た同胞の名を呼びつけた。




