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「冒険者ユーリ」の世界にやって来ました  作者: yamaki
第零章 原作開始前編
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5. 勇人(はやと)


 克洋の予想通り、"冒険者ユーリ"の世界には彼以外に現実世界から来訪してきた者が居た。

 勇人(はやと)、それが克洋より少し前にこの世界に現れた者の名前である。

 "冒険者ユーリ"、それは勇人に取って好きな漫画ランキングベスト3に入る作品だった。

 勇人が小学生の頃に"冒険者ユーリ"の第一話が漫画雑誌に掲載され、勇人はリアルタイムでこの作品を読み続けていた。

 "冒険者ユーリ"と共に成長した勇人は、七年間に渡る連載が終わる頃には高校生にまでなっていた。

 そんな勇人に取って"冒険者ユーリ"の世界は思い入れのある世界であり、彼がこの世界に訪れることを拒否する筈が無かった。

 勇人はこの異世界に訪れる際、克洋と同じように特典として力を授かることが出来た。

 そして主人公であるユーリと共に戦うに相応しい力を求めた勇人は、分不相応とも言える強大な力を持ってこの世界に降り立つ。

 臆病な克洋と違って勇人は、積極的にこの世界に介入していき、ユーリとともに冒険をしたかったのだろう。

 "冒険者ユーリ"と言う異世界に来訪してきた勇人、彼の胸の中にはまだ見ぬ冒険への希望で満ち溢れていた。

 しかし勇人の希望は、一瞬の内に絶望へと変貌してしまう。


「…何言っているんだ、あんた?」

「"だから、水を分けてくれって…、くそっ…"」


 "冒険者ユーリ"の世界は、当然の事ながら勇人の故郷である日本では無い。

 登場キャラクターの大半はファンタジー世界のイメージに沿う、西洋系の人種に近い容姿をしている。

 言うなれば現実世界から来訪してきた勇人に取って"冒険者ユーリ"の世界は、遠い外国と言えるかもしれない。

 そして日本人が海外旅行に行った場合、最初にぶつかる壁と言えば一つだろう。

 言葉の壁、日本語しか喋ることの出来ない単一民族の日本人がぶつかる大きな壁である。

 "冒険者ユーリ"の世界に降り立った勇人は、とりあえず情報収集のために近くに見えた街までやって来ていた。

 恐らくRPGゲームよろしく街の住人から話を聞き、あわよくば何らかのクエストのフラグを立てたいと考えていたのだろう。

 しかし勇人は街の住人から話を聞くことが出来無かった、勇人の話す日本語が街の住人に全く通じなかったのだ。

 街の住人は勇人が聞いた事のない言語を喋り、勇人の言葉を全く理解してくれない。

 他の人間も同じだった、この街の中で勇人の日本語を理解出来る者は皆無だったのである。






 漫画の世界において、漫画のキャラクターは皆流暢な日本語を喋っているように見える。

 しかしそれは飽くまで漫画の読み手が日本人で有るからそうしているだけで有り、漫画の中で実際に日本語を使っているとは限らない。

 例えば"冒険者ユーリ"は海外でも販売されているのだが、海外で購入できる漫画の中ではユーリたちはその国の言葉を喋っているでは無いか。

 その漫画の世界観のよっては漫画のキャラクターが本当に日本語を使っている場合も有るだろうが、"冒険者ユーリ"に関してはそれは無かった。

 実は"冒険者ユーリ"の原作の中で何度か、この世界に使われている"統一語"と言う言語が出てきているのだ。

 それらの言語は日本語とは全く異なっており、漫画内では補足として日本語に訳が付けられていた。

 この事から"冒険者ユーリ"で使われている言語は、日本語とは似ても似つかない"統一語"と言う架空の言語で有ることが推測できた。


「"何なんだよ!? 何で俺の言葉が通じないんだ…"」


 今の勇人状況は言葉の解らない遠い異国で、一人ぼっちになっている状態だった。

 勇人が手に入れた力は全て戦闘用の物であり、今の状況では何も役に立たない。

 仮に勇人が海外経験豊富な人間だったならば、言葉が通じずともジェスチャーなどを駆使して巧みにコミュニケーションを取ることが出来たかもしれない。

 しかし残念ながら勇人は海外など一回も行ったことの無い、世間知らずの日本の高校生でしか無い。

 追い打ちをかけるように今の勇人の姿は、革ジャンバーにダメージジーンズと言うこの世界に似つかわしくない現代風のスタイルである。

 奇妙な格好をした言葉の通じない人間に、積極的に関わろうとする人間は多くは無いだろう。

 日本語でコミュニケーションを取るという努力が無駄に終わり、勇人は精神的にも肉体的にも疲弊していた。

 声を出しすぎて喉が痛み出し、何となく空腹も感じてきた。

 しかし言葉も通じず一文無しである今の勇人には、喉を潤す手段も空腹を満たす手段も存在しなかった。

 現実世界であれば自宅の冷蔵庫に常備しているコーラを飲めるが、この異世界では勇人は満足に水さえ飲めないのだ。

 言葉が通じない心細さと絶望的な状況に、勇人は早くもこの異世界にやって来た事を後悔していた。











 この苦境を脱する手段を探すために必死に"冒険者ユーリ"の原作の内容を思い返していた勇人は、ある可能性に行き当たる。

 魔法使いフリーダ、この世界において最高峰と言える魔法使い。

 原作でフリーダは魔法の研究をする度に、様々な言語を学んでいる筈だった。

 古い魔法書にはこの世界では既に使われなくなった言語で書かれている事が有り、それらを読み解くためにフリーダは複数の言語を知る必要があったのだ。

 あの魔法使いならば自分の言葉を解ってくれるかもしれないと考えた勇人は、藁にもすがる思いでフリーダの元へと向かう事を決断する。


「"マカショフ! マカショフ!!"」

「…マカショフ村に行きたいのか? あっちだよ、あっち!」


 当然のように勇人も克洋と同じように、フリーダの住処が何処にあるか解らなかった。

 勇人の知っているフリーダの住処に関する情報はこれも克洋と同じく、マカショフと言う村の名前しか無い。

 幸運な事にマカショフと言う単語は、そのまま街の住人に通じてくれた。

 もしマカショフと言う単語も日本語に訳された後の物だったならば、勇人はこの時点で詰んでいただろう。

 こうして勇人は辛うじて、フリーダの元に辿り着くための第一歩を踏むことが出来た。

 幸運なことに勇人は特典として戦闘向けの能力を得ており、克洋と違って彼にはこの世界の住人と同等以上の身体能力を得ていた。

 この嘘のように軽くなった体であれば、例えマカショフ村が最果てにあっても辿り着けるだろう。

 勇人はフリーダならば自分を救ってくれると無邪気に信じていた、否、信じるしか無かったのだろう。

 言葉も通じぬ異世界で一人ぼっちになった勇人には、自分を支えるための希望がどうしても必要だったのだ。

 この時の勇人の心境は、まさに藁にも縋る思いだったに違いない。










 それから一週間後、勇人はどうにかマカショフへと辿り着いていた。

 言葉の通じない異国での旅は余程苦労したのだろう、勇人の見た目は酷いものになっていた。

 一週間着たままの服は泥だらけになっており、汗や垢などが染み付いて異臭を放っている。

 食事もろくに取っていないのか顔色も悪く、明らかにやつれたように見えるた。

 この孤独な旅路は特典の恩恵を受けた肉体面は兎も角、ただの高校生でしか無い少年の貧弱な精神面に大きな負担を与えた。

 最早精も根も尽き果てた様子の勇人は、最後の気力を振り絞ってフリーダの住処へと向かう。

 きっとあの魔法使いならば自分の言葉を解ってくれる、そう自分に言い聞かせながら勇人は愚直に前へと進んだ。

 そして勇人は苦労しながらも森を抜けて、とうとうフリーダの家へと辿り着く。

 すると勇人の来訪を待ち構えたかのように、家からローブを着た女性が出てきたでは無いか。

 それは勇人に見覚えのある人物であった、赤い髪をショートカットに纏めた美しい女性。

 原作の設定的には三十路を超えているにも関わらず、その容姿は十代と言っても通用しそうな若々しさであった。

 間違いない、彼女があのフリーダだ。

 きっと彼女なら自分を救ってくれる、そして今から自分の真の冒険が始まるのだ。勇人は期待に胸を膨らませながら、見知らぬ来訪者を警戒している様子のフリーダに日本語で話しかけた。


「"た、助けてください!? 俺は…"」

「ん、聞いた事のない言語だな…。 すまない、他の言葉で喋ってくれないか?」

「"……えっ!?。 嘘だろう、あんたも俺の言葉が通じないのか…"」


 そしてフリーダの元に辿り着いた勇人に、最後の絶望が待ち構えていた。

 残念ながらフリーダは、勇人の日本語を全く理解出来無かったのだ。ショックの余り勇人はその場に崩れ落ちてしまう。

 フリーダならば自分を助けてくれる。

 その希望があったからこそ勇人は苦しい旅に耐えることが出来きたのだ。

 しかしその希望は無残に打ち砕かれ、残ったのは苦しい現実だけ。

 まるで魂でも抜かれたかのように、勇人は呆けた表情で虚空を見つめていた。

 自分が理解出来ない言葉で語りかけるフリーダの声は、今の勇人の耳には全く届いていなかった。


「おい、大丈夫か? 一体何が…」

「"あぁぁぁぁぁぁっ!!"」


 最早自分を助けてくれる人間はこの世界には居ない、そう確信した勇人の中で何かが切れた。

 勇人は悲鳴のような声をあげながら、フリーダに向けてこの異世界に降り立った時に授かった力を放った。

 此処で圧倒的な実力を見せつけてやれば、魔法使いフリーダはきっと自分を保護してくれる。

 これが勇人がいきなりフリーダに向かって襲いかかった、建前上の理由である。

 しかし実際の所、これは勇人のただの八つ当たりであった。

 勇人の脳裏には、この世界に来訪しから体験してきた惨めな記憶が走馬灯のように蘇る。

 乞食のように食べ物を恵んで貰う自分、喉の乾きを潤すために泥水を啜る自分。

 本当なら勇人はこの世界でユーリとともに、冒険者として活躍する筈だった。

 選ばれた人間である自分がこんな苦労をすることはあり得ないと、勇人は今まで貯めてきた鬱憤を爆発させてしまう。


「ちぃ、問答無用で魔法? 一体何が…」

「"みんな消えてしまえぇぇぇぇっ!!"」


 この異世界にやって来る前の勇人であれば、これはただの癇癪で済んだ話だろう。

 しかし今の勇人には特典が、"冒険者ユーリ"の世界で活躍するための極めて戦闘向けの能力を身に付けていた。

 それは冒険者ユーリの世界において、ユーリたちと共に戦うために授かった筈の力である。

 皮肉にも勇人が己の力を最初に向けた存在は、後にユーリの師匠となる伝説の魔法使いフリーダであった。

 狂気を瞳に宿した勇人の周囲に、激しい風が吹き荒れた。

 その手には勇人の怒りに呼応するかのように淡く光る、薄い緑色をした奇妙な本があった。











 露天の親父の話通りに克洋は、村から少し離れた所にある森の中に足を踏み入れていた。

 その森はそれなりの都会に住んでいた克洋には見たことのない規模の広さで、左右を見渡して森の切れ目が見えないほど木々が生い茂っている。

 克洋はファンタジー世界特有の広大な自然に圧倒されて、呆けたような表情を見せながら森の中を見渡していた。

 しかしこのような光景はこの世界の住民である那由多には全く感動は無いらしく、那由多はすたすたと森の中に進んで行ってしまう。

 克洋は那由多に置いて行かれそうになっている事に気付き、慌てて少女の後を追いかけて行く。

 やがて村がある方角から反対側に位置する森の出口に近づくにつれて、何やらフリーダの住処がある方向から何かの破砕音が聞こえてきたでは無いか。

 その物騒な音は森を進むたびに大きくなり、警戒心を強めたらしい那由多は刀の柄に手を伸ばす。

 そして森を抜けた克洋たちの目の前に、荒れ果てた野原が広がっていた。

 野原の奥のほうにフリーダの住まいである小ぶり家が見えた、それは克洋が原作で見たことがある光景であった。

 原作によるとフリーダの住居は元々森の中に建てられており、あの辺りまでは森の一部だったらしい。

 しかしフリーダの研究する物騒な魔法の失敗によって、周囲の木々が焼け落ちてしまい現在の状態になったそうだ。

 そしてフリーダの家と森との間に広がる空間で、一組の男女が激しい魔法合戦が繰り広げられていた。


「"見ろぉぉぉっ! これば俺の力だぁぁぁっ!!"」

「だから何言っているか解らないのよ!!」


 黒いローブを身に纏う、気の強そうな目をした妙齢の女性は手に持った杖を男に向かってかざした。

 次の瞬間、杖の先から巨大な炎の塊が次々に離れていくでは無いか。

 火炎爆裂球(ファイアボム)、この世界において中級レベルとされている攻撃魔法である。

 当たれば黒焦げ所か骨すら残らなそうな熱量を持つ炎が、男に向かって一直線に襲いかかる。

 それに対してボロボロの革ジャンの若い男は、右腕に持っている本らしき物を広げた。

 すると男の周囲に凄まじい風が吹き荒れ、迫り来る炎の塊を一瞬の内にかき消してしまう。

 自身の放ったローブ女性は顔を顰め、忌々しいそうな目で相手の男を睨みつける。

 睨め付けられた男は何処か壊れたように、狂気じみた笑みを浮かべていた。

 ローブの女性の方は克洋には見覚えがあった、あれは勇者の仲間であった魔法使いフリーダその人だ。

 あの赤髪のショートにキツ目の美人風と言う容姿は、冒険者ユーリの原作に描かれていたフリーダの描写と一致する。

 しかしフリーダの相手になっている男は、原作を読破している克洋も知らない顔であった。

 革ジャンと言うこの世界に似つかわしくない衣装を来ている所から、男は恐らく克洋と同じようにこの世界を訪れた来訪者なのだろう。

 漸く巡り会えた新たな現実世界からの来訪者は、どういう訳か原作キャラクターと派手に喧嘩を始めていたのだ。

 来訪者とフリーダの戦闘と言う全く予想していなかった展開に、克洋は呆気に取らた様子で両者の戦いを眺めていた。



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