31. 少年・少女たちの戦場
時をユーリたちが魔族の少年ザンに襲撃された時に戻そう。
ザンが隠し札としてキマイラを呼び寄せた直後、魔族と人間たちとの戦いの火蓋は切って落とされていた。
最早、言葉は不要とばかりに那由多は三日月のような笑みを浮かべながら、一直線へ因縁の魔族の元へと向かっていく。
ザンのお供であるドラゴンやキマイラの相手をするために、フリーダが那由多を巻き込まないように魔法を放つ。
剣と障壁がぶつかり合い、攻撃魔法とドラゴンブレスが交差する危険な戦場と化していた。
この場において、冒険者学校の一生徒でしか無いユーリたちは邪魔な存在でしか無い。
そのため克洋は事前にフリーダたちと取り決めた打ち合わせ通り、戦闘が始まった時点でユーリたちを連れて戦場からの脱出を試みたのだ。
「で、でも、あそこにはまだ那由多とフリーダさんが…」
「俺たちがこの場に居ても邪魔になるだけでだよ。 今俺たちに出来ることは、この場から一刻も早く離れる事なんだ」
「くっ…」
ユーリたちは那由多をこの場に置いていく事に難色を示したが、克洋の言葉によって渋々と納得させられていた。
冒険者学校で曲りなりにも戦闘訓練を積んだユーリたちは、目の前で繰り広げられている戦いは自分たちとレベルが違う事を理解する事ができたのだ。
敵戦力を那由多たちが全て引き付けてくれたため、彼らは特に妨害も無くあの場から離れる事に成功した。
そして最早試験所では無いと判断し、克洋とユーリたちそのままは下山をする方向に進んでいた。
しかしザンたちの元から離れて暫く経った時、彼らの耳に微かな衝突音が飛び込んできたのだ。
「っ!? 何か聞こえる?」
「これは…、誰か戦っているのか?」
それは明らかな戦闘音であり、遠くない所で誰かが戦っている事がすぐに察しられた。
この状況で戦闘が発生する要因と言えば、ザンが放った魔物たちである可能性が非常に高い。
そして恐らくこの先に居るであろう魔物は、あの奇妙な継ぎ接ぎの奇妙な魔物である事はほぼ確実だった。
空を飛ぶ巨体なドラゴンは目立つ存在であり、この近くにドラゴンが現れたのなら否応なくその存在に気付いただろう。
それが無いということは、あの場に居るのはもう一方の魔物ということになる。
「ギャゥ!!」
「おい、たつお!!」
「俺たちも行こう! 冒険者学校の誰かが居るのかも…」
「否、だからちょっと待てって…」
この場で与えられた克洋の第一目標は、最重要人物であるユーリの安全確保である。
非常であるがユーリの安全を優先するためならば、無視すると言う選択が一番効率が良かったであろう。
しかしその思案は主の指示を無視して、独断で飛び出してしまった使役魔物の行動によって頓挫してしまう。
先頭を切って飛び立つたつお、その後に続いくユーリたち。
そしてその少し後に苛立たしげに髪を掻きながら、たつおとユーリたちの後を追う克洋であった。
冒険者学校の進級試験に挑んでいた少女たちの前に、異形の魔物キマイラが襲いかかる。
そんな少女たちを救うために現れた小さなドラゴン、たつおはキマイラを前にして威勢よく唸り声を上げていた。
しかし先程は不意を着くことが出来たが、やはりキマイラと戦うにはたつおはまだ幼すぎた。
小型犬程度のサイズしか無いたつおと、ライオンを一回りにしたような巨体を誇るキマイラとでは大人と子供以上の差があった。
このままではこの小さな英雄はキマイラの餌食になってしまう事は、誰の目から見ても明らかである。
「たつお、僕たちの事は良いから…」
「ギャゥ!!!!」
心配するメリアの言葉に耳を貸す事無く、たつおはキマイラの前に立ちはだかり続けた。
それに対するキマイラは尾をやられた事が頭に来たのか、殺意の篭った三つの目でドラゴンの子供を睨みつける。
このままではこの小さな英雄はキマイラの餌食になってしまう事は、誰の目から見ても明らかである。
そんな時である、まるで物語の主人公のように彼らが現れたのは…。
彼らは突如翼をはためかせて飛び出したドラゴンの子供を追い、キマイラに襲われている友人たちの姿を発見したのだ。
先ほどの魔族が用意したと言う凶悪な魔物を前に、彼らはあの小さなドラゴンに負けまいと勇敢にも戦う選択をした。
幸運にも彼らはキマイラの背後に位置しており、ドラゴンを気にしている状態のキマイラを奇襲出来る絶好のポジションだった。
奇襲の効果を最大限に活かすため、彼らは無言でアイコンタクトとハンドサインで意思疎通を行う。
そして呼吸を合わせた次の瞬間、彼らは背後からキマイラに襲いかかったのだ。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
「はぁぁぁぁっ!!」
「グラッ!?」
勇ましい雄叫びとともに飛び出してきた金髪の少年と茶髪の少女、ユーリとローラがキマイラに向かって剣を突撃する。
実戦を想定した進級試験で模造刀などと言うおもちゃを持ってくる訳が無く、ユーリの使うそれは冒険者学校から支給された真剣であった。
その剣は一級品とは言えない物の、一般的な冒険者が実際に仕事で使える程度の品質である。
魔力による肉体強化を行った状態で振り下ろされるユーリたちの一振り、それは中級クラスの魔物にも通じる事だろう。
ドラゴンに引き続き現れた予期せぬ来客に対する反応が遅れたキマイラは、あえなく彼らの一撃をまともに受けてしまった。
「なっ!?」
「刃が通らないだと!? この、化物が!!」
しかし相手はキマイラ、狂科学者の手によって竜種の防御力を手に入れた異形の魔物である。
ユーリ、ローラと言う冒険者学校一年目におけるトップクラスの者たちの剣でさえ、キマイラにダメージを与えることが叶わなかった。
まるで分厚い鉄板に剣を叩きつけたような感覚を覚えたユーリたちは、キマイラの尋常でない硬さに驚きを隠せない。
「どけ、火炎爆裂球! 」
「私も…、火炎波動!!」
前衛型の冒険者が時間を稼ぐ間に後衛型の冒険者が大砲を準備する、これもまた冒険者がよく使う戦法である。
ユーリたちのパーティーメンバーである後衛型のレジィは、しっかりと自分の役割を理解していた。
剣で駄目なら魔法とばかりにレジィは、、ユーリたちの背後で精神集中を行っていた魔法を解き放つ。
中級レベルに属する射撃魔法、相手を焼き尽くす炎の爆弾がレジィの手から生み出される。
そしてレジィに合わせてティルも、密かに準備をしていた魔法を発動させた。
レジィの警告によってユーリとローラが離れた直後、二人の後衛型の魔法はキマイラへと到達した。
お調子者で何処か格好が付かないレジィであるが、これでも彼は攻撃魔法に関する成績はユーリたちの世代の中でトップクラスであった。
その証拠にレジィは既に中級レベルの攻撃魔法を行使でき、その破壊力は並の魔物であれば一溜りも無いだろう。
駄目押しで魔法自体は初級レベルである物の、その膨大な魔力によって限界まで威力を高めたティルの攻撃魔法を加わった。
彼らが相対している相手が並の魔物であれば、今の一撃で決着を迎えていただろう。
しかしやはり相手が悪かった、キマイラに施された竜種の鱗は物理だけで無く魔法に対する耐性も非常に高かったのだ。
「グラァァッ、グラァァッ!!」
「げっ、ピンピンしてやがる!? うわっ、あぶねぇ!!」
「ちょっと、勘弁してよ!!」
お返しとばかりに放たれたキマイラのドラゴンブレスを前に、レジィとイルゼは慌てた様子で避けようとする。
間一髪の所でドラゴンブレスを回避した両名は、そのままユーリたちの方へと向かおう。
彼らは自然とユーリを中心として集まり、短くなった尻尾を苛立たしげに揺らすキマイラと相対する。
キマイラの実力を身にしみて理解したユーリたちの顔色は皆重く、この怪物と出会った不運を呪っていた。
所詮、彼らはまだ実戦経験が乏しい学生であり、このような強敵と戦うことなど想定しなかったのだろう。
自分たちの攻撃が全く通用しない化物の存在に恐怖した少年・少女たちは、絶望によって思考を停止してしまう。
この場にいる一人の少女を除いて…。
「…装甲弱体!!」
「ラッ!?」
弱体魔法、相手の能力を下げるゲームなどではお馴染みの補助魔法である。
そして装甲弱体とは弱体魔法の一種であり、相手の防御力を一時的に下げる効果を持っていた。
一人の少女が放った弱体魔法は、ユーリたちに意識を向けていたキマイラへと見事に命中する。
魔法の効果によってキマイラの鱗状の皮膚は淡く光り、ユーリたちの攻撃を受け止めた竜種の装甲を弱体化させていく。
「みんな、今ならあいつに攻撃が通じるわ!!」
「アンナ、お前…」
「硬い相手には弱体魔法、冒険者学校で習った基本でしょう?」
キマイラの力に恐怖しているユーリたちの中で、アンナだけは冷静にこの状況を打破する方法を模索していた。
ただの村の少女でしか無いアンナに取って、才能溢れる人材が揃っている冒険者学校は決して居心地の良いところでは無い。
しかし彼女は幼馴染である少年に置いて行かれまいと努力を重ね、懸命に天才たちに追いすがっていた。
アンナは自分に力が足りないことを自覚しており、それ故に足りない力を最大限に活用する方法を常に考えている。
ユーリたちが絶望しているこの状況においてもアンナは思考を止める事無く、冒険者学校で学んだ教えを元に打開策を見出したのだ。
「…ああ、行くぞ、ローラ!!」
「分かっている、全力でやるさ!
此処までお膳立てをして貰って負けたら、偉大な父の名を汚すことになるからな!!」
「ああ、待って…。 僕も行くよ!!」
「グラァァッ!?」
弱体魔法によって弱体化したキマイラ、そしてそれを成したアンナの活躍はユーリたちの士気を上げた。
先程まで見せていた情けない顔を振り払い、瞳に力を取り戻したユーリたちは再びキマイラへと挑む。
この場にキマイラは一体、それに対してユーリたちは七人と一体。
数の差が有りこの場は以前の克洋の時のように、キマイラにとって一方的に有利な暗闇の閉鎖空間でも無い。
先程までこの人数差を跳ね除ける要因となった防御力の利も無くなったキマイラには、最早ユーリたちに勝つ手段は無いだろう。
そして数分後、少年少女たちの初めての実戦は彼らの勝利で幕を閉じた。




