28. 進級試験
ユーリが冒険者学校に入学してから一年近い月日が経った。
"冒険者ユーリ"の主人公と言う立場に相応しい才能を秘めたユーリは、貪欲にこの学舎で学ぶ事でその才を開花させていった。
ただの村の少年でしか無かったユーリが、この一年でどれだけ逞しく成長しただろうか。
そして若き冒険者の卵は今日、冒険者学校一年目の締めくくりとなる進級試験へと挑むことになる。
「…諸君は冒険者の語源を知っているだろうか。 冒険者は元来、その名の通り冒険を生業にする者たちの事を指していた。
富や名声のため、知的探究心のため、退屈な日常から離れるため、冒険者たちは様々な理由を胸に秘めて危険な冒険へと繰り出した。
冒険者たちに取って魔物の討伐は副次的な生業でしか無く、本来の冒険者はもっと自由な存在だったのだ」
試験に参加する冒険者学校一年目の生徒たちに対して、学園の長であるルーベルトが語りかけていた。
整列した百人弱の生徒たちの前で話をするルーベルトの姿は、まるで現実世界での学校でよく見られる集会で長話をする校長先生のようである。
しかし現実世界の学生たちとは違い、この場に居る冒険者の卵たちは欠伸一つ漏らさずルーベルトの話に聞き入っていた。
冒険者学校の長であるルーベルトは、かつて魔王を討伐した伝説のパーティーの一員である。
冒険者を志す者としてルーベルトは尊敬すべき人物であり、この場に居る誰もが真剣な表情で伝説の戦士の言葉を聞き逃すまいと耳を傾けていた。
「今回の進級試験を通して諸君らに、冒険者の本来の在り方に立ち返って欲しい。 この経験は未来の冒険者を目指す諸君らの貴重な財産となるだろう
諸君の健闘を期待する」
現在の冒険者と言えば、魔物退治のエキスパートと同義である。
冒険者とって何より重要視される事は対魔物用の戦闘技術であり、究極的に言えば一定以上の戦闘能力を備えた者は冒険者と言えた。
しかし今より一昔前、ブレッシンが冒険者を公的な存在として定めるより前の古い時代では冒険者の在り方は違っていた。
その当時の冒険者に取って戦闘技術などは余録でしか無く、冒険をする者こそが冒険者なのだ。
ルーベルトは今では誰もが忘れている冒険者本来の在り方を認識して貰うために、冒険者学校一年目の締めくくりとしてこの進級試験を設定していた。
そしてルーベルトの話が終わり、ユーリを含む生徒たちはいよいよ進級試験に取り掛かろうとしていた。
進級試験の舞台は学外、冒険者学校が管理する広大な敷地で行われる。
複数の山を含むフィールドは殆ど整地されておらず、自然のままの姿が残っていた。
そして人間の手が入っていないその場所には、人間に害をなす魔物たちを多数生息している。
進級試験では生徒たちは数人単位でパーティーを組み、このフィールドを舞台に模擬的な冒険者の依頼を行うことになっていた。
依頼の内容は魔物の討伐、ランダムに設定された地点に潜む魔物を倒して戻るという単純な物だ。
しかし依頼で指定されている地点はどれも難所となっており、熟練の冒険者でも到達まで数日を要する場所ばかりである。
生徒たちは課せられた依頼を果たすため、魔物が出没する危険地帯を独力で進まなければならないのだ。
道なき道を踏破する、古き冒険者たちが当然のようにしていた行為を試験を通して生徒たちに体験させようと言う腹積りらしい。
「あー、眠ぃ…。 くそー、全然寝た気がしねえ…。 何時、魔物寝首を掛かれるかと思うと怖くて眠れないよ」
「気にしすぎだよ、レジィ。 ちゃんと交代で夜番もしてたし、魔物なんて襲って来ないよ」
「そもそもこんな泥臭い山奥は、シティ派の俺には合わないんだよ。
その点、お前は元気だよなー、流石山育ちは違うぜ…」
冒険者学校のカリキュラムの一環として、一般的なサバイバル技術についても学んではいる。
しかし座学で学んだ事をそのまま実戦に応用できる筈も無く、殆どの生徒たちは慣れない野外生活に苦労を強いられていた。
特に冒険者学校の生徒の中には都市部で生まれ育った事で、このような自然な環境に慣れてない人間も中には居た。
自称シティ派であるレジィもその一人であり、山の中でたった一晩を明かしただけでもう泣き言を喚いている始末だ。
「こら、無駄口を叩くな! 先はまだ長い、体力の消耗は抑えるべきだ」
「へいへい…。 おい、イルゼ。 まだ目的地は着かないのか?
「まだまだだよ、依頼された魔物の出没地点まで、後二日は掛かるよ」
「うげぇ、まだそんなに有るのかよ…」
今回の進級試験でユーリは四人パーティーを結成していた。
少し小柄な金髪の少年ユーリ、パーティーの中で一番身長が高いひょろ長の少年レジィ、ユーリより頭一つ大きい茶髪を後ろで結わえた少女ローラ、そしてユーリと同程度の身長であるバンダナを巻いた少女イルゼ。
試験のために結成された急造パーティーは、依頼で指定された地点へと向かっていた。
試験開始時に渡された地図、進級試験で課せられている依頼の目的となる魔物の出没地点が示された地図。
このパーティーの中で一番サバイバル技術に優れていたイルゼが先導役となり、ユーリたちは地図を持つ彼女の後に着いて行く。
冒険者として魔物討伐に来ているユーリたちは当然のように武装しており、皆重い武具や旅の荷物を抱えている。
重装備での山歩きは辛いのか、レジィなどは見るからにやるせない様子を見せていた。
ユーリは自称シティ派の軟弱さに苦笑いを浮かべた、レジィと正反対に活き活きとした様子で前に進むイルゼに目をやる。
「…何か楽しそうだな、イルゼ?」
「ええ、そうかな…。 ユーリは楽しくないの、この冒険は?」
「まあ、楽しいと言えば楽しいけど…」
まるでハイキングでもしている風に見えるイルゼの姿に、ユーリは少し違和感を覚えていた。
このイルゼと言う少女は普段の授業では、何処かつまらなそうに授業を受けている印象であった。
しかし今のイルゼは普段とは打って変わって、魔物が出る危険地帯に場違いな笑みを浮かべているのだ。
どうやらユーリは、このイルゼの変わり様を疑問に思ったらしい。
「うーん、やっぱり冒険はいいわよね。
冒険者、冒険をする者…。伝説の剣士様もいい事を言うよ」
「…イルゼは冒険が好きなんだな?」
「そうよ、これが私のやりたかった事なんだから…
実は私は本当の意味での冒険者になりたくて、冒険者学校に入ったのよ」
「えっ、そうなのかよ…。 道理で戦闘訓練の時、やる気無さそうにしてた訳だぜ…」
アンナやティルと寮で同室である事もあり、ユーリはイルゼと言う少女とそれなりに仲良くしていた。
人をからかう悪癖は有るものの、根が善良であるイルゼはユーリにとって好ましい友人である。
そんなイルゼの語る夢、冒険を生業とする真の意味での冒険者になりたいと言う話はユーリに取って初耳である。
道なき道を進む今の状況は彼女が望む冒険者の在り方に近い物があり、この状況を喜ばない筈が無いのだ。
何時か人類には未踏の地である暗黒大陸を冒険して、その記録を本にしたいと語るイルゼの姿はユーリにはとても眩しく見えた。
"冒険者ユーリ"の原作においてイルゼと言う少女は、冒険者学校でのエピソード中に度々顔を見せる準レギュラーと言っていいポジションのキャラクターであった。
原作においてもこの進級試験中にユーリはイルゼの夢を聞かされ、この少女の思わぬ一面を知ることになる。
照れくさそうに自らの夢を語るイルゼの劇中の描写は、その後の展開とあいまって妙に読者の記憶に残るワンシーンであった。
しかし原作においてイルゼと言う少女は、冒険者学校二年目以降のエピソードに一切顔を出さなくなってしまう。
冒険者学校一年目の最後のエピソードになる進級試験が、彼女にとっての最後の出番になるからだ。
「っ!? 何、この音?」
「ま、魔物か?」
「この鳴き声は…、まさか!?」
"冒険者ユーリ"の原作においてこの進級試験は、物語の転換期となる重要なイベントとして描かれていた。
実は原作ではこの進級試験中に、暫く鳴りを潜めていたザンが再び現れるのだ。
かつてユーリの村を襲った時のように複数のドラゴンを引き連れて、魔族の敵役は再び主人公の前に姿を見せる。
そしてイルゼは、ザンの再登場を印象づけるための重要な役どころを担っていた。
「ラァァァァッ!!」
「えっ…」
大地を揺るがす咆哮と共に、森の木々を薙ぎ倒して巨大なドラゴンが突如イルゼの前に姿を現した。
突然の事態に少女は全く反応が出来ず、呆けた表情でドラゴンと対面する。
冒険者となるべく冒険者学校で戦闘技術を身に付けていながら、イルゼはドラゴンの目の前で金縛りにあったように固まってしまった。
逃げることも戦うこともせず、イルゼはただただドラゴンの威圧に呑まれていた。
此処でイルゼを未熟者と断じるのは、彼女にとって酷であろう。
幾ら冒険者学校で学んでいるとは言え、イルゼは実戦経験が殆ど無い冒険者学校一年目の生徒でしか無い。
加えて試験に際して此処一体の魔物たちは一度間引かれており、本来なら冒険者の卵立ちが試験中に出会う魔物はゴブリンなどの下位レベルの物だけである。
ゴブリンと遭遇する心構えならイルゼも用意していたであろうが、流石にドラゴンなどと言う強力な魔物と出会う事を想定している筈も無かった。
「イルゼぇぇぇぇっ!!」
「グァァァァァァッ!!」
しかし現実にイルゼはドラゴンと遭遇してしまった。
仲間の危機に気付いたユーリがイルゼの名を叫びながら、勇敢にもドラゴンの元に駆け寄ろうとするがもう遅い。
ユーリがイルゼの元に近付くより前に、ドラゴンがイルゼに向かってドラゴンブレスを放つのが早かった。
イルゼと巨大な火球が接触した瞬間、ユーリの目の前で大爆発が起きた。




