27. たつお
ユーリたちとすっかり打ち解けたメリアを一人冒険者学校に残し、克洋は学校最寄りの街にある冒険者組合へと来ていた。
ある程度の規模に街にならば必ず設置されている、冒険者の管理を行っている冒険者組合の施設。
冒険者学校のお膝元と言うことも有り、この街の冒険者組合の施設は他と比べて巨大な物だった。
冒険者組合の施設内では多数の冒険者たちが受付の前で列をなしており、さながら現実世界の役所のようは雰囲気である。
最も現実世界の役所に、剣や鎧を身に着けた逞しい男たちが居る筈も無いが…。
冒険者の一団の中には、明らかに若い学生らしき者たちも見えた。
冒険者学校の生徒たちは学校側の許可が得られた時に限り、例外的に冒険者としての仕事を請け負える制度になっている。
仕事で得られた報酬は全て学生の物になるので、金欠の学生たちが小遣い稼ぎのために仕事を受けに来ているのだろう。
「すいません、依頼していた登録の方は…」
「ああ、済んでいるよ。 担当者に持ってこさせるから、ちょっと待っててくれ」
日本人らしく几帳面に列を並んだ克洋は、数十分後にようやく受付の前に辿り着く。
実は克洋は前日にもこの場所を訪れており、ある手続きを依頼していたのだ。
運良く受付の人間が前日に克洋の担当をした人間であったため、克洋の顔を見ただけで要件を察してくれたようだ。
端的に手続きが無事に終わった事を告げた受付の人間は、近くに居た人間に声を掛けて担当者とやらを呼んでくるように指示を出す。
受付の言葉に従い、克洋は施設の壁に寄りかかりながら待った。
「お待たせてすいません、無事に登録は完了しましたよ。
今後これはあなたの管理下に置かれますので、取扱には十分に注意して下さい。」
「ありがとうございます。 よう、ちゃんと大人しくしてた…、痛っ!?」
「ギャウゥゥゥゥゥゥッ!!」
待つこと十分後、大きな木箱を抱えた担当者とやらが姿を見せる。
担当者の男は愛想のいい笑顔を浮かべながら、克洋に持ってきた木箱を手渡した。
木箱を受け取った克洋は早速、木箱を開けて中身を取り出そうとする。
優しげに声を掛けながら箱の中に手を伸ばした克洋であったが、次の瞬間に腕に痛みが走り思わず声を上げてしまった。
克洋が木箱の中を覗き込んだら、そこには自分の腕に齧りつく小さなドラゴンの姿がそこにあった。
子犬ほどの体格のドラゴンは、克洋の腕に噛みつきながら何やら唸っているでは無いか。
「だ、大丈夫ですか? やはり幼体とは言え、龍種を使役するのは危険なのでは…」
「だ、大丈夫です。 ただの甘噛ですから…。 たつお、お前な…」
「グルルル…」
箱の中に居る小さなドラゴンは登録のためとは言え、見知らぬ場所に一晩放置された事でご機嫌斜めの様子だ。
機嫌が悪いですと言わんばかりに、ドラゴンは克洋の顔を睨みつける。
このドラゴンを此処まで運んできてくれた担当者の人は、心配そうに未だに腕を噛まれている克洋に声を掛ける。
余り騒ぎを起こしたくない克洋は、問題ないと説明をしておく。
実際このドラゴンの子供は以前から、機嫌が悪いとすぐに克洋に噛み付いてくるのだ。
しかし噛み付くと言ってもしっかり手加減はしてくれるので、特に傷が残るような怪我を負うことも無い。
克洋は箱からドラゴンの子供を取り出し、腕から手を離してくれない駄々っ子に対して呆れたような顔を見せた。
たつお、これは克洋が名付けたこのドラゴンの名前である。
その見かけは幼い物で子犬程度のサイズしか無いが、美しい白い鱗で覆われたその重量は見た目より重い。
背中の付根に白い翼を生やし、先端が尖った尾を持ち、幼いながらも立派な牙や爪を持つそれはまさにドラゴンと言う佇まいだ。
これと出会ったのはメリアの村に行く道中だった。
幼体のドラゴンを手に入れるためにわざわざメリアの村の近く、つまり人里から遠く離れた山奥に足を踏み入れた馬鹿共と克洋たちは運悪く遭遇してしまったのだ。
口封じのために問答無用で克洋たちに襲ってきた馬鹿者たちを、克洋たちは主にメリアの活躍によって返り討ちして追い払う事に成功する。
そして克洋たちは馬鹿者が運んでいた幼体のドラゴンを期せずして手に入れてしまい、仕方なく魔族の村までそれを運んだのだ。
「驚いた、これは自然種のドラゴンですよ」
「えっ!? 自然種、何でそんな物が…」
「グル?」
ドラゴンと言う魔物はそこまで珍しい存在では無い。
流石に人里の近くに現れる事はまず無いが、行く所に行けば必ず見つけられる程度の希少価値しか無い。
普通であれば強力な魔物が彷徨くと言うメリアの村の周辺に行く危険を犯して、ドラゴンを求めると言う行為は何らメリットの無い物だった。
しかしそれがただのドラゴンで無いのならば、話は大きく変わってくる。
そして魔族の村の住人にこのドラゴンを見せた時、連中が危険を犯した理由は判明した。
"冒険者ユーリ"の世界には魔物と言う名の、ファンタジーにはお約束の存在が居ることは周知の通りだろう。
実はこの世界において、魔物は大きく二通りに分けられる事が出来た。
一つは自然種、これはこの"冒険者ユーリ"の世界に存在する魔力と言う不可思議な要素によって、自然に現在の姿に進化した物たちの事である。
自然種の魔物たちはこの世界に生息する動物たちの延長線上に位置し、その生活スタイルも動物と変わらない物だった。
この自然種に属する魔物は、積極的に人間に対して害をなす事は無かった。
運悪く自然種の魔物の犠牲になった者も中には居るが、その殆どは不用意に魔物のテリトリーを犯した者たちである。
人間側が自然種の魔物たちのルールを侵さなければ、自然種の魔物たちは決して人間を襲うことは無いのだ。
一つは新製種、これはとある目的のために人為的に作られた魔物である。
この魔物たちは己が生み出された目的を果たすために、死を厭わずに積極的に行動してくるのだ。
人間に害をなすと言う明確な意思の元に…。
新製種の魔物たちは人間たちを襲うために生存していると言ってよく、必然的に冒険者たちが相手をする魔物の殆どはこの新製種に属する魔物となった。
ゴブリンやオークなどと言う以前に克洋が戦った魔物たちは、全て新製種に属する魔物たちである。
「あれ、確か前に自然種のドラゴンは淘汰されたって聞いたけど…」
「ああ、殆どの自然種のドラゴンは新製種のドラゴンによって滅ぼされた筈だった。
生き残りは噂に名高い古代龍などの高位のドラゴンたちだけと思っていたが、こんな幼いドラゴンがまだ居たなんて…」
かつてこの世界におけるドラゴンと言う存在は、全て自然種に属する魔物であった。
当時からドラゴンは最強の魔物と言う存在であり、人間たちやその他の魔物たちはドラゴンと言う強力な存在を畏怖していた。
しかし人間たちを効率よく殺害するために、とある存在がドラゴンと言う強力な魔物に目を付けたのだ。
そして誕生したのが新製種としてのドラゴンである。
新製種のドラゴンたちは自然種のドラゴンを元に、より戦闘に特化した個体として生み出されたいた。
加えては人間に害を成すと言う本能に刻み込まれた一点を除けば、その習性は元となった自然種のドラゴンと変わらない物である。
必然的に自然種のドラゴンと新製種のドラゴンはぶつかり合い、戦闘に優れた新製種が自然種を淘汰していたったのだ。
克洋たちが居る現代において、自然種のドラゴンは一部の例外を除いて滅んだ物とされていた。
「あの連中は何処からか、この自然種のドラゴンの事を聞きつけてきたのか…。
それならこいつの親は近くに…」
「否、多分この子の親は既にこの辺りには居ないだろう」
「えっ、どうして?」
「ドラゴンの独り立ちは早いんだよ、メリア。 恐らくこの子は既に母親の巣から巣立った個体だ、そして独り立ちをした所で運悪く捕まってしまったんだろう」
「ギャゥゥゥゥ…?」
現実世界で言うならば、この自然種のドラゴンは絶滅危惧種と言っていい存在であった。
仮にあの連中が克洋たちに出会うこと無く、このドラゴンを持ち帰る事が出来ていれば彼らは億万長者になっていただろう。
克洋たちは自然と貴重な自然種のドラゴンに視線を向ける。
当のドラゴンは自分がどのような存在であるか全く理解していないらしく、何処か困惑気味に唸り声をあげた。
結局、拾った責任を取ることになった克洋はドラゴンの子供の面倒を見ることになった。
本来なら元居た山に返すのが筋であるが、残念ながらこのドラゴンを山に返すのは危険であった。
少なくとも先日に克洋たちが追い払ったあの連中は、この貴重な自然種のドラゴンの存在を把握している。
そしてあの連中以外にもこのドラゴンの情報が漏れている可能性が有り、山に返した途端にこのドラゴンは再び捕まってしまうだろう。
冒険者の中には極少数であるが魔物を使役する者が居り、克洋はその例にならってこのドラゴンの魔物を自分の管理下に置こうと考えた。
そのために克洋は魔族の村に居る間に、魔族たちから魔物を使役する方法を学んだのだ。
"冒険者ユーリ"の世界にはテイマーと呼ばれている、魔物を使役する技術を持つ者たちが居る。
そしてテイマーたちは魔物を使役する技を、ある存在を参考にして身に着けた。
その存在とはずばり、人類の敵対種である魔族と呼ばれる者たちであった。
魔族たちは皆、魔物を使役する事が出来た。
以前にザンがドラゴンを率いてユーリの村に現れた時のように、魔族たちにとって魔物とは忠実なペットでしか無かった。
魔物を操る事に掛けては魔族の右に出る者は無く、克洋は魔族の教えを受けてテイマーの端くれ程度の技術を身に着けていた。
そして今日冒険者組合での手続きも終わり、たつおは正式に克洋が所有する使役魔物となったのだ。
「ぎゃぅ…」
「なんだ、メリアが居なくて寂しいのか? 大丈夫だって、近いうちにまた会えるよ」
テイマーは魔物を使役するために、魔物との意思疎通をするためのパスを結ぶ。
それは何時かのバカップルが結んでいた魔力パスに近い物であり、テイマーはこのパスを通じて魔物を従わせるのだ。
しかし魔物とパスを結ぶと言うことは、魔物の意思をダイレクトに受け止める事になる。
そのためテイマーには、魔物の精神の影響を受けて自身の精神が汚染させる同化の危険性が付き纏っていた。
事実、克洋と同じようにこの世界にやってきた健児と言う名のテイマーは、魔物と同化をしてしまい正気を失ってしまった。
このリスクによってテイマーになりたがる者は余り多くなく、この世界においてテイマーはマイナーな存在であった。
それならばこのドラゴンとパスを結び、使役することになった克洋にも同化の危険性が有るかと言えばそうでは無い。
実はこの同化と呼ばれている現象は、新製種の魔物とパスを結んでいる場合にしか起こらないのだ。
前述の通り新製種の魔物たちは、人間に害を成すことを目的に生み出されており、その精神は常に人間に対する負の感情に満たされていた。
この負の感情に侵されることによって同化は起こるのであり、逆を言えば自然種の魔物であれば同化の心配は無いのである。
熟練のテイマーであれば使役する魔物と完全に意思疎通が可能であるが、テイマーに成り立ての克洋では漠然と魔物の感情を読み取る事しか出来ない。
克洋はたつおが自分を可愛がったメリアがこの場に居ないことを寂しがっていることを察し、優しくドラゴンの子供の頭を撫でるのだった。




