26. 家族
ユーリたちの願いに応えたメリアは、先ほどティルを撃破した自身の技を披露していた。
鋭い風切り音を立てながらメリアの拳が虚空へ突き刺さり、彼女の腕が伸び切った瞬間に拳の先端から光の弾丸が放たれる。
魔力によって肉体強化された拳の一撃、それと同時に放たれる攻撃魔法の一撃。
拳と魔法の二重の衝撃が一度に放たれるそれは、言うなれば魔法拳と言っていい高等技術であった。
メリアと同じように肉体強化と魔法の発動の二刀流をこなせるユーリであるが、ユーリのそれはメリアと比較して明らかに練度が劣っていた。
ユーリが出来るのは肉体強化中に魔法を発動できるだけであり、メリアのように二つの攻撃を重ねて威力を累乗させるような事は出来ない。
そもそも二つの技術を重ね合わせるという発想すらユーリには思い付かず、メリアの魔法拳はまさに目から鱗であった。
「凄いわね、メリア。 何処でそんな技術を覚えたの?」
「村の爺ちゃん、爺ちゃんが僕の戦い方の先生だったんだよ。
…けどそんなに凄いかな、これ? 爺ちゃんに比べたら、僕はまだまだ下手くそだよ」
「何者だよ、その爺ちゃんって…」
訓練場でユーリたちの会話が聞こえてきた克洋は、心の中でその爺ちゃんの正体は魔族であると答えていた。
魔族、人間より魔力の扱いに長けた種族である彼らには、人間たちのように前衛・後衛の区別は無い。
魔族たちは巧みに魔力を制御し、造作もなく肉体強化と魔法発動の二刀流をこなしてみせる。
魔族の村で育ったメリアは魔族たちの教えを受けた事により、人間の常識である前衛・後衛の区別が付いていないのだ。
まだ人間世界の常識に慣れていないメリアは、村の魔族たちが当たり前のようにやっていた肉体強化と魔法の二刀流と言う芸当を見て驚くユーリたちの反応に戸惑っているようである。
「魔族の村は中々面白そうな場所のようですね…。
わざわざ村まで行ったのですから、お兄様お得意の原作知識とやらは伝授して来たのですか?」」
「一応、話せるだけの事をは話したけど、信じて貰えたかは微妙だったよ…。
メリアを助けた恩人って事で色々良くしてくれたし、半年を費やしたリターンはあったけどなー」
ユーリたちとメリアのやり取りを横目で見ながら、克洋は那由多に対して魔族の村に向かうまでの珍道中の模様を語っていた。
克洋に取っては苦労しか無かった旅であるが、話に聞く分には面白い話らしく那由多は笑みを浮かべながら克洋の話に聞き入る。
しかし魔族の村に着くまでの苦労は前菜でしか無く、本番は村に着いてから始まる事になる。
前述の通り克洋が魔族の村に向かった理由は、"冒険者ユーリ"の原作で描かれているメリアに降りかかる悲劇を回避するためであった。
克洋はまたしても遠い目をしながら、十人近くの魔族に囲まれて死の危険を感じたあの悪夢のような時間を思い出していた。
村に着いた克洋はメリアの案内の元、村の長の家に招かれていた。
メリアの面倒を見たことにに対する謝礼を村の長から受けた後、克洋は早速この場にやって来た表向きの理由である冒険者についての制度を話していた。
100年近く村で引き篭もっていた魔族たちの認識では、冒険者という存在は金と引き換えに魔物対峙を行う何でも屋でしか無い。
その当時はまだ冒険者は国家資格では無く、腕に自信さえあれば誰でも冒険者を名乗れる時代だったのだ。
しかし現在のブレッシンでは冒険者は資格制であり、無資格で冒険者行為をした者には厳しい罰が与えられる。
100年前の常識しかしらないメリアは無自覚のまま、無資格の冒険者として活動しようとしていた。
克洋の介入が無ければ、危うく犯罪者になる可能性があった。
ちなみに"冒険者ユーリ"の原作では、克洋の介入が無かったメリアは当然のように無許可の冒険者として活動を続けていた。
そのためメリアは案の定お尋ね者にまでなっており、日々の生活に手一杯で婿探し所では無かったようだ。
「…と言うわけで、メリアが冒険者として働くには冒険者としての資格を取らなければならないのです。
よろしければ冒険者の資格を取ることが出来る、冒険者学校と言う施設を紹介しますがどうでしょうか?」
「爺ちゃん、僕お兄さんの言う冒険者学校って所に入って冒険者になりたい。
冒険者になれば村の外でもお金を稼げるし、きっと村の役に立つよ!!」
「…解りました、全てお任せいたします」
「やったー。 ありがとう、爺ちゃん!! 僕、きっと立派な冒険者になるよ」
既に現在の冒険者としての仕組みや冒険者学校の情報を伝えていた事もあり、メリアは冒険者学校への入学に乗り気であった。
メリアの熱意が伝わったのか、村の長は再び頭を深々と下げてメリアの冒険者学校入学の一件を全て克洋に委ねる。
冒険者学校への入学が認められたメリアは、嬉しそうに微笑みながら村の長へと抱きついていた。
結局、克洋はこの場で本命の話題である原作云々の話をしなかった。
この話は冒険者学校でユーリと接触する可能性が高いメリアには聞かせたくないため、後にメリアが居ない場所で話そうと考えたのだ。
表向きの話題である冒険者学校の話が終わり、克洋は村の長の家に泊めてもらう事になった。
ちなみに村の長はメリアの育て親でもあり、此処はメリアの実家でもある。
このような小さな村の家に客間など有る筈も無く、克洋は物置か何かを整理して空けたスペースを寝床として提供されていた。
何らかの魔物の毛皮が床に敷かれており、克洋はその上で横になりながら考え事をしていた。
一体どのような手段で、魔族の村の住人たちに自分の話を信じさせればいいか。
普通に考えて此処は漫画の世界で、あなた方は未来にこうなりますよと言って信じて貰える筈も無い。
那由多やフリーダの場合はザンの行動を予知するなどして、どうにか克洋の話に信憑性を持たせることが出来た。
この村の魔族たちに対しても同じように出来るだろうか。
「…へっ?」
「少しあなたに聞きたい事があります。 此処にはあの子が居るので、まずは場所を移しましょう。」
「抵抗はしないで下さい、メリアの恩人に乱暴な真似はしたくありませんので…」
「は、はい…」
脳内で魔族たちを説得するためのプランを考えていた克洋であったが、そのプランが固まる前に動かざるをおえない状況に陥ってしまう。
明らかに武装をした魔族の村人たちがいきなり克洋の寝床に乗り込み、あれよあれよと言う間に克洋を拘束してしまったのだ。
後で聞いた話であるが、どうやら魔族の村人たちは克洋を最初から疑っていたらしい。
理由は人類の敵対種である魔族の村に訪れたにも関わらず、対して驚いた様子を見せなかった事にあった。
まさか原作を読んでいましたなどと言うことは魔族たちに解るはずも無く、克洋はこの村の秘密を知る怪しい人物として認定されてしまった。
「…お前は何者だ? 何の目的があってこの村にやってきた?」
「いや、あの…」
長の村から移動させられた克洋は、村の外れにある小屋へと連れこられてた。
中には農作業で使用しているらしい手製の粗末な農具が積まれていたおり、縄で体を拘束された克洋はその小屋の真ん中に配置される。
小屋の中には克洋を此処まで連れてきた十人ほどの魔族も入り込み、怖い目をしながら克洋の周囲を囲んでいる。
メリアが懐いている様子だったので昼の内には手を出さなかったが、あの少女が寝入った夜であれば話は別である。
これも後で聞いた話だとこの時に小屋に居た魔族たちは、最悪メリアにはあの男は夜の内に村を離れたと説明する可能性も視野に入れていたらしい。
この時の克洋は冗談では無く本気で命が危うかったのだ。
こうして狭い小屋の中で、魔族たち一同による克洋への尋問が始まってしまう。
結果として克洋は無事に生き残る事ができた。
小屋に連れていかれた克洋はそこで腹を括り、やけくそ気味に自分が知る限りの原作知識を魔族たちに聞かせてやったのである。
克洋の語る話は魔族の村の人間にとっては、荒唐無稽な話だったろう。
しかし人類が知る筈も無い西の暗黒大陸の情報や魔王の秘密、そして魔族に課せされた真の役割にまで言及した克洋の話を魔族たちは否定する事はできなかった。
駄目押しで克洋が隠し持っていた神の書の存在を、魔族たちに披露した事も効果的だった。
神の書、伝説に謳われるこのアイテムの存在は魔族たちも知悉している。
否、寿命が短い人間たちと違い、長い寿命を持つ彼らの方がこれの真の価値を理解しているのだろう。
最終的に村に危害を加える気は無いと判断された克洋は、そのまま賓客として村に暫く滞在することになった。
そして魔族の村で暫く過ごした克洋は、メリアを連れてこの冒険者学校を訪れたのである。
「その新しい獲物もリターンとやらなのですか?」
「ふふ、良いだろう! 魔族の鍛冶屋が作った一本物らしいぜ!!」
「ええ、見ただけで解りますよ。 お兄様には不釣り合いな程の業物です」
何だかんだで魔族の村の住人たちは、克洋に対して予想以上に厚遇をしてくれた。
村への行き掛けに手に入れた厄介者の対処の仕方も教えてくれたし、実力的に物足りない克洋に対して訓練も付けてくれた。
那由多が目をつけた克洋の携える刀、これも魔族の村で手に入れた一品である。
何でも100年前の侵略の際に村の魔族が持ち込んだ、暗黒大陸の魔族製の刀らしい。
来歴が来歴などで既に何人もの人間を斬ってそうな物騒な代物であるが、魔力のエキスパートである魔族が打ったこの刀を手に入れたのは克洋にとって望外の幸運であった。
調子に乗った克洋は自慢げに黒塗りの鞘に収まった刀を那由多へと見せびらかしながら、魔族の村の住人たちが自分を厚遇した真の理由を語り始めていた。
「まあこれも人間の世界でメリアの面倒を見る事になった、俺に対する礼って事なんだろうな。
いい物を貰った恩も有る事だし、どうにか今回はメリアもあの村も救えるといいんだけど…」
そもそも魔族の村の住人たちはメリアを村に埋もれさせるつもりは毛頭無く、何処かのタイミングであの娘を人間の世界に戻そうと考えていた。
人間は人間の世界で暮らした方が幸せである、それがあの少女に救われた魔族たちの決断であった。
まさかメリアが婿探しなどと言って自分から村を出ようとは思いもよらなかったらしいが、ある意味でメリアの提案は村の住人たちに取っても渡りに船だったようだ。
しかし人間の世界に全く伝手のない魔族たちは、メリア一人を村の外に放り出すのは内心で不安だったらしい。
そのためメリアを冒険者学校に入れようとする克洋の存在は重要であり、言わばこの厚遇は人間世界での村の一人娘の後ろ盾となる克洋への謝礼であった。
魔族として課せられた責務を捨てて人間の世界の中で孤独に生きていた魔族たち取って、あの無邪気な少女は光であった。
あの少女と共に過ごした日々が、孤独な魔族たちの心をどれだけ癒やしただろうか。
メリアが村の住人達を愛したように、村の魔族たちもメリアを真に愛していた。
それ故に原作で彼らは何の抵抗もせず、村の滅びを受け入れたのである。
抵抗すればメリアの命を保証しないと言う、胸糞悪い脅しに屈して…。
村で貰った刀を握りしめながら、克洋はメリアと彼女の家族を救うことを改めて決意していた。