25. 魔族の村
まさか冒険者学校に来て早々に模擬戦をやるとは思わなかったが、結果的にこの戦いはメリアの良い紹介の場となった。
ユーリたちはメリアの実力を間近で把握し、この少女が飛び級で冒険者学校二年目に編入しても問題無い事を納得した事だろう。
「うぅぅぅっ、次は負けませんからねー!!」
「すげーな、メリア! 次、次は俺と戦おうぜ」
「こら、メリアはさっき戦ったばかりでしょう。 せめて日を改めて…」
「ははは、僕なら別に大丈夫だよ」
やはり同世代同士は話が弾むのか、メリアはすっかりユーリたちと打ち解けていた。
特に自分と同じ肉体強化と魔法の二刀流を使うメリアに、ユーリは強く興味を示したらしい。
連戦であるにも関わらずメリアはユーリの提案を受け入れ、これから二回目の模擬戦が始まりそうな様相である。
訓練場の中央で騒がしく話し合う少年少女たち、そこから距離を置いた壁際で内緒話をしている二人の姿があった。
一人はこの場にメリアを連れてきた張本人である克洋、もう一人は克洋の妹を自称している那由多である。
直接会うのはほぼ一年ぶりである偽装兄妹の話題は、偽兄が連れてきたあの少女にあった。
"冒険者ユーリ"の原作の粗筋を克洋から聞いている那由多は、一目見た時からあの褐色の少女の正体に気付いていた。
「見事な物です、ユーリ様以上に肉体強化と魔法の併用を使いこなしています。
メリア、あれが私の同僚となる筈だった少女ですか…」
実はあのメリアと言う名の少女は原作において、魔族の少年ザンの元で働いていた。
つまり原作では那由多とメリアは共にザンの部下と言う立場にあり、同じ陣営に所属する同僚であったのだ。
何故メリアが人類の敵対種である魔族の陣営に付いていたのか、それは彼女の生まれ故郷の村に隠された秘密が大きく関係していた。
「…それで、魔族の村に行ってきた感想はどうでしたか?」
「すっげー怖かったよ…。 本当にあの村、魔族しか居なくってさ…」
幾ら僻地にある村とは言え、普通であれば外界と全く接触しないと言うことは無いだろう。
しかしメリアの村は凡そ100年程前から外界との接触を拒み続け、山奥で隠れるように生活をしていた。
この村には外界との接触を拒まなければならない理由があったのだ。
"冒険者ユーリ"の世界では100年ほどスパンで定期的に、魔族による人間世界への侵略が行われている。
実はメリアの村に住む住人たちは、100年前に行われた魔族と人間の戦いで生き残った魔族の敗残兵たちなのだった。
克洋は若干遠い目をしながら、メリアと共に魔族たちの村に行った時の事を思い出していた。
"冒険者ユーリ"の世界において魔族は、100年程のスパンで人類サイドへと侵略してくる人類の敵対種である。
この世界の人間にとって、魔族という存在は恐怖の象徴と言っていい。
基本的に魔族たちは人類が未だ足を踏み入れた事の無い大陸、西の暗黒大陸で生活をしていた。
魔族たちは100年の期間を経て集めた戦力を結集して、人類の拠点であるこの大陸へと攻め入る。
そして人間たちに敗北したら速やかに暗黒大陸へと撤退し、次の侵略のために戦力の回復に務めると言うルーチンワークを繰り返してきた。
メリアたちの村の魔族たちはこの悪夢のようなルーチンワークに嫌気がさし、暗黒大陸に戻ること無くこの大陸に残ることを選択したのだ。
そして彼らはこの大陸で人目を避けながら今日まで生きてきた。
「お兄さん、早く早くー! もうすぐ村が見えるよ!!」
「やっと着くのか…。 まさか此処まで時間が掛かるとは…、こら、暴れるなっ!!」
人間たちが住むこの大陸にとって、魔族たちは異物でしか無い。
自分たちの立場を理解している魔族たちは、人間たちに見付からないように秘境と言うべき場所に住み着いていた。
その村はメリアの案内が無ければとても辿り着けそうに無い、道なき道を踏破した先にあった。
事前に調べた情報によるとメリアの村が有る辺りには凶悪な魔物が出るという噂も有り、よほどの事が無ければ誰もそのような僻地に行こうとは考えないだろう。
メリアの村はブレッシン国の端、隣国であるホルムとの国境沿い近くにある険しい山々の中にあった。
旅の途中で思わぬトラブルにも遭遇した事もあり、克洋とメリアの旅路は非常に困難を極めた。
フリーダの元で体力の強化を行っていなければ、克洋はとてもこの旅を乗り切る事はできなかったに違いない。
その過程で得た思わぬ戦利品が克洋の背中に背負う箱の中で暴れ、克洋は若干切れながら箱の中身に声を掛ける。
メリアの村の人間であればこの荷物を何とか出来ると聞いたので苦労して此処まで運んできたが、これが無ければもう少し早くに目的地に着いていたかもしれない。
克洋は忌々しげに背中の箱に目線をやりながら、歩きにくい山道を進んでいった。
「あのね、お兄さん…。 実はお兄さんに言ってなかった事が一つ有るんだ…」
「おいおい、これ以上何が有るんだよ? 此処まで来るまでの苦労だけで、俺はもう、腹いっぱいだぞ」
「た、大した事じゃ無いんだけど…、実は私の村の人達って私達とちょっと変わっているんだ。
だからお兄さんも最初は驚くかもしれないけど、みんないい人たちばかりだから安心して!!」
「ふーん、ちょっと変わったね…」
魔族の村で暮らしていたメリアには魔族に対する嫌悪感は全く無いが、他の人間たちにとっては魔族は忌み嫌われた存在でしか無い。
恐らく村を離れる際に魔族がどのような存在であるか教育を受けていたのか、メリアは克洋に対して今の今まで村の住人たちが魔族である事を伝えなかった。
しかし村についてしまえば、克洋が魔族の村人たちと顔を合わせることになってしまう。
流石に口を噤んでいられないと判断したのか、メリアはこのタイミングになってようやく村の秘密をぼかしながらも克洋に伝え初めた。
実は原作知識と言う反則によって、魔族の村の秘密は克洋に取って既知の物である。
しかし原作に関する情報を此処で明かすわけにもいかず、克洋はメリアの言葉に生返事で応じるしか無かった。
克洋がメリアの故郷である魔族の村に行こうとした理由、それは"冒険者ユーリ"の原作においてメリアに降りかかる悲劇を未然に防ぐためであった。
原作においてメリアがザンの下に付いた理由、それは彼女の村を襲った悲劇にあった。
端的に言えば彼女の愛する村は滅ぼされたのである、魔族の力に恐怖する人間たちの手によって…。
定期的に魔族からの襲撃を受けている人類サイドにおいて、魔族と言う存在は恐怖の象徴と言っていい。
その事実を理解しているからこそ、メリアの村の魔族たちは人間たちと接触すること無く隠れ住んでいたのだ。
しかし原作において魔族の村の存在は、とある狂人の策略によって人間たちに知られてしまった。
そして魔族に恐怖した人間たちは、短絡的にその恐怖を取り除くために過剰戦力と言える武力を行使してしまう。
メリアが村の危機を知った時は、全てが終わっていた。
大事なや村や家族を失ったメリアは絶望し、紆余曲折を経て人間たちに復讐するためにザンの仲間になったのだ。
この不幸な事件をこの世界で繰り返さないため、克洋はメリアと共に彼女の故郷に向かう事を決断する。
そのために冒険者学校に入るためには保護者の許可が必要だとメリアを言いくるめて、克洋は彼女に魔族の村までの案内をさせたのである。
「この子がお世話になったようですね、村を代表して感謝いたします」
「い、いえ、この位は全然…。 けど驚きましたよ、まさか本物の魔族と会うことになるとは…」
「ごめんね、お兄さん。 今まで黙っていて…」
村に入った途端に先端が尖ったエルフ耳の集団に囲まれた克洋は、メリアに関して一つ気づいた事があった。
緩めの三つ編みで耳を覆っているメリアは、恐らく周囲に尖っていない自分の耳を見せたくなかったのだろう。
その村は数十人程度の住民しか居ない小さな集落であった。
木々を切り開いたスペースに木製の簡素な家が並び、村の近くには畑が耕されている。
村の住人達がエルフ耳を持つ魔族で無ければ、何処にでもある普通の村にしか見えない所だ。
村の魔族たちは帰ってきたメリアを温かな声で出迎えながらも、メリアが連れてきた克洋と言う異分子に対して明らかに警戒した様子を見せていた。
これまで人間を避けて暮らしていたこの村にいきなり外部からの人間が現れたのだ、村の魔族たちの反応は当然であろう。
しかしメリアの居る前では荒事を起こす気は無いのか、魔族たちは克洋に対して視線を送る以上の行為はしてこなかった。
そしてメリアの案内の元、克洋はこの村を収める魔族が居る家へと迎え入れられたのだ。
「見たところこの村には魔族しか居ないようですが、メリアは…」
「うん、僕はお兄さんと同じ人間だよ。 この村には僕しか人間が居ないんだ…。
だからお兄さんは人間の初めての友達なんだよ!
今から十数年前、魔族の村から程遠くない所である女性の旅人が行き倒れになっていた。
その旅人は背に生後間もない赤ん坊を背負っており、恐らく赤ん坊はこの旅人の子供だったのだろう。
魔族の村の住人が偶然その旅人を見つけた時には、既に旅人は事切れていたらしい。
既に冷たくなった旅人の背の上で、赤ん坊は衰弱しながらも微かな声で泣いていた。
そしてこの赤ん坊は魔族の村に連れて行かれ、魔族たちによって育てられることになる。
この赤ん坊は後にメリアと名付けられ、魔族の村の中に唯一の人間として成長していった。
村の魔族たちはメリアを本当の子供のように可愛がり、メリアもまた村の住人たちを愛した。
やがて成長した彼女は愛する村を救うために、村を出る決断をしたのだった。
「この子は私達にとって娘のような物でしてね…。 村の外に一人で出すのは正直不安だったのですが、あなたのような人間と巡り会えたのはこの子にとって幸いでした。
本当にありがとうございます」
「いやいや、そうなんども頭を下げて貰っても困りますよ!?」
魔族は普通の人間より寿命が長い。
そのため少なくとも100年前から生きているであろう村の長や他の住民たちの見た目は、人間で言えば三十代から四十代程度にしか見えなかった。
人とは違う存在である事を示す縦長のエルフ耳を持つ村の長は、克洋に対して改めて深々と頭を下げる。
その驚くほどの低姿勢に克洋の方が慌ててしまい、頭を上げるようにお願いするのだった。




