4. 旅路
"冒険者ユーリ"の原作知識と原作開始前と言う現状を鑑みた結果、克洋は自分と同じように現実世界から来訪してきた者が訪れそうな場所を推測した。
行く宛の無い来訪者が頼るであろう人物、それは恐らく"冒険者ユーリ"内で描かれた原作キャラクターであろう。
そして克洋は現実世界から訪れた者が会いに行きそうなキャラクターに当たりを付けた。
ユーリの育て親となっている僧侶デリック、冒険者学校の学長を務める戦士ルーベルト、後にユーリの師匠となる魔法使いフリーダ。
この世界の主人公であるユーリの父親、勇者ヨハンの元仲間の元に現れる可能性が高いのでは無いかと克洋は推測した。
理由は原作開始前の現時点において、勇者のヨハンの仲間たちがその所在がはっきりと示されている事にある。
他の原作キャラクターは所在がはっきり解らない者が多く、余程気合の入ったファンでも無い限り探し出すのは難しいだろう。
確実に原作キャラクターと遭遇したいならば、まずは勇者ヨハンの仲間たちを訪れるはずなのである。
そして克洋は勇者ヨハンの仲間の内、まずは魔法使いフリーダの元に向かうことを決断した。
最初にフリーダを選んだ理由は簡単である、勇者の仲間の中でフーリダだけは女性なのだ。
完全に克洋の偏見であるが、こういう時には女性キャラクターの元に行く可能性が高いと考えたのだろう。
「…つまり、あの大魔法使い様の元に行けば、お兄様のお仲間に出会えると?」
「その可能性は高いと思います…、多分…」
「解りました、まずはそこに向かってみましょう。 大魔法使い様にも興味が有りますからね…。
ではお兄様、そのマカショフ村の場所を教えて貰えますか?」
「えっ…、場所?」
「…お兄様」
「仕方ないだろう!? 村の名前は解っても、場所まで解る訳無いじゃんかよぉぉぉ!!」
原作において魔法使いフリーダはこの頃は、人里から離れた場所に身を置いて一人孤独に魔法の研究に励んでいる筈だった。
作中でフリーダがユーリを連れて一度だけ住まいに来ており、克洋が知っている情報はその時に出てきたマカショフと言う村の名前だけだったのだ。
確か何回か"冒険者ユーリ"の世界地図が作中に出てきており、もしかしたらそこにマカショフ村の場所が載っていたかもしれない。
しかし原作をそこまで読み込んでいない克洋は、残念ながらそのような細かな情報を知るはずも無かったのだ。
残念ながら那由多もマカショフ村と言う地名に心当たりが無いようで、この中にマカショフ村の位置を知る人間は誰も居なかった。
那由多の視線が険しくなっていく気配を察した克洋は、言い訳がましく自己弁護を行った。
肝心の場所が解らないという問題が有るが、とりあえず次の目的地が決まった所で克洋たちの話し合いは一度お開きになった。
何時の間にか窓の外はすっかり暗くなっており、先ほど宿の人間から消灯を命じられたのである。
恐らく時間的にまだ夜の九時を回った頃合いであり、現実世界であればまだまだ活動時間であろう。
しかし電灯など存在しないファンタジー世界の夜は早いのだ。
「では話の続きは翌日に行いましょう、お休みなさい、お兄様」
「お、おう…」
唯一の光源であった蝋燭の火が消され、暗闇となった室内で克洋は自分の寝床に横になった。
隣のベッドには克洋の事を全く気にする様子の無い那由多が横になっている、どうやら那由多は宿代節約のために宿を一部屋しか借りなかったらしい。
克洋は那由多と同じ部屋で寝ることに対して、激しい緊張を覚えていた。
それは美しい少女と一緒に居ると言う状況に対する、嬉しい意味での緊張では無かった。
どちらかと言えばそれは、危険な猛獣と一緒に居ることに対する悲しい緊張である。
原作知識から那由多の正体を知っている克洋に取って、隣に眠る少女は猛獣に等しいのである。
仮に克洋が少女の寝こみを襲うなどの破廉恥な行為をしたら、この人斬りの少女は問答無用で自分を切ってしまうだろう。
そんな無謀な真似をする気は毛頭無い克洋は、那由多から背を向けるように体を横に向けながらベッドの上に転がる。
しかし克洋の緊張は長くは続かなかった。
克洋が寝床で横になった途端に、色々な事があり過ぎた今日一日の疲労が一気に押し寄せてきたのだ。
あっさりと睡魔に負けた克洋は、深い眠りに着くのだった。
一夜開けた次の日、克洋たちが最初に行ったのは聞き込みであった。
マカショフ村、それが克洋の同類である現実世界からの来訪者が居る可能性が高いと予想した次の目的地である。
克洋たちは目的の場所を探すために、一夜を明かしたこの街で情報収集を行うこととしたのだ。
交易の中駅地点であるこの街には様々な情報が入ってくるらしく、マカショフ村の在り処を知る者は必ず居る筈である。
それが那由多の判断であった。
「お兄さま、マカショフ村の場所が解りましたよ。 此処から意外に近いようです、早速出発しますよ」
「了解、いよいよ旅に出るのか…」
そして那由多の予想は見事に辺り、彼女は容易くマカショフ村への在り処を掴む事が出来た。
どうやらマカショフ村はこの街からそう遠くない位置に有るらしく、村の存在を知っている者が多数居たのだ。
那由多が調達してきた地図、大まかな位置関係が解るだけの粗雑な代物であるが、そこには確かにマカショフと言う文字が刻まれている。
地図の縮尺が解らないので正確な距離は出せないが、那由多の言う通り現在位置となる街からそう遠くない場所に村は存在していた。
「後、一つ面白い話を聞きましたよ。
今から一週間ほど前、奇妙な格好をした異人がマカショフ村を訪ねて回っていたそうです」
「異人!? それって…」
「何でも言葉が通じなかったようで、マカショフと喚き続けるだけだったとか…」
「うわっ、当たりっぽい…」
マカショフ村を探す異人と言う情報により、俄然、マカショフ村に克洋の同類が居る可能性が高くなった。
善は急げとばかりに、克洋たちはその日の内に街を出ることを決意する
またもや那由多の金で旅の準備を整えた克洋は、那由多と共にマカショフ村へ第一歩を踏み出していた。
食料などの旅の必需品と言う重い荷物を背負う克洋の顔は極めて明るかった。
旅はファンタジー世界の基本であり、過程を無視さえすれば今の状況はまさに克洋が夢見ていた体験である。
克洋は物語の主人公のように、意気揚々とマカショフ村へ繋る街道を歩き出した。
克洋と那由多のマカショフ村への旅路は、客観的に見れば何の障害も起きる事無く順風満帆に終わったと言えよう。
この世界では有り触れた存在である野盗の襲撃や、ファンタジー世界に付き物であるモンスターの襲撃も無く、天候も概ね順調であった。
この世界の住人であり旅慣れている那由多にとって、マカショフ村への旅路は極めて楽な物であった。
しかし現代人である克洋にとっては、はっきり言ってこの旅は苦行でしか無かった。
「はぁはぁ…」
「この程度で息を荒げるとは鈍っていますね、お兄様…」
「五月蝿い、現代人の体力の無さを舐めるなよ…」
車などと言う文明の利器が存在しないこの世界において、二本の足は最もよく使われる移動の手段である。
しかし那由多と違い克洋は文明の利器に頼りきった現代人であり、己の足で長距離を旅した経験など皆無であった。
そのため那由多と克洋のマカショフ村への旅路は、克洋が足を引っ張る形で那由多の予想以上に捗ってなかった。
一応克洋を擁護するために言っておくが、別に克洋が極端に貧弱であった訳では無い。
克洋は現実世界では普通の若者程度の体力があるのだが、それはこの世界の基準に合わせたら普通未満になっただけの話である。
文明の利器が無く体が資本であるファンタジー世界の人間と、文明の利器にどっぷり染まった人間を比較する方が無茶なのだ。
「に、荷物が重い…」
「その位は頑張ってください。 これ以上は手伝いませんよ」
加えて克洋は背に旅の装備一式を担いでおり、その重みが克洋を徐々に消耗させていった。
情けない事に克洋は既に、年下の少女に荷物の一部を持って貰っていた。
しかし幾らか軽くなったとは言え、未だに背に掛かる重量は克洋を追い詰めていった。
「そ、そろそろ転移魔法を…」
「駄目です、まだ日暮れまで時間は有ります。 後二時間は進まないと…」
「そんな…、後二時間も歩くのかよ…」
克洋の唯一の特技と言える転移魔法での移動は、残念ながら那由多に禁じられてしまった。
回数制限が有り、一定以上使ったら消耗して動けなくなってしまう魔法を頼って旅をするのは危険と判断したらしい。
ただしこの旅の間に、克洋が全く転移魔法を使わなかった訳では無い。
克洋の遅いペースに合わせた事によって発生した遅れを取り戻すために、帳尻を合わせる意味で一日の最後に転移魔法を使用したのだ。
日中は徒歩で進めるだけ進み、徒歩の移動が危険となる日暮れになったら克洋が出した遅れを取り戻すために転移魔法を使用する。
この調子で克洋と那由多のマカショフ村への旅路が行われていった。
マカショフ村へ向けて街を出る際、旅への期待により克洋の表情は明るく輝いていた。
しかし旅が開始して僅か一時間後に、現実を知った克洋の表情がすっかり曇った事は言うまでも無い。
克洋が足を引っ張った旅の遅れを克洋の転移魔法によって取り戻した事によって、結果的にマカショフ村への到着は那由多の予定通りの期日になった。
村に付いた克洋は感動の余り、自然と瞳から涙が溢れ落ちてしまう。
克洋の足はこれまでの旅の疲労によって、生まれたての子鹿のように震えてていた。
マカショフ村は小さな余り大きな集落では無いらしく、今回の旅の出発地点であったあの街の半分にも満たない規模であろう。
しかしマカショフ村が大した事のない田舎町であったとしても、克洋たちには何の関係も無い。
何故なら克洋たちは別にこの田舎町に訪れたかったのでは無く、あくまでこの近くに済むフリーダに会うためにやって来たのだ。
「ああ、フリーダ様ならあの森を抜けた所にに居られるよ。
週に一度、この村に食料品や日用品の買い出しに来られるんだ」
「ありがとうございます、おじ様」
早速克洋たちはフリーダの居場所を探るために、とりあえずこの街唯一の店と思われる雑貨店の主に声を掛けた。
そしてリンゴのような見た目をした果実を購入しながら、那由多が愛想よく質問した結果がこれである。
フリーダの存在は村では有名人らしく、少し聞きこみをするだけであっさりとその住処を知ることが出来た。
恐らく質問をしたのが克洋であったのならば、あの親父はもう少し口が重かった事だろう。
刀を指している事と内面の狂気を無視すれば、お淑やかなお嬢様にしか見えない那由多が声を掛けた事におって親父の口が軽くなったに違いない。
那由多の本性を知っている克洋は、酷い詐欺を見ているような気分で目の前のやり取りを眺めていた。