23. 再会
対抗試合と言う一大イベントを終えたユーリたちであったが、彼らは息をつく暇も無く次々に新たな出来事と遭遇してしまう。
これが物語の主人公の宿命と言うかのように、ユーリたちが在学中の冒険者学校は常にトラブル続きだったのだ。
対抗試合で一躍名を上げた那由多を筆頭に、今年の冒険者学校一年目の生徒たちは皆粒揃いと噂されるようになっていた。
一年生ばかりが注目されて自分たちが蔑ろにされる状況に不満が爆発した陰の薄い二年生たちが、生意気な一年生たちに勝負を挑んだあの学年別抗争事件。
かつて幼いころに勇者ヨハンに淡い恋心を抱いたブレッシンの姫君、彼女は憧れた人物の面影を感じさせる生意気な少年と運命の出会いを果たす。
"冒険者ユーリ"のファンの間に年上キラーと揶揄されたユーリ君の本領発揮となった、十歳のお姫様と原作主人公との遭遇イベント。
対抗試合という事実上の前衛型志望の学生たちが主役になるイベントに対して、これは後衛型志望の学生たちが主役となるイベントであった。
学外の広大なフィールドで生徒たちが二組に別れて行う集団戦闘実習、広範囲攻撃を得意とする後衛型が活躍するこのイベントで魔力の申し子であるティルが獅子奮迅の活躍を見せた。
原作では単行本二冊ほどの尺を使って描かれた、ユーリたちの冒険者学校一年目の後半戦。
イレギュラーな展開も無くほぼ原作通りに事が行われたので詳細は割愛するが、ユーリたちは様々な体験を経て逞しく成長していった。
週に一度の休養日、ユーリは幼馴染であるアンナと共に学内にある図書室へと来ていた。
そこにはこの世界では貴重品である地図を熱心に眺めるアンナと、その横で退屈そうにしているユーリの姿があった。
「いやー、一年目ももうすぐ終わりだな…。 あっという間に終わったぜ…」
「こら、まだ進級試験が残っているでしょう。 この試験の成績が悪いと進級できない可能性も有るんだから油断しないの!
ほら、ちゃんと試験場所の地理を覚えておかないと…」
冒険者学校一年目のカリキュラムは瞬く間に消化され、残るイベントは一年目の総仕上げと言える進級試験だけであった。
進級試験の成績が悪い者は二年目への進級は叶わず、この冒険者学校から除籍されることなってしまう。
国が運営する冒険者学校は決して慈善事業でやっている訳では無く、あくまで後のブレッシン国の財産となる未来の冒険者を育てるための施設である。
とても冒険者が務まりそう担い劣等生や素行不良な生徒は容赦無く排除されており、実際に何人もの人間が既に除籍されていた。
進級試験で合格基準を満たさない者が除籍されると言う話も、決してハッタリでは無い。
特に平均を下回る程度の成績でしか無いアンナに取っては厳しい試練と言え、進級試験を前にしたアンナはプレッシャーから若干ピリピリとしている様子だった。
進級試験は学外で行われる実戦形式の演習であり、試験場所は当日まで秘密であるとされていた。
しかしこの試験場所は毎年同じであるため、一個上の先輩と繋がりがる人間は事前にその場所を知ることが出来るのだ。
アンナは情報通であるルームメイトのイルゼ経由で試験場所を知り、少しでも試験を有利に進めるために頭の中に地理を叩き込もうとしているらしい。
「…お、那由多じゃん! どうしたんだ?」
「あら、こんな所に居ましたか、ユーリ様。
いえ、少しお知らせしたい事が有りまして…」
幼馴染に合わせて地図を眺めていたユーリは、図書室に入ってきた人物に気が付いて顔を輝かせる。
その着物姿の少女、那由多は穏やかな笑みを浮かべながらユーリたちの元に近づく。
どうやら那由多はユーリたち何か用があるらしく、今まで彼らを探していたらしい。
そして那由多はユーリたち、ある人物がこの冒険者学校にやって来た事実を伝えるのだった。
ユーリたちより一足先に那由多から話を聞いたティルは、全速力で冒険者学校の正面玄関へと向かっていた。
その有り余る魔力と反して冒険者学校内では下から数える方が早い程度の身体能力で、ティルは必死に正面玄関に向かって駆けていく。
原作で描かれているティルは何処か陰が強い少女であった。
彼女は生まれた時から周囲に迫害され、嫌な思い出しか無いとは言え生まれ故郷を魔物に滅ぼされ、野盗に攫われて口に出すのも憚れるような扱いを受けたのだ。
この負の連鎖の影響で原作のティルは精神的に不安定であり、何時も暗い表情を浮かべていた。
翻って今のティルは原作とは異なり、克洋たちの介入によって穏便に村からの脱出を果たしていた。
故郷の村が滅ぼされる事も無く、野盗の慰み者になる事も無い。
村での長きに渡る監禁生活の過去は消せないが、それを打ち消して余りあるフリーダの元での温かな生活は彼女に笑顔を作り出していた。
ティルは原作で決して見ることは出来ない満面の笑みを浮かべながら、丁度冒険者学校の玄関となる門に辿り着いた人物を出迎えていた。
「カツヒロさん!!」
「えっ…、ティル? お前、大きくなったな…」
一年ぶりに見る想い人の姿は、昔に比べて何処か逞しく見えた。
ティルが成長したように、克洋もまたこの一年で大きく成長したのだろう。
既に成長期を終えた克洋の見た目自体は殆ど代わりが無く、以前より少し髪が伸びた程度であった。
しかし克洋が身に付けている防具、ユーリの村の人間が送ったドラゴン製の防具に付けられた幾つもの傷が克洋の成長を暗に示している。
刀を携えドラゴン製の防具を纏った姿は様になっており、克洋はすっかり一端の冒険者らしい姿となっていた。
ティルは恋する少女よろしく、克洋の背後に煌めくエフェクトのような物を幻視していた。
克洋に会ったら話そうと思っていた事が一杯あったのが、久々の再開で緊張したティルは言葉が出ずに口籠ってしまう。
「うわぁぁっ、大きい建物。 本当に此処に住んでいいの、お兄さん?」
「いいか、お前は遊びに来たんじゃ無いんだぞ。 此処で冒険者になるための勉強に来たんだからな!!」
「…えっ? …誰です、その子は?」
克洋とティルの感動の再開、しかしこの二人の世界に割り込む第三の人物が現れてしまう。
否、この人物が初めから克洋の横に居たのだが、克洋しか目に入っていなかったティルは今まで気が付かなかったらしい。
それはティルと同年代と思われる少女であった。
髪をゆるい三つ編みでまとめていた浅黒い肌の少女は、最初に此処に来た時のティルと同じように冒険者学校の巨大さに驚いているようだ。
自分と同世代の少女が想い人の隣に居る、その事実にティルは胸の内から嫌な気持ちを感じていた。
初めて感じる嫉妬と言う感情に味わいながら、ティルは極めて低い声で克洋が連れてきた少女の素性を訪ねた。
克洋が連れてきた三つ編みの少女の名はメリア、ララたちと別れた直後に克洋が遭遇したあの少女である。
どうやら克洋はあの後、メリアと行動を共にしていたらしい。
あの後、那由多から克洋の来訪の情報を聞きつけたユーリたちも正面玄関に現れ、この場所で長話をする訳には行かず移動することになった。
那由多経由で事前に許可を取っていたので、克洋は誰に咎められる事も無く冒険者学校へと足を踏み入れる。
そして応接室らしき部屋に通された克洋は、とりあえず自分が連れてきたメリアと言う新顔の紹介を初めていた。
「こいつはメリア。 来年からこの冒険者学校に通うことになるから、まあ仲良くしてやってくれ」
「メリアです、よろしくー!!」
「へー、じゃあ俺達の一つ下の世代になるのか」
「否、お前たちの代だ。 二年目に編入させることになっている」
「凄い、一年目のカリキュラムを免除だなんて…、そんなに優秀な子なんですか?」
克洋が連れてきた少女、メリアは可愛らしく笑いながら元気よく自己紹介を行う。
冒険者学校に克洋が現れた理由、それはこのメリアと言う少女をこの学校に連れてくるためだったらしい。
しかもユーリたちが行った一年目のカリキュラムを省き、いきなり来年よりユーリたちと同じ二年目に編入させようと言うのだ。
一年目を飛ばすと言うことはそこで学ぶ基礎の訓練が不要である事を意味しており、この少女にはそれだけの力量があるのだろう。
一年目のカリキュラムを飛ばして二年目に編入されると言う話は、"冒険者ユーリ"の原作でティルが行った事であった。
故郷が魔物に襲われた後、野盗に攫われたティルが助け出され、その魔力を制御する術を身に着けるために冒険者学校に入れられる。
この時にティルはメリアと同様に二年目に編入され、そこで初めてユーリたちと出会うのだった。
「はぁ、やっとこいつから解放されるぜ。 此処半年、こいつに振り回されって放しだったからな…」
「えっ、カツヒロさん!? そんなに長い間、この子と一緒に居たんですか? なんで…」
克洋は大袈裟に両腕を天に伸ばしながら、メリアを冒険者学校に預けられた事を喜んでいた。
どうやら克洋はあの市場でメリアと遭遇してから、今までこの少女の面倒を見る羽目になっていたらしい。
そして半年もの間、想い人である克洋がメリアと一緒に居たと言う事実をティルが見逃さない筈も無かった。
ティルはまたもや胸に嫌な気持ちを覚えながら、克洋にメリアと行動を共にしていた経緯を尋ねる。
「まあ一言で言えばこいつが世間知らずだったって事に尽きるな。 こいつの生まれ故郷がとんでもない辺鄙な所にあってな…
信じられないことにこいつ、冒険者の制度すら理解してなかったんだよ」
「冒険者を知らなかった!? どんだけ田舎者なんだよ!!」
「あっ、僕の村を馬鹿にしないでよ! 凄く良いところなんだから!!」
「そこに行くまで片道一ヶ月以上掛からなければな…。 お前の村に行って帰るだけで、俺の半年は潰れたんだぞ!!」
今から100年ほど前より制定された冒険者と言う制度は既に国中に広まっており、完璧な田舎と言っていいユーリの村でさえ冒険者を知らない者は居なかった。
しかし克洋の話が本当であれば、このメリアが居た村には誰も冒険者と言う存在を知らなかったらしい。
外界と交流があれば嫌でも耳に入ってくるであろう冒険者の存在を知らないとは、メリアの村は100年以上もの間外界と接触していなかった事を意味する。
密かに小さな村の田舎者である事を気にしていたユーリは、自分とは桁違いの田舎者であるメリアと言う存在に衝撃を受けていた。
既に此処ブレッシン国において、冒険者と言う存在は切っても切れない存在である。
その冒険者の存在自体を知らないと言うことは、この国の常識を全く知らないと言っても良いだろう。
この非常識な少女の面倒を見るのは確かに苦労しそうであり、克洋の反応も納得が行くものである。
自分の村に愛着のあるメリアは、その村を貶すような事を言う克洋に怒りを見せる。
そして始める克洋とメリアの些細な諍いに、苦虫を潰したような様子の恋する少女を除いた他の面々は呆れたような表情を浮かべていた。