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「冒険者ユーリ」の世界にやって来ました  作者: yamaki
第一章 冒険者学校一年目編
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22. 対抗試合・エキシビジョンマッチ(2)


 前衛型の冒険者が必殺技と定めている動作は、これまた有りがちであるが一つの大きな欠点が存在した。

 瞬間的に限界まで肉体強化を行った反動によって、一瞬だけだが体が言うことがを効かなくなるのだ。

 そして必殺と定めた居合を防がれた那由多もまた、伝説の戦士の前で無防備な状態を晒してしまう。

 しかしルーベルトは硬直した那由多に対して何もしなかった。

 体の自由を取り戻した那由多が自分から距離を取るのを見逃し、これが格の差とばかりに泰然と剣を構えたままである。


「…ルーベルト様の障壁魔法、それは魔族が使うそれと同等と見受けました」

「はっはっは、私は所詮人間だよ。 流石にその領域には…」

「ならばそれを破れなければ魔族に私の剣は決して届きません。

 ふふふ、その障壁は此処で身に付けた成果を試すには打って付けです…」


 自身の剣の全てを込めた必殺の居合、それは那由多が対魔族用に身に着けた最大威力の技である。

 これを防がれたと言うことは自らの剣が負けた事に等しく、剣に生きる者としては屈辱であろう。

 しかし那由多は自分の居合を防いだルーベルト前にして落ち込む所か、逆に闘志を燃やしているようであった。

 ルーベルトの障壁魔法は那由多の見たところ、あの魔族の少年のそれに近いレベルの物であった。

 ただの人間が魔力の申し子と言える魔族と同レベルの障壁を展開出来ると言うだけで、この眼の前の中年男性が伝説に謳われる人物であると理解させられる。

 少なくともこの障壁を破れなければ、自分はあの憎き魔族に勝つことは不可能だ。

 言うなればこのルーベルトとの戦いは、今の自分があの魔族の少年に通じるか試すための試金石と言えた。


「…何をする気だい?」

「ルーベルト様、何故私がこの冒険者学校に入学したか解りますか?」

「…否、解らない。 はっきり言って君の実力は学生レベルを超えている、此処で君に教えられる事は…」

「私は此処で私が持っていなかった技術を身に着けたかったのです。 後衛型の技術、魔法と言う物を…」


 あの因縁の魔族ザンに敗北した那由多は諦める事無く、ザンに勝つ方法を模索していた。

 必殺技として昇華させたあの居合は、那由多が持つ剣の集大成と呼べる物である。

 十年後の自分であれば兎も角、現時点の那由多では剣であれ以上の威力を出すことは出来ない。

 負けを認めるようで非常に不快であるが、今の那由多では剣だけであの魔族に勝つことは不可能である。

 それ故に那由多は剣以外の活路を見出すために、魔法という技術に興味を示したのだ。

 そしてズブの素人である自分が魔法を学ぶに一番相応しい場所である、冒険者学校への入学を那由多は決意した。


「前衛型の冒険者がもっともよく使う魔法と言えば、武器の威力を強化する魔力付与(エンチャント)です。

 魔力付与(エンチャント)によって剣の切れ味を上げる、しかし私はこの手を使うことは出来ませんでした」

「どうしてだい? 魔力付与(エンチャント)ならば確実に君の居合は…」

「些か恥ずかしい話なのですが…、魔力付与(エンチャント)を施した刀を鞘に納められないのです…」

「成程、魔力付与(エンチャント)を施した刀を鞘に納めたら、鞘が壊れてしまうのか…」


 那由多の言う通り魔力付与(エンチャント)は、前衛型の冒険者の中で最も使用頻度が高い魔法であろう。

 一定時間効果が持続するこの魔法は事前に掛けておけば、肉体強化を行っている戦闘中に魔法を発動する必要が無くなる。

 以前に触れた通り肉体強化のために魔力を使用している状態で、同時に魔法を発動する事は極めて難しい。

 魔力付与(エンチャント)で有ればその魔法の特性上、同時に使用することが無いため魔法に不慣れな前衛型の冒険者でも使いやすいのだ。

 しかし那由多は魔力付与(エンチャント)と言う手段を選択出来無かった、理由は彼女が必殺の動作として定めたあの居合にある。

 魔力付与(エンチャント)を付与した刀は、魔法の効果によって刀身全体に魔力の膜に包まれる。

 それによって刀の面積が一時的に増しており、この状態で鞘に刀を収めると鞘が壊れてしまうのだ。

 一度必殺技として定めた動作を変えることは極めて難しく、やろうと思ったら数ヶ月、下手をすれば数年程度の矯正期間が必要となる。

 そして今の那由多には悠長に居合の動作を他の物に矯正している余裕は無かった。

 那由多が居合を必殺の動作として定めた時は、まさか魔力付与(エンチャント)を併用するとは夢に思わなかった。

 このような展開になると解っていたならば居合を選択しなかったであろうが、今となっては後の祭りである。


「次に前衛型の冒険者が強固な魔物と対峙する際に使用する魔法、相手の皮膚を弱体化させる弱体魔法(デバフ)ですね。

 しかしこれは対魔物では有用ですが、私の目的にはそぐわない」

弱体魔法(デバフ)は障壁魔法には効果が無いからね…」


 弱体魔法(デバフ)、それはゲーム的に説明するならば相手の防御力を下げる魔法である。

 高い防御力を持つ魔物、弱体魔法(デバフ)はその強固な皮膚に対して魔法の効果によって一時的な綻びを作るのだ。

 前衛型の中には弱体魔法(デバフ)で一時的に急所と呼べる部分を作り、そこを集中的に攻撃する事で通常では傷すら付けられない強固な魔物を討伐することが出来た。

 しかしこの魔法はあくまで魔物の体に有効であり、残念ながらザンやルーベルトが使う障壁魔法には効果が無かった。

 そのため那由多は、この弱体魔法(デバフ)を選択肢から外さざるをえなかった。


魔力付与(エンチャント)弱体魔法(デバフ)。 前衛型の冒険者が使う代表的な補助魔法は全て却下されたか…。

 まさか付け焼き刃の攻撃魔法に頼る筈も無いし、一体君は此処でどんな魔法を身に着けたのか?」

「それを今からお見せしましょう。 これは私がこの冒険者学校で身に付けた文字通りの奥の手です…」


 刀を鞘に収めて前傾の姿勢を取る、先ほどと同じ那由多の居合の構えである。

 彼女が冒険者学校で習得した対魔族用の奥の手、それを今からルーベルトに実演しようと言うのだろう。

 那由多の言葉はハッタリでは無い。

 この少女にはまだ本当に奥の手が残されている事を察したルーベルトは、警戒を深めながら剣を構え直した。











 居合の構えを取りながら、那由多は自分の内に精神を集中させる。

 幼い頃から慣れしたんだ魔力による肉体強化とは全く異なる、この学校で身に付けた魔力を魔法として行使する感覚。

 残念ながら魔法の才は克洋と同程度しか無かった那由多のそれは、学生レベルで見てもそこまで誇れる物では無いだろう。

 しかし那由多の本職は剣であり、それを補助する面で考えればこの拙い魔法でも十分足りる。

 魔法の発動に必要な精神集中を終えて、那由多は静かにそれを発動するための呪文を唱えた。


「参ります……、身体強化(ブースト)!!」

身体強化(ブースト)だと!? そうか、足りない身体能力を魔法で補うって事か…」


 この冒険者学校で魔法を習得した那由多が選んだ魔法、それは身体強化(ブースト)であった。

 身体強化(ブースト)、前衛型の冒険者が使用する魔力による肉体強化の技術を擬似的に再現した魔法である。

 身体強化(ブースト)の魔法は問題無く発動し、那由多の全身に淡い魔力の光が包み込まれる。

 普段、那由多が息を吸うように行っている自前の肉体強化とは異なる、機械的で何処かぎこちない肉体強化が発動した。

 魔法によって再現された肉体強化の効果は、本職の前衛型が使うそれと比較して明らかに効率が悪い。

 事実、今那由多が自分に施した身体強化(ブースト)の効果は、自身が肉体強化を行った時と比べて明らかに劣っていた。

 このままではルーベルトの障壁を破る所か、下手すればローラの障壁を破れるかどうかも怪しいだろう。

 しかし今の身体強化(ブースト)が掛かった状態で、自前の肉体強化を上乗せすればどうであろうか。

 那由多自身が行う魔力による肉体強化の上に、身体強化(ブースト)による肉体強化を上乗せする。

 二重の肉体強化を掛ける事によって自身を強化する事が、那由多がこの冒険者学校で見つけた対ザン用の答えだった。


「…本当にその状態でまともに動けるのかい?」

「あら、もしかして私の剣を受け止める自信が有りませんか? ルーベルト様」


 肉体強化をした状態に身体強化(ブースト)を上乗せする、言葉にするだけなら単純明快な手法である。

 しかし世に幾万と居る前衛型の冒険者たちの中に今の那由多と同じ手法を使う者かと言えば、ルーベルトの知る限りでは皆無であった。

 この手法には一つの大きな欠点が存在した。

 それは自前の強化と身体強化(ブースト)による強化、この二つの強化を併用するのは極めて難しい事に有る。

 魔力を自身の内に回して行う肉体強化と、魔力を自身の外に回して発動する魔法は全く異なる技術である。

 そして身体強化(ブースト)も前衛型の肉体強化の擬似的に再現した魔法では有るが、魔法と言うシステムに組み込まれた時点で肉体強化と全く異なる物となっていた。

 似て非なる二つの強化を同時に操ると言う事は困難であり、並の冒険者であれば体が言うことを聞かずに逆に動けなくなるであろう。

 目の前の着物姿の少女はこの困難な壁を克服し、本当に二重の強化を行っている自分の体を制御出来ているのか。

 ルーベルトの問いかけに対して、軽口を叩きながら那由多は挑発するかのような視線で応じた。

 那由多の反応に何かを感じ取ったルーベルトは、先ほどと同じ場所に障壁魔法を展開する。

 受けて立つと言わんばかりのルーベルトの姿に、那由多は闘技場には似つかわしくない可憐な笑みを零した。






 結論から言えば那由多は自前の肉体強化と身体強化(ブースト)による肉体強化と言う、二重の強化を完璧に制御して見せた。

 二重の強化によって高められた那由多の動きは、歴戦の戦士であるルーベルトでさえも完全に追うことが出来ない程である。

 まるで瞬間移動をしたかのように、那由多は一瞬でルーベルトの懐にまで飛び込む。

 そして再び放たれる必殺の居合が、ルーベルトの障壁魔法に向かって放たれた。

 会場全体に伝わる程の衝撃音と共に、金属が折れたときに響く澄んだ音が鳴った。


「…私の負けだな」

「…いえ、私の完敗です」


 殆どの観客の目にはルーベルトの那由多の刹那の攻防を追うことは出来ず、彼らの目の前にはその結果のみが映し出されていた。

 闘技場の中央で居合を放った姿勢のまま固まる那由多、その手に持つ刀の刀身は無残にも真っ二つに分たれている。

 そして那由多に相対するルーベルトは両腕に持った剣を、先ほど障壁魔法が貼られていた付近に構えていた。

 状況から推測する限り、那由多の刀はこのルーベルトの剣によって断たれたのであろう。

 両断された刀身の片割れが重力に引かれて落下し、闘技場の地面へと突き刺さる。

 それを合図にルーベルトと那由多は互いに剣を納め、自らの負けを宣言しあった。

 那由多に取ってこの戦いは敗北であった。

 剣士の命と言える刀が断たれたのだ、一剣士として負けを認める他は無い。

 一応当初の目的であったルーベルトの障壁魔法を突破することには成功したが、実戦であれば剣を折られた時点で敗北は確定であろう。

 ルーベルトに取ってこの戦いは敗北であった。

 この自分の娘と変わらない年の少女に、勇者ヨハンが率いるパーティーの盾であった自分の障壁魔法が破られたのである。

 どうにか障壁魔法を破った那由多の居合を剣で受け止め、障壁魔法を突破する過程で威力が弱まっていたそれを逆に両断する事は出来た。

 一応面目を保てる結果にはなったと思うが、障壁魔法が破られた時点で自分は敗北したと言っていいだろう。


「今日はこの辺りにしておこうか、君の体もそろそろ限界に近いだろう」

「はい、私の我儘にお付き合い頂き、ありがとうございましす。

 今日はとても楽しいひと時を過ごすことが出来ました」


 伝説の戦士ルーベルトの戦いを間近で見られた観客たちは、闘技場に向かって熱い声援を向けていた。

 観客たちは口々にルーベルトを讃え、伝説の戦士に喰らいついた若き冒険者の卵の健闘を労った。

 観客たちの声が降り注ぐ闘技場の中心で、那由多はルーベルトに対して感謝の言葉を述べる。

 今日は那由多に取って有益な一日であった。特に対ザン用に身に付けた、身体強化(ブースト)の成果を確かめられたのは大きい。

 しかし身体強化(ブースト)の併用は、まだまだ改善点が存在した。

 二重の強化は体に多大な負荷を掛けるようで、この僅かな攻防だけで那由多の全身は悲鳴を上げてしまっている。

 練習で試した時にはもう少し消耗は少なかったのだが、やはり実戦ともなると負荷は倍増するらしい。


「ふふふ…、少し残念ですよ。

 仮に私があの魔族の下に付いていたら、ルーベルト様やローラ様と命がけの斬り合いが出来ましたのに…」

「ははは、私は君をこちら側に引き込んだ克洋くんとやらに感謝するよ…」


 現在の那由多は言うなれば人間サイドに居るため、ルーベルトとは仲間同士と言える。

 この戦いも真剣こそ使っている物の、所詮は仲間同士のじゃれ合いであり殺し合いの空気とは程遠い。

 恐らく那由多が今の位置に居る限り、ルーベルトやローラたちは本当の意味で自分と斬り合う事は無いだろう。

 達人との真剣による殺し合うを好む那由多に取って、それは非常に残念な事であった。

 今更、あの魔族の少年に付く気は毛頭無いが、仮に自分が魔族サイドに付いたならばルーベルトとローラは本物の殺気と共に自分を殺しに来てくれるだろう。

 それはこの人斬りの物騒な少女に取っては最上の喜びであり、それが叶わぬ今の立場に那由多は若干の不満を抱いているらしい。

 フリーダ経由で"冒険者ユーリ"の原作情報を知っているルーベルトは、この少女の危険性も十分に把握している。

 そして実際に剣を交えた事で、ルーベルトはこの少女が持つ狂気を垣間見ることが出来た。

 もし克洋という少年が那由多に出会わなければ、何かしらの形でこの少女は自分や自分の娘の敵として現れた可能性が高いだろう。

 ルーベルトは那由多を味方に引き入れうというファインプレーを見せた、まだ出会ったことの無い克洋という名の少年に感謝するのだった。





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