21. 対抗試合・エキシビジョンマッチ(1)
ダークホースである那由多が優勝候補であるローラを下すと言うまさかの展開で、今年の対抗試合の幕が閉じた。
予定していた試合は全て終わり、後はお偉いさんの挨拶で締めてこのイベントは終わる筈だった。
しかし勝者である那由多は、試合が終わったにも関わらず闘技場から降りて来ない。
そして有ろうことか手に持っていた模造刀を持ち上げ、その剣先を貴賓席に向けて突き付けたでは無いか。
剣を向ける那由多の視線の先には、貴賓席の中央に陣取るこの学園の長であるルーベルトが存在した。
那由多の奇行に周囲の観客や貴賓席の人間たちがざわめく中、当のルーベルトだけは笑みを深めていた。
約束を守れ、暗にそう語る那由多の視線を受けてルーベルトは徐ろに立ち上がる。
その手には学園長と言う地位に相応しい華美な礼服には似つかわしくない、無骨な大振りの剣が握られていた。
ルーベルトは何事かと問いかけてくる外野の声を無視して、そのまま闘技場まで歩み寄る。
「せっかちだな、日を改めても良かっただろうに…」
「逃げられては困りますので…、学長も忙しい身ですからね」
対抗試合の優勝を条件に伝説の戦士ルーベルトと果たし合うと言う約束は、所詮は口約束でしか無い。
流石に伝説とまで謳われる程の人物が約束を反故するとは思えないが、万が一の事を考えるなら約束の履行は早い方がいい。
そしてルーベルトの方も口では予想外と言った風だが、事前に剣を用意していた所を見ると内心でこの展開を予想していたらしい。
見た所ルーベルトの手に持つ剣は模造刀と言うおもちゃでは無く、真剣である事は読み取れる。
この伝説の戦士は約束通り、真剣での果し合いに付き合ってくれるようだ。
それならば那由多の方も試合で使っていた模造刀では無く、真剣を用意しなければならない。
「ユーリ様、あれを…」
「おう、持ってきたぜ!!」
何時の間にか闘技場に上がっていたユーリは、何処からか持ってきた刀を那由多へと差し出す。
那由多は自分とルーベルトの約束を知っていたユーリに、自らの愛刀を持ってきて貰う役割を依頼していたのだ。
那由多は先ほどまで使っていた模造刀と引き換えに、ユーリから愛刀を受け取る。
これでこちらの順便は万端、後は心ゆくまで戦うだけである。
伝説の戦士ルーベルト、那由多に取って極上とも言えるご馳走を前に少女は自然と笑みを深めていた。
突如、闘技場で向かい合った対抗試合優勝者と冒険者学校の学長。
互いに剣を持つ彼らの意図は明白であり、予想外の展開に会場に居る観客たちはざわめき始めていた。
特に那由多と交友が有るアンナたちには、学長と那由多のエキシビジョンマッチに動揺を隠せない。
「那由多、まさか本当に学長と戦うの…」
「だ、大丈夫だよな。 此処で那由多が負けてあいつの優勝が取り消しとか無いよな…」
「ルーベルトの奴、腕は落ちてないだろうな…。 鈍った腕で那由多に勝てるかな?」
冒険者学校での学園生活中に嫌でも耳に入ってきた、学長である伝説の戦士ルーベルトの逸話。
その伝説の人物に学生程度が勝てる訳も無いと誰もが考えており、那由多の無謀な行動に戦々恐々していた。
しかし真の那由多の実力を知り、ルーベルトの実力を知るフリーダだけは、この両者の戦いを興味深そうに見ていた。
「おい、大丈夫か、ローラ? 起きろよ、これを見逃したら後悔するぜ!!」
「君、止めないか。 彼女には治療が…」
「…っ!? わ、私は…」
「起きた起きた。 良かった、丁度今から始まる所だぜ」
「あれは…、那由多、それにお父様も…。 そうか、私は負けたのだな…」
那由多に刀を持ってきたユーリは、先ほど那由多にやられて意識を失っていたローラの元に来ていた。
ローラは既に闘技場の上から運びだされており、闘技場の近くで回復魔法の使い手である医療班の治療を受けていた。
ユーリは純粋な親切心から那由多から受けたダメージによって、意識を失っているローラを起こそうと声を掛ける。
その考えなしの行動を医療班は止めようとするが、その前にローラが目を意識を取り戻してしまう。
目を覚ましたローラはすぐに闘技場の上に上がっている二人の姿に気付いた。
一人は自分の決勝の相手だったローラ、一人は自分の実の父親であるルーベルト。
互いに剣を構える二人の姿と体から感じる痛みは、ローラに容赦なく敗北を実感させた。
ローラの目覚めた瞬間を見計らったかのように、伝説の戦士と人斬りの少女の戦いは始まった。
伝説の剣士ルーベルトの剣はローラとよく似ていた。
ローラは父であるルーベルトから剣の教えを受けた事は明白で有り、どちらかと言えばローラのそれがルーベルトの模倣なのだろう。
しかし相手は魔王討伐に参加したパーティーの一員、その練度は娘のそれとは桁違いである。
ローラを相手にした時には幾つか見出せた隙がルーベルトには全く見えず、その剣の一振り一振りは娘とは比べ物にならない程重い。
耐久性に余り優れない刀では受け方を少しでも間違えば、あっさりと刀身が折られてしまうだろう。
剣を交わす過程で那由多は、ルーベルトの剣が妙に対人に慣れている事に気付いた。
ルーベルトの剣は娘と同じ対魔物用のそれで有り、決して対人に優れた物では無い。
この剣は魔物相手の戦闘だけでは身に付くとは思えず、一体何処でこの男はこれ程の剣を身に着けたのか。
しかし那由多の疑問は一瞬で氷解した。
よく考えればルーベルトが対人相手に慣れているのは当然だった、否、対人では無く対魔族と言うべきだろうか。
この戦士ルーベルトは勇者のパーティの一人として、魔族たちの領域である西の暗黒大陸に足を踏み入れているのだ。
克洋の話によると魔族の中には少数だが剣を使う者も居り、この技術はその魔族との戦闘の経験値による物なのだろう。
「恐ろしいな、その若さでそれほどの腕とは…」
「流石は伝説の戦士、こちらは防ぐので精一杯ですわ」
十数合ほど剣を交えた両者は、互いに手を止めて後ろへと下がる。
一端距離を取る二人、その差は歴然だった。
那由多の方は額から汗が滲み出ており、僅かに息切れをしている。
時間にして一分にも満たないこの攻防だけで、那由多は明らかに消耗しているようだ。
それに対してルーベルトには全くの疲労は無く、涼しい顔をしていた。
あくまで学長としての目上の立場を崩さないルーベルトは、感心したように那由多の健闘を称える。
自分を下に見ているその言葉に那由多は内心で苛つくが、今の体たらくでは反論することすら出来ない。
幾らルーベルトと言えども相手は対魔物に特化した冒険者であり、対人の斬り合いに慣れた自分ならば勝機がある。
そのように考えた那由多の浅はかな考えを吹き飛ばすかのようなルーベルトの実力は、まさに伝説の戦士と呼ばれるに相応しい圧倒的な物であった。
「…さて、では此処で娘の敵討ちと行こうか。 君は私の障壁魔法を崩すことが出来るかな?」
「面白い…」
突如ルーベルトは障壁魔法を発動させて、自分の右腹部付近に淡い光を放つ半透明の障壁を展開したでは無いか。
そこは先ほど那由多が破ったローラの障壁魔法が貼られていた場所であり、ルーベルトの考えている事は明白であった。
その挑発を前に那由多の瞳は輝き、顔には三日月のような笑みが浮かんでいた。
熟練した前衛型の冒険者は有る特定の動作に連動して、瞬間的を肉体強化の効果を限界まで高める事が出来る。
その状態で繰り出される一撃は、まさにその冒険者の全てが込められた物だろう。
漫画的な表現で語るならば、それは所謂必殺技と言われるべき技術であった。
魔法と言う枠に嵌められている後衛型と違い、前衛型の使う必殺技は自由度が高かった。
究極的に使用者がその動作で肉体強化を限界まで高める事が出来れば、どんな素っ頓狂な代物でもそれは必殺技足り得る。
この技術は冒険者学校に在学中の生徒たちにはとても真似することが出来ず、勿論ローラやユーリも到達していない領域であった。
彼らの中でこの必殺技と言える技術を修得している者は、那由多一人しか居ないだろう。
那由多の使う必殺技、それは先ほどローラを一撃で倒したあの居合だった。
彼女はあの居合の動作で己の持つ全ての力を込めており、それは強固なドラゴンを両断する程の威力を誇った。
ルーベルトの挑発に乗った那由多は、ローラの時と同じように刀を鞘に納めて構える。
右腕で柄を持ち、左手で刀が収まった鞘を固定する。
前傾気味となりながら機を伺う那由多、その姿は引き絞られた弓を無双させた。
次の瞬間、那由多は一瞬で間合いを詰める。
そして障壁を張る以外は何の抵抗を見せないルーベルトに向かって、那由多は体に覚えさせた魔力による肉体強化を最大限引き出す必殺の動作を繰り出した。
那由多の魂を込めた一振りが、伝説の戦士に向かって放たれる。
「…成程、これはローラでは受け止められない訳だ」
「くっ…」
ローラの障壁は残念ながらドラゴンのそれより劣っており、那由多の居合を防ぐことは出来無かった。
では伝説の剣士と呼ばれ、勇者ヨハンが率いるパーティの剣であり盾であった者の障壁はどうであるか。
所詮は魔物の枠でしか無いドラゴン、それらを率いる魔族と言う存在と戦ってきた男である。
魔族と互角に渡り合ってきたルーベルトの障壁がドラゴン並で有る筈は無く、それは那由多の必殺の居合をあっさりと受け止めた。
半ば予想していた事であるが、やはり自身の渾身の一撃が防がれた事が悔しいのだろう。
那由多は悔しげな表情を浮かべながら、自分の刀を受け止めながら微動だにしない無傷の障壁を睨みつけた。




