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「冒険者ユーリ」の世界にやって来ました  作者: yamaki
第一章 冒険者学校一年目編
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15. 前夜


 いよいよ対抗試合を翌日が迫ってきた冒険者学校は俄に活気づいていた。

 この対抗試合は冒険者学校の生徒たちの素質を見る良い機会であるため、学校外の人間を呼んで行われる公開試合である。

 腕に自慢がある冒険者の卵達はこの舞台で活躍を見せ、冒険者と資質を周囲に見せようと考えているだろう。


「いよいよ明日は対抗試合だな! 楽しみだな」

「はぁ…、俺は憂鬱だよ。 こんな前衛向けの馬鹿騒ぎなんて…」


 冒険者学校において生徒たちに提供されている学生寮、その中にある男子棟の一室にユーリとレジィの姿があった。

 ユーリたちの寮室はアンナたちが使っているそれとほぼ同じ作りになっており、ユーリとレジィはベッドの上で雑談を行っているようだ。

 ユーリもまた対抗試合を楽しみにしている一人であり、まるで遠足を前にした子供のように興奮をしているようだった。

 それに対してユーリのルームメイトであるレジィは、対象的に憂鬱とした表情を浮かべていた。


「別に後衛向けの連中もチャンスが無い訳じゃ無いだろう?

 明日の試合は魔法の使用もオッケーなんだから…」

「アホ、壁役が居ない後衛型冒険者が、狭い試合場の中でどうやって前衛向けのゴリラ共と戦うんだよ。

 そもそも、覚えたての(ショット)ウェーブでどう勝つんだ?」


 この対抗試合は実戦を重視しており、基本的に何でもありの試合となっている。

 ある程度の怪我は冒険者学校お抱えの治癒魔法使いが治してくれる事もあり、試合では魔法の使用も許可されていた。

 しかし魔法を使おうにも某家者学校のカリキュラムの関係で、ユーリたちはろくに攻撃魔法を修得していない。

 精々使えるのは先日習った(ショット)ウェーブと言う初級攻撃魔法のみで、後は障壁魔法や付与魔法と言った補助的な魔法だけである。

 魔法の使用には精神集中の時間が必要であり、余程の熟練者でも無い限りは魔法の発動に時間を要する。

 そのため基本的に後衛型の冒険者は前衛型の冒険者たちに守られながら魔法を行使するのが一般的であり、今回の対抗試合のように一体一の状況で戦うには不向きなのだ。

 それこそフリーダクラスの魔法使いでありばノータイムで攻撃魔法を連発して相手を圧倒できるだろうが、冒険者見習いの学生たちがそのような芸当を出来る筈も無い。

 後衛型の学生たちは戦う前から敗北が決まっているような物であり、レジィのようにモチベーションが下がっいても仕方ないだろう。


「俺は試合では活躍できそうに無いし、精々別の方法で対抗試合を楽しませて貰うよ。

 まあ今回の対抗試合はローラが無双して終わるだろうぜ。 後は対抗でアーダンがどれだけ食い下がれるか…」

「うーん、多分本命は那由多じゃ無いかなー。 実際、前にローラに勝っているし…」

「はっ、ちょっと待て!? 那由多がローラに勝っただと、一体それは…」

「お、落ち着けよ、レジィ!!」


 レジィの見た所によると、今回の対抗試合はローラの優勝が決まっているような物であった。

 近接戦闘の授業でローラの牙城を崩せる物は未だに現れておらず、その実力は他と隔絶していた。

 勇者ヨハンのパーティーが一人、戦士ルーベルトの一人娘である彼女の実力は本物だった。

 しかしユーリからローラの敗北を告げられたレジィは、我を忘れてユーリに詰め寄ってしまう。

 あのローラが那由多と言う想定外の人物に敗北するなどとは、レジィにはとても信じられない話であった。

 ユーリはレジィの変わり様に僅かに怯えながら、友人のために先日行われた那由多とローラの戦いの一部始終を語る。

 レジィは何やら目を輝かせながら、那由多とローラの戦いの顛末に耳を傾けていた。






 ユーリの語るローラの敗北はレジィに凄まじい衝撃を与えた。

 一瞬ユーリに担がれたのではとも思ったが、レジィはこの少年がそのような嘘を付く人間では無いことを理解している。

 ユーリが言うのであれは、この話は確かな物であるだろう。

 レジィに取って那由多はよく解らない女であった。

 この国では珍しい黒髪黒目の容姿に加えて、東の国の民族衣装を常に身にまとっている那由多は冒険者学校内で目につく存在だった。

 基本的に此処の生徒は学校側から支給された制服の着用を義務つけられている中、どういう訳か那由多は学校内でも何時もの着物姿で通しているのだ。

 しかしその特徴的な見た目に反して那由多の授業中の印象は薄く、座学や魔法の実技授業の成績も精々並程度の物だろう。

 近接戦闘の授業で見かけない事はレジィも少し気になっていたが、まさか近接戦闘の授業を免除される程の腕だっとは思いもしなかった。


「嘘だろ!? あの着物女、そんなに強かったのかよ!!

 多分、那由多に賭けている奴なんて誰も居ないぞ、これは上手く行けば…」

「おい、一体何の話を…」

「ふふふ、お子様にはまだ早い話さ。 いい情報をありがとう、ユーリくん。

 一儲け出来たら、お前にも何か奢ってやるぜ」


 恐らく那由多の真の実力を知っている者は、この冒険者学校において僅か数人しか居ないだろう。

 誰も対抗試合で那由多が優勝すると予想する筈も無く、言うなればあの着物の少女は大穴と言える存在であった。

 ユーリの話を聞いたレジィはいい事を聞いたとばかりに嫌らしい笑みを浮かべ、友人の反応が理解できないユーリを混乱させた。






 話が一区切り付いたユーリたちは、明日の対抗試合に備えて就寝しようとしていた。

 部屋の明かりを消しに言ったユーリはふと視線を逸し、自分のベッドの右側に設置された空のベッドに目線を向ける。

 そのベッドのシーツには皺一つ見えず、未使用である事が有り有りと読み取れる。

 先に述べた通りユーリたちの寮室はアンナたちの物と同じ作りであり、本来ならこの部屋は三人で使う筈だった。

 この部屋にはユーリ・レジィと後一人の生徒に割り当てられており、この空のベットの持ち主は確かに存在する。

 しかしユーリの知る限りこのベットは一度も使用された事が無く、もう一人のルームメイトがこの寮室に決して寄り付かなかった。


「…アーダンの奴、今日も来ないな?」

「はんっ、お金持ち様には、こんな狭い部屋はお気に召さないんだろうぜ」


 アーダン、それがこの寮室を使うはずの人物の名前である。

 ユーリたちと同じ冒険者学校に所属するアーダンと言う男はこの狭い寮室に不満を持ち、わざわざ自費で別に寝床を用意している変わり者であった。

 実家が大地主らしく幼いころから英才教育を施されていたアーダンは優秀であり、学内でトップクラスの成績を収めている。

 恐らく幼いころから快適な環境に慣れていたアーダンに取って、この狭い寮室を使う事は耐えられなかったのだろう。

 冒険者学校の規則ではこの寮室の使用を義務付けておらず、アーダンの行動は問題にされるような事では無い。

 しかし他と協調しようとしないアーダンの行動を快く思っていない学生も多く、レジィなどは露骨にアーダンを嫌っているようだった。

 今夜もアーダンのベットは使われることは無く、ユーリにはその使われないベッドが何処か寂しげなように見えた。











 夜の静寂に相応しくない剣戟の音が鳴り響いていた。

 この不協和音を作っている片割れ、ローラには明らかな疲労の影が見えていた。

 額から大粒の汗が零れ落ち、息も荒くなっている。

 手に持った模造刀も僅かに震えており、一体どれだけ剣を振るったのだろうか。

 ローラと対峙するのは冒険者学校の学長であり、彼女の実の父であるルーベルトであった。

 息も絶え絶えと言ったローラと比べれてルーベルトの顔をは涼しい物であり、これだけで両者の差が如実に現れているようだった。


「はぁぁっ!!」

「甘い! そんな大振りは実戦に通用しないぞ!!」

「くっ…」


 一瞬の間を置き、ローラが裂帛の気合と共に父に向かって剣を振るう。

 数メートルあった距離を一気に積め、大上段から渾身の力を込めた剣が振り下ろされる。

 その剣は素人目ではとても捉えきれない程の剣速であり、先程まで見せていた疲労を感じさせない一振りであった。

 並の相手であればとてもこの剣を捌けないだろうが、相手は伝説の戦士として名を馳せているルーベルトである。

 熟練の戦士から見ればローラの剣はまだまだ甘い。

 まるで靄にでも斬りかかったかのようにローラの剣はルーベルトに見事に受け流されて、剣を振るった時の勢いが殺しきれなかったローラは思わずたたらを踏んでしまう。


「くっ…、もう一回お願いします!!」

「もう止せ、明日は試合だろう? 今日はこれで切り上げて体を休ませろ」

「しかし…」


 体勢を建て直して再び剣を構えたローラは、ルーベルトとの稽古を続けようとする。

 しかしルーベルトはローラの言葉を無視して剣を納め、父親らしい優しい言葉で娘を諌めようとする。

 客観的に見てもローラの姿は限界に近く、これ以上稽古を続けたら事故を起こす可能性すら有る。

 対抗試合が翌日に控えている状況で、これ以上無茶をする理由は無いのだ。

 ローラも自分の体の事を解っている筈だが、どういう訳か稽古を切り上げることに対して躊躇いを見せていた。

 父親の事を尊敬しているローラは、普段であれば父の指示には素直に従う筈だった。

 しかし今日はどういう訳か、父親に逆らってでも稽古を続けようとしている。


「…負けるのが怖いのか?」

「お父様!? いえ、そんなことは有りません!

 私は必ず勝ちます、きっと勝ってみせます!!」

「そうか…、期待しているぞ、ローラ」

「はい!!」


 ルーベルトはローラが稽古を続けたい理由に心当たりがあった

 那由多、恐らくローラが初めて敗北した同世代のライバル。

 ローラと言う少女はルーベルトから見て、父親と言う贔屓目を抜きにしても天才と形容するに相応しかった。

 しかしその才故に同世代にローラに敵う相手は皆無であり、彼女はずっと孤高の存在であったのだ。

 伝説の剣士である父ルーベルトと言う最終目標が有るのでローラが日々の鍛錬を続けていたが、最近の娘は何処か気が抜けている様子であった。

 同世代で敵無しであるローラには今まで以上に剣の訓練を積む必要は無かったのだ、しかし那由多に敗北した事がローラを変えた。

 あの敗北以降、ローラは今まで以上に真剣に剣の訓練を行っていた。

 ルーベルトの仕事の邪魔になると遠慮していた実の父との稽古も積極的に行うようになり、ローラは貪欲に強さを追い求めるようになったのだ。

 那由多に勝つために我武者羅に剣を振るう今のローラの姿は、父としては好ましい物であった。

 やはり娘の成長が嬉しいのか、ルーベルト僅かに顔を綻ばせながら父として愛娘の必勝を期待した。

 伝説の戦士としての冷静な部分が、今のローラではまず那由多に勝てないと予想しながら…。



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